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待ち合わせは春うららに

 しかしこの花咲華という幼女、実に諦めが悪く、機転がきく人間であった。


「それじゃあ"体験"してみるというのはいかがでしょうかー」

「つまりどういうこったぁ」


 ハナが言うに、そもそも俺は法律に則って専用施設に保護されることは確定。

 "今の俺の体"の都合上、その決定は覆せない。そもそも、今の俺の体も普通ではないのだが、その節は割愛する。

 しかし施設に所属する前に、必ず『研修』を受けなければならないのだという。


「研修つっても何をするんだ? 俺は特別なことはできないぞ」

「重要なのは先天技能ではないんですよー。研修では、子供たちとのコミュニケーション能力がテストされるんですー」


 昨今の様々な事情もあり、特に第三種先天技能を持った子供たちは、経歴に"ワケあり"なことも多い。

 最も重要視されるのは、子供たちから信頼を得ること出来るコミュニケーション能力だ。保護されている子供たちが特別であるならなおさら、扱いは慎重でなければならない。

 事実、『竜宮城』では先天技能を持たない一般人の職員も多く存在するらしい。そのほとんどは教員免許や保育士免許を持つ、教育現場を経験した社会人たち。

 ハナは俺を『教育現場経験者』としてテストをしたいのだという。ものは言いようである。


「越前さんは何分"特殊な"人間ですからねー。その特殊性から見て、第三種先天技能研究センターは色々と都合がいい。そちらにとっても悪い話ではないと思いますがー?」


 にへらとしたハナの糸目スマイルが、妙に突き刺さる。確かに境遇を知る人間がそばにいるのは何よりであるし、まず逃げられないということは理解できた。


「じゃあ、とりあえずだ。とりあえず。で、俺は何をすればいいんだ?」

「研修方法はその都度変わるんですけどー……明日、桃井さんと一緒に、お外へお出かけしていただきたいんですー」

「はい?」

「ふぇ?」


 瞬間、俺とミヤの素っ頓狂な声が、喫茶店『わらべ唄』に響いた。


   ◇ ◆ ◇


 三月某日。春うらら、長袖では少し暑いと感じる陽気の土曜日。

 俺は人生初めての女児服を着ながら、東京駅の前にて待ち合わせをしていた。屈辱である。

 なまじ長くしなやかで綺麗な銀髪、客観的に見て整っていると見える顔。

 そして俺の性格に不似合いな、上品さを醸し出す純白のワンピースに麦わら帽子。

 中身が四十歳おっさんと知られればそれこそトンデモないものだが、それさえ隠せばそれなりに様になっているのがさらに悔しい。

 「せめて下着はどうにかしてくれ」と懇願し、結果、スカートの中は女児用スパッツである。まったく解決策になっていない。

 しかしこの服を善意で提供してくださった喫茶店『わらべ唄』の老夫婦のいい笑顔を見た立場では、着ないでは着ないでちょっとの罪悪感を感じるのも難儀な話。

 さすがに「ああこりゃめんこいなぁ!」と写真を撮られた時には、プランクトンぐらいの殺意を抱いたが余談である。ちなみにこの服一式はハナのお下がりだという。

 唯一この服を着てよいと思ったのは、胸の部分がきつかったことだ。まったく名誉にならない勝者の悦である。


「しれぇぇぇぇ!」


 唐突に後ろから聞こえてくる元気過ぎる声。瞬間にデジャヴを感じた時には時すでに遅し。

 例通りに後ろからミヤが、これまた元気よく抱きついてくる。

 今回はなんとか受け止めきれたことが進歩だろうか。


「またか! またお前か!」

「挨拶だよー! あいさつ!」


 昨日知り合ったばっかりの野郎(今は幼女)に熱いスキンシップは実に結構。人懐っこい犬のようだ。今回は満足げに自分から降りてくれた。


「そしてなんだ今の『しれぇぇぇぇ!』って」

「だって昨日『しれぇかん』だって!」


 どうやら、ミヤは俺が部隊とやらの司令官になると思ったままのようだ。昨日はよほどオムライスに夢中だったのだろう。

 「いやぁ、それはまだ決定じゃなくてだなぁ」といち早く訂正を求めるより、俺には気になることがひとつあった。


「――って、なんでお前、ジャージなんだ?」

「勝負服だよ! それに外に出る服ってこれぐらいしかないし……」

「お前は何と勝負してくるんだ……」


 ある程度想定通りではあったが、やはり微妙に価値観がズレている気がする。

 どうやら昨日着ていたラフな服装は潜入用に支給されたものらしく、厳密には私服ではないのだとか。

 潜入用の服を私服にするとはこれいかに。

 しかもこれといった荷物といえば、片手には緑色の十字が刻まれているプラスチックの白いケース。

 どこをどう見ても救急箱にしか見えない。実際、ミヤに聞いてみても予定調和に救急箱だという答えが返ってくる。


「だって動物園に行くんでしょ?」

「そりゃミヤの希望なわけだしな」

「だってライオンとかゾウとかいっぱいなんでしょ?」

「まぁ、動物園だからな」

「クマとかトラとか、いっぱい戦うんだよね!」

「俺達は動物園を潰しに行くんじゃないよ! 見に行くの!」


 どうやら動物園を地下格闘闘技場かなにかと勘違いしているようだ。道理で動きやすい服装なわけで。

 見るだけ、と聞いてミヤは少し残念そうな表情。しかしすぐに気を取り直して笑顔を見せる。


「でもすぐ近くに遊園地あるんだよね! 遊園地!」

「まぁ地方都市の小さい遊園地だけどな」

「ふぇへへへ」


 それを確認したミヤは漏れ出すような喜びの☻笑顔を堂々と見せる。やはりどれほど特別扱いされようが、幼女は幼女であることを再確認。

 ハナ曰く、ミヤがプライベートで都外まで遠出するのは初めてのようで、そのせいか随分と上機嫌のようである。

 「外出する時は決まって二時間だけ」と不満げに愚痴を零すヒナ。

 今日は夕方まで外出許可が出ているというので、俺は保護者としてゆっくり付き合うこととしよう。

 保護者も幼女とはいかがなものかとは思う節もあるが。

 「早く行こっ!」と勢い良くミヤは俺の手を引っ張ろうとするも、俺はそれに待ったをかける。


「すとっぷすとっぷ! リニアが来るまでまだ時間があるんだ」

「そーなんだー……どうする? ゲーセン行こうか! ボク、新しい格闘ゲームやりたい!」


 好みや考え方が微妙に男子っぽいのがミヤの魅力なのだろう。

 しかし、俺はあくまで『普通の女の子』としてミヤを見ているので、やはりどうしても服装が気になっているところだった。


「ゲーセンよりも、お前には『あそこ』だな」


 俺が指指す先には、子連れママが贔屓にしている子供服専門のチェーン店。三十年前と変わらない店の名前とロゴマークにそれとなく安心感を覚える。

 一方のミヤは、やはりというべきか、馴染のない店にきょとんとしている。


「……服屋さん?」

「おでかけする時の"正装"ってやつを教えてやるよ」


 と、主導権をずっと握られたままなのも癪であるので、今度は俺からミヤの手を引っ張る。

 大げさな前振りをしたが、要はジャージから私服に着替えさせるだけの話である。

 好きに使って良い、とハナから許可を頂いている現金十万が入った財布を胸に仕舞い、ミヤの手を引く。

 この時、握られた手を見て、ミヤが嬉しそうな顔をしていることを、少し後に気づいたのだった。

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