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エンマ・レンゴク

 かつて人類はまぎれもなく弱肉強食の環境下にあった。

 強者とは『力の覚醒者』であり、その時代強さとは純粋な暴力であった。

 暴力は『目覚めた者達』の特権であり、それを持たざる者はただ蹂躙されるのみであった。

 だが、時代は変わる。人は獣ではない。

 かつて強者であった者達に理性が生まれ、そして弱者であった者達には新たな力が生まれた。

 時代が変わり、強さもまた変化したのである。

 新しい時代において、強さとは純粋な暴力ではなく『権力』である。

 思想、名誉、富、あらゆるものがその一点へと変貌する時代。

 古き時代の強弱が共生し、時に古き弱者が強者であったはずの者達を支配する時代。


 正暦二千四十六年、人類はまだ進化の途上にあった。



-------------------



「てめぇら!! ビルの中に少しでも入ってみろ!! こいつがドカンだぞ、ドカーン!!」


 人気のないビルの一室で品のなさそうな中年の男が声を荒げ叫ぶ。


「とっとと失せやがれ、じゃないとドカーンだ!! ドカーンだぞ!!」


 興奮する男は同じような言葉をしきりに繰り返しながらビルの外にいる者達に訴えた。

 彼の体には爆弾らしき物が巻きつけらており、さらに手には拳銃までも握っていた。

 その尋常ならざる風体からも彼の置かれた立場がうかがい知れる。


「わかったから、落ち着け!! もうすぐ住民の退避もすむ。そうすりゃ私達もここを離れよう」


 ビルを取り囲む者達のうちの一人が拡声器を手にそう返答するが、男は満足いかぬようで興奮はおさまりそうにない。


「いつまでかかってんだ!! 俺を騙そうたってそうはいかんぞ!! どうせもう終わりだ!! こうなりゃ。てめぇらも巻きぞいにしてやる!!」

「落ち着け!! 逃走ルートの住民も避難させなきゃならんのだ。それに多少時間がかかった、安心しろ、もうすぐそれもすむ!!」


 ビルの中の男と拡声器を手にした外の者とがそんなやりとりを幾度か繰り返していると、新たに男が二人その現場へと近付いた。

 二人のうちより若い方、年齢にして二十そこそこか、ぼさぼさ髪が目を覆い、その外見からだけでは地味で暗い男に映るであろう。

 しかし彼から発せられた声は存外、陽気なものであった。


「どうも、どうも『遵心会』の者です」


 もう一方の男は、柔らかな表情ではあるが無言のまま会釈するにとどまる。


「あ、ご苦労様です」


 対して二人に敬礼をする男、どうやら下っ端の警官らしい。


「それでリンドウのおっさんは?」

「はい、リンドウ警部は今犯人との交渉の真っ最中でありまして」

「ああ、あの声やっぱおっさんの声か」


 一人で納得したかのような顔をしてる男、そんな彼を尻目にもう一人の男がようやく口を開く。


「では彼を呼んで来てもらえますか。代わりの責任者でもいいのですが」


 落ち着いた口調、雰囲気。

 馬鹿みたいな声を上げてたもう一方の男との気品、知性の違いが垣間見える。


「わ、わかりました!! 少々お待ちを!!」


 下っ端警官が急いで責任者を呼びに行き、それからしばらくするとリンドウが二人のもとへとやってきた。


「おっ、今回はヤス君か、それと……」


 落ち着いた雰囲気の男をヤスと呼ぶリンドウ。

 ヤスの顔を見て安堵したかのような表情を浮かべる彼だったが、もう一方の存在に気付くとその表情は崩れた。


「ハァ、問題児が一匹か」

「えぇ!! ひどいなぁおっちゃん、問題児はないでしょ、問題児は。今じゃ立派に遵心会の人間やってるんだからさ」

「何が立派だ馬鹿。せっかく警察に入れたというのに一年もたずクビになりやがってお前の親父も呆れてるだろうよ」

「ぐうぅぅ、あれだよ、あれ、警察って器じゃ俺を収めきれなかった、みたいな? ってかもうその話はいいだろ、何度目だよ」

「てめぇの馬鹿が治るまで何度でも言ってやるよレンゴク」


 レンゴク。

 エンマ・レンゴク。それが男の名だった。


「ガキじゃねぇんだから勘弁してくれよホント」

「いい歳して頭がガキのまんまだから余計に救いようがねぇんだよ」


 レンゴクが生を受けて二十三年経つ。その年齢に相応しいだけの振る舞いができてるとは言い難い。


「まぁまぁ二人とも、久しぶりの歓談もいいですが今は事件の最中。そちらを片付けてからにしましょう」


 リンドウとレンゴク、いい歳したおっさんといい歳した若者のしょうもない言い合いをやさしく制止する男。

 ヤスダ・シンメイ。

 レンゴク同様『遵心会』に所属する人物である。


「お、おおそうだな」


 シンメイに言われリンドウは仕事の話に切り替える。


「依頼時に伝わってると思うがターゲットは一人だ。素性は不明だが拳銃と爆弾を所持していて我々じゃうかつに近寄れん。気数計にも反応なし。武器も武器だし無能力者できまりだろう」

「なら楽勝だな」


 割って入るようにして断言するレンゴクをリンドウが睨むが、そんな二人を無視してシンメイは話を続ける。


「人質はいないんでしたよね」

「ああ、今日は休みらしくビルには誰もいなかった。セキュリティ装置に犯人がひっかかり駆けつけた警備の人間に発砲、そのまま立て籠もったみたいだ」

「死人は?」


 再びレンゴクが割って入って、質問する。


「いや、でてない。発砲を受けた警備会社の人間が一名軽傷。それだけだ」

「爆弾の特定は済んでますか?」


 今度はシンメイが質問した。


「外見からして、何年か前に流行ったN型ヤシロの量産品らしいが、あくまで外見からの判断だ」

「住民の避難の方は?」

「もう済んでるよ。あんたら待ちだ」

「なるほど、ではさっそく仕事に取り掛かりましょうか」


 シンメイがレンゴクの方を見る。


「うっす。ちゃっちゃと片付けますか」


 それからしばらくして、レンゴクとシンメイの二人は犯人が立て篭もる建物、その隣のビルの屋上へと移動していた。

 対象のビルと高さはほとんど同じ、しかしそこに到る距離は十メートル弱はあるだろうか。


「あの本当に大丈夫でしょうか?」


 少し緊張した様子で小柄の男が言った。

 彼はまるで幼子が大人にされるかのように軽々とシンメイに抱きかかえられている。


「安心して下さい。この程度の距離問題ありませんよ。ほらっ」


 シンメイがレンゴクの方を見て言う。


「よっと」


 そこには十メートル近い距離をものともせず、いとも簡単にビルからビルへと飛び移るレンゴクの姿があった。

 おおっ、と屋上にいた警察関係者が沸き。


「いつ見ても人間離れしてるな奴ら」

「俺達凡人と比べればもう別の生き物みてぇなもんだな、ありゃ」


 そんな声が彼らから漏れ聞こえる。


「では私達も」

「は、はい」


 シンメイは小柄とは言えど大人の男を抱きかかえた状態でそのまま軽く助走をとる。そして。


「うわぁ、まじかよ」

「すげぇ」


 数秒後には彼の姿は犯人の立て籠もるビルの屋上にあった。


「そんじゃお兄さん、お仕事よろしく」


 ビルからビルへと飛び移った恐怖感からか、少し呆けたような顔をしたままの小柄の男にレンゴクが声をかけ促す。


「わ、わかりました」


 男は急いで屋上にあるドア、その開錠に取り掛かる。

 ぼろいビル、特別強固なセキュリティがあるわけでもなし、プロなら瞬く間にも開いてしまう事だろう。

 実際、彼は音をほとんどたてる事もなく、あっと言う間にドアを開けてしまった。


「ご苦労さん。それじゃいきますかシンメイさん」

「まずは彼をもとの場所に返さないと」

「ありゃ、そうだった」


 レンゴクとシンメイがそんなやりとりをしてる間に仕事の済んだ男は開錠用の道具をしまい込む。

 それから、彼は再びシンメイに抱きかかえられ、もとのビルへと戻ったのであった。


 屋上のドアさえ開けば犯人のいる一室まで二人の障害になるようなものはない。


「それじゃあ今度こそ!!」


 これから爆弾犯のもとへと向かうレンゴクに緊張は一切なかった。相変わらずの余裕の態度である。


「手筈通りに頼みますよ。特に足音には注意を」

「わかってますって」


 レンゴクの軽い返答を聞いて、シンメイは片腕に取り付けた機器を使いリンドウと連絡をとる。

 この機器は様々な機能を備えているが通信はそのうちの一つにすぎない。


「シンメイです。こちら今からビル内に入りますが犯人に動きはありませんね」

「ああ、相変わらず窓から外の様子をうかがってる。時々うろつくが部屋からは出ていない」

「わかりました。すぐに配置につくのでよろしくお願いします」

「わかった」


 通信を終えるとシンメイは頷き、レンゴクへと合図を送る。


 そして風を切るようにしてビル内へと突入する。


 凡人には到底無理な速度で移動する二人の男。

 足音はほとんどなく、その存在に犯人が気付く事は不可能だった。


「配置につきました」


 犯人のいる部屋の前に着くなり、身に付けた機器の通信機能を使い小声でリンドウに報告するシンメイ。


「よし、わかった」


 それを受けて、リンドウは警官達に何やら命じる。

 すると、ビルを囲んでいた警官達がぞろぞろ動きだしその場から離れていく。


「住民の待避が完了した。我々もすぐにここから立ち去る。無論、第七区に入るまで監視させてもらうが、その後は君の自由だ」


 リンドウ自身も犯人にそう告げ、ビルから離れていく。

 それを窓から見届ける犯人。警官の姿が消えたのを確認すると、彼は拳銃を手にしたまま部屋の外へと向かう。


 彼もこの外にでるタイミングを気をつけねばならぬと思っていた。もう片方の手でいつでも起爆できるように警戒を怠らない。


 部屋の外にはレンゴクとシンメイの二人がいる。


 犯人がでてくるであろう扉の近くにレンゴクが、それよりすこし距離を置いてシンメイが、その時を待っていた。

 ガチャリとドアノブに犯人が手をかけた音がする。


 起爆スイッチから手が離れ、ドアが開かれたのだ。

 そして、その瞬間。

 犯人の目にも留まらぬ速さでレンゴクがその懐へと潜り込み、アゴ先に一発、拳をお見舞いする。


 それは脳を揺らし昏倒させるに十分な一撃であった。

 いったい自分の身に何が起こったのかも知る事なく意識を失う犯人。


「おっし、任務完了」


 崩れ落ちようとする犯人をささえながらレンゴクが言った。


「これどうします。運ぶの面倒だしこのままでオーケーですかね」


 レンゴクがシンメイに確認をとると、彼は顔色ひとつ変えずに言う。


「それでいいでしょう。いちおう爆発物の事もありますからね。あとの処理は彼らにまかせましょう」


 シンメイは遵心会に入ってもう長い。

 ちんぴら犯罪者が身につけた安物の爆弾など、彼の知識でも十分に処理できたのだが、現状、緊急性はなく、ある程度の仕事を警察に残しておくのもこの業界で上手くやる為のコツだという事を彼は経験上知っていたのだ。


 あっと言う間の解決劇。

 いや茶番と呼ぶべきだろうか、大勢の警官が大騒ぎしてた先ほどまでの出来事が嘘のように、レンゴクの拳による一撃でこの事件はあっさりと終わりを迎えたのだった。


-------------------


 巨大人工島の上に存在する国家『ゴッドア』。

 金が全てを支配する島とも呼ばれる都市国家では、このような光景はそう珍しいものではない。


 わずか六十年前に大富豪ゴッダ・チモネカによって建国されたゴッドア国には警察機能は最低限のものしか存在せず、この地に君臨する巨大企業群とそれに付随する諸問題を解決するに十分とは言い難いものがあった。

 ゴッドアがこのような状況にあるのは、この国の建国理由がもとより政府の干渉を嫌った一人の富豪とそれを支持する企業家達の支持にあり、始まりにして警察や法の束縛に対して薄暗いモノを持つ人間達の為の国家なのだから、それも当然と言えよう。


 ゴッドアにおいての『最低限の法と警察機能』は、良識に欠けた人間達に支持され、彼らがこの国に世界中から人と金とあらゆる物を引き込む原動力となったのだ。

 そして金が金を生む国に生じた歪みや亀裂を正すのは警察ではなく、やはり金であった。

 つまりは犯罪の解決すらも、個人、企業を問わず、経済的利益を享受しようとする者達の力に大きく依存していたのだ。


 設立理念にどれほど高尚なものを掲げていようと、レンゴクの所属する『遵心会』もまたそういった企業のうちの一つにすぎないのである。


 遵心会はゴッドア建国から三年後の一九八八年、サダ・レイゲンによって設立された。

 そしてわずか数年の内に、設立者であるレイゲンの圧倒的な暴力によって企業は成長し、業界での地位を確立。

 それから幾十年、時が過ぎ、人が増え、その規模を拡大した現在も、基本的な業務内容は設立時より変わらない。


 つまりは暴力、暴力を金に換えつづけているのである。


 己が心を尊び、己が心に遵う。『シュンシン』を理念に活動する彼らの暴力は、主に犯罪者に対して向けられていたが、時に法に背かぬ者にも及んだ。そして法で裁けぬ人間、それこそが大金を生む標的でもあった。

 人探しから要人警護、犯罪者の確保、処分、そして危険人物の抹殺までと遵心会の業務は多岐に渡り危険も大きい為、裏方である事務の人間を除けばここで仕事をするには常人には届き得ぬ力が求められた。


 必要不可欠な暴力の素質。


 それを持つ者達こそが、『ブラッドアッパー』とも呼ばれる『能力者』達であった。


 能力者達は生命エネルギーである『精気』、精神エネルギーである『霊気』の二つから成る『気力』を自在に操る事によって驚くべき力を手にしていた。

 普通の人間を大きく上回る、運動能力、肉体の頑強さ、それらの違いのみならず、真に彼らを能力者たらしめんとするのは、気の操作によって可能となった異能とも呼ぶべき力にある。


 己の肉体を変異させ超人の力を得る『ヴァリアント』。

 様々な効果を持つ物を作り出す『メイカー』。

 物体を自由自在に操作する『オペレーター』。

 気力から兵隊を作り出し操る『コマンダー』。

 能力に応じた空間を築く『テリトリー』。

 気力から作り上げた気生蟲を他に寄生させ様々な効果を発揮する『パラサイト』。


 ただの人ではどれほど努力しても届き得ぬ差をこれら異能の力が体現していたのだ。


 エンマ・レンゴクもそういった類いの力を持つ『能力者』の一人だった。

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