おむすびときび団子
その後は服を購入し、脱いだジャージは持参してきたリュックサックの中へ。軽い買い物を済ませたら丁度良い時間に。
俺は人生で初めてリニアモーターカーを見たが、今の時代ではリニアモーターカーが一般化されているという。
三十年前はおよそ一時間半ほどかかったと記憶していた目的地までの新幹線の道も、現在では最新鋭リニアモーターカーの道となっていた。
気がつけば三十分ほどで目的地に到着し、俺はやっと発達した科学というものをしみじみと実感。
ピンクを基調としたカジュアルな服に着替え、どこに言っても恥ずかしくなくなったミヤも、人生初めてのリニアモーターカーに興奮気味。
さすがに教育が行き届いているのか、公共の場ではやかましく騒がなかったものの、きょろきょろとしていた目線と、座りながらぱたぱたと動かしっぱなしの足が、嬉しさを滲ませていた。
降りた際に「帰りも乗るんだよね!」とすぐ俺に聞いてきた様子から見て、よほど気に入ったようである。
俺も俺で、その様子を見て、初めて新幹線に乗った時のことを思い出し、苦笑気味の思い出し笑い。 モーターカーを降りてからは、今の時代では少なくなったという地上走行の、動物園直通バスに乗り込む。
その場所の地方が地方のためか、外の空気はかすかに肌寒い。
冬服を着ているバスの乗客もちらほら見えた。
ミヤはまったくと言っていいほど気にしていない様子。子供は風の子。
そんな傍観的な視線をしている俺もまた一人の幼女。バスの乗客であるおばあちゃんが、俺とミヤを姉妹だと勘違いしておやつをくれたり、後ろに座ってきた年下の子供にやたら懐かれたり。
道中そんなことがありながらも、三十分ほどで目的地である『矢木動物園』に到着する。
「とーちゃく!」
「休日だからか人が多いなぁ……」
子供連れの団体客が多いのは予測できたが、意外にも若いカップルも多い。おそらくそばにある遊園地のついでだったりなのだろう。
幼女二人ではすぐにはぐれてしまいそうだ。反射的にミヤの手を握る。
「こりゃ一緒じゃないとはぐれるな。手、離すなよ」
あくまで保護者的な考えの上での行動のつもりであったが、ミヤはそれを見ると、これまた異様に嬉しがるような☻笑顔を見せる。
「ふぇへへへ」
「なんだい、その笑い方」
「こうしてると、『仲良し』で『お友達』って感じだね!」
「はぁ……」
イマイチなんで喜んでいるかが察知できないが、手を繋ぐことが嬉しいのなら安いものだ。
パンフレットを開いて、早速ルートを決めよう。
「じゃあミヤは最初にどこ見たい?」
「爬虫類館!」
「渋いねぇ……オッケイ、じゃ行ってみよう」
かくいう俺は、その昔、テントで寝ていたところを毒蛇に噛まれて痛い思いをした記憶があるため、少しばかり苦手意識がある。
さすがにケージの中の蛇なら、とあまり気にはせず、ミヤと手を繋いだまま爬虫類館へと。
到着した矢先に、今の俺にはとても大きく見える亀の骨格標本にぎょっとしつつも、一方のミヤはこれまたいい笑顔で見て回っていく。
特にミヤが気に入ったのはボールニシキヘビで、刺激を受けると名前のごとく丸くなるらしい。
「ヘビ、好きなの?」
「動物はみーんな大好き! だってみんな友達だもん!」
ペットは飼えないから寂しい、ともまた愚痴っぽく漏らしつつ。あの施設では確かにそういうのには口うるさそうだ。
ミヤはじーっと、食らいつくようにボールニシキヘビから目を離さない。よく飽きないものだと思ったが、どうやらミヤはただ"見ているだけ"ではないのだという。
「どうした? そんな食い入るみたいに見て」
「今、この子とお話してるの!」
「ふーん……ちなみに今、なんて言ってる?」
「『隣にいるのはお姉さんか』だって」
「だから違うつってんだろ! 似てないから、全然似てないから!」
本日二回目の質問をもらいつつ、ミヤに尋ねる。
ミヤは動物と対話することが出来るらしく、それ故に動物が大好きなのだとか。
通常なら子供のかわいい妄想だと笑うところだが、今の状況となっては本気なのか冗談なのかさえ判断し難いので"そういうもの"と思い、深くは立ち入らない。
しかしこの後も、爬虫類館から出て、キリンやゾウやらホッキョクグマやらの檻の前を通るたびに「初めまして!」「こんにちは!」と例外なく挨拶するのを見て、実に微笑ましく思えた。
俺もミヤと一緒にいて、心の余裕ができたのかもしれない。
自然体で無邪気なミヤのおかげだろうか。俺がやっと慣れてきたのか。
さすがに猿山のサルに、ミヤが喧嘩を売られたと言って、猿山に飛び込みそうになった時は冷や汗をかいたが。
その後、俺にお叱りを受けてすぐに反省をしたので、ミヤはやはり"少し変わっている"だけの普通の良い娘だ。
「でもお腹空いたぁ……」
「お前はほんと、花より団子だなぁ……まだ半分しか回ってないのに」
ミヤが必ず動物に話しかけるものなので、長居していたせいもあるが、気がつけば昼食の時間に差し掛かっていた。
ミヤの腹時計も分かりやすくランチの時間を知らせてくる。実に出来がいい腹時計だ。
だが残念なことに園内にはフードコーナーはない。こうならないようにと、出発前にハンバーガー二十個ぐらい食べさせたものの、モンスター級の食い意地の前ではそれもノーカン扱い。
最も、俺もこの事態には昨日の時点で目にみえるように予測はできていたのでぬかりはない。
「ほら、これでも食って我慢しとけ」
「あっ、おむすびときび団子!」
ミヤもまた現金な奴で、リュックサックに詰めていた大量のおむすびときび団子を見せると、げんなりしていた顔が、水を浴びたように晴れやかな笑顔に。
かなりの重さだが、浦島姫子特製ということでまったく重さは感じなかった。理屈はさっぱりだが、未来の科学バンザイ。
大半作ったのは喫茶店『わらべ唄』のマスターである老夫婦。ミヤの好物はオムライスとおむすび、そしてきび団子だと聞いて、俺もそれとなく一緒になって作った。
その証拠に、慣れない幼女の手で懸命に作った凸凹ビッグサイズのおむすびがちらほらと。
「あそこの喫茶店で作ってくれたんだ。今度会った時には礼を言っとけよ」
それはそれは孫の弁当を作るように丁寧に丁寧に作っていた。変な意味でなく、よほど子供が好きなのだろうか。
そしてミヤは嬉しさのあまり、飛びかかるような勢いで俺に前から抱きついてくる。
「しれぇ大好きありがとーっ!」
「ことあるごとに抱きついてくるな!」
「しれぇも作ってくれたんだよね!」
「な、なぜばれたし」
「なんとなく分かったの! しれぇ大好き!」
子供の直感とは時に恐ろしい。
こういう反応されるのが照れくさく、黙っていてもすぐにバレてしまう。
「後、しれぇって呼ぶんじゃない! はなせー!」
早急に司令官呼びを訂正させることを誓いつつ、こんなやり取りに内心、無自覚のうちに俺は充実感を抱きつつあった。
「――ごちそーさまでした!」
「ブラックホール胃袋……」
ちなみにおむすび二十合分ときび団子二キロは五分で完食された。お前の胃袋はゾウか、桃井魅夜子。