突撃!
◇ ◆ ◇
現在地は特定アジア移民街地区の上空付近。
俺とミヤの乗る飛行形態のモモは、四脚が格納され脚部に反重力装置とシリンダージェットを装着し、それを用いて高速で飛行しつつ、光学迷彩によって一応視覚では知覚出来ない状態ではある。
しかし飛行時の気流はごまかせないため、一定の高度を維持しつつ飛行を続けている。格納式保護フィルムが俺たちを覆っているので大きな問題はなく快適だ。
俺の背中には格納式アサルトライフル二丁、懐には強化型ハンドガン二丁、デュアルレーザーナイフが二本。ミヤはすでに変身済み。戦闘態勢に余念はない。
到着した特定アジア移民街地区だが、この地区は建物という建物が密集しひしめき合っている。
そのため、この地区で拉致されていると思われるヒメを探すのにも一苦労だ。
出来るだけ捜索場所を抽出していくしかない。
「しれぇ、どこから探そう。人も建物もいっぱいだよ」
ミヤも上空から、飲食街の人だかりを観察して目を白黒させる。都内の駅前も負けてはいないが、移民たちの特色もあってか、ここの人だかりはエネルギッシュでより濃い気がする。
昔の現場での勘を巡らせつつ、周囲の建物を一周して見る。
「外には知られたくないだろうから防音性が高くて、ある程度隔離された環境で……どこかの施設の地下っていう線もあるなぁ」
移民街は違法風俗や違法闇市も多い。そのため役所には秘密のまま作られた地下空間も多いと聞く。
地下に逃げ込まれればそれこそ面倒だ。アリの巣穴を爪楊枝で弄くるような骨の折れる捜索になってしまう。
人気が少ない北に捨てられたアミューズメントパークエリアが存在する。その場所はかつて某国と日本が共同してオリンピックを開催した際に急行で作られた場所であり、現在ではぽっかりと廃れたゴースト団地となっているらしい。
そのエリアに居る可能性も厚いが、この広い北区を虱潰しに探すとまた時間がかかり、同時に勘付かれるリスクも大きくなる。
何か小さな手がかりでも。そう思った矢先であった。
《――っ――!》
「……ん?」
瞬間、ノイズがかった声のようなものが聞こえた。ただの空耳ではなく、ひどく雑音が混じったノイズの中に紛れるような小さな声だ。
後ろで俺の背中に抱きつきながら周囲を探すミヤの方に顔を向けるが、ミヤの声ではないことは確認できた。
「しれぇ? どうしたの?」
「静かにっ。……もうすぐで聞こえそうなんだ」
俺は考えていた『運試しの策』を試すべく、目を瞑り、深呼吸をして、心臓に響かせるように、心の声を送り続ける。
《俺はここにいる》と強く、はっきりと頭に文字を浮かべて念じる。
そして、それに木霊するように、ノイズに混じる声は次第にはっきりと響いてくるようになる。ノイズが振り払われるように。
《――やだ――》
《大丈夫だ、絶対に聞き逃さない! ――叫べ!》
《――たすけてっ!》
俺は確信し、運試しの策に成功する。
俺が送受信可能な優秀な通信機――テレパシー能力者――であるならば、もしかすれば、ヒメの声を聞くことで、発信源の場所を逆探知できるのでは、と考えていた。
そして俺は、はっきりと聞こえたヒメの心の声を聞き届け――賭けに成功した。
助けを求めているならば、そこに颯爽と現れるのが俺の仕事だ。
「聞こえたっ! あそこの廃映画館の奥!」
「ッ! 分かった! 行くよモモ!」
「バウッ!」
「「まっすぐ超速で突撃!!」」
一刻も早くヒメを助ける。その意思がミヤと俺とで重なった瞬間である。
モモは勢い良く加速し、目指すはアミューズメントパークエリアの中心にある廃映画館。風化した古い映画のポスターが哀愁を漂わせる。
しかしそれを鑑賞する時間はない。モモは映画館の壁に近づいても加速を殺さず、そこから一気にシリンダージェットをフルオープン。
そして――特撮映画ばりに、モモに乗ったまま映画館の壁を突破し、瓦礫をものともせず一番奥のメインシアターへ飛び込む。
「……はい?」
飛び込んだ直後、間抜け面をした玉手譲を早速見つける。資料の写真より血色が悪い顔をしている。
そして毛布一枚に包まり、地に伏しているヒメも視認。俺とミヤは互いにうなずき合って早々に同時着地。
モモも飛行形態を解除して戦闘モードになりながら遅れて着地。俺はすぐにアサルトライフルを構えて、玉手譲を見やる。
「招待状はないが飛び入りで参加させてもらうぜ。手土産はキツイおしおきだ」
「姫子を返してもらうよっ!」
「ガルルルッ……!!」
俺たちは啖呵を切る。一瞬だけ玉手譲の顔が面食らったように変化するが、すぐに持ち直したのか、平然とした雰囲気を装って応対する。
「いやはや、予想以上に早過ぎる。いけませんねぇ、まだ事が終わっていないのに」
「姫様を捕らえて何しようってんだこの変態野郎!」
「変態とは、これまたなんたる扱い。実に野蛮だよ。そもそも君達がのうのうとウラシマ粒子を――」
俺にとってはこの玉手譲という男、第一声から気障ったらしく気に入らないので長くなりそうな御託は最初から無視。
俺とミヤが気になるのは、ヒメの無事もそうだが、虚ろで生気がない目をしたままじっと立っている、ヒメのそばのブロンドの幼女だ。
《……ミヤ、あれはおそらく先天技能持ちの子供か?》
《多分。何してくるか分からないし、近くで目を合わせたら危ないよ! 気をつけて、しれぇ!》
《合点よろしくメカドッグ》
推測が正しければ、おそらくブロンド幼女が精神干渉の犯人だろう。様子を見るに普通の状態ではない。あの子もまた保護対象だ。
虚ろでかつ生気を感じない目、となれば精神干渉被害者の特徴と一致する。
もしかすれば、彼女もまた洗脳状態にあるという可能性が浮上してくる。ならばなおさらだ。
こうしている間にも玉手の一人演説は続いている。非常にうざったい。
「――ということで、小生と浦島親子は、歴史に名を刻む第一歩というわけなのですよ。分かりますかね? 野蛮人さんたち」
「おう、そうだな。空飛ぶ金魚なんてありえねーよな」
「お腹空いた! 早く姫子とオムライスたべたい!」
「聞いてない……これだからすぐ生理的欲求に忠実な人間はナンセンスなんだ」
玉手譲は大きく呆れたようにため息と肩竦め。調子が乱されているのか、徐々に素が出始めているようだ。
あちらは荒事をしたくないのか、玉手は弁舌のみをひけらかしているが、俺はあいにくそういう口だけ人間の類が嫌いなので、アサルトライフルの銃口を向けて、脅迫気味に結論へとすっ飛ばす。
「それで、俺達は玉手譲さんに是非、うちの長いディナーショーにご招待したいわけだけど。大人しく投降してヒメを返すか? それとも悪あがきをして火傷した後にヒメを返すか?」
「答えはどちらもNOだ」
安っぽい映画っぽく投降文句を叩きつけるも、玉手もまた安っぽい悪役を演じるかのように、わざとらしくジェスチャーを大きくつけながら指を鳴らす。
すると、メインシアターの出入り口およそ六ケ所からそれぞれ、流れ込むように集まるので思い足音。
数え切れないその足音の招待が姿を表すと、俺達の周囲を見事に囲む、グレーのケルベロスの集団。
数はおよそ五十体といったところだろうか。それらは規則正しく整列し、一糸乱れぬ様子で俺達を睨んでいる。
「団体様だなこりゃ」
「……あれ? けど声が聞こえないよ?」
「んあ?」
声が聞こえない、とはおそらくこの五十体のケルベロスのことだろう。
「とある宗教テロ組織に取引予定の軍団兵器型ケルベロスだ。邪魔だった人工ペットの人工的な記憶と意識を搭載しない、軍事コンピュータ型デバイス兵器だよ。それらに噛みちぎられるがいい。人形だからな、死ぬまで貴様らに噛み付く」
俺はそれを聞いて納得した。モモは専用の高度なインターフェース搭載型の自立兵器だったが、この軍団型は指令を伝えるコンピュータの元で操作されるただの犬型兵器だということだ。
俺とミヤはそれを聞いて、ちゃんちゃらおかしくなり、互いにほくそ笑みながら宣言する。
「それってつまりあれだろ?」
「ボクとしれぇの二人で」
「「遠慮なしでやっていいってことだよね!!」」
「アオーンッ!」
モモも大層やる気のようで、大きく遠吠えをひとつ上げ、専用の搭載火器をフル展開。
俺達の様子が気に入らないようで、眉をしかめ不機嫌さを示す玉手だが、それもすぐに振り払うと、ヒメを抱えながら上へと続く階段の方へと向かう。
ブロンド幼女もそれに追従。そして俺達と玉手の間を遮るように軍団型ケルベロスが阻む。
「おかげさまで小生の新型ケルベロスの実験費用が浮きました。姫子さんも頂いていきますのでご了承くださいませ。科学の発展に感謝しつつ、ごきげんようさようなら」
玉手が怪盗気取りの捨て台詞を吐きつつ、抱えたヒメとブロンド幼女と共に階段へと姿を消していく。
メインシアターに残されたのは、軍団型ケルベロスと俺たちだけ。
数としてはあまりに十分すぎる。
「それじゃあ今朝と同じように。オッケイ、ミヤ?」
「オール・ステンバイ!」
「ガフッ!」
「よし――散開!」