気がつけば幼女
◇ ◆ ◇
今の状況を全て鵜呑みしたわけではない。だが、今の俺という存在は、非常に不可思議なものになっていた。
とある山奥にある古びた施設にて目覚め、気がつけば特殊警備隊に囲まれ、強制的に連行。
置かれている現状と異様な周囲の雰囲気に疑問を持ちつつも、買いたてのモルモットの如く、多岐に渡る検査、検査、検査。
事態が飲み込めぬまま、俺は白衣を着た胡散臭い連中に質問攻めをされた。
俺はありのままを答えた。
出身地は。
名前は。
性別は。
年齢は。
ごく普通の質問に、ごく普通の答えを示していくたびに、白衣の連中は首を傾げ、顔をしかめ、ちんぷんかんぷんな反応を見せていく。
俺はその時、まだ気づいていなかったのだ。
――自分が、異なる体を持って生まれ変わったことに。
「この場所でならば、謎は解けるかもしれない」と、期待半分、諦め半分な様子で白衣の連中に連れてこられたのは、都内にある堅苦しい外装と真新しい空気を持つ大きな施設。
この場所ならばどうにかしてくれる。そう淡い希望を背負わされ、現在は施設の中にある一室。
真新しく新調されたソファとテーブル、申し訳程度の観葉植物が鎮座する空間には、幼女が"二人"向かい合って話していた。
「『特定児童施設福祉法』。続発、増加の一途をたどる児童虐待や児童暴行、児童に対するわいせつ等のエトセトラ。それらからの庇護を目的としつつ、適切な教育を施すために設立された特別法、でいいんだよな?」
「はい、幼い者の命を守りつつ、等しく『よき人間』として教育するのがこの通称『特児法』なわけですよー」
目の前でそう説明を続ける幼女は、先程から俺の怪訝な視線もつゆ知らずに菓子を食べ続けている。
似合わないフォーマルスーツと黒縁メガネが目を惹くこの幼女の名前は、花咲華というらしい。髪色は淡い緑色にサイドテール。どこか上品さを感じる振る舞いは、俺から見れば『背伸びしたお嬢様』と呼べる。
齢はおそらく九歳程だと予想できるが、渡された名刺に記述されている「人事部長」という肩書が、俺の"古い"価値観の中ではひどい違和感を覚える。
「公的機関の人事部長なんていうエリートのお嬢さんが俺に何用だい?」
軽く俺の癖で挑発的な口を聞くと、花咲は笑みを崩さぬままコーヒーを一口。しかしインスタントで苦味が強かったのか、舌をべー、と出して少々渋い顔を見せる。
が、すぐに持ち直して一言。
「今の時代、『お嬢さん』呼びは人権団体が煩いですよー?」
「ガキをガキって呼ぶのが駄目かい」
呆れと鬱屈さを交えながら溜息をひとつ。見上げた高い天井は、今の俺には少し遠くに見えた。
言葉が停滞し逡巡した俺を見かね、花咲が現実を突きつける。
「だってあなたも子供ではないですかー。ガキにガキと呼ばれましてもー」
「それを言うな……言ってくれるな」
花咲華の間延びした口調はどこか皮肉めいたものを感じさせた。
俺はソファにもたれかかりつ、ためらいを覚えながら己の体を見やる。小さく細い腕、しなやかでスレンダーと呼ぶにはまだ成熟していないボディライン、ソファを大きいと感じてしまうその身長。
髪は透き通ると錯覚する、混じり気のない腰まで長い銀髪。鏡を見た時に印象深かった黄色の瞳。そして何より、かすかに"重み"を感じる膨れかけの胸――。
着古し過ぎた一張羅の軍服の、長過ぎて持て余した袖は、一層と自分という存在をアンバランスにさせる。この服に関してはわざわざ大人用のものを好きで着ているので仕方なくはあるのだが。
花咲を齢九歳と流したこの俺の体こそ、齢九歳の少女と呼べるそのものなのだ。
ちなみに、体とは別に『精神年齢』はその限りではない。非常で、奇々怪々話ではあるが事実だ。
「それでは改めて状況確認をー」と再び間延びした口調で花咲が手帳を数枚めくりだす。
「本名は越前龍之介。生前は特殊機動隊を束ねるリーダーとして大きく活躍。その業界では『関東の龍』という異名で有名。異例のスカウト形式の人材確保や、マニュアル投げ捨て上等、完全現場主義の鬼教官。突っぱねた上司の数は底しれず。数々の伝説を打ち上げてきた名ベテラン。これはこれはー」
「若い頃の話ばかり持ち上げてきやがって……」
俺の記憶と気が確かであれば間違いはない。二〇二〇年十二月の都内生まれ、防衛大卒。若くして特殊機動隊に所属し奮闘した。
たったの九年分の栄養しか詰め込まれていないはずの、今の俺の小さな体には、九年分を倍にしても足りない量の、確かな『生きた記憶』が内包されている。
砂漠のど真ん中で死にかけながらも、朝露で必死に生きながらえた記憶も。
一変し、同僚の独身者たちとつるんで居酒屋でバカをやった記憶も。
昨日のことのように、嘘ではなくはっきりとだ。
「今から丁度三十年前の『あの事件』の際、特殊機動隊の先行班として現場に突入するも、凶弾に倒れ死亡。奇しくも事件最初の犠牲者となったわけですねー」
「両脚に二発、腕に一発、胸に一発、腹部は二発か三発。死因はどうせ出血多量ってところか」
俺の坦々とした証言に「ほえー」と抜けた花咲の相槌が聞こえてくる。
「プロファイルの通りですけど、よくそんなこと覚えてましたねー。私ならパニクっちゃいますよー」
それにはしかめっ面で「そりゃあ冗談じゃなく痛かったからな」と俺は答える。
あの時は激痛と体の熱さで、むしろ変に冷静になった。視界はぼやけたまま、怒号と悲鳴が聞こえたことははっきりと覚えている。まさに「決死」だった。
しかし、もはやそのことは、今の状況下では蛇足だ。重要な点は『俺はその時に死亡した』という事実だけ。
そして今の俺――越前龍之介だった俺が、華奢な幼女となって生まれ変わった状況――に至るわけである。
「越前龍之介さんの命はこれにて終了だったはず、なんですけどねー。俗に言う"生まれ変わり"。オカルトチックに言えばー、"転生"?」
自身の記憶と意識が、知らぬ誰かの体の中に内包物され生まれ変わる。それを『転生』と呼ぶならば、紛れもなく『転生』と呼べるこの現象。
俺自身、すべてを鵜呑みにしたわけではなく、自身のことながら半信半疑のままこの場にいる。
俺と花咲がいるこの場所は、「国際三種特殊先天技能研究センター日本支部」と呼ばれる、仰々しい施設の中にある真新しい会議室。
曰く、この施設では俺のような"少々変わった"子供たちを研究しているらしい。実に底しれぬ、かすかな怪しさを醸し出している。
最も、今の俺の状況こそ怪しいことこの上ない。
聞けば、俺が殉職した直後に作られたという前述の特児法とこの施設は深く関係があるそうだ。
「浦島太郎の気分だ」と俺は愚痴っぽく呟く。
「心中お察ししますー。特にこの三十年、世界は大きく変わりすぎましたー」
それには大きく同意しよう、と窓の外の景色を見やる。
「俺の時代には、空飛ぶ車はなかったなぁ」
滑空する自動車。歩道はベルトコンベアのように自動で歩行者を運び、その歩行者は実体のない空中に浮かぶ画面でテレビ電話。通りがかった窓ふき清掃員は背中に空飛ぶジェットパック。
玩具の様に愉快で、アニメのような近未来的光景がそこにある。
三十年という時間は想像以上に大きい。
「現実逃避しないでくださいよー。まだ説明が残ってるんですからー」
窓の外に視線が移っていた俺はすぐに花咲の方へ、「これは失敬」と姿勢を戻す。
まずはこういった情報のギャップを埋めることで、記憶の混乱を抑えるそうだ。
特に俺の場合、時間上のギャップが激しいタイムトリッパーのような状況。俺が死んだのは三十年前、そして生まれ変わり、現在がその三十年後である二〇九〇年。三十年の違和感をまずは埋めなければならない。
この人智を超えた異常事態に直面している割には、どこか手馴れているような、と邪推な感想も浮かぶが、ひとまずはきにしないことにする。
俺の状態は、様々な意味で少しデリケートかつ不安定な状態であり、事務的な手順によって対処しなければならないとか。
実に役所的な親切対応だ。
「三十年前と違うのは技術的な点はもちろん、社会面においてもそれは例外ではないですー」
花咲の話を簡易的にまとめ、客観的にものを見てみよう。
まず一つ目。現代社会は特児法という法律の元、二十歳以下の子供たちの殆どが、児童教育施設という場所にて教育、成人まで"管理"されるということ。
次に二つ目。近年、特に三十年前から『アドベント・チルドレン』と呼ばれる、常識を超える稀有な先天技能を持つ子供が増加していること。
最後の三つ目。俺はその『アドベント・チルドレン』である可能性が極めて高いため、専用施設にて保護されるということ。
正直に言って、俺にはそっくりそのまま、素直に理解することは難しかった。
「日本では現在、例外なく、子供を出産し育てるには国家資格が必要になります。資格を持っていない夫婦が出産なされた場合、一定期間経過した後に専用施設にて保護されるんですよー」
これが特児法のおおまかな内容である。花咲曰く、育児資格を取り入れた結果、育児放棄のケースは極めて大きく減少。国が大々的に児童の管理を行うことで、児童がわいせつ被害や暴行を受ける事件もほとんど見なくなったらしい。
『子供を育てたければ相応しい親になれ』という考えである。
それを聞いて俺は柄でもなく目を丸くして花咲に問う。
「……よく反発がないもんだ」
その考えも当然、と花咲は頷き、我のことのようにしみじみと語る。
「ありましたよー、最初の二十年ぐらいはママ世代の反発がすごかったようでー」
しかしここ十年はその声も小さくなりつつある、とも続ける。二十年、それは特児法の環境の中で育った子供たちが新しく親となる世代だ。人間、やはり教育次第。
「ですがこの法律の後押しをしたのが、前述のアドベント・チルドレンの存在があってこそなんですよー」
「だから"そこ"が疑問なんだよ。横文字ばかり並べてかっこいいと思うでか!」
「わぁ、なんだか親父くさい発言ですー」
俺もその点には同意しよう。しかし実際、理解できないことが多々あるのも事実。
見かねた花咲は、おもむろにテーブルの上のパソコンのようなデバイスを持ちながら立ち上がる。
「でしたら、一度見てみるのがよろしいかとー」
花咲のにへらとした糸目な笑顔は、不思議とまったく癒やしを感じなかった。
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