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呼び出し

 キサラギ・シュウマに勝って二週間、レンゴクはシンメイに呼び出され遵心会本部近くにある飲食店に来ていた。

 店の名は『狸の葉』。一度だけシンメイに連れられて訪れた事のある店だった。


 こぢんまりとした店内、席の数も多くないが、一見、普通の店にしか見えない。

 だがここに呼ばれる理由をレンゴクはわかっている。

 実はこの店、遵心会関係者のみが利用出来る店で、程度の差はあれ主に仕事の話をするのに使う場である。ならば今のレンゴクがここに呼び出される理由は一つであろう。


「やぁ、レンゴク君待っていましたよ」


 店には既にシンメイの姿があった。それともう一人、若い女の姿も。

 シンメイと同じ席につく若い女。彼女はレンゴクの視線に気付くと軽く会釈する。


「どうしたんですか急に。珍しくこんな場所に呼び出しなんて。それに彼女は?」


 二人の対面に座りながら本題に入るよう切り出すレンゴク。女の存在もなんとなくではあるが察しはついている。


「ええ、まずは彼女の紹介からしておきましょうか。シシー・スー。我々と同じ遵心会の人間です」

「あ、あの、どうもシシー・スーと言います。精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!!」


 緊張しているのか女はどこか空回っている調子で話す。

 いきなり頑張ると言われても何を頑張るつもりなのか、呼び出された理由もまだ正式に聞かされていないのに。


 頼りなさそうな女。それが彼女に対するレンゴクの第一印象だった。


「えぇと……」


 どう反応したものかレンゴクが困っていると、シンメイが彼女の紹介を続ける。


「シシー君も以前私の指導を受けていた能力者です。歳こそあなたよりは若いですが既にCランクの身。遵心会に入ったのも彼女が先ですし、この業界ではあなたの先輩ですね」


 三等卒のレンゴクにとって若い能力者の先輩など別に珍しいものではない。キサラギ・シュウマのようなエリートを別にしても二等卒などざらにいるし、まして三等卒であっても四年ぎりぎりでの卒業者などほとんどいない。社会に出れば年下の先輩などごまんといたのだ。


――さて、どう接したものか。


 別に品行方正に生きているつもりなんてレンゴクにはない。それでも社会に出れば年齢など関係なく敬語を使うべき場面はあるがこの場合はどうだろうか。

 先輩でランクも上だが年下でましてや自分を指導する人間でもない。警察とは違い遵心会は自主性を尊重している。仕事の性質上ともいえるのだろうが礼儀にうるさい業界でもない。それは堅苦しいのが苦手なレンゴクにとって気に入ってる部分でもあった。

 だがあまりに無礼な言動も出来ない。言葉遣い如きで、必要以上に反感を買うのも馬鹿らしいのだから。


「エンマ・レンゴクです。この世界に入ってまだ三ヶ月ちょっと、シンメイさんにいろいろと教えてもらっているところです。よろしく」


 無難に接する。

 少しくだけた口調だが、礼儀にうるさそうには見えないし、ましてや先輩風を吹かせるような女でもないだろうという読みがあった。

 実際女も気にするような様子はなく。


「はい!! よろしくお願いします!!」


 元気良くとは違う、相変わらず空回ってる調子で答えるのであった。


「シシー君、そんなに緊張しなくてもいいのですよ。あなたの試験じゃないのですから。いつものあなたらしくしている方がレンゴク君も接しやすいでしょう」


 シンメイの言葉に気が抜けたのか。


「い、いつもどおり……。そうですね。ふぅ……」


 空気が抜けるような音まで聞こえてきそうなほどリラックスして、女の雰囲気が変わる。


「落ち着きましたぁ~。ありがとうございますぅ。シンメイさぁん」


 にこにこと笑いながら言う女。

 やわらかいというかだらしがないというか。空回っている態度も相当だったが、今は余計頼りなく見える。

 でもこれが本来の彼女らしい姿というものらしい。


 そんな彼女を見て、少し苦笑いしながらレンゴクはシンメイの言葉でひかかった部分を問う。


「試験というと、やっぱり昇格の件ですか」

「ええ、そうですね」


 肯定するシンメイ。


「予想以上の早さですよ。わずか三ヶ月で昇格試験までいくとは」

「レンゴクさんすごいですぅ。私なんか一年以上もかかっちゃいましたぁ~」


 だいたい昇格まで一年前後かかるのが普通らしくDランクに在籍できるのは最高で三年。

 大手である遵心会に入ってくるような能力者でありながらその三年で昇格出来ずにクビになる奴も稀にいると聞かされた時は、三等卒のレンゴクですら驚いたものだが、目の前にいるシシー・スーという存在がその可能性を肯定しているように彼には思えた。

 いや逆に、この頼りなさそうな女ですらきっちり昇格しているわけで、それ以下とはどんな能力者なのか……、そんな馬鹿げた考えが一瞬、脳裏によぎる。


「そうは言っても、『能対』の方にも入ってましたからね。クビになっちゃったけど」


 『能対』とは能力者犯罪対策部の事であり、警察の一部署である。

 主な役割は名前の通り能力者が起こした犯罪事件の解決だが、先日の爆弾事件のような人命にかかわり緊急性のある事件では、能対の人間がひっぱりだされる事も多い。

 それでもやはり能対に要求されるのは能力犯罪者達との戦いである。それは遵心会の業務と被る部分も多い。

 クビになったとはいえ能対での経験が活きて、三ヶ月というスピードでの昇格試験に繋がったのだろう。


「それでも立派なものですよ。初めは心配してたぐらいですから、人手不足の能対すらクビになる人間がこの会社でやっていけるのかと」


 レンゴクは空笑いするしかなかった。


 能対の給料はその危険性と比べると決していいものではない。

 その為、訓練校を卒業する者の多くは遵心会のような危険であっても稼げる民間会社や異能の力を活かして安全に稼げるような業界にいってしまい、能対は常に人手不足の状態だった。


 そんな場所をクビになるのは人間性によほどの問題があるか、能力者として著しく力不足であるかだろう。


「でもでもやっぱりすごいですよ~。警察に入れるだけでも立派ですぅ。入りたくても私なんて学校も卒業出来なかったですから~」


 訓練校を卒業出来ない人間など、特別珍しい話でもない。

 最後まで能力者として芽が出ず卒業出来ぬ者も存在するし、途中で脱落してしまう者もいるのが現実である。そんな奴らに比べればレンゴクのような三等卒という能力者として落ちこぼれに見られがちの者ですら、能力者であることに違いはなく食うに困るような状況にはなり難い。その点だけで考えるならば恵まれているとすら言える。

 この目の前の女は容姿の若さからして途中で抜けた人間らしい。


「ああ、やっぱ卒験が駄目でって感じで?」

「はい、そうなんですぅ」


 訓練校の卒業試験。社会に出る能力者として十分であると判断された者が受ける事の出来る試験。


 そして卒業認定を受ける皆が通る道、それは『殺し』の経験だった。


 政府が必要とするのは主に軍事力、あるいは治安維持戦力としての能力者である。それはつまり戦争で、現場で、敵兵や極悪犯罪者を殺せる人間が必要という事であり、試験にそのような事が行われるのも当然だった。

 対象には死刑囚が使われるのだが、この試験の大きなポイントは無抵抗の者を殺すという点である。


 たとえ死刑囚であっても目の前の無抵抗の人間を殺す事にまったく躊躇いのない者など多くはいまい。

 だからこそ壁を越える為という点で意味があった。


 能力者の戦いは正々堂々清くとはいかない。不意討ち、騙しあい上等の戦いである。

 許しを乞う犯罪者達がわずかな躊躇、隙を見て逆襲する事などよくある事で、それが能力者ともなると死に繋がる。

 政府が必要とするのは無慈悲に、躊躇いなく、役割を果たす駒。それになれる能力者なのだ。


「まぁ、結構いますよね。そういう人」

「はいぃ」


 少し暗い口調、あまり気分のよくない話ではあるのだから当然であろう。

 実際、試験に殺しをやらせる事に対する批判が全くないわけではない。それでもこの試験がなくならないのは能力者という存在が貴重で替えの利きづらい点が大きい。

 実戦になって殺しを躊躇されると大きな損害が出かねない上に、本人の命だけでなく仲間まで巻き込む事もあるだろう。そして普通の人間の兵士や警官と違い、はい次の能力者を用意しましょうとは簡単にいかない。その事がこの残酷な試験を政府が続ける理由となっていた。


「でも今は遵心会でこうしてやれてるわけだし、いいんじゃないですか」

「そうなんですが、でもやっぱりまだ人が目の前で殺されるってのは慣れなくて大変ですぅ」


――ん?


 レンゴクは女の言葉に違和感を覚える。


 彼は遵心会という大手企業に在籍しCランクにまで昇格しているこの女が、学校の卒業試験では無理であっても、当然それを既に克服し、殺しの経験など済ませてるものだと思い込んでいたのだ。

 だが彼女は『目の前で殺される』と言う。殺すではなく殺される。

 ここでようやくレンゴクは彼女が能力者として自分とは少し異なる立場の者だと察した。


「あぁ……。シンメイさん、もしかしてサポートですか彼女」

「察しがいいですね」

「そりゃまぁ、彼女の話聞いてるとね。それにシンメイさんがいるのに昇格試験に別の戦闘タイプの能力者連れて行くのも変でしょ」

「わぁ、すごいですぅ!! どうしてわかったんですかぁ!! 私まだ自分の能力について何も言ってないのにぃ」


 能力者の『能力』と言えば、普通その能力者が使う異能の力の事を指す。そして直接的に戦闘向きの能力もあれば、そうでないものもある。

 彼女はそうでないものの能力の持ち主なのだろう。


「えぇ……、そこ説明いる?」


 半分呆れながら言うレンゴクに、シシー・スーは首を縦に振り頷く。


「まず訓練校すら卒業出来ない人間が遵心会にいるという点だけでも勘の良い奴なら気付くだろうし、加えて人が目の前で殺されるというあなたの発言を素直に受け取れば、あなたが殺す側の人間でない事は明白だ。それにさっきも言ったけど俺の昇格試験にわざわざ戦闘タイプの人を呼ぶのも変だしね」

「なるほどですぅ。気をつけますぅ」


 気をつける。何を気をつけるのか。それは自身の言動をという事だろう。

 能力者の能力には無限ともいうべき可能性があり、膨大な数の能力がある。つまり相手の能力を知っているかどうかというのは大きな差となるのだ。

 だからこそ能力者は易々と他人に自分の能力について悟られるような真似はすべきではない。

 能力者の中には自分の能力の性質を知られる事を警戒し、わざと訓練校に通わない者もいるぐらいで、それほどに能力者にとって情報というのは大切な武器であった。


「さて、レンゴク君の名推理も聞けた事ですし話を進めましょうか」


 そう言ってシンメイが自身の片腕に付けた小型機器『UPC』を操作する。


「データ送りましたんで見てもらえますか」


 レンゴクも自身のUPCを確認する、確かに新しくデータが送られてきていた。

 当然中身は今回の仕事、昇格試験にかかわるものだった。

 レンゴクのUPCがその内容を空中に投影する。


「『ペインター』について……ね」


 さっと情報に目を通していくレンゴク。


――最近、第十七区において頻発している強盗事件、その犯人が標的か。


 犯罪者を相手にする。そんな事は当たり前だろう。シンメイのもとでやってきた仕事もそれが中心であったし、これから先も恐らくそうなる。

 だが当然昇格試験である今回はその犯罪者が、ただの犯罪者であるわけがない。


「見ての通り今回のターゲットは我々と同じ『能力者』です」


 シンメイがデータに目を通すレンゴクに話しかける。


「現在『イエローリスト』に該当してます」


 能力犯罪者はその危険性の程度によって列島政府によって色分けされていた。

 危険性は低く更生の可能性のある者、危険性が高く更生が困難、排除が妥当だとされる者、社会にとって非常に脅威的で迅速な排除を必要とする者、それぞれがイエロー、レッド、ブラックと分けられその扱いにも差がでた。

 リストは列島政府に加盟する四十七カ国が共有しており、ここゴッドア国もそのうちの一国である。


「が、その能力については不明点も多く注意が必要です。……能対にいたレンゴク君ならよくおわかりだと思いますがイエローレベルだと思って油断すれば命を落としかねません。常に集中し全力であたる。それが能力者同士の戦いというものです」


 能力者同士の戦いは単純な殴り合いの喧嘩ではすまない。想像もつかぬ異能の力、その能力が逆転の一手となる可能性を常に孕ませた戦いである。


「……ですが無闇な殺しは許されません。今さら説明するまでもない事でしょうがイエローリストは逮捕が前提。殺処分は緊急時を除き認められていません。そしてそれこそがイエローの難しさでもあります」


 イエローリストは計測された気力の大きさが一定値以下の殺人を犯していない能力者達で構成されており、彼らはレッドリスト、ブラックリストの能力犯罪者達と違い、その場での殺処分は認められていなかった。

 殺しが出来ないうえに、気力の大きさを数値化した『気数』も低い犯罪者達。イエローリストに該当する者をそう捉えてしまうならば逮捕など容易な事のように思えるだろう。

 しかしそれは上辺だけをみた話、実態は大きく異なっている。


 殺しをしていないというのはあくまで確証がないというだけの事。追っていた犯人が実は連続殺人犯だったなんて事もありえない話ではない。

 加えて、気数が千以下というラインも設定されているのだが、これもあくまで計測された気数がというだけで犯人が自身の気力の大きさを隠している事なんてざらにある。

 何故なら気数が千以上の能力犯罪者は殺しの有無に関わらずレッドリスト入り、つまりは殺処分の対象となるからで、赤入りせぬように己の気力の大きさを隠すのは至極当然と言える。


 そんな牙を隠した能力犯罪者達。

 彼らを捕らえようとした時、果たして彼らはその牙を隠したままにしておくだろうか。

 それこそがシンメイの言う『イエローの難しさ』であった。


「わかってますよ。奴らとは能対時代にやりあってますしね」


 既にレンゴクは能対時代に能力犯罪者達と闘っている。彼らのその危険性は重々体験済みで、油断などあろうはずもない。


「いいでしょう。ですが能対ではチームが基本、新人であるレンゴク君はおそらく先輩方の助けを借りながらの仕事でしたでしょうが、ここでは違います」


 シンメイの言う事は当たっていた。能対時代、レンゴク一人で能力犯罪者と対峙するような事はなかった。それは彼が新人の立場であった事も一つの要因だったが、そもそもシンメイの言う通り能対はチームで動くのが基本。数で圧倒する、それが能対時代でのやり方だった。


「私達二人はあくまで緊急時のサポートの為。今回の仕事、……犯人の確保はあなた一人でやってもらうのが前提です」


 遵心会は警察の一部署である能対と違い民間企業にすぎない。

 そしてこの会社では所属する能力者達の自主性を重んじ、各自が思い思いに動き、なおかつ収益を上げるように配慮したシステムが採用されている。

 遵心会においてもチームで動く事態は当然ある。しかし、基本は個だ。

 能対よりもはっきりと個の力が要求される。

 レンゴクもその事はわかっていた。


「当然じゃないですかシンメイさん。この会社に入る前から俺、そのつもりでしたから」


 クビになった能対時代を思い返しながらレンゴクは不敵に笑った。

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