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越前龍之介の最大の弱点

 国際三種特殊先天技能研究センター日本支部は見た目以上に広大――ということは、前にも説明した通りだ。

 研究エリア、訓練エリア、居住エリア、生活管理エリア、実働エリアなどなど。研究センター内で全てが完結するように構成されている施設故、その用途や目的は多岐にわたる。

 強いて特徴的なのは、訓練エリアと研究エリアの地下に広がる、あからさまに広い地下空間。

 俺とミヤ、それにヒメとハナの四人が今いるこのエリアは、大型種特別エリアと呼ばれている特別な空間だ。

 何が特別か、と言われたら、まずこの施設内で最も頑丈な区画であること。

 次に尋常ではない広さ。データ上ではおよそ東京ドーム十個分だという。いつも比較されっぱなしな東京ドーム様は大変お疲れ様である。

 高さは二百メートル。擬似映像によって白い雲と青い晴天の空を映している高い天井は、その気になれば室内にマンションを建てられるほど。

 こんな大々的な施設で何をしているのか、と聞かれれば、名前の通り"大型"で"特殊"な機械を主に訓練することだ。

 それはつまり、昔のアニメで見たような、空想SFの象徴とも言える男の憧れ――巨大ロボットの操作を訓練するということである。

 「隊の長としては、いろいろな技術を勉強してもらわないとー」と、ハナの早朝からの唐突な宣告をされた時は、またなにかしらの無茶振りをされるのかと身構えたが、言ってみれば仰天。

 唯一案内されていなかった研究センター最下層のこのエリアに連れてこられ、気がつけば全長五メートルほどの巨大ロボットのパイロット席に座らされたのであるから。

 研究センターの中で最も新しい設備だと聞く大型種特別エリア。

 ハナ曰く、この世界で大型ロボットの技術が確立したのは二年前の話。

 元々十年前ほどから世界が躍起になって押し進めていたのが、あらゆる状況に対応できる二足歩行の大型ロボットの研究。

 その研究を大きく躍進させ、完成にまで至らせたのがヒメであり、現在ではその大型ロボットの一般化を目指すべく、公式的に世界に発表し、様々な場所にて試験運転を積み重ねている。

 研究センターではこのように大々的な施設を設け、まだ公表する前の大型ロボット技術をテストしているのだとか。

 今回はわざわざこの場所を借りて、もしもの時のために、ヒメ直々に俺へ操作技術をティーチングしてくれるらしい。

 どうせなら、その説明は半ば無理やりパイロット席に押し込む前にしてもらいたかった。内心愚痴りながらも、俺は自分の周囲にある機器を観察する。

 そう。現在俺は、前述の通り、時代変わらぬ男の憧れである巨大ロボットのパイロットとしてパイロット席に座っているのだ。

 服装は前回の訓練でも使用したフィジカルスーツ。パイロット席の広さは、成人男性には少々窮屈と感じるほどであろうが、九歳幼女である俺には丁度よいぐらいである。


〈おはようございます。本日もよいお日柄で〉

「うわびっくり――ってまたお前か」

〈はい、またカグヤでございます。本日は教導補助としてご一緒させていただきます〉


 もはやこの流れもお馴染みとなった気がする。

 直後にヒメからの通信も入ってくる。今回の操作技術訓練はあくまで触りのもので、基本動作のみを覚える作業になるらしい。

 内容は簡素なもので、一時的にパーソナルサポーターとして操作OSにインストールされた人工知能カグヤの指示に従って、足や手を動かす基本動作を繰り返すだけのもの。

 いくつか運転前注意事項を確認した後、カグヤが今回搭乗する大型ロボットのデータを電子画面に展開する。


〈今回使用する機体は『サクセサーシリーズ』の五番機、純日本産二番目の『サクセサー05』、通称『白雪』。形式が登録共通化されたサクセサーシリーズ専用兵装、主に中距離射撃兵装を運用するコンセプトの元製造されました。現在では災害救助活動用として各所に配備されています〉

「どんだけ時代が経っても、名前の付け方が変わらんなぁ、日本ってのは」


 サクセサーシリーズとは、現在一般化されつつある大型人的特殊作業用二足歩行機械――要は巨大ロボット――の規格名称。

 前身となったシリーズからサイズの小型化、量産のスマート化、コストの少額化、何より用途の多様化を目指したもの、らしい。

 たとえば、現在俺が搭乗している『白雪』。

 慣性制御システムと重力限定制御システムによって、特殊な訓練がなくとも、規格共通化された運転技術をしかるべき場所で習得すれば運転可能。

 ボディを構成する物質は、八割を擬似オリハルコンメント合金という頑丈な金属。随所やボディの表面には黒光りする特殊な合成プラスチック製。

 使用する外部兵装や使用パーツも全体として規格を決めることで、一定の範囲で短時間にカスタマイズが可能。

 人型をより基調としたその全体は、黒い巨人とも呼べるものだ。

 詳しい事は俺も勉強中であるが、要は昔活躍していた大型機械が人型化してもっと利便になったものなのだろう。

 聞けばアタッチメントの交換と専用の整備を受ければ脚部も、二足から四足、挙句にキャタピラにも変えることができるのだから、昔の人間からすれば目を見開く要素ばかりである。


〈それでは、只今より試験運転を開始します。セーフティは確認しましたか?〉

「一応」

〈動作システムの一連注意事項は確認しましたか?〉

「多分」

〈おやつは三百円までです。バナナはおやつ及び果物に含まれますのであしからず〉

「昔それで『じゃあ野菜だからスイカはおやつじゃないよね』って言ってスイカ一玉持ってったやつが――ってそれは関係」

〈それではテスト運転モードに入ります〉

「ボケ振っといてツッコミスルーするなよ!」


 カグヤは俺のことをツッコミ芸人として認識しているのだろうか。

 ボケに等しく反応してしまう俺も俺だが。なにかとカグヤとハナからは弄られている気がする。

 ヒメとミヤとハナとの通信が開いたままなので、さっきからハナの微妙に笑っている声が聞こえているし。おのれ。

 しかし今は幼女であろうとも、心は童心を忘れない男だ。大人になってもロボットのプラモデルを作り続けていたぐらいには、ロボットに対しての憧れがある。

 パイロット席を見ると、少し複雑そうな操縦機構をしていそうだが、それを気にしない程度にわくわく感が強い。

 科学の進歩(主にヒメ)に感謝しつつ、最初のうちは楽しんでみよう。


〈ファーストプログラム。まずは歩行をしましょう〉

「よっしゃ! どんとこい!」


 俺は勇んでレバーを動かし始める。

 そして、俺はこの時にはすっかり忘れていたのだ。俺の"最大の弱点"というものを。

 ――十分後、そこには呆れるハナたちと、正座で意気消沈している俺の姿があった。


「――それで、えーとー……」

「はい、まぁ、ちょっとだけ浮かれてましたよ。ええ、ちょっとだけ」


 ハナは色々と言葉に迷った様子で逡巡。

 ミヤも珍しく「うーん」と困った様子で慰めることもなく、ヒメに至っては呆れが強いのか、一層と強いジト目で見つめてくる。

 最初は見事にロボットを操ってそれとなくカッコつけてみようなどといった余念もあったが、まさか、結果的に白雪が頭から落ちて頭部損傷になるなんて俺自身も思わなかったのだ。


〈まず最初に歩行するはずがなぜかコサックダンスになり〉

「うぐっ」

〈しゃがんでしまったので一度直立に戻そうとしたら、これもなぜか、自称おフランス帰りで語尾に『ザンス』とつけていそうな驚きポーズになり〉

「ざんすっ……!」

〈挙句に焦ったあなたは、一度姿勢を直そうと急いで操作したら、セルフ車田飛翔、背面飛びに頭から車田落ち……開始一分で機体を損傷させたケースは初めてです〉

「外から見たらそんなことになってたのかよ……!」


 妙にカグヤの解説がサブカル寄りで旧時代的だが、映像を見るとまったく間違いがないから質が悪い。

 おかげで俺の乗っていた白雪は漫画のような愉快なポーズで頭から地面に着地。

 衝撃で少しだけ気を失っていた俺は急いでパイロット席から助けられ、目覚めたら目覚めたでこうして正座させられたわけである。


「……ここまで極端に下手なのは、私でも予想外」

「運動音痴ならぬ、運転音痴といえばいいのでしょうかー」

「運転音痴か……語呂がいいからもうそれでいいや。フッ……どーせ自転車しか乗れないですよだ」

「しれぇの背中に哀愁が漂ってる……」


 運転音痴、そう、俺はさっきまですっかり忘れていたが、極度の運転下手なのだ。

 自慢にもならないが、自転車以外の乗り物にはまったく乗れず、その自転車に乗るにも三十歳までかかり、普通免許の教習所では教習車を五台潰した伝説的な記録を樹立したのが俺である。

 何故そこまで壊滅的なのか理由は知らない。知るはずもない。というより誰か教えて欲しい。

 今では肉体年齢九歳になったので、自分で何かを運転するという機械がまずなかったので油断していたが、この弱点がロボットにも適用されるとは。

 そもそもコサックダンスをする方が難しいと思うのだが、おそらく俺は二度と同じ真似はできないのだろう。まったく嬉しくない。


「しれぇ、元気出して! 大丈夫だよ、車に乗れなくても電車があるもん!」

「気持ちはありがたいが励ましになってねぇ……」


 しかしそもそもこの事態を片付けているわけではなく。

 今回の訓練は俺の惨状と、車田落ちした機体の回収があるため中止。

 意気消沈している暇もない。ヒメが少しためらいながらも、電卓を持って俺の方に見やる。


「……司令官」

「ん?」

「……ごめん、壊れたパーツ、弁償」

「お値段はうまっち」


 激しく感じる嫌な予感。そして突きつけられるポケット電卓の画面。

 その画面には、無慈悲な〇が四つ映っている。俺の推定給料およそ二ヶ月半分。

 特殊か国家公務員ということで多めの給料をもらう予定なのだが、それでも二ヶ月分以上持っていかれるというショックで膝をついて頭を抱える。

  聞けば頭部パーツをまるごと入れ替えないといけないのだとか。道理で高額なわけで。


「すいません司令官、さすがに経理担当の私でも、理由が理由で経費には落としづらいといいますかー」

「しれぇ……お腹空いた時はボクのご飯分けてあげるからね!」

「いや、生活には困らないからいいんだけどさ。やっぱ凹むなぁ」


 一応、衣食住は研究センター側が保証してくれるので食いっぱぐれの心配はないのだが、娯楽に贅沢は出来ないということではある。


「……元気出して。どれだけ運転音痴でも、なんとかなる」

「どうにもならずこの結果だけどな」


 珍しくヒメが俺の頭をたどたどしく撫でながら、ヒメの車椅子からマジックハンドが伸びて熱々のコーヒーをくれる。車椅子としてその機能は必要なのだろうか。

 ヒメも割と真面目に慰めてくれるので、ある程度仲が進展したのか、かなり俺が落ち込んでいたか。

 ハナも流石にちょっとだけ同情したのか、「けど訓練中の事故? ですしー」と電子ファイルの帳簿を見つめて悩んではいる。

 その矢先、ふとハナの端末に反応があり、電子の空中画面が開かれる。様子を見るにどうやらメールらしいが、読むとハナが「あらあらー」と面白げな反応を見せているので、悪い知らせではないようだが。

 読み終わると、これまたにっこりした様子で俺の方に向かってくる。

 今回の訓練もそうであるが、今回もまた、唐突に出来事はハナからもたらされる。


「司令官さん、おめでとうございます。新しい仕事ですよー」

「はい?」

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