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喫茶店『わらべ唄』にて推理

   ◇ ◆ ◇


「はい、宝くじ一等当選。一億ゲットだよ。んふふふふ」

「うっそーん!? 株で大儲けした後にそれかよ!?」

「おばあちゃん強すぎー!」

「だーからワシは言ったんじゃよー。兎美うみばあさんと運だめしはいかんって」


 昼時の喫茶店『わらべ唄』では、激しいマネーデッドレースが繰り広げられていた。

 とはいっても人生ゲームの話である。モモとの散歩に付き合うがてら、俺は研究センターから歩いて三十分のところにある古物屋商店街へと足を運んでいたのだ。

 目当ては当初、俺の好みに合う古本だった。この体になってからというもの、ヘビースモーカーで酒豪だった俺の楽しみであるタバコと酒がどちらもダメな身分となってしまった。

 数日過ごしてみてわかったのは、トレーニングでしか時間が潰せないという悲しい事実である。

 そのため、せめてもの退屈しのぎにと紙媒体の古い本を探していたのだ。

 今の時代は七〇パーセントの本が電子書籍のみでの販売らしく、試しに電子書籍を読んでみたものの、いまいち本を読んでいる感触が味わえず不満足。

 こうしてわざわざ、古い紙媒体を売っている古本屋がある場所を聞き、紙媒体の本を探しているわけである。

 古い人間の古い価値観だと自覚はあるのだが、あいにく昔からの癖なので仕方ない。

 そうして推理小説を中心に本を探していると、偶然にも昔のボードゲームが大量に売られている店を発見。

 ゲーム好きなミヤの目にも止まり、ミヤの切望と暇つぶし目的が一致し、試しにまとめて購入。

 もうすぐ昼時なのでついでに『わらべ唄』に立ち寄り、ランチをごちそうになろうかと思ったのだが、店主である老夫婦二人もアナログゲームが好きらしく、試しに人生ゲームで一戦交えてみた結果がこれである。

 ちなみに、女性の方が兎美うみばあさん、男性の方が狸一りいちじいさんという名前である。

 最終結果は兎美ばあさんが十億円と無数の不動産を持ってゴール。俺とミヤはトントンでそれなりの合計金額。狸一じいさんが兎美ばあさんのリスクをすべて吸収したかのように五億の負債によって最下位。

 狸一じいさんが兎美ばあさんをメンバーに入れたがらなかった理由が分かる。兎美ばあさんの豪運は伊達ではない。


「それじゃあ狸一さん、約束通り今日のお店の掃除、お願いしましたよ?」

「トホホ……毎回こうじゃ」

「尻にしかれてるなぁ……俺も他人のこと言えんが」


 狸一じいさんを見ていると、昔の俺をおぼろげに思い出す。がんばれ日本のおとうさん。

 その場はミヤの豪快な腹の虫が響き、兎美ばあさんが厨房へとオムライスを作りに行ったところで丸く収まる。

 狸一じいさんからブラックコーヒーを一杯もらいつつ、俺の視線は持ってきた爆破テロ未遂事件関連資料の束へと移る。

 ミヤは戦力にならないと思ったのか、モモを膝下で抱きつつ横でじっと見ている。

 俺が最初に手にとったのは、警察から提出された調査経過報告書だ。もしあの事件がまだ完全な解決に至っていないなら、この報告書を読めば分かる可能性が高いからだ。

 そして俺の推測通り、報告書には無視できぬ記述があった。


「……『外部の共犯者の可能性高し』だぁ?」

「共犯者って……つまり、悪い人は二人だけじゃないってこと?」


 ミヤの疑問を混じえつつ、俺は資料を読み進める。

 これは聴取と証拠物件調査を同時に進めた上での推論のひとつのようだ。

 まず自立兵器ケルベロスや反動磁力爆弾の材料を揃えるための然るルートがあるべき。

 一介の元科学者で、現在は民間企業のリニアモーターカー整備スタッフでしかなかった彼に、それらを全て揃えることはほぼ不可能。

 しかし主犯であるその人物は、どうやってそれらを揃えたのかどころか、どうして自分が『REBIRTH the GOD』というテロ組織を名乗ったのか、どうして自分がメニーランドという限定された場所に仕掛けたのかさえ、『理由をはっきり覚えていない』のだという。

 『爆破テロによって人工ペットの廃止を訴えることしか頭になかった』と供述しているのだとか。

 慎重な精神鑑定の結果、それらの供述は嘘ではなく、頭を悩ませた警察は先天技能研究の専門家であるヒメに相談を持ちかけたようだ。

 警察はこの現象を、第三種先天技能の仕業だと考えたらしい。

 そう記述された箇所には、ペンで丸を囲まれており、『記憶改竄、または認識改竄能力の可能性』と追記されている。おそらくこの部分はヒメのメモだろう。


「つまり、主犯に必要な材料を流し、爆破テロを促した"黒幕"がいるってことか」

「モモがああなったのも黒幕の仕業ってことだよね!」


 モモもミヤに同調しているのか、鳴き声をひとつ発してテーブルに乗り出す。

 まだ爆破テロ未遂事件は解決していない。そう思ったヒメは次にあらゆる必要資料を集めたのだろう。

 次は、俺から見ても暗号の集まりにしか見えない科学資料の山だ。

 ほとんどは電化タキオン粒子に関するありとあらる論文をスクラップしたもので、ミヤは目を通す前からオーバーヒート気味である。

 これは骨が折れそうだ、と半ば覚悟を決めてスクラップの山に手を付けようとした矢先、カフェオレを持った狸一じいさんが声を上げる。


「はぁー、なんじゃこの論文の山。ぜーんぶ『ウラシマ粒子』のものじゃないかい」


 俺はその激しく惹かれるワードを聞き逃さなかった。


「……狸一じいさん、何か知ってるんですかね?」

「あっ! そういえばこの前、ボクに『昔は研究センターで働いていた』って教えてくれたよね!」

「えっ? あ、あー、そういえば前にそんなことを言ったような……」


 狸一じいさんはしまったというあからさまな表情を見せるが、ここは退くわけにはいかない。

 よりにもよって『ウラシマ粒子』などというキーワードが耳に入ってしまったからだ。

 獲物を逃さんと睨む蛇の如く、狸一じいさんを見つめ、目で語る。

 その甲斐あってか、狸一じいさんはあっけなく観念したように椅子に座り込んでくれた。


「こりゃ、本来は姫子ちゃん本人から語られるべきなのじゃが……」


 そう前置きを述べて、ためらいを感じさせつつ、「これを踏まえて姫子ちゃんをきにかけてほしい」と一種の願いを交えつつ狸一じいさんは語る。

 曰く、狸一じいさんは一年前にミヤが研究センターに来る直前まで、ヒメの部下である研究スタッフとして働いていたらしい。

 そして、ヒメが現在の役職である総合研究顧問に就任する前、その前任として働いていたのが浦島神うらしま じん――ヒメの父親であるという。

 浦島神もまたヒメに負けず、"一般人としては"博識で有名な科学者であった。特に彼が推し進めていたのは、電化タキオン粒子、通称『ウラシマ粒子』の提唱。

 タキオン粒子研究の副産物として生まれたウラシマ粒子研究は、理論段階では完成に近づきつつあり、後は研究と実験を完璧にし、発見が待たれるのみであった。

 そして理論段階であったウラシマ粒子が発見に至ったのである。しかしそれを実現させたのは浦島神でなく、当時五歳のヒメだったのだ。

 喋り始めたのと同時に博士号を取れるほどの才覚を見せていたヒメ。

 ヒメは浦島神が受け持っていたすべての研究を、ヒメひとりの手腕と頭脳によって完成させたのだ。


「ウラシマ粒子……つまり、メニーランドの事件に少なからず関係してたってこと」

「ああ、華の奴から事件のことは聞いとるよ」

「姫子はだから気にしてたのかな……?」


 ミヤの疑問に、狸一じいさんは「多分それだけじゃあない」と首を振りながら俯く。

 一瞬だけ口をつぐみかけてたが、狸一じいさんはためらいを捨てて話を続ける。

 振り返れば、ウラシマ粒子の発見が大きな原因であり始まりであった。

 ヒメが六歳になる誕生日――浦島神は自害したのである。

 唐突すぎる自害。そばにあった遺書にはこう書かれていた。

 『私は父としての存在意義がわからなくなった。神童である我が娘に、私はいらない。私は娘にどれほど努力しても勝てない。娘と比べられ続ける我慢強さは、私にはない』

 ヒメの卓越しすぎた才能に、浦島神は強い劣等感を抱いたのが原因だと推測された。

 もちろんそこに悪意はなく、ヒメはヒメで、父親の手伝いをしようと純粋に努力した。ただそれだけのはずだった。

 ヒメは決して自分の父を不要な存在だと思ったことはない。幼くして母親を失ったヒメにとっては、心の支えとして、敬う対象として、父親を深く愛していた。

 しかし、浦島神の心とは別だったのだ。

 だからこそ喪失した時のショックも大きく、そのストレスが原因で両脚が心因性の不随意運動症候群にかかり、車椅子生活を余儀なくされるほどだった。

 この話も、不随意運動が悪化して倒れた際に狸一じいさんがヒメを助け、その際にヒメから教えられたもの。

 ヒメは自分の口で、『ウラシマ粒子は自分の最大の罪』だと語ったのだという。

 

「姫子ちゃんは、『ウラシマ粒子は機械に悪影響を与えるだけではなく、機械災害の始まりになりかねないもの』と言っておった。じゃから姫子ちゃん自信でウラシマ粒子の研究を封印しておったんじゃ」


 その理由だけでなく、自らへの戒めも込められていたのだろうか。

 その過去に触れられまい、とヒメは俺たちの知らない間に、ひとりで奮闘していたのだろう。

 ヒメをそう動かしていたのは、罪悪感か、複雑に蝕む一種の使命感だろうか。

 俺は内心、後味の悪い話を聞いてしまったと軽く後悔し、胸のうちのいびつな感情を飲み込むようにブラックコーヒーを一気飲みし、己の感情をごまかす。


「姫子、いつも白衣を『パパからもらった大事なもの』だって……そっか、そういうことだったんだ。知らなかった……」

「親友でも、すべてが言えるわけじゃないってこった」

 

 何かを悔やむような表情を浮かべるミヤ。見かねた俺はそれとなくミヤの頭をなでてフォローしておく。


「そんな顔すんな。これで大事な親友のことをもっと知れただろ? んで、じいさんのおかげである程度『推測』が立てられた」

「しれぇ?」

「どういうことじゃいな?」


 オレは不敵な笑みをこぼす。

 こういった推理は俺の十八番だ。それらの話から、黒幕の人物像が浮かび上がってきた。


「まずは『黒幕の目的』だ。これはおそらく、ヒメが封印した『ウラシマ粒子』の研究を復活させることだろう」


 先日のメニーランド爆破テロ未遂事件は、そのための挑発行為だと言える。

 起爆に成功すれば、ウラシマ粒子の貴重な実証結果が得られる。失敗した場合も、ヒメへの挑発行為としては十分すぎるものだ。

 

「組織名の『REBIRTH the GOD』も言葉遊びなんかじゃない。もうひとつの意味は、『浦島"神"の研究を"蘇らせる"』意思表明だったんだ」

「でも誰がそんなこと考えたの?」

「それも特定ができるはずだ」

 

 俺は勢い良く無数の資料をめくりだし、一枚の人物履歴書を発見し、抜き出して見せる。

 その履歴書は、元研究センター所属名簿の中にあった一枚であった。


玉手譲たまて ゆずる。元研究センター所属研究スタッフで、現在はとある企業の専属科学者」

「玉手……! ワシが辞職する直前に解雇にされた同僚じゃないか!」

「やっぱり狸一じいさんは知っていましたか。解雇の理由は?」

「……データベースから無断で機密研究資料を持ち出そうとしたことじゃ」

「ビンゴ。おそらくヒメが封印していたウラシマ粒子の資料を持ち出そうとしていたんでしょう。だけど、どうやら諦めてなかったみたいだなこれは」


 満を持して、論文資料のスクラップから一部を取り出す。それはすべて、玉手譲が研究センターを辞職した後に発表されたものだ。


「彼は民間所属になった後も、定期的にウラシマ粒子関連論文を提出している。もちろん封印指定された研究を掘り返してたもんだから、関係者からは目の敵にされてたみたいだけどな。そしてそんな玉手譲の今の職場は、海外にある軍需企業兵器開発科だ」

「兵器開発……モモ、じゃなくてケルベロスも作れるってことだよね、しれぇ!」

「そーゆーこと。ウラシマ粒子に精通していて、ケルベロスを作れる環境にあって、動機もある」


 そして、これらの推測をまとめると、黒幕が次に起こす行動が自然と予想されるようになる。

 ミヤと狸一じいさんもそれに気づいたようで、顔色が危機感に染まっていく。


「つまり、そいつの狙いは……姫子ちゃん、ちゅうわけかい?」

「俺の悪い予感が当たればね。ウラシマ粒子の全容を知るのは、浦島神がいない今はヒメだけ。ウラシマ粒子の研究を完成させるには、ヒメが必要になる」

「そんな――っ!」


 そして、すべては予定調和であったかのように、ハナから緊急の通信がもたらされる。

 俺の場合、悪い予感に限ってよく当たるものだ。

 危機感に追い立てられる顔のハナが通信画面に映り込む。

 通信の内容は、ヒメが行方不明である、という報であった。

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