ミヤとヒメ
そのまま、花咲の言われるがままに、国際三種特殊先天技能研究センター日本支部の会議室から出て、花咲に誘導されていく。
スタッフ専用通路を通り抜け、奥にある武骨なエレベーターで最下層に降り、さらに地下に広がるプロジェクトルーム層と呼ばれるエリアを抜け、幾つかの自動ドアを抜け――なお目的地は見えず。
「どこの迷路だここは」と皮肉混じりに、俺は花咲の後ろを退屈そうに追従する。
「今まで通ってきたルートはゲスト用なんですよー。私と一緒じゃなきゃ、あなたも"バーン"ですよー?」
「……バーン?」
「バーン」
花咲の指鉄砲の仕草でそれとなく意味合いは通じたので、それ以降はノーコメントである。
無数の監視システムが意味するのは『絶対不可侵』。この先にはどういった"とっておき"が待ち受けているのだろうか。
かつかつと進んでいた道も一旦、締め切られたドアにより行き止まりになる。花咲がカードのようなものを、ドアの上にあるカメラに向けて提示すると、電子ロック式の大きな自動ドアが仰々しい音を立てながら開く。
〈ゲストの来訪を心より歓迎いたします〉
「うおっ」
つい素っ頓狂な声を上げてしまったが、唐突に聞こえたのは無機質とも感情的とも言えぬ、耳に残る感じの、女性、と言うよりかは少女の電子音声だ。
花咲が「一種の人工知能なんですー」と補足。まだ生まれたばかりの成長期なので可愛がってあげて、とも続けられた。
人工知能の成長期とはいかほどなものかはとても疑問ではあるが、俺は単純に「近未来的」と人並みな感想を口ずさむ。
しかし何を思ったか――
〈最新鋭のシュミレート情報より、音声環境モードを猫耳メイド風、舞妓風、大阪弁からお選びできます〉
花咲は「またなのー」と呆れが混じった一言だったが、俺は反射的に悪ノリをかましてみる。
「じゃあ舞妓風」
〈おいでやすー、ぶぶ漬けはいかがどすか?〉
「来て早々に帰宅勧告かよ!」
「もー、あなたも何してるんですかー」
花咲の呆れも最もだが、俺には俺の浅はかなプライドがあるのだ。
「俺の関西人の性が、目の前の用意されたボケにツッコませるのさ……!」
「そんなちっぽけな性なんて捨ててくださいよー。ほら『カグヤ』も変なこと言わない」
〈失礼しました〉
電子音声のはずだが、どこか拗ね気味な口調に聞こえたのは気のせいか否かは、俺の知るよしはない。
人工知能の名前は『カグヤ』と呼ぶらしい。人間のように名前があるということは、人工知能ながらも個という存在を認められているのだろう。
確かに個性的である。人工知能としては正しいのかは預かり知らぬが。
花咲曰く、興味を持ったことを真似たがるとか。好奇心に素直なところが実に子供らしい。
気を取り直し、花咲は一旦姿勢正しく、「どうぞこちらに」と牽引する。
足をを踏み入れた先、それは――
「――小学校、ではないよな」
「ようこそ。アドベント・チルドレン部隊の中枢。チルドレン・ターミナル、通称『竜宮城』ですー」
広がっていた光景は、どこぞのアニメに出てくる宇宙戦艦の艦橋内をまるごと切り取ったような、SFめいたものだった。
無数に連なるコンピュータ、中央には部屋の中を見渡せる椅子、その椅子の真ん前には部屋の側面をほとんど埋める巨大サイズの電子画面。ロボットアニメの中だけだった未来的な施設が目の前にある。
そして何より、部屋の中にて作業をしているスタッフたちを見て、俺はとんだジェネレーションギャップを受けた。
「ここにいるのは子供だけか?」
「あなたの目が節穴でなければ、その通りですよー?」
時折、何故か花咲のかゆい程度の毒舌をもらうが、それは気にしないでおこう。
重要なのは、俺の見る限り、その広く未来的な部屋の中にいるのは、すべて幼女だということだ。
年齢はおそらく七歳から九歳の間、どれだけさば読みで見ても十歳より上の幼女はいないと思われる。
それがおよそ五十人。皆同じように、きゃっきゃわいわいウフフと遊んでいるわけでなく、見ただけでは機能のすべてを知れるはずもない機械を操り、各々仕事に従事しているのだという。
「ここにいる子は真面目な娘ばかりですよー」と花咲はは誇らしげに語る。
しかしその中でも例外というのがいるようだ。
「とぅあーっ!」
がばぁっ! と不意打ち気味に、俺の背中に飛びかかる小さな人影が一人。
俺が仮に元の年齢である四十歳の体であったなら驚愕する程度だったと予想できるのだが、残念なことに九歳幼女のミニサイズであるが故に――
「みゃーっ!?」
と、情けない声をあげながら崩れ落ちて倒れ込む結果は必然と言える。
「あらあらー」と対して焦った素振りも見せず、花咲は「だいじょうぶですかー」と、覗き込みながら事務的な問いかけ。
そして俺の背中にまたがりながら笑顔でこちらを見る、知らぬ幼女の顔が見える。
「新入りだよね! だよね!」
桃色の髪にロングのツーサイドアップ、ワンポイントの桃の髪飾りに、明るく太陽のような笑顔と映える八重歯。
くりくりとした赤い瞳は、期待を滲ませる視線を向けてくる。実に元気で結構。しかし俺の背中から退いてくれないだろうか。
「なんの新入りかは知らないが、早く降りてくれ。尻にひかれるのは嫁さんだけって決めてんだ」
「えっ!? 女の子なのにお嫁さんいるの!?」
確かに、今の俺に"お嫁さん"はちゃんちゃらおかしい話だと、俺も今気づいたところだ。
「細かいことは気にせずどいたどいた。ぶっちゃけ重い」
「もー、ダメですよ桃井さん。この前それで腰がイった人がいるんですしー」
花咲が保護者のように叱るものの、素直に聞かないのも子供である。
「こみにゅけーしょんだよー。これはいわゆる"ハグ"なんだよ! ハグ!」
「ハグで腰が逝くとか熊かよ!」
なんとも子供らしく駄々をこねる桃の髪の幼女――桃井であるが、「にゃっ!?」猫がつまみ上げられたかのような声をあげて急に宙にぶらさげられる。
猫のような反応に既視感を感じる。
宙にぶらさげられた桃井の背中を見ると、服の襟に引っ掛けられているのは、マジックハンドのような手の形をした物体。桃井は文字通り"つまみ上げられて"ぶら下がっているようだ。
「こら〜! 離せよ姫子ー! 後釣るなー!」
「迷惑千万」
マジックハンドにつながるは釣り糸、その先、釣り竿ならぬ手竿を持ち高みしているのは、青い髪でナチュラルショートの幼女。
水色の瞳を守るように縁無しメガネをしており、俺と似た感じで、袖と裾がだぼだぼに余った白衣を着ている。桃井とは対処的に落ち着いたと呼ぶよりは、クールな雰囲気を持っている。
「キャッチ&リリース」
と呟き、その青髪の幼女――姫子はぶら下がった桃井を床にリリース。桃井は流れるように、新体操ばりの綺麗なフォームにて着地。
大した運動神経だと少し関心しつつ立ち上がり直すと、機を見計らった花咲は、続けるように口を開く。
「紹介しますね。こちらの元気すぎて少々人騒がせな方が桃井魅夜子さん。メガネでおとなしい方が浦島姫子さんですー」
「桃井魅夜子、九歳! ボクの特技はスポーツ全般と格闘技全般だよ! ヨロシク!」
「……浦島姫子」
「ふむ、"ミヤ"と"ヒメ"か」
魅夜子は綺麗な正拳突きをしながら自己アピール。姫子はよく見ると、車椅子に乗りながら降りてきた。見比べると一層と、この二人は対照的で面白い。
俺が勝手に愛称を決めたが、これは"以前からの癖"だ。ミヤの方は愛称をそれとなく気に入ったようで何よりである。
俺も思い出したように、「俺の名前は越前りゅう――」と名乗りかけた時だった。
当たり前のことではあったが、この幼女のなりで名前が龍之介ではあんまりだということに、今更気づいたのだ。
いくらボーイッシュな娘でも龍之介はない。少し前に流行ったキラキラネームとやらとはまた違う残念さがある。
事前に仮名でも考えておけばと思えばよかったのだが――ちなみに花咲は、糸目なほがらか笑顔でずっとこっちを見つめている。
あれは絶対面白がっている顔だ、間違いない。
しばしのシンキングタイムの後、苦渋の決断の結果は――
「――りゅ、龍です」
「わー、長考したわりにはびみょーですねー」
「言うな!」
花咲からは面白がられたかつ無慈悲な評価を受けたが、ミヤとヒメの二人からの反応は意外と上々で、ミヤからは「強そう!」という小学生的な感想をもらい、ヒメは無邪気に目を輝かせながら「波動拳、撃てる?」と期待のこもった感想をもらった。
周知ではあるが、波動拳などという人外な飛び道具は持っていない。
どうやらヒメはゲームが好きと見える。
しかし、あまりにヒメがクールな雰囲気に似つかわしくなく、目を輝かせていたので、つい「がんばれば……」と答えたことを、後になって大きく後悔することとなる話は余談である。
花咲はおもむろに投影された電子ファイルの資料を開いて、「ほんとは後、二人ほど紹介する子たちがいるんですけどー」と困り気味。
「後二人?」
「どっちも海外に出てましてー、帰ってくるのが一週間後なんですー」
一人は試験パイロットとして、もう一人は国際機関の医療従事活動に。ミヤにヒメ、加えてその二人、計四人そろってひとつの部隊になるのだとか。
おそらくその二人も幼女だと推定して、パイロットやら医療従事活動やら、普通の子供にはあまり似つかわしくない組み合わせだが、それもまた『特別』なのだろう。
「しかし、子供四人で部隊たぁ、仰々しいなぁ」
「もー、他人事みたいに言わないでくださいよー、『司令官』さーん」
この時、花咲から出た言葉はあまりにも唐突で予想外だった。
「……司令官?」
「はいー」
「誰が?」
「あなたに決まってるじゃないですかー、龍さん」
「俺聞いてない!」
「今初めて言いましたからねー」
この瞬間、俺の再スタートした転生人生の行き先が決定され――
「……しれぇかん、って何?」
同時に、進展に置いてかれた無邪気バカなミヤと、無言でミヤに辞書を差し出すヒメに、初めて"保護者"が出来た瞬間でもあった。
◇ ◆ ◇
『子は檻の中で空を見る』
無名のアナリストが残したこの言葉は、三十年経った今も変わることはなかった――
人類は長い『深海の恐慌』と呼ばれる不景気時代を経て、今、最大の技術革新と人類革新を経験しようとしている。
宇宙と同等に未知領域であった深海はすべて人類の庭となり――
自然現象を自らの手で操る、常識外と呼べる超能力者の確認――
襲いかかる災害をものともしない技術発展、人類の居住地の拡大――
大多数の人類に等しく、屈しない力を与える二足歩行の鉄の巨人の完成――
人類は新たなるステージへと足を踏み入れようとしている。
しかし、その栄華の影に奮闘する『神の子』たちが存在していることを、多くはまだ知らない。
彼らの名前は『アドベント・チルドレン』。
これは、その神童たちを支えた一人のおっさん臭い幼女の奮闘記。