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僕らみんな星の下

たなばた

作者: あけづき

 雄大に流れる星の大河。その両岸で見つめあう二人は、いつもより一層輝いて見えた。


 さらさらと耳元でゆれていた笹をベランダに立てて、準備していた短冊をくくりつけた。

「ちょっと、なゆた! こんなもの持ち込んで、まったく!」

 振り返るとすばるが床に落ちた笹の葉を拾い集めていた。精一杯の抗議の表情も、同じ顔にやられると変な気分だな。拾い集めるのを途中であきらめて、ため息をつきながらも俺の隣に立って空を見上げた。この家は少し市街地から離れているおかげでうっすらながら天の川が見える。

「七夕なんて言ったって、どうせいつもと同じ空よ。笹なんてわざわざ準備しなくても……」

 俺は思わずすばるの顔をまじまじと見つめた。笹のない七夕? お年玉のない正月みたいじゃないか!

「笹がないとどこに短冊つるすんだよ? 願いが叶わないじゃないか!」

 すばるは呆れたように横目で俺を見てきた。

「……あんた、いつまでそれ信じてるの」

「信じるもなにも、本当だからずっと言われてるんだろ。七夕には織り姫と彦星が出会って、ついでに願い事も叶えてくれるって」

「毎年そんなこと言って願い事書いてるけど、いままでに願いが叶ったことは?」

 ……ないけどさ。でもそういうのって、もしかしたら一部のすっげぇ運のいい人にしか来ないもんなのかもしれないじゃないか。今年こそはその一部になれるかも……なんて思いながら短冊を下げるのがいいんだろ?

 そういえば、と思い出して、俺はすばるの手に短冊を押しつけた。

「すばるもなんか書けよ、叶うかもしれないぞ?」

 すばるは一瞬きょとん、として、すぐに苦笑いを浮かべた。

「信じてないのに?……だいたい、ベガとアルタイルが出会う特別な夜って……いつもと変わらない星空だよ。それにさぁ、会うって、どうやって!」

 すばるはくすくすと笑い始めた。双子ながら夢も希望もない奴だと思ってたけど、こうまでとは! ひとしきり笑うと、すばるは急に真面目な顔になった。

「でも、なんであんな伝説になったんだろうねぇ……明るい星だから目立つし、天の川の両岸に隔てられた恋人、って発想まではわかるんだけど、何故会えるのが年に一度、あえてこの日なの? しかも絶対『会っている』ようには見えないでしょ」

 眉間にしわを寄せてうなりはじめた。難しい単語がぶつぶつと口から漏れ出ているのを聞いて、俺はひょいっと肩をすくめた。

「俺、アイスでも買ってくる。何か買ってこようか?」

 難しい単語の合間にさらりとお高い商品名が流れた気がした。おごるとは一言も言ってないんだけどな。

 俺はもう一度織り姫と彦星を見上げてからベランダから離れた。今年こそは願いが叶うといいけど。

 ちなみに、今年の願いも『宇宙人とか妖精とか、そういう不思議な存在に出会えますように』だ。



 さすがに市街地では見えないか。天の川やら恋人達やらがいるはずの空は、街灯に照らされ暗さが一層際立つだけだった。昔住んでいたあたりならもっと星が見えたのにな。普段はありがたく利便性の恩恵を享受しているのに、こうして夜空を見上げた時だけは現金にも田舎がうらやましいなどと思ってしまう。

 どうやら商店街では『たなばたフェア』とやらをやっていたらしく、とうに暗くなっている店の窓に織り姫彦星のイラストが描かれたチラシが貼ってあった。昔の中国風の服を着た、いかにもプロトタイプなお二方。今夜は綺麗に晴れているし、デート日和、だろうな。

 デートといえば。ふと足を止めた。そういえば昔、やたら気合の入った七夕コスプレをしたカップルに出会ったなぁ。そう、確か、今夜みたいによく晴れた七夕の夜に。



 小学生の時、まだここよりずいぶん田舎な町に住んでいたころ。

 あの日は、公園で七夕祭りをしていた。屋台が出たり、子供会で踊ったり、小さな町の小さな公園が賑やかになる一夜だった。公園の真ん中には大きな笹がたてられて、俺たちは少しでも高い位置に短冊をつるそうと奮闘したものだった。なんとなく、星に近いほうが願いが叶いそうな気がしたもんな。

 毎年俺の短冊には同じことが書いてある。『宇宙人に会えますように。妖精に会えますように。そのほかの、不思議なものに会えますように』。本やテレビに出てくる不思議な存在はきっと実在してるんだけど、その数が少なかったりして、ごく限られた人しか出会えないに違いない。今年こそその一人になりたい! と毎年書いてるけれど、今のところ効果はないみたいだ。ちなみ初詣に行った時も、かならずこのお願いをしてる。

「あれ、また同じこと書いてるの?」

 すばるが横から覗き込んで、飽きれたように言った。

「だってまだ叶ってないじゃないか。叶うまで書くに決まってるだろ!」

「いい加減あきらめた方がいいと思うけどね……現実的じゃないし」

 そんなお前はなんて書いたんだよ、とすばるの短冊を奪い取ろうとすると、すばるは顔を赤らめて走って逃げだした。放っておいて笹に短冊をつるそうとしたが、上の方のつけやすい場所はほとんどとられてしまっていたので、仕方なく下の方にくくりつけておいた。

 七夕祭りは確かに楽しい行事だったのだが、さすがにずっといると人混みに疲れてしまって、子供会での出し物が終わるとそっと一人公園を抜けだした。目指したのは公園に隣接する公民館の裏。建物の陰になって街灯やら祭りの提灯やらの光が届かないので、そこなら比較的静かに、でも喧噪も寂しくない程度には聞こえて、ゆっくり星が見れる。そして必死に織り姫と彦星に祈るのだ、「どうか、笹の下の方の短冊でも願いをかなえてください」って。

 そんなことを思いながら公民館の角を曲がろうとして、そこには先客がいたことに気が付いた。暗くてよく見えないが、どうやら大人の男女がいるようだ。出鼻をくじかれてちょっとむっとした。

 はやくどいてくれないかな、としばらく二人をじっと見つめていると、やがて二人は互いに顔を近づけて……覗いてはいけない大人の世界を垣間見てしまった気がして、顔に血が上るのを感じながら視線を逸らした。気が動転して公園に駆け戻ろうとして、足元の芝生がガサガサっと音を立てた。

「そこのあなた、お待ちなさいな!」

 女の人に声をかけられて、恐る恐る振り返った。と、同時に息をのむ。数歩こちらに近寄ってはっきりとしたその姿は、まさしく織り姫そのものだった。その後ろからこちらを見つめる男の人は、さながら彦星だ。

「怖がる必要はないわ。こっちにいらっしゃい」

 怖がってるわけじゃないぞ、と女の人の方に一歩踏み出した。近くで見ると、少しイメージの織り姫とは違うような感じがする。茶色い鳥の羽を髪や中国風の服に飾り付けて、つん、とした明るい色の目は自ら光る宝石のようだ。堂々としていて、気が強そうに見える。一方彦星のような男の人は、こちらも鳥の羽の飾りをつけているが、常に女の人より一、二歩後ろにいて、柔らかい感じの目をしている。……この人もよく見ると彦星のイメージとは少し違うなぁ。この二人はいわゆる恋人同士で、織り姫彦星ごっこでもしてるんだろうか、と少しだけ首を傾げた。

「ねぇ、私たちは誰に見えるかしら?」

 女の人はいたずらっぽい目をして聞いてきた。よっぽど自分たちの衣装に自信があるんだろうか。

「織り姫と、彦星?」

 二人は顔を見合わせて、クスリ、と笑った。織り姫も彦星も、こんなど田舎の小さな町にいるはずなんてないんだけど。

「まぁ、そういうことにしておきましょうか。あながち間違いではないもの。……ね、私が織り姫だとしたら、何かしたいことがあるんではなくて?」

 俺は、とりあえずこの二人の織り姫彦星ごっこに少し付き合ってあげることにした。

「……願い事叶えてくれるの?」

 そうそう、と女の人はうなずいた。

「言ってごらんなさい。もしかしたら、叶うかもしれなくてよ」

 短冊に書いたことを教えると、二人ともきょとんとした。すばるといっしょで、現実的じゃないとか言い出すのかな?

 しかし、女の人は変なことを言った。

「それがあなたの願いだと言うならば、もう叶ったと言えるかもしれませんね」

 どういうことだろう、と今度はこちらがきょとんとしていると、すばるの俺を呼んでいるような声が聞こえた。そういえばそろそろ帰る時間のはずだ。

「今行く!」

 すばるの声がする方にそう返事をして、お別れを言うために二人の方に向き直ったが、その時にはそこには誰もいなかった。ただ一枚、茶色い鳥の羽を残して。

 見上げた空には、雄大な星の川と、その両岸で輝くベガとアルタイル。大きな二羽の鷲が、そこに吸い込まれるように舞い上がっていった。




 ……そういえば、あのとき拾った羽はどこにしまったんだっけ。

 昔のことを思い出しながらのんびり歩いたせいで、目的地だったスーパーは閉店してしまっていた。

 手ぶらのまま家に帰ると、すばるは眠そうに目をこすって出迎えた。

「遅かったね。……あれ、アイスは?」

 空っぽの手を見せる。まぁいいけど、とすばるは肩をすくめた。

 もう寝るから、とすばるが自分の部屋にひっこむのを見送って、俺はベランダにでた。

 相変わらず流れる星の大河、向き合う二人。あぁ、今年こそは宇宙人その他諸々に出会えるといいんだけど。

 その時、笹にぶら下がっている短冊が増えていることに気がついた。わざと目立たないようにつり下げられたその短冊を引き寄せて、思わず噴き出した。これは願い事なのか?

『七夕の謎が考えてもわかりません。ヒントをください』





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