変身!
ミヤは西側から時計回りに遊園地を見て回り、俺は追従するように東側から時計回りに遊園地を見る。
爆薬が使われていないのなら、爆弾を隠蔽することだけを考えるはずだと俺の経験が訴える。最初はアトラクション内部、おおまかにチェックを行ったら植え込み、ベンチの裏、トイレの中――人目につかないであろう場所を漏れなく確認していく。
しかし写真で見たような物体は見つからない。時間は刻一刻と迫り、その間にも来場客の避難誘導は完了しつつある。
事件は進展することなく、時刻は十四時五十分丁度を迎える。
遊園地全体を見終えた俺とミヤは、遊園地中心部の噴水広場に合流する。
ミヤの緊迫した表情を見るに、ミヤも発見には至っていないようだ。
「あったか?」
「ううん。しれぇの方は?」
「ゴミしか見つからなかった」
冗談っぽく肩をすくめながら報告。残り時間は十分。発見さえすれば起爆装置の破壊だけで大きな時間ロスはない。
しかし隠蔽が可能な場所はほぼ完璧に目を通したと自負する。俺が過去に経験したジェットコースターの裏や自動販売機の裏にすらないとなると、心当たりになる場所は見当がつかない。
これほどまでに発見が難しいとなると、逆に浮上してくる可能性も存在する。
「ここまで見つからないとなると、俺の考えは二つ。ひとつ、爆弾が巧妙に他の物体に偽装されているか。ふたつ、爆弾自体が動き回っているか」
「でも爆弾が歩いてなんかいなかったし……一体どこなんだろう」
「だよなぁ」
聞いた話ではあるが、小型のラジコンヘリに爆弾を括りつけ、敵の本拠地を爆破したケースがあったらしい。
その可能性も考慮し空や地上も注意深く観察していたが、そのような目につく物体は発見されなかった。
避難も終盤に差し掛かり、園内付近から人がいなくなっていく中、ミヤははっとした顔で見上げる。
「どうしたミヤ?」
「……やっぱりだ! あっちからワンちゃんの声が聞こえる!」
迷うことなく指差し方向へと走り出すミヤ。
「勝手に離れるな!」と声を張り上げつつも、ミヤが考えるより先に動くのはそれとなく理解しているので俺もその後ろを追いかける。
噴水広場から出口付近のエリアにてその姿はすぐに見つかった。
ミヤが少し離れている場所から、施設の高い場所にいる一匹のダックスフンドに声をかけているようだ。
しかし一方のダックスフンドは震えるまま、高い場所から降りようという様子が見えない。
「おーい! ほら、早く逃げないと危ないよ!」
ミヤが声をかけ続けるも、依然ダックスフンドは動かない。
「あちゃあ、避難の時に飼い主からはぐれたかこりゃ」
遊園地は飼い主からの司令に絶対服従する人工ペットの入園は認めているらしい。証拠にそのダックスフンドにも昨日見たものと同じ無骨な首輪がかけられている。
しかしミヤは首を横に振って困惑した様子だ。
「あの子、こっちに来ようとしないの。さっきから『こっちに来ないで!』ってばかり」
「お前人工ペットの言葉も分かるのか……ん?」
俺はその時、ばらばらだった思考のピースがぴたりと当てはまるような感触受けた。
劇場型犯罪の特徴として、何事にも意味を求める。それは犯罪手法や目的、場所、そして組織の名前にも意味を求める。
ずっと頭から離れなかったのは、相手側はなぜ『REBIRTH the GOD』などという仰々しい名前を名乗ったのか。
興味本位な好奇心から来るもので、今の事態には大きく関係はしないと断定していた。
今の瞬間までは。
一つの強い確信を抱いた俺は、スマートに滞りなく、腰に携えた緊急兵装の拳銃一丁を両手で持つ。
「しれぇ!?」
「ミヤ、おそらく……『あれ』が爆弾だ」
「ッ!」
その言葉を聞いたミヤは、反射的に距離を取ってファイティングポーズを構える。
その様子を見たダックスフンドは、先程までの弱々しい様から一転。
するどく大きい牙を剥き、グルルルと威嚇するような唸り声を浴びせる。
余程利口らしい。俺たちの敵意をいち早く察知したのだろう。
「『偽装されているか』、『動き回っているか』……答えは両方だったんだ。機械の塊である人工ペットなら、中には爆弾抱えていても気づかないわけだ」
「そんな! じゃあワンちゃんを壊さないと――」
刹那、敵意を抱いた人工ペットが勢い良くその場に飛び降りる。着地した瞬間に「ガコンッ」と機械音が聞こえる。
すると直後、人工ペットの周囲に電撃が走り、光の球体が人工ペットを覆う。
バシュン、と空気が炸裂したような音と同時に光の球体が弾けると、予想外な光景が目に入った。
ダックスフンドのサイズであったはずの人工ペットの体が黒い金属に覆われ、大型犬として有名なボルゾイとほぼ同サイズに巨大化。
特出したるはその形態。動物を限りなく模していたはずの全身は、機械を露出させた無骨で生物味を殺したフォルムに変形。
鋭く尖った金属の牙を持ち、巨大な爪と鋭いセンサーアイ。
頭部の両サイドには巨大な砲門が目立つ他、体のあらゆる箇所に装着された火器類。
愛玩動物とは認めがたいそれは、犬の形を参考にした全身兵器でしかなかった。
「……最近の犬って、鍛えてるんだな。すっごいたくましそうね」
「自立型擬態兵器『ケルベロス』……!?」
口だけは軽く、拳銃を握る両手に力が入る俺。
一方のミヤは禍々しく変身を遂げた人工ペットを見て、険しい顔を覗かせる。
「ミヤは知ってるのか?」
「兵器に改造された人工ペットなの! ……しれぇ、今すぐ離れて!」
「……オーライ。待機する」
俺とケルベロスの間を遮るように割って入り、ミヤは右手を掲げる。
その顔は、太陽のような☻笑顔を忘れないミヤの印象からは想像のつかない、今までに見たことがない鬼気迫ったものであった。
静かに拳銃の銃口を構えながら、後ろに歩き物陰へと身を潜ませる。
ケルベロスの視線が俺に向くことはない。敵意の対象はミヤに向けられたままだ。
俺が身を隠した直後、ケルベロスはけたたましい遠吠えのような機械音を木霊させ、巨大な爪を振り上げながら飛びかかる。
その攻撃の隙を見計らい、ミヤは飛びかかるケルベロスの巨体の下に潜り込み、体術の応用で後ろへとケルベロスの攻撃を受け流す。
そのまま勢いでケルベロスとは反対方向へと距離を取り、間髪入れずに右手の桃色の機械に手をかける。
「変身!」
〈音声認証・指紋認証完了。特殊強化重力外装、装着変身〉
それは俺から見て一瞬の出来事だった。
ミヤが桃色の機械に付属しているレバーを引くと、ハートの形をした機械が桃を割ったように開く。
内部に仕込まれてある指紋認証のパネルに人差し指を押し当て、威勢のいい変身の掛け声と共にポーズを構える。
すると、先程目撃した人工ペットの変貌の光景に似た現象が発生。周囲に電撃が走り、ミヤの体は光の球体に包まれていく。
前よりも大きく炸裂音が響き、ミヤの体を包んでいた光が弾けると、そこには戦装束を纏ったミヤの姿があった。
赤色と桃色を基調にした鋭いフォルムの装甲が両足、胸部、両腕、背中へと。
全身にはボディラインがはっきりと見えるスーツを装着し、髪型はツーサイドアップからポニーテールへと変化。
背中の装甲には二対の透き通る水色の刀身を持つ片手剣を収納している。
さながらその様子は、鬼を退治する、童話の中の幼い戦士を思わせるものだった。