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チハたん

   ◇ ◆ ◇


 現在時刻は昼前の午前十一時。

 都内にある研究センターから歩いて三十分の場所は、日本の公的機関施設が集まる地域となっている。

 オリンピック時の区画見直しの際、政治的または国際的な組織の施設を一箇所に集めたようで、周囲には様々な国の大使館や、専門図書を分類した国立図書館支所、そして俺の目的地である日本保健管理機構の本部もここにある。

 そもそもなぜこんな行儀良い場所に向かったかというと、俺達の仲間を迎えに来ただけに過ぎない。

 というのも、ハナから話だけは聞いていた『海外で仕事中の残り二人』のうち一人の、予定より早く帰国が決定したからである。

 その子も幼女であり、年齢は今の俺、つまり九歳よりも一歳年上である十歳。

 日本保険機構に派遣要請され、先日大規模な地震によって被災した某国にて救助活動及び医療従事活動を行っていたのだとか。

 聞けば自ら率先して志望したと聞いたので、よほど積極的なのか育ちが良いのか。

 事前情報はこれだけしか渡されず、大事を取って迎えに行って、ついでに今日のお仕事をサポートして欲しい、とハナから言われ、また無茶振りなのかと身を引きかけたものの――


「仕方ねぇよなぁ、この仕事やってくれたら弁償代をチャラにするって言われたら仕方ねぇよなぁ」


 こうして迎える人間の名前すら教えてもらえないまま、ホイホイと迎え人を引き受けた俺なのであった。

 名前は教えられず、身体的な特徴はメモしてもらったので、おそらく名前のことを話題にして話を深めていけ、という心遣いなのだろうが。

 そうこう待ちながらおよそ五分、日本保険機構本部の出入り口からぱたぱたと歩いてくる小さな人影が一人。


「あれかな? おーい、こっちだこっちー」

「すいませんっ。大変お待たせしてしまいましたっ」


 「今来たばっかりだから待ってない待ってない」とド定番な返事をしつつ、容姿を確認。

 チェックのロングスカートに春用の白いダッフルコート、おしゃれなワンポイントの帽子に高そうな革靴。

 髪は黒くしなやかな大和撫子のストレートロングヘアーに、毛先は髪飾りによってまとめられ、落ち着いて清楚でなおかつ、ハナとはまた違った和風の上品な雰囲気を持つ、まさに純日本人といった様相。

 メモの通りだ。服の細部すらドンピシャで少し怖いぐらいではあるが。


「はじめまして。ウチ、織宮千羽鶴おりみや ちはると申します。どうぞお見知りおきを」

「あ、ああ、こりゃどうも。越前龍です」


 ミヤたち三人が濃いキャラなせいか、どうにも新鮮で対処しづらい反応だ。言葉や動作の端々から、まさにお嬢様育ちといったオーラが滲み出ている。

 特に、喋り方がほんの少し、混じり気程度に訛りが出ていて独特な気がする。『ウチ』という一人称を聞くに、京訛りあたりだろうか。

 いつもはぶっきらぼうだと俺自身思っているのだが、微妙に出鼻を挫かれてつい名乗りと一緒に会釈。

 

「皆さんの話から色々お聞きしておりますよ。頼もしい新人さん兼上司さんがいらっしゃったって」

「よせやい、子供がお世辞言うもんじゃないよ」

「いえいえ、花咲さんはもちろん、桃井さんや浦島さんとはメールで毎日お話を聞いていましたし」

「マジで?」


 毎日と聞くに、おそらくこの短期間で起こったあれらの事件の話も聞いているのだろう。

 いや、個人的にはミヤたちが俺のことをどう言っているのかが一番気になる。

 織宮千羽鶴の反応を見るに、悪くはないとは思いたいが。

 

「でも安心しました。新しいお仲間さんが優しそうな人で」

「まぁそう思ってくれるのはありがたいが……とりあえずこれからよろしく」

「はいっ」


 相手は嬉々として握手をしてくれる。

 一見大人しそうな娘に見えたが、意外に笑顔や積極的なあいさつなど、変に聞こえるが『営業慣れしている』という感想を持った。

 でも確かに、これぐらいの積極性がなければ、医療従事活動のために被災地に飛んで行ったりはしないだろうと、同時に納得もできた。

 さて、門前で立ち話というのも味気ないので、早速研究センターの方まで歩きながら話をしてみるとしよう。

 聞けば織宮千羽鶴が帰国してきたことはハナと俺以外にメンバー、つまりはヒメとミヤには内緒とのことで、軽いサプライズを考えている様子。

 道理でハナがわざわざ別室で俺だけに話を通したわけだ。

 ちなみに、恒例の愛称決めは千羽鶴ちはるから頭文字を二文字拝借して『チハ』に決定した。

 それとなく相手の反応が怖かったが、向こうは「小鳥みたいな名前で可愛らしいです」と良好な反応。

 言えない。愛称の着想元がかつて戦車界アイドルの異名を欲しいままにしてきた、愛すべき日本産のミニマム戦車だとは言えない。チハたん万歳。

 ある程度雑談混じりの他愛もない会話を交えつつ、ふと俺は思うことがあった。

 変な話ではあるが、このチハという子、まさに普通な育ちの良い子供にしか感じない気がしてくるのだ。

 俺はもっと、一癖あるような人物像を勝手に妄想していたが、チハの場合、話が弾みやすく、一緒にいると居心地がいい。モノに例えるならば、マイクロビーズでとてつもなく座り心地が良いクッションのような。

 トーク力のなせる業なのか、人柄故の作用なのか。話題ついでにそれとなく部隊について聞いてみる。


「そういえばチハも研究センター所属らしいが……」

「はい。最も桃井さんのように、前線に立てる能力でもないのですが……」


 聞くに、何かしらの特別な能力――つまりは第三種先天技能を持ってはいるようだ。

 チハはひとつ何かを思いついたようにこちらを向くと、優しい笑顔でそれとなく話しかけてくる。


「越前さん、もうすぐお昼時ですし、よろしければお昼を一緒にいただけませんか?」


 その言葉に気づいてふと腕時計を見る。たしかに時刻は午前十一時半。

 今から店を探して注文したとすれば、昼食には都合の良い時間だ。


「越前さんは何をご所望ですか?」

「あ、決めていいの?」

「はい、せっかくですし」

「そんなこと言って後悔しても知らんぞー。じゃあ……そう、もんじゃ焼きがいい。月島あたりのうまいやつがいいな」

「いいと思います。それでは……」


 希望を聞き届けたチハは頷きながら目を瞑り、何かに集中しているような動作をする。

 まるで、瞼の奥にある何かをじっくりと見ているような、そんな感覚を受けた。


「……この先、駅前を通り抜けて……交差点、抜けて、三〇二メートル……右折、店先、並ぶ人はいない……空席あり、待ち時間十分――」


 断片的に呟かれる言葉という情報のかけらは、チハがすべてを掌握したかのように呟かれていく。

 およそ集中を始めてから十秒近く。満足そうにチハは目を開けて口を開く。


「この先の駅前を通り抜けて一番最初の交差点を右折して、そのまままっすぐ三〇二メートル進んだ先にもんじゃ焼き専門『美原』という名前のお店がありますね。今は並ぶ人がいなくて、空き席が二グループ分ほどあるので丁度良さそうです」

「……もしかして、"今"調べてたのか?」

「はい、一応そういうことになります」


 さすがにもう常識外な出来事に驚きはしない、と思っていた矢先に驚かされた。

 チハは今、ネットにあるものよりも精巧な地図を脳内にて描き出し、その場にいる人間の数、場所までの距離を数秒足らずで調べ上げたのだから。


「ウチの能力は、特Sクラス。いわば最高度に精密で強力な『空間把握能力』なんです。時間と集中力さえあれば、四国程度の範囲まで拡大可能。リアルタイムで、距離や場所、地形や環境、磁場の動きや重力の動き、そこにいる動物や人間の動き――空間内に溢れるあらゆる情報を見ることができるんです。とはいえ、本当に見ることができるだけなのですが」

「人間レーダー……いや、人間地図と言ったほうが良いのかこれは」

「便利ではあるんですけど、もっぱらバックサポートがお仕事です」


 地味と自称しているが、ある意味これが一番人間離れして、かつ強力な超能力であると俺は個人的に強く思う。

 店の中の様子まで見ることが出来ること。それはあらゆる場所を盗み見放題、プライバシーのかけらもなくなるということだ。

 もちろん利用すれば、たとえば前回のヒメ失踪事件の際もより迅速に、より確実に解決が出来ただろう。ヒメの居場所はもちろん、その現場の様子や、周囲の敵影すら筒抜け。あそこまでエキセントリックな真似はせずともあっさり解決してしまう。

 逆に、この能力が多大に悪用されればそれほど恐ろしいこともないわけであり。

 物騒な言い方にはなるが、チハもまた部隊に選ばれるほどの精鋭であったということだ。

 日本保険機構から応援要請を受けたのも、この能力を使って行方不明者を捜索してもらうためだとか。

 おかげで生存者及び死亡者の数は増えれども、大津波の被害を受けたにも関わらず、行方不明者はわずか一桁に抑えられたようである。これがどれだけ凄い事か。


「ああ、比較対象が増えていくごとに俺の能力がかわいそうに見えてくる気がする……」

「?」

「ああ、こっちの話。ほら、早く昼食を食べに行こうじゃないか」


 超人幼女が増えていくたびにどうもスケールが小さく見えてしまう俺のテレパシー能力。

 便利ではある。が、便利さと派手さと強さは別物なのだ。

 そんな俺の情けない内心とは別に、「そうですね」とチハはこれまた、にこやかな笑顔で返事をくれる。と、同時にチハもまた腕時計を見て一言。


「お仕事の時間も迫ってきていますしねー」


 そこで俺はまた忘れかけていたことを思い出す。そういえばハナは「お仕事のサポート」も業務内容として押し付けていたはずだと。


「そういえば、仕事ってなんなんだ? ハナからそういう話、全然聞かされてなくてさ」

「あっ! そういえば『あれ』をまだ渡していませんでした……! やっぱり慣れないです」


 少し焦りを見せたチハは、ごそごそと懐からケースのようなものを取り出して、紙を一枚いそいそと俺に手渡し。

 長方形ミニサイズの厚紙。どれだけ時代が経っても紙媒体であることは変わらない名刺である。

 そして名刺を受け取ったやいなや、早速、俺の今日の命運を決める爆弾が投下されたのだ。


「本名は織宮千羽鶴。"芸名は"松森聖菜まつもり せな。デビューしたてのアイドルです! 今日は一日、よろしくお願いします、『マネージャーさん』!」

「……ん゛っ!?」


 唐突だが一日マネージャーになるらしい。

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