スクランブル・フォース
ハナの緊急連絡を受けてから、俺とミヤ、おまけに加えてモモが竜宮城に到着するまでに時間は要さなかった。
竜宮城のメインモニターは周囲一帯の精巧な地図を映し出し、スタッフたちは緊迫した雰囲気で作業を進めている。
無論、緊張感を滲ませているのは、俺達を待っていたハナも例外ではない。
「ハナ、状況はどうなってる?」
「姫子が行方不明ってほんとなの!?」
「はい、現在浦島さんの行方が不明のままでー……」
焦りを見せるミヤを、ハナはなだめるようになんとか落ち着いた様子を維持しつつ報告。
ハナの報告を簡易的にまとめる。
午後十三時に会食を予定していたミヤが予定時刻になっても待ち合わせ場所に姿を現さず、不審に思った相手方が研究センターに連絡。
連絡を受け、ヒメを乗せているはずのレンタルカーが研究センター地下駐車場から出発した監視カメラの映像を確認。
念のため地下駐車場に向かうと、そこには放心状態で動かない添乗員、同じく放心状態で拘束されたレンタルカーの運転手と駐車場出入口を見張る警備スタッフを発見。
つまり、本来の運転手と入れ替わられ、レンタルカーにヒメを拉致し、連れ去られたと推測されたわけである。
俺は『放心状態』というワードが鼻についた。
「放心状態で、ってどういうことだ?」
「精神状態を解析したところ、どうやら思考能力が奪われたみたいでー」
「……つ、つまり?」
受けた説明がイマイチ飲み込めず、俺とミヤは仲良く同時にはてなマークを浮かべる。
説明の続きを深く掘り下げるに、放心状態とは先述された通り、個人の思考能力が喪失された状態であり、これは個人が『何か行動を起こす』という意思能力が奪われた、フォーマットの状態を指すらしい。
この状態の人間は、著しく洗脳されやすい状況であり、自分以外の誰かから何かを命令されると、その命令を遂行する操り人形と化す。
俺は資料にメモされていた『記憶改竄』という言葉を思い出す。ヒメの推測は悪い形で実証されたわけである。
現在ではその放心状態はリカバリされたようで、被害者は通常の意識を取り戻したのだという。
「被害者はみんな、『見知らぬ女の子と目が合ってから記憶がない』と共通の供述をしています。これらから推測するに、視線を合わせることで思考能力を喪失させる第三種先天技能能力者がいる、ということになりますねー」
超能力の子供を利用するのはこういった公的機関ではない。むしろこのように、超能力である子供を利用した案件に対応するのがこの組織の目的のひとつとなる。
今回はこの浦島姫子失踪案件は、緊急性を要するものとして扱われる。
仮に浦島姫子を拉致されたまま、殺害もしくは国外誘拐された場合、あらゆる意味で損失が大きい。
もちろん俺とミヤは、親しい人間として一刻も早い救出を望んでいる。ミヤがハナに切迫した表情で続報を求める。
「花咲さん! 姫子が今どこにいるかは分かってるの?」
「これは確定ではございませんがー」とハナはコンソールを操作し、メインモニターにあるエリアをピックアップさせる。
その場所は、海沿いの港のそばに位置する、多数存在する移民街エリア。その中でももっとも広大である特定アジア移民街地区だ。
「この地域は様々な意味で複雑な内情でして……おおよその地域なら各所に設置されてあるカメラで捜索が可能なのですが、この地区はカメラの捜索網が行き届いていない監視外エリアが八割を占めているんです」
この移民街に関しては不可侵条約が締結されており、専用の観測衛星を使用して軌道上から捜索しようにも、許可取りで時間がかかってしまう、とも補足。
ハナはさらに、重ねるようにひとつの監視カメラ映像を追加でピックアップする。
その映像には、国道から脇道へと逸れていく高級そうな外装の自動車が走る姿が映っていた。
これがヒメが乗っているレンタルカーだという。
「海沿いの地域へと繋がる国道の映像です。これが唯一の映像での手がかり……まだ浦島さんと拉致犯が都内にいるのだとしたら、この移民街地区に立て籠もった可能性が高いと思いますー」
「ふむ……」
必要と思われるあらゆる情報を、脳内メモにて保留しつつ、親指の爪を噛みながらシンキングポーズ。
しばしこの状況に対する最善策を編み出そうと思考を巡らせるものの、ミヤとモモにふと視線が合い、ミヤと俺とで互いに頷きあうと、考えるのをやめて動き出す。
「ハナ、暴徒鎮圧用兵装の使用許可をくれ。それとミヤと俺の捜索許可も」
「越前さん……いえ、司令官、どうなさるのですか?」
ふと司令官と訂正され、そういえば俺は許可をする側であって取る側でもなかったと思い出しつつ、ハナの方へ向き直す。
「人を探す時は足に限るんだよ。地域をある程度特定したところで、多勢を動員して突っ込めば、あっちに気付かれて逃避行の恐れがある。なら少数精鋭で、気付かれないように相手の懐に飛び込むのが一番手っ取り早い。今回はただの迷子探しとは訳が違う」
それが俺の経験から出した結論だ。
このケースの場合、あちらは最大限隠密し、こちらに場所を察知されるのを懸念している。
おそらくこちらが、場所を察知したような派手な動きをしたところで、すぐに場所を移されるだろう。
「ですが、あちらが組織ぐるみで行動している可能性もあります。もし武装員が多数動員されているとー……」
ハナの心配も最もだ。
主犯が玉手譲、そのそばに記憶改竄能力者がひとり、最低でも二人はいると考えられる。
それに加え、仮に傭兵業や派遣制のセキュリティサービス、あるいは玉手譲が所属している企業の武装人員が動員されていれば、危険性はぐっと高まるだろう。
「だいじょーぶ! しれぇはボクがちゃんと守るよ!」
「わんっ!」
「モモもお手伝いするって言ってるし!」
その不安を吹き飛ばすミヤの言葉。
今朝の訓練でもわかったとおり、俺は兵装さえ整えることが出来れば対抗は出来る。
ミヤの戦闘力は周知の通り、ずば抜けて高い。限界点突破機能を使用すれば、複数相手でも圧倒が可能。
俺とミヤがいれば、ある程度の戦力相手には問題ない。そう考えた上での選択だ。
「相手の目的もある程度わかってる。よほど下手をしなければ、あちらはヒメに危害を加えないはずだ。ならば、考えるべきは早期の救出だと考えるが」
半ばむりやりに俺の持論を押しこませてもらったが、最終的にハナは納得したように頷いて、兵装使用許可を指令する。
ハナが特殊車両の使用許可も下ろそうとしたところで、モモが自己主張激しく吠える。
俺はその鳴き声を聞くと、直感的にモモの『言語』というものを理解したような感覚を抱く。
「お前、もしかして『任せて』って言ってるのか?」
「しれぇもモモの言葉わかるようになったんだ!」
「ワンッ!」
俺はかすかに首を傾げるも、ひとつの仮説を打ち立ててみる。
もしかすれば、俺の持つテレパシー能力が適用されたのかもしれない。機械であっても、自意識と知能が存在すれば可能なのか、と少々驚愕。
しかし驚愕する点はそれだけではなかった。
モモは柴犬の小さな体を奮わせて、遠吠えをひとつあげると、周囲に紫電が走り、モモが光の球体に包まれる。
感じるデジャブ。これはケルベロス変形時と同じ現象だ。
例のごとく、光の球体が弾け、炸裂音が響くと、そこにはケルベロスの巨体に変形した、およそグレートデンサイズのモモが勇ましく立っていた。
「……あら、見ないうちにまた大きくなっちゃって」
「わふっ」
「変形機能も残して、改造されてたんだ……さすが姫子!」
変形後の見た目は勇ましいドーベルマンと柴犬の特徴を融合させたような機械的で無機質な白色のボディ。胴体には桃を象ったエンブレムがペイントされている。
各所に格納型の火器が搭載され、まさに戦う犬型ロボットとなったモモ。
直後に、機能説明が書かれている電子画面が宙に展開される。
その機能の内容も、魔改造の域に達したものばかりだ。
「訓練用、実戦用、鎮圧用にシフトできる格納型火器。海底から宇宙まで対応できる耐久性と万能性。電子迷彩機能に最大二人まで搭乗可能な変形飛行機能……魔改造し過ぎだろヒメ!」
「モモに乗っていけば目的地まであっという間だよ! モモすごいよ!」
モモを撫で回すミヤと、どこか満足そうなモモ。
おそらくヒメは、ミヤの戦闘をサポートするメカを作っていたのだろう。機能もそのために、中距離支援の兵装や機動力を高めるものにしぼっている。
揃った布陣を見直し、これからヒメの救出作戦が開始される。
「それでは、これより浦島姫子の救出作戦を始動させる。第一目的は、少数精鋭チームによって、迅速に浦島姫子の身柄を保護。第二目的は、拉致犯の身柄確保。こちらの動きを勘付かれる前に居場所を突き止め叩く。実動班は俺とミヤ、それにアシストのモモ。ハナは竜宮城にてフルバックアップ。以上、作戦行動開始を宣言する!」
「オール・ステンバイ! 行くよモモ、しれぇ!」
「ああ、ハナはバックサポートを頼んだ!」
「みなさん、どうかお気をつけて」
「ガウッ!」
ハナに見送られながら、俺とミヤの二人。にプラスしてモモが一匹。竜宮城から急いで出発していく。
俺の心中に秘めてある、運頼みとしか言えないひとつの策。これが実ることを祈って。