喫茶店『わらべ唄』にて
軽く歩いた場所にある食事処にて、ということになったのはいいものの、依然として状況把握は出来ずじまいである。
ミヤは動きやすいラフな私服に着替え、ヒメは変わらず大きい白衣のまま。花咲――愛称はハナに決定――は似合わないフォーマルスーツから白の上品なワンピース。
かくいう俺は不格好で古臭い軍服のままであるので、この中で一番浮いているの。しかし"着慣れた一張羅"は実に捨てがたいのだ。
閑話休題。
都内某区の裏路地、先天技能研究センターから徒歩十分の場所にある小さな喫茶店。今、俺達四人がいる喫茶店『わらべ唄』はハナの実家だということ。
せっかくなので無一文の俺は、そこで昼食を厄介させていただくことにした。
「うみゃい! オムライスおかわり!」
「こらこら、食べながら話さない」
ある意味イメージ通り、いや、イメージ以上に大喰らいなミヤ。口の周りにケチャップのヒゲを生やしているのを見ると、俺としては放っておけずティッシュで拭き取り。
そしてその様子をぼーっと傍観しながらヒメはアイスコーヒーを一口。喫茶店の主である老夫婦は孫を見るような笑顔で眺めている。
その様子を見て、かすかに"昔のこと"を思い出す。初めて両親に孫を見せに行った時の情景と重ね合わせるが、それも"過去の話"となった以上、多くは語らない。
「それで、結局あの施設はなんなのか。この子たちは何者なのか。俺はこれからどうなるかっつー話なんだよ――っぷはぁー!」
ヤケクソ気味に、近所の駄菓子屋で購入した子供ビールを一口。
正直本物を知ってる口でうまいとは言えないが、これも健全な青少年たち育成のためである。今は幼女故仕方なし。
「あっ、その話、覚えてたんですねー」
「いきなしあんな宣告受けたらそりゃなぁ。あ、手羽先ひとつ」
「オムライスおかわり!」
「はいなー」
「手羽先あるんだ……」
軽く冗談で言ったはずなのだが、お爺ちゃんがこれまた軽く返事をくれた。
喫茶店に手羽先はマッチするのか、と疑問だがもはやそれも気にしない。今の俺は大体のことでは驚かない。おそらく。
ハナはフレンチトーストを食べ終えつつ話を続ける。
「あの場所は、子どもたちが持つ"特殊な先天技能"を研究する場所なんですよー」
俺が知る先天技能は、せいぜい"類まれなるIQ"や"絵画の才"を持つ子どもたちはテレビやニュースで見たことがある。
しかしこれはあくまで"三十年前"の情報。
今の時代はそのレベルをはるかに超えた先天技能を持つ子どもたちが、少なからずながらも、存在しているのだという。
「あそこが研究している『第三種先天技能』は、今の人類の科学では到底分析が出来ない『超能力』と分類される先天技能を研究しているんですよー」
曰く、第三種と分類される先天技能は、アニメの世界と差異がないほどの特殊すぎる能力を指すという。
時には大型ビルを燃やし尽くしたり―
時には万有引力に逆らったり――
時には物体を元素から作り変える――
超能力は共通して児童に発現し、『アドベント・チルドレン』と呼ばれるようになった彼らは、世界各国の極秘機関にて保護及び研究されている。
日本の特児法が設立された影には、政府が『アドベント・チルドレン』を発見し保護を行うための"網"とする理由も大きいのだという。
発現率は女性の比率が高く、その影響で施設には幼女が多い。
そしてほとんどの国で例外なく――
「そいつらは研究され、利用されてるっつーことか。あんな金食いな施設と部隊なんかを作って」
その言葉にハナは否定をしない。
「世界をあげて特別な子供たちをより多く集められるか。この考えが世界を動かしているんです。実際、知られないうちに、世界は"子供たち"によって変わってきているんですよー」
「たとえばあれ」とハナが指すのは、喫茶店の客である中年夫婦がおんぶしている小型犬だ。目立つとすれば、ネームプレートに「てつ」と書かれている少し武骨な首輪程度。
一見、俺の目には普通の犬に見える。
「ダックスフンドがどうかしたのか?」
「……専用のバイタル情報管理リングとタグがついてる。あれは私が開発した"人工ペット"」
不意に口を開いたのはアイスコーヒーを飲み終えたヒメだった。抑揚が少ないながらも説明をくれる。
人工という言葉から察するにおそらく、普通に見える容姿の下は無機質な機械だということだろう。
しかし、しっぽの動き、目線、歩く動作、口の動き方――どれをとっても自然だ、という感想しか抱けなかった。
「よくできてんなぁ。俺ぁ通販で売られてたもんぐらいしか知らねぇが……」
「浦島さんは天才発明家なんですー。空飛ぶ車の反重力エンジンやら、一日で太陽まで届く超高速ミサイルやら……この子が作ったものは数え切れません」
通称『竜宮城』と呼ばれる先程の施設を設計し開発したのもヒメ。原子力発電の十倍の効率を誇る反重力発電を開発したのもヒメ。
最近は巨大サイズの二足歩行ロボットを開発してテスト中である――と、普通ではホラとしか思えない功績があれやこれやとあがってくる。
九歳のうちにこの子は普通の科学者何人分の功績をあげているのやら、と無粋な考えも浮かぶが、それらがすべて真実ならば、確かに「特別な子供たちの確保が重要」という考えになるのも頷ける。
なおこの時点では疑い半分といったところ。
ふと疑問に思ったのは、先程から無尽蔵な量のオムライスを食べているミヤについてだ。
「じゃあこいつも何かあるってのか? ってこらこら、口周りは拭きなさいっての」
「ほははひー!」
「こいつ食べながらおかわりしてやがる……」
食い意地が人外級ならとても納得がいく。
「……魅夜子は、運動神経抜群」
意外にも口を開いたのはヒメだった。しかし運動神経抜群と、『特技:体育』のような表現をされてもどうにも分かりづらい。
「たとえばですねー」と口がオムライスで動かないミヤに代わって話を続ける。
「アフリカゾウでお手玉ができますねー」
「うっそだぁ!」
「本気を出せば音速で走れます」
「そんな青いハリネズミじゃないんだから!」
これもまたとても信じがたい情報の連続である。それが本当ならば、最早地球上の生物と認めがたいほどに強烈なインパクトである。
しかし赤いヒゲをつけたミヤは不満げに「ほんとのほんと!」と反論。
「目の前で見たらまーだ信用できるけども」
「今はダメですねー。桃井さんはあまりに強力な力ですので、こちらで制限してるんですよー」
さらに聞くと、ミヤが装着しているチョーカーのようなものは制限装置らしい。気がつく術もないが、ミヤの体には現在進行形で地球の一五〇倍の重力がのしかかっているという。
ますます胡散臭いと思うのはここだけの話だ。
「うーん……まぁ、食い意地がすごいのは分かった」
というのが、俺のとりあえずの結論である。
理解できた事実は、今、世界の中心は幼女に向きつつあるということだけ。
ちなみに、「……消費カロリー、人間の二十倍」というヒメの補足情報だけは、妙な説得力があった。
しかし、ここまで長々とした説明を受けてなお、俺には分からないことがあった。
「で、それでだ。なんで俺が司令官?」
「なんとなくぴったりかなーと思いましてー」
先程の説明と打って変わって、なんともシンプルかつあやふやな返しについ拍子抜け。
「なんとなく」とは言っているものの、ちっとも俺がそれに相応しい理由が見えてこない。
確かに、俺を保護した研究者団体は、「生活のサポートや斡旋をしてくれる」と説明はしていたものの、現代社会の全てを知らない箱入り状態な俺に、いきなりそのような仕事を押し付けられても、戸惑いしか覚えない。
それが一筋縄でいかないならなおのこと。
「俺は確かに"おかしな幼女"ではあるけども、そんな人外オリンピック選手のお守りには不釣り合いだろう」
「でも、元は特殊機動隊の隊長でしたよねー?」
「それはそれ。俺に特別な力があるのならともかくだなぁ」
すべての話が真実なのだとしたら、尚更だ。
今回の相手、ミヤとヒメ、そしてまだ見ぬトンデモ幼女がもう二人。そして俺。
これらの間では、立つステージが違う。見る世界も違う。
道楽でダンスをしている多数の人間たちには、ダンスの頂点に立つ、かのマ○ケル・ジャクソンの世界、それのすべてを理解できるはずがない。
見る世界の違いが、拭いきれない亀裂を生み出すことは、俺の"四十年"の経験から痛いほど知っている。
「……ダメ、ですか?」
「俺より相応しい奴がいる。それだけだ」
ハナが見せたことのない懇願の視線を見せるも、動じず子供ビールを飲み切りながら一蹴する。
臆病風に吹かれた、というのも事実だが、少なからずミヤとヒメのためでもあるのだと、この時の俺は強く考えていた。