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キサラギ・シュウマ

「どうも」


 音が鳴ってしばらくするとドアが開かれ男が一人入ってきた。

 若い男。それも少年と言うべきほどに若かった。


 少年は挨拶をこの場いる二人ではなくシンメイのみに向けてしているようで、レンゴクの事は眼中にないらしい。


「今日の訓練相手、代わるかもしれないって聞いてたけど、まさか彼って事はないよね」


 金髪の生意気そうな少年は不満気にレンゴクの存在に触れる。


「まさかもなにも二人で今からやってもらいますよ。実践体術訓練」

「冗談きついなぁ。彼、たしか三等卒でしょ」


 シンメイの言葉を素直に受け入れられないのか、信じられないというような態度を見せ、イラつきを隠さず言葉を吐く少年。


「ええ、それがどうかしましたか」

「どうかしましたじゃないでしょシンメイさん。差がありすぎるでしょ、彼と僕とじゃ。訓練にならない」


 少年は断言した。


 彼の名はキサラギ・シュウマ。レンゴクとほぼ同じ時期に遵心会に入り、シンメイの指導を受けるもう一人の男。


 エンマ・レンゴクとキサラギ・シュウマ。

 同じ時期に同じ指導者を得た二人だったが、彼らには大きな違いもあった。


 年齢だ。

『一等卒』と『三等卒』という違いが、シュウマのこの露骨なまでの態度の原因となっていたのだ。


 ゴッドアを含め、列島四十八カ国のうち四十七カ国が加盟する列島政府は、加盟各国に存在するブラッドアッパー、能力者の卵達を把握し、教育後彼らを利用しようとその為の学校制度を作っていた。

 能力者の卵として各国政府に認められた子供達は、通常の学業に励む学校ではなく、能力者用の訓練を受ける事のできる特殊学校に入学する事になる。そして通常校の中学、つまりは十二歳から十五歳までの三年間を一区切りにして、もう三年、もう四年とそれぞれ高校、大学のように能力者の訓練校も分かれていた。

 ただし通常の学校とは違い、最初の三年は一等、次の三年は二等、最後の四年は三等校となっており、はやい段階で卒業認定を受ける者ほど優秀で一度卒業認定を受ければそれまで、後の訓練校にいく必要はまったくないのである。


 一等校で卒業の認定が受けられなければ『降落』となり二等校に、そこでも駄目なら三等校に、さらに駄目なら卒業認定を受ける事自体が不可能になり、学なしの無能力者として社会に出される事になってしまうのであった。


 このような制度の中、レンゴクは『三等四卒』つまり三等校を四年目ぎりぎりで卒業したという立場にあった。

 いわゆる劣等の烙印が押されたに等しい立場。

 そのレンゴクと違い、キサラギ・シュウマは最初の三年、『一等三卒』という期待されてしかるべきともいえる立場にあった。

 まだ十五歳。その若さで能力者として社会に出る事を国家が認めたのである。


 しかしシンメイはそんな少年を特別扱いするつもりはないらしい。


「差ですか。……私はそうは思いませんよ」


 場の空気が変わる。


「なにか勘違いしてませんか、シュウマ君。あなたが何等卒であろうと、今、この場。この遵心会ではDランクというレンゴク君と同じ立場にあり、そんなあなた方を指導する私が、二人の実践体術訓練を見たいと言っているのです。私は訓練も出来ぬほど二人に差があるとは考えていませんよ」

「……なるほど。だったらシンメイさん、僕が彼を圧倒したなら、見込み違いを認めてCへの昇格の件考えてもらえないかな」


 Dランクの者達がCランクに上がれるかどうかは指導する者が判断する事になっている。つまりシンメイさえ認めるならば今日にでも昇格し、その瞬間から独り立ちしたプロとして遵心会から直接仕事を選べるようになり、そしてそこから先は己の力だけで上へといけるのだ。


「正直うんざりしてるんだよね。こんな場所でこんなつまらない事ばかりさせられて、たまの仕事と言えばチンピラ退治ばかり……。ほんとうんざりだ。あんたの能力者としての実力は僕も認めてるよ。現状、僕とあんたがやれば間違いなく勝つのはあんただ。けどさ、だからって僕があんたからこれ以上手取り足取り教えてもらう必要なんてないね。Cへの昇格さえ認めてくれれば僕は勝手に上手くやる。そしてすぐに、あんたと並んでみせる」

「いいでしょう。本当にレンゴク君を圧倒し勝つだけの力を君が持っているのならば、今日すぐにとはいきませんが近々昇格試験を兼ねた仕事を送りましょう。それをクリア出切れば文句なしにCランクへ上がれます」

「近々ね……。僕は今日でもいいぐらいなんだけどまぁいいか」


 シュウマの一応の了承を得たシンメイは、これから開始する訓練について二人に確認する。


「危なくなったら私が止めますのでお二人とも手抜きはなしでお願いしますよ」

「オッケー。それじゃちゃっちゃと終わらせちゃおうよ……レンゴクだっけ?」


 シュウマがレンゴクを見据える。その瞳に敬意などありはしない。


 二人に面識はほとんどなかった。

 最初の頃にシンメイに簡単に互いが紹介された後少し言葉を交わし、その後は本部で何度か顔を見る事もあった程度の間柄。よくは知らない仲、それでも一等卒と三等卒という違いは知っている。


「好き勝手言ってくれてまぁ。見た目通りガキだなお前。シンメイさん、シンメイさん僕はもっといい子なんです、出来る子なんですってか」


 からかうような口調でようやくレンゴクが口を開いた。

 それを鼻で笑いシュウマは言う。


「あんたにはわからないだろうね。優秀がゆえの苦労なんてさ」

「無知ゆえの万能感、だろ。……まっ、いいぜ。体もあったまってる、俺もちゃっちゃとやるのには賛成だ。ガキの戯言を聞かされるのもつらいしな」


 シンメイとの訓練での疲労もダメージもレンゴクにはほとんどない。反撃もされないあの程度の訓練でどうこうなるような人間ならばそもそもシュウマとやらせるような真似をシンメイもしないであろう。


「三等卒のわりにえらい余裕だね。あんたも訓練生時代に痛いほど体感してるはずだろ、一等卒になれる人間と三等の差を。……それともそんな事も忘れちゃうのかな、三流はさぁ」


 傲慢、慢心、他人がどう思おうがシュウマには関係ない。

 彼には自信があった。この世界でやっていくだけの自信が。

 『思い上がるな』、そんなくだらない台詞はごまんと聞いた。

 だがこれまで彼は証明してきたはずだ、己の優れた資質を。

 他者より優れているからこそ最初の三年で訓練校を卒業した。

 他者より優れているからこそこの業界で大手の遵心会に入れた。

 これからも、これから先も同じだと彼は信じていた。


 なのに……。


 だがそうではないと自身を指導する立場にある男はいい。

 だがそうではないと自身より劣等であるはずの立場にいる男が目の前に立っている。


 まったくもってうんざりだ、腹立たしいとさえシュウマは感じていた。


「はいはい、僕ちゃんがお口名人なのはよぉくわかったからさ。さっさとこいよ。圧倒、するんだろ?」


 レンゴクが発した言葉を聞いた瞬間、シュウマは彼に襲い掛かった。


――速ぇ。


 距離をつめられ、最初の一撃を受けるレンゴク。

 その一連の動作だけで、速度においてシュウマに優位がある事は明らかだった。


――が、予想内だ。


 それでも攻撃を腕で防御しながら、絶望的な差はない事をレンゴクは確認する。


「一気に終わらせてやる!!」


 シュウマが最初の一撃からそのまま連打に入る。

 その速度はレンゴクのそれを超えている。


「黙っちゃってどうしたのさ!!」


 拳速、敏捷性がレンゴクを上回っている。

 避けられない。

 受けるしかなかった。


「ほらほらほらっ!!」


 両の腕のガード上にシュウマの連打が容赦なく叩きつけられる。

 その破壊力はレンゴクと五分。

 少年の細腕が体格の勝る男と同等の破壊力を出していた。


「いつまで亀になってるつもりさ!! それじゃあ僕には勝てないよ!! あんたこそ口だけか!!」


 余裕の罵倒。

 拳速はさらに増し、その全てが命中。

 レンゴクは一発もシュウマの攻撃を避けられないでいた。


――上等。


 だがそれはすべてガード上での事。

 ダメージがないとは言えないが耐えられるだけのもの。

 致命的な一撃には程遠い。


「……圧倒するんだろ? はやく終わらせてみろよ」


 レンゴクの声、その声には苦痛の色が混じっている。


「してるだろ!! 状況見えてんのか!! エェッ!!」

「だから……、はやく終わらせてみろって。なまくらパンチさん」

「守るだけで精一杯のやつがえらそうに!!」


 シュウマの動作が大きくなる。これまでよりも強烈な一撃を繰り出す為に違いなかった。


――今だ!!


 その隙にレンゴクはカウンターを合わせる。


――狙い通り!!


「っがっは!!」


 血反吐を吐く一撃。


 拳は肉体にめり込み確実に大きなダメージを与えた。


「よくわかったろ」


 勝利を確信し笑みが漏れる。


「これが『差』だ。なぁ、レンゴク」


 立っていたのはキサラギ・シュウマ。

 エンマ・レンゴクは腹を押さえて呻き、うずくまっている。


「みえみえの挑発、カウンター狙いばればれだっつうの。……あんた弱い上に、頭も悪いんだな」


 シュウマはシンメイを一瞥して話を続ける。


「誘いに乗ったふりをすれば簡単に飛びつく。少ないチャンスにすがる。ほんと呆れるほどわかりやすい。弱者の性ってやつなのかね」


 まだレンゴクは苦しそうにうずくまっている。


「いつまでそうやってんのさ。まさか降参じゃないよね。……覚悟はできてる?」


 ふらふらと立ち上がるレンゴク、それを確認したシュウマ。


「死なないでね。レンゴクちゃん」


 シュウマの連打がレンゴクを再び襲う。

 だが先ほどと違いほぼノーガードの滅多打ち状態。

 十五秒の連打。

 ただの人間の連打ではなく能力者の十五秒である。

 それもノーガードに近い十五秒。

 無事で済むはずもない。


「……息はしてるね」


 崩れ落ちたレンゴクからわずかに漏れる呼吸音。

 それが彼の生存を知らせていた。


「まっ、こんなもんだよね、シンメイさん。昇格の件よろしく」


 勝ち誇るシュウマであったが、どうやらシンメイはその勝利を認める気はないらしい。


「まだですよ。まだ私は止めてません」


 耳を疑いたくなるような言葉だった。


「何言ってんのさ。どう見ても僕の勝ちでしょ、これ」


 シンメイの表情は真剣そのもの。本気で言っているらしい。


「ははっ、きっついなぁ。まさか殺せないって思われてんのかな。それはちょっと心外だな」


 シュウマの目の色が変わる。


「何人殺そうが一緒なんだよねぇ」


 彼には人を殺した経験がすでにあった。

 それも当然の事である。

 なぜなら訓練生は殺しの経験なくして卒業など出来はしないからだ。一等卒だろうが三等卒だろうが、人を殺して社会に出てきた者である。

 最初の壁をすでに越えてしまった者達。それはシンメイも承知の事だった。


「いいよ。止めないんならこのまま殺っちゃうよ。問題になったらあんたの責任だ」

「危なくなったら止めますよ」

「あっそ」


 シュウマが倒れているレンゴクにゆっくりと近付く。

 その歩みは余裕と確信の表れ。

 シンメイが認めまいが彼にとって勝負は既に決したものだった。


「恨むなら自分の無力と、それを見抜けなかったあの男にしろよレンゴク」


 気がシュウマの右拳に集中する。

 全力、これまでよりももっとも破壊的で命を奪わんとする一撃を、シュウマはわずかに息をするだけのレンゴクに叩きつけんとした。


 大きな動作、というより大雑把すぎる動作だった。


 散漫な殺意だけを込めた拳。警戒心に欠けた所作。すなわち油断。

 そんなものがもたらす結末をシンメイは知っている。まさしくつい先ほど、それを経験したのは他ならぬ彼であるのだから。


「……っな!!」


 突然の衝撃がシュウマを襲う。


 理解する間もなく放たれたレンゴクの足払い。


 一閃、そう呼ぶに値する高速足払いがシュウマを宙にやり、形勢を決した。

 もはや同じ形である。Aランクのシンメイすらも完全に防げなかった攻撃をどうして若きシュウマが防げよう。

 無防備に舞う少年の姿を見た時、シンメイはレンゴクの勝利を確信した。


 だが止めたりはしない。


 ここからがレンゴクとシュウマの『差』なのだ。それを見ずに終わりとするにはいかなかった。


「がっはっ!!」


 内臓を抉るかのような最初の一撃がシュウマに決まる。

 意識がもっていかれそうになれながら、彼は思考する。自分の身に何が起きているのか。


「ぐっ!!」


 しかしレンゴクの二撃目がその思考中断させた。そして次に彼は混乱する頭で考える。


 守らなければ、と。


 自分を、命を、守られねばと。


 そこに理論はない。

 どう守るかという考えに及ばない。

 混乱する思考の決定は、シュウマの身をかたくするだけであった。


 そこに活路はない。


 三、四、五。打たれる度にはねるようにシュウマの体が舞う。


 いつ意識が途切れてもおかしくはない状態。


 六、七、八。


 無防備となった人間に拳を叩き込み続けるという無慈悲な暴力。

 それを行使する事に対する迷いなどレンゴクには一切ない。


 九発目、シュウマの内臓を守る骨。肋骨が全て砕ける。


 十発目、顔面にめり込む一撃はシュウマの意識を完全にとばす。


 そして命を断つ十一発目。


「そこまで!!」


 それは強引に間に割り込んだシンメイによって防がれた。


「終わりですレンゴク君。あなたの勝ちです」


 スッとレンゴクから熱が冷める。

 高まっていた気力が消え、我に返ったかのような表情をするレンゴク。


「……あぁ。……そうですか」


 そして彼はぐったりとその場に座り込み、目の前に転がるそれを見た。

 原形をとどめていない顔面。シュウマののびた姿。

 しかしそれを見てもレンゴクは自分の行いに対する後悔、懺悔、同情、そんな感情は一欠けらも呼び起こされはしなかった。


「さすがですね、レンゴク君」


 シンメイの勝者に対する称賛。

 いいや、そうではない。

 彼が褒めたのは今日二度も見せたレンゴクが持つ非情さについてである。


 己の肉体、生命を限界まで危機にさらす非情。相手の肉体、生命の限界を超え拳を打つ事に躊躇せぬ非情。


 この世界でやっていく者としてシュウマとレンゴクとでは『覚悟』が違うのだ。


 それはすなわちセンスが違う。


 優れた攻撃力、鉄壁の防御力、目にも止まらぬ素早さ、そんなものとは違う根本的なセンス。

 勝負の場で百を出し、百を為す事にこのレンゴクという男は迷わない。雑念が入らない。

 そう感じさせる事が、シンメイがレンゴクという三等卒の能力者を高く評価する要因であった。

 シンメイにとってレンゴクは劣等などではなく、むしろ極上。


 彼の中で何かが疼いていた。


「そりゃどうも」


 シンメイの言葉にそっけなく返すレンゴク。そして彼は言う。


「……シンメイさん、このガキに勝ったから言うわけじゃないですけど、俺も昇格の件考えてはくれませんかね」


 レンゴクの要求に、シンメイはにこりと笑みで答えた。

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