メニーランド・パニック
通信画面に顔を出したヒメは、抑揚が少ない声を維持しつつ、切迫した表情で最初に「落ち着いて聞いてほしい」と注意し、衝撃的な報告をもたらす。
〈……緊急案件、今そこにいるメニーランドに、爆弾がしかけられた可能性がある〉
「ばく……っ!?」
「花火にしちゃ物騒なもんの名前が出たなおい」
ミヤは慌てて開きかけた口を寸止めし、きょろきょろと周囲を見て人がいないかを確認。
俺も特殊機動隊時代に爆破テロの現場に立ち入った経験があるため、パニックには陥らない。
「ヒメ、悪戯っていう可能性はないか?」
〈完全にないとは断定不可。けど……このメールを見て〉
開かれたのは差出人不明の電子メール。このメールは施設のフィルタリングを介して、ヒメの私的なアドレスへと送信されたものらしい。
『神は蘇り、支配種と騙った人間に裁きを下す。小さき生命を蹂躙した罪を知れ。本日十五時、矢木動物園そばの遊園地メニーランドにて祝砲をあげる』
無機質なエゴイズムが凝縮された一文と、手のひらサイズの四角い人工物に時計がつながっている写真。そして『REBIRTH the GOD』と大層な名前を冠する爆破テロ組織名。
前例がない未知なる組織だと言うので、一層と警戒心が強まる。
画像の位置情報を解析した結果、画像はメニーランド内にて撮影されたことは間違いないのだという。
劇場型が入り混じった、威力の証明文といったところだろうか。
一番最初にこれを送るタイプは、おおよそ最初に本物の爆弾を使用して、その後に要求を送りつけるものだろう。
都市部から離れた場所にて威力を証明し、次は人が多い都市部を狙い、要求を呑ませる。常套手段の一種だ。
「姫子、もしかしてこの写真のが?」
〈……うん、画像に写っているのは『小型反動磁力タキオン粒子爆弾』だと推測される〉
「それはそんなにやばいのか?」
ヒメは静かに頷いて続ける。
反動磁力爆弾とは、現在一般化されているリニアモーターカーのエンジン技術を応用したもの。
従来の爆弾と違い爆薬を使用せず、圧縮した磁力を特殊な起爆装置を用いて解放することで、強い磁力と離散した電化タキオン粒子が広範囲の電子機器に著しい悪影響を及ぼす、通称『機械社会の原爆』。影響を受けた機械は、機能の破壊や暴走に陥るという。
サイズを見るに、仮に画像の爆弾が影響を与える範囲は半径約十キロ。
〈周囲の交通機関や遊園地のアトラクションが暴走する危険性が高い〉
それを聞いて俺は小さく舌打ちをひとつ。自動車が暴走する可能性があるということは、先日見た空飛ぶ自動車が地に落ちる可能性だってあるわけだ。
地上の自動車も連鎖的に事故が発生する可能性も含んでいる。
ミヤはさらにそれだけではないと述べる。
「動物園の檻も電子ロックだよ! 動物園も大変なことになっちゃう!」
「すぐそばだから影響も強いってわけか……」
ミヤは強く頷く。ミヤにとっては一般人はもちろん、動物たちも守るべき対象のひとつなのだ。
〈花咲部長も関係各所に要請を出して安全確保に務めている。……現在時刻は午後二時三十分。残り三十分で磁力爆弾を発見してほしい〉
反動磁力爆弾は起爆装置を物理的に破壊すれば解体完了らしく、ミヤが常備している装備でそれが十分に可能だという。
そうしている間にもメニーランド園内の来場客への退園勧告の放送が響き渡る。
表向きは機械不調の可能性があるため緊急メンテナンスを行う体で、スタッフが来場客の誘導を始めているところだ。ハナの仕事はさすがに早い。
俺はその様子を一度確認した後、ヒメとの通信画面に向き直る。
「ヒメ、俺はどうすればいい?」
〈……あなたはまだ部隊の人間ではない一般人。通常なら避難するところ〉
「しれぇも何かあったら危ないよ! ボクひとりでも大丈夫だから!」
「……」
確かにそれも事実だ。俺はあくまでミヤの休日の付き添いでここにいただけ。
特出した超能力もなければ、天才的な頭脳もない。今の体は無力に近いごく普通な幼女の体、腕っ節が強いわけでもない小さな体だ。
だが、俺は『たかがそのため』のことで納得は出来なかった。
「一般人じゃねぇ。俺はミヤの友達で保護者だ。お守のガキ置いて逃げられるか」
「しれぇ……!」
〈……〉
「あいにく爆弾騒ぎなんて慣れてるんでね。一人で探すより二人の方が早いだろ。お前らには『経験』だけは絶対に負けねぇ」
ヒメは数秒だけ思考を巡らせ、すぐに持ち直すと俺に向かい強く頷く。それを見て、俺も返すように頷く。
はっきりとしたヒメの様子に、もしかしてヒメは俺のプロフィールのことを知っているのではないか、という疑問が浮かぶが今はそれを気にする暇がない。
〈ミヤの荷物の中に予備兵装がある。花咲部長には伝えておく……二人共、お願い〉
「分かった!」
「合点」
同時に、反動磁力爆弾の可能性を考慮する都合上、外部からの応援も時間ギリギリになるとヒメは補足し、俺とミヤは互いにそれをチェック。
返事を確認するとヒメは間髪入れず通信を切り上げる。ミヤはすぐに俺の持つリュックサックの中を弄り、取り出したのはミヤの唯一の荷物であった救急箱だ。
ミヤは緑色の十字が刻印されている部分を強く押すと、箱の上部にロックナンバーキーのタッチパネルがオープン。
十桁の数字を入力すると救急箱の底の部分がスライドし、中から機械質なベルトのようなものが差し出される。
「これ、緊急用の兵装なんだ。しれぇが持ってて」
「そんな仕組みになってたのかそれ……ミヤは?」
「私は私だけの"とっておき"があるから大丈夫!」
自信たっぷりに語りながら、右手を掲げる。右手首には赤いアンクレットのようなものと、それに装着された無骨な桃色の機械。
機械の形は桃のようにもハートの形にも見える。ミヤの安全が確保されているなら問題ない、と「了解」の返事。
「しれぇ、その……ありがと」
「例を言うなら仕事の後に――」
とぼやきかけた直後にミヤが「そのことじゃないの!」と強く否定。
すぐに「あっ、そっちもだけど」と訂正。ミヤらしくない微妙にしどろもどろした様子に疑問を持ったので、ミヤのそばに駆け寄る。
「どうした?」
「……『友達』って言ってくれて」
予想していなかった返答だったが、それを聞いて俺は苦笑しながらミヤの頭に手を乗せ、わしゃわしゃと頭をなでる。
結局寂しがり屋なんじゃないの、と内心微笑ましながら思いつつ。
「バーカ。友達兼保護者だ。これが終わったあとにいくらでも甘えるこったな」
「じゃあ終わったら『わらべ唄』のオムライスいっぱいお願い!」
「結局食い意地かよ!」
この二日という短い時間の中で定番となったやり取りを交え、互いに柔らかい笑顔を見せつつ、すぐにきっぱりとした表情と視線に切り替わる。
「ミヤ、二十分後に合流。見つけ次第すぐに」
「分かった!」
「おっと、俺への返事は『オール・ステンバイ』だ。オッケイ?」
「オール・ステンバイ!」
特殊機動隊時代の返し文句を気障っぽく仕込んで、ミヤと俺はそれぞれ逆方向に別れ捜索を開始する。
渡されたベルトのようなものをワンタッチで装着すると、自動でサイズを調整されたベルトが腰に巻き付き、何もなかったはずの部分に光が走り、ホルダーにセットされた拳銃が二丁、虚空から出現。
SF映画でよく見るようなテレポーテーション技術なのだろうか。どういった仕組みなのか今度ヒメに聞いてみるとしよう。
同時に腕に装着された高機能デジタル腕時計は十四時三十三分を指し示す。
「ハンドガン二丁……十分!」
爆弾騒ぎの犯人が近くにいないとは限らない。
俺の中で疼いている緊張感と、久しぶりに感じる現場の空気に、俺は恐怖することなく、不敵に笑みを一瞬こぼしつつ、走り出す。