今度はみんなで
幼女二人が穏やかな休日を過ごしている間も、チルドレン・ターミナル、通称『竜宮城』は休まることはない。
特に竜宮城が管理する、桃井魅夜子と浦島姫子が所属する部隊は、政府直轄国防組織ネットワークが、危険度が高い超能力事件や大災害と認定した『第三種的先鋭案件』や、国家に著しい悪影響を与えると認定された『第一級緊急案件』に動く特殊部隊。
それ故、いかなる緊急事態にも対応できるよう備えねばならない。
放置すれば国の安全に関わる案件も取り扱う以上、それに携わる子供たちの肩には重く大きい責務がのしかかる。
だからこそ、この部隊には慎重に選出された精鋭が所属する。特にこの『竜宮城』の一括管理を任されている浦島姫子は、部隊の大黒柱と言える。
リアルタイムで受信される様々な情報。全国各地の天気予報、軌道上の衛星稼働状況、各地関連組織調査報告、エトセトラ。
それらの莫大な情報の海を瞬時に整理、解析し、必要としている情報を発信する。
それが浦島姫子の主な仕事だ。また彼女は組織内の機材や兵装開発にも携わる以上、多忙を極める。
同組織の科学者仲間の間では、車椅子に乗りながら、尋常ではないスピードで仕事を遂行していく様を『車椅子の千手観音』と呼んでいる。
まさに新時代的な超人幼女だ。
しかし、たとえ黙々と仕事を遂行する仕事人と評価される彼女でも、幼女は幼女なのだ。
「……花咲部長、これ、兵装開発科Bブロックに」
「はーい」
「……花咲部長、エネルギー管理科の室長にこれを」
「かしこまりましたー」
「……花咲部長、警視庁特殊装備科にこの資料を」
「は、はーい」
「……花咲部長」
「浦島さぁん……私の腕は二本だけですよー」
流れ作業で華に渡される幾重にも重なる紙媒体資料。それらがわんこそばのようにひとつ、ふたつ、みっつと積み上げられる。
気がつけば華の両手には限界量スレスレの資料の山。普段から効率的を求める姫子らしくない光景だ。
もちろん姫子の故意である。
「お願い」
「えぇー……は、運べるかなー」
迫る視線で姫子は華を見つめる。
そして追い打ちをかけるように「……これも追加」と資料の山の上に小包が投げ込まれた直後に、華の弱々しい悲鳴と共に資料の山が崩れ去る。
「あ、あんまりですよー」
華は涙目で姫子に訴えかけると、姫子も無表情のままだが、眉が申し訳なさそうに垂れ下がりながらし謝罪。
「……らしくなかった。ごめんなさい」
「いえ、気にしていませんよー」とすぐにほがらか笑顔に戻った華も資料をまとめる。
しかし華も伊達に何年も姫子と接していない。姫子の様子が不自然なのは明白だった。
「……もしかして、怒ってます?」
「……怒ってない」
いつも通りの抑揚の少ない声で姫子は答える。ならば華の心当たりはひとつしかない。
「もしかしてー、桃井さんと一緒に遊びに行けなくて、拗ねてたりー」
「……」
実にわかりやすく、姫子は沈黙の肯定。それを見た華は申し訳なさそうに姫子を見る。
「ごめんなさい。浦島さんは他の三人と比べて、休みが取りづらくてー……」
「……都合上、私がここから離れるのは難しい。仕方ない」
姫子が担う第一の仕事は、緊急事態を察知すること。姫子がいなければ仕事も始まらない以上、安安と姫子が離れるわけにもいかない。
それはもちろん本人も承知の上だが、やはり「友達と遊びたい」という欲が皆無というわけではないのだ。
特に今回は親友である魅夜子だけ、ということで思うこともある。
その様子を見た華は「この時を待っていた」とばかりに☻笑顔を見せる。
「ふふ、けどー、ちゃーんと桃井さんは浦島さんのこと、忘れてないですよー」
華が懐から取り出したのは、封筒に入った一枚のチケットのようなものだ。チケットの内容は「アニマルランド&シーワールド」の団体入場券。
大の水族館好きである姫子にとっては目が離せぬものであり、それを受け取った姫子の顔が、無表情ながらもどこか喜びを香らせている。
「実は近いうちに、四人全員の休み合わせようと思ってたのでー。これ、桃井さんに頼まれてたんですよー」
「……」
見知ったばかりの人には分からないであろうが、姫子のオーラが歓喜に染まる。
今まで感じていたストレスがつむじ風吹き飛ばされていく。
姫子は先程までゆったりとしていたのが嘘のようにしゃきっとした顔で、車椅子に付いているレバーでギアチェンジしながら、高速モードで廊下に躍り出る。
「浦島さんー? どこに行くんですかー」
「……溜まっていた仕事、片付ける」
その刹那の直後に車椅子は四十キロの速度で広い廊下を駈ける。その様子を見ていた華も満足そうに糸目笑顔。
やっとまとまった資料を抱え、同じように事務仕事を片付けようとした矢先のことであった。
「花咲部長、急務連絡が……」
「急務連絡ですかー?」
一人の事務部員が竜宮城の機械を操作しつつ、華に見せたひとつの差出人不明メール。
それは、穏やかな休日の破壊を報せる警鐘であった。
「――これはー。お休みは終わりみたいですねー」
華はメールの一文をじっと見つめ、張り詰めた表情でそう呟くのだった。
『本日十五時、矢木動物園そばの遊園地メニーランドにて祝砲をあげる』
無機質な一文と一緒に、爆破テロ組織『REBIRTH the GOD』の名前と、爆弾と思わしき物体の写真が添えられていた。
◇ ◆ ◇
動物園を一周しほくほく☻笑顔のミヤと、柄でもなくこの年で楽しんでしまった俺。
次に向かうは動物園のすぐそばにある古い遊園地『メニーランド』だ。耳に残るローカルなCMソングが微妙に有名である。
メリーゴーランドやバイキングといった有名所が揃う中、定番中の定番であるジェットコースターを差し置いてミヤが一番興味を持ったのは――
「コーヒーカップかぁ。この時代にもまだあるんだなぁ」
「グルグル回すんだよね!」
俺の内心は安堵していた。情けない話ではあるが、俺は絶叫系と分類されるアトラクションがヘビ以上に苦手なのだ。
実を言うと、そもそも遊園地を初めて体験したのも三十歳になってから。
その時は一緒に来ていた同僚たちに連行されるように"日本一高い"ジェットコースターとやらに乗りこんだのはいいものの、予想の五十倍くらい怖く大絶叫。
お化け屋敷はてんで恐怖を感じなかった分、その時は同僚も意外な反応に驚愕。
降りた際に「命の危機を感じるのは仕事だけで十分だこんにゃろーっ!」と、大の大人が泣きじゃくりながら叫んだ話は、比喩ではなく死ぬまで笑い話になった。
そういった経緯もあり、ミヤと和気藹々とコーヒーカップに乗り込む。
乗る際にシートベルトの着用を義務付けられたが、一種の過保護な安全対策なのだろう。
この時まではそう思っていた。
スタートのブザーが鳴った直後、俺の視界は線となる。
「みゃ゛ああああああああああああああ!?」
「速いはやーい!」
ミヤがハンドルを握り回した瞬間に襲いかかる尋常ではないスピードと遠心力。
一体どこからその力が出るのかと叫びたいが、今の俺には幼女らしい悲鳴しかあげられないのだ。
回る。景色を楽しむ暇もなくコーヒーカップは回る。
ミヤは回せば回すほど加速していくコーヒーカップにご満悦できゃっきゃわいわいと笑うが、俺は加速に蹂躙されていく。
「ほらしれぇ! コーヒーカップが浮いてるよ! 高い高い!」
「これもう別のアトラクションだろおおおおお!?」
科学の発達は身を滅ぼす。謎の理論によって空中に浮く高速回転コーヒーカップ。
アトラクションの一環として突如空に浮いたコーヒーカップの中で、俺は苦手なものにコーヒーカップを追加することにした。
体感時間が長いコーヒーカップが終わり、げっそりとした俺を案じてミヤがベンチまで運んでいく。
「だいじょーぶ……? 夜ふかしした後の姫子みたいになってるよ?」
「ダイジョーブヨ。チョト疲れたダケネ」
長く気分が悪いというわけではないので心配無用だが、ミヤはそれとなく責任を感じているらしく。
リラックスしてベンチにもたれかかっていた俺の体を寄せて、ミヤは自分の膝に、俺の頭を乗せる。
遠慮しようという考えと照れもあったが、今は甘えようと、膝に頭を預ける。
「姫子が疲れてる時はいつもこうしてるんだ」
「……仲良いのか?」
その問いに素直にミヤは頷く。一見して水と油のような二人であるが、意外にもお互いを『唯一無二の親友』として認めあっているようだ。
それを聞いて遅く気づく。
ミヤは俺を『司令』と呼び、ハナのことも『花咲さん』と呼ぶが、ヒメのことは『姫子』と唯一呼び捨てだった。
「姫子は私達の中で一番の頑張り屋さんなんだ。だから姫子がいないとボクってなーんにもできない!」
遠慮でも自虐でもなく、ミヤらしい素直でまっすぐな思いが聞こえてくる。
ミヤは優しい顔で話を続ける。能力のコントロールが一番下手な自分でも、部隊で活躍できているのはヒメのサポートのおかげ。
だから頑張りすぎるヒメをこうやって休ませたいと思って膝枕を始めて、もっと仲良くなった気がする。とも述べる。
「部隊って言っても、なにをするんだ?」
「うーんとね……あれみたいなの!」
ミヤが指差す先では、春恒例の遊園地ヒーローショーがちょうど始まっていたところだった。
仮面を被った変身ヒーローが、黒ずくめの悪の組織戦闘員をなぎ払い、怪人と拳を交える。
昔のものから大きく進歩した映像技術によるプロジェクションマッピングと動作を合わせることにより、特撮を再現したようなヒーローショーが繰り広げられている。
「悪い奴らを倒したり、困ってる人を助けたり! 姫子が『いわゆる何でも屋みたいなの』って言ってた!」
「そりゃ分かりやすい」
つまり困った時に呼ぶ助っ人のようなもの。
それ故に仕事が極端に多いわけではないが、出動する際はほとんどが大変な激務で、待機上の問題から外出許可をもらうのもなかなか難しいらしい。
だからこその、今日の喜び様があるわけだ。
「今度はみーんなで来るよ!」
「部隊のみんなでか?」
「そーだよ! 今度はパンダとかクジラが見てみたいの! しれぇも一緒だよ!」
「そうだなぁ……そん時ぐらいは付き合ってやるよ」
自然と「また遊びに来よう」という約束を交わす。気がつけば『司令』という呼びにも、不思議な遠慮はなくなっていた。
それとなくミヤの優しい顔を見つめると、『楽しい』という感情が伝播してくるようだった。
――しかし、穏やかな時間は一本の電話で敢え無く崩れ去ることとなる。
「あれ? 姫子から電話だ」とミヤの前に実体のない電子画面と着信画面。
耳にセットされた超小型の投影装置によって空中に映し出されている仕組みだという。
俺はその通信に、得体のしれぬ不安を察知し起き上がる。
「もし緊急事態があれば、すぐに通信する」というハナの言葉を思い出していたからだ。