意外とかわいいやつ
実戦訓練が終わったあとは簡単な挨拶だけ形式的に済まし、本日の業務は終了。
午前中だけの訓練で短いとは思うものの、あくまで初日のウォーミングアップ兼データ取りということなので、ざっとこんなものだろう。
約束通り、午後からはモモの散歩に付き合うということで、今はモモを迎えに行ったミヤを、フィジカルエリアの中に設営されてある休憩フロアにて待ち合わせをしているところだ。
フィジカルエリアは能力使用の実験や研究が行われているということで、先程から数人、白衣を着た大人たちと一緒に行動している子どもたちが見受けられる。
防犯対策として訓練フロアは外から見えるようになっているので、見ていて退屈はしない。
研究されている超能力はほんとに様々。それ故訓練風景もまた十人十色。
俺が今日見ただけでも、数メートル離れた物体に火をつける自然発火能力者や、触れた金属を爆発させる超能力者。天井すれすれを自在に飛行していた子が、能力操作をトチったのか近くのスタッフにスカイダイビングしたハプニングも。
サーカスのようににぎやかな光景が連続していると、改めて三十年という時間で、世界が大きく変わってしまったのだと実感させられる。
最初は鵜呑みも出来なかった。
俺の実質年齢より二回り以上小さいはずの子供たちが、人智を超えた超能力を用い、大人に変わり、あらゆる危険から人を守っているという事実を。
この逆転してしまった庇護関係を見ると、古い人間である俺にとっては複雑な思いを抱いてしまう面もある。
先日の爆破テロ未遂事件もそうだ。最初は信じていなかったミヤの超人的能力によって、ある意味俺も助けられたということ。
俺が今できることはあまりに少ない。心の中で無力さとも違うほんの少しの虚無感を飲み込むように、手元にあるプロテインドリンクをがぶ飲みする。
「……あっま」
ハナから訓練終わりの差し入れとしてもらったハチミツバナナ味だというプロテインドリンク。甘い、ハチミツ分が強くてバナナ味が行方不明だ。
「同僚の子においしいって評判なんですよー」と言っていたわけがわかるかもしれない。子供にはこのヘビィな甘さが好みなのだろう。
現在では自分が部隊の司令として就任したものの、やはり様子を見るとハナが中心的人物として目に写る。
中身の年齢差はあるものの、この職場ではハナは学ぶべき先輩のひとりだ。
今回の成果を及第点と評価していたハナ。
険しい現場を多く見ている肥えたお眼鏡にはまだ通用しないようだが、微妙な評価を下されると元おっさんとしては勝負意思が再燃するというものである。
今回行った訓練は目に見えて成長を示せる場。次回では満足といえる結果を見せたいものだ。
「"ハナ"の"鼻"をあかしてやる……って何言ってんだ俺は」
『オヤジギャグ』という言葉はなんと的を得ているのだろう。
独り言でオヤジギャグを言い、一人でそれにツッコむ。
ため息を吐きながら、寄りかかるように休憩用のソファに座り、きまぐれに後ろの方に視線を向けた――ところで、俺はやっと、後ろでじっと作業中だったヒメを発見する。
「……え゛、いたの」
その言葉にはノーリアクション。
「……もしかして、聞こえてた?」
聞こえてた、とはもちろんなんともビミョーなオヤジギャグのことを指す。
すると軽く俺の方に視線を移して一言。
「……鼻、明かせるといいね」
「ばっちり聞こえてたのね分かる。秘密にしといてよお願いだからー」
いつもの抑揚の少ない調子で、励ましとも何とも言えないコメントをもらった。
率直に言って、独り言を聞かれるのは万人共通で恥ずかしい。
俺が勝手に醸し出している微妙な空気を払拭しようと、それとなくヒメのそばに寄ってみる。
ヒメの視線は、外から見える一番大きな訓練フロアに向いていた。訓練フロアの中では、子供たちが何人かのチームに分かれて超能力の能力測定を行っているところだ。
「これも仕事か?」
「……定期のカリキュラム確認作業」
ヒメは電子コンソールを操作し、資料にデータを入力しつつ、手元も見ないまま作業に没頭している。
子供を見守るのも子供と言えるだろうか。
データ入力作業も終えたようで、電子コンソールをシャットダウンし、深いため息をつきヒメは車椅子に深く座り込む。
やはり疲れが溜まっているのだろうか。顔色が少し優れないように見える。
ミヤの「姫子は一番の頑張り屋」という言葉を不意に思い出し、見ている俺も肩をすくめながらため息。
やっと一息ついたかと思うと、ヒメはおもむろに俺の手元を指差す。
「……口止め料」
「ん? これ欲しいの?」
手元には半分飲み残しているあまーいプロテインドリンクが入ったボトル。ヒメは強く一回頷く。
何気なくボトルを渡してみる。渡されるやいなやヒメはボトルに口をつけて勢いよく一気飲み。
飲み干すと顔色がかすかに明るくなったように見えるし、それとなく表情も柔らかくなったような。
意外と甘い物好きのようだ。
ヒメも部隊の中で一番忙しそうであるし、俺もここ数日はあまり余裕がなかったせいで、いまいちヒメとはコミュニケーションも取れていないと内心思っていた節がある。
ここで軽く会話をしてみようと思い、あまり意識はせず話を切り出してみる。
「最近忙しそうだな」
「……それが私の仕事だから」
「そ、そうか」
そして不意に訪れる静寂。なぜだろう、ミヤが相手だと面白いぐらいに話が進むのだが、俺とヒメの性格なのか相性なのか、微妙に話が途切れる。
この雰囲気をおっさん視点で解説するなら、『成人になって休み返上で働き始めて、疎遠になった娘に父親が久しぶりに会話した時の雰囲気』のあれだ。
普通の会話では続く気がしないので、共通の話題であるミヤの名前を出しつつ再トライ。
「ミヤが心配してたぞ? いや、もちろん俺とハナもだけど」
「……心配はいらない」
「とはいってもなぁ、顔色悪いぞ?」
その言葉には「……そう?」とやっと反応らしい反応が見れた。
ヒメは俺の方に視線を移しながら、顔を両手でペタペタと触る。別に顔が汚れてるわけでもないのだが。
「休みが取れないんだったら、俺からハナに相談しとくぞ? さすがにそろそろ休んでおけって」
俺は同僚にせっつくような感じで話をする。ヒメはミヤより一回りほど精神的に大人びているので、俺の中では職場の同僚として認識しているのだ。
一方のヒメは、俺の提案には良い反応を示さず、首を横に振って拒否。
変わらず抑揚の少ない声で難色を示す。
「やるべきことが終わるまでは……できない」
「先日の爆破テロ未遂事件を調べてる、っていうあれか?」
「……」
核心を突いたようで、ヒメは無言でノーリアクションながらも、それが逆に肯定を表しているようなものだ。
「あんまし心配かけんなよー? 心配する方も気が気じゃないからな」
冗談混じりで励ましてみるものの、ヒメは深く考えているように眉をしかめて、顔を僅かにうつむかせる。
今度は自分を制するように顔を振って、静かに語気を強くして話を切り返す。
「……全部、私がやらないといけないから。大丈夫、私なら、全部片付けられるから。だから、気にしなくていい」
突き放されたとも言えない微妙な距離感に押し出された俺は、少しの間、口を噤んでいた。
ヒメの琴線に触れかけたのだろうか。ヒメと俺との間は近いとも遠いとも言えない。
それとなく、そっぽを向いたヒメの横顔を覗くと、俺は『当たり前の事実』に気づいて、漏れ出すように笑う。
「くくくっ、かわいいやつだなぁ、お前」
「……?」
俺はついヒメの頭をくしゃくしゃと撫で回す。相手の方は案の定、あまり飲み込めない感じの微妙な顔と怪訝な視線。
ミヤとまた違った反応に新鮮さを感じつつ、頭から手を離してしゃがみ込んで視線を下に。
「いや、お前って案外子供っぽいなぁと思ってな」
「……私?」
「ああ。頑固なところとか、なにより――『一人でなんでも出来る』って思ってるところとかさ」
今の俺の目には、ヒメもまた『頭のいいだけの子供』として見える。これは決して悪い意味ではない。
俺は心の何処かで『ミヤとヒメは違う』と勝手に決め付けていたのかもしれない。
しかし改めて見直すと、ヒメもまた、誰かが見守らないといつか崩れてしまうかもしれない子供のひとりなのだ。
変に不器用で、それでいて見守りたくなるような。
「変な他意はないよ、そのまんま。まっ、俺の仕事って、お前らが困ってる時に勝手なおせっかいを焼くことだし。そーゆーことで」
遠まわしに「困った時は声をかけろ」と伝えておいて、それ以降は多く言わない。
ヒメの方も口は開かず、そのまま静かに車椅子を動かして廊下の奥、研究エリアの方向に姿が消えていく。
あちらが何を思ったかは知らないが、俺には俺でやりたいことが出来た。
「しれぇー! おまたせー!」
「ワンっ!」
「やっと来たか。おー、モモも散歩に行けてご機嫌だなぁ」
すぐ後、ちょうどよくヒメと入れ替わるように居住エリアの廊下から駆け寄ってくるミヤとモモ。
飼い主に似るものなのか、いの一番に飛び込んでくるモモ。ミヤと比べればまだ可愛い方なので受け止めて可愛がりながら撫でてみる。
「モモだけずるーい」とミヤが駄々をこねているが、飼い主としてそれはどうなんだ、ミヤよ。
「すまんミヤ、ちょっと散歩前に寄り道するところがある」
「ふぇ? どこどこ?」
「時間はかからない。モモもこっちだこっち」
「わふっ」
足早に目的地へとモモを連れて歩き出す。後ろから「まってよー!」とミヤも遅れて追従する。
実際、時間はかからなかった。目的地は同じ施設内にあるチルドレン・ターミナル『竜宮城』だからだ。
ハナから事前説明でこの場所にある機械の使い方は教えられている。ここはあらゆる情報という情報の集積点であるからだ。
早速とデータベースを弄くる俺、それを横から不思議そうに覗き込むミヤとモモ。
目当ての情報が整理されたフォルダ自体はすぐに見つかったものの、フォルダにプラスされている南京錠マークを見て、してやられたと痛感させられる。
「あちゃあ、まさかロックかけられてるなんてな」
「しれぇ、それってもしかして、爆弾事件の関連資料?」
「そっ、これを見たら、ヒメが様子おかしい理由も分かると思ったんだけどなぁ」
それを察知されて調べられるケースもあちらで考慮していたということだ。
つまり、あの事件が何かしら原因として関わっている可能性が高いということなのだろうが、中身が見えない以上断定もできない。手詰まりだ。
〈姫子はその情報に触れられることを嫌がっています。どうかお控えを〉
「うわびっくりしたぁ!」
「あっ、そういえば情報保存管理ってカグヤが担当だったねぇ」
ミヤの一言で俺の記憶が想起される。
この電子音声は、確か初対面で一分も経たずにぶぶ漬けを突き出してきた風変わり人工知能のカグヤだ。
同じ流れで驚かされる俺も俺である。
〈カグヤは姫子の秘書も兼任しています。この関連電子資料も『閲覧厳禁』と言及されていますので〉
「そっかぁ。ヒメのプライベートに関わるなら仕方ないかもしれないが……」
と投げ出すように諦めかけると、直後にそばのプリンターから不意に多数の紙媒体資料が印刷される。
不思議そうに俺がその資料を確認してみると、中身は『電化タキオン粒子関連論文集』や『反動磁力爆弾関連事件資料』等々。
手にとって見たミヤは内容にチンプンカンプンのようで歌舞伎めいたな顔をしているが。
「閲覧厳禁じゃなかったのか?」
〈肯定。『電子資料の閲覧許可』は禁止されていますが、『紙媒体の閲覧許可』は禁止されていませんのであしからず〉
「小学生の屁理屈かよ!」
初めてあったときも思ったが、まったく人工知能っぽくなく、とても人間臭いのはなぜだろう。
それを聞いていたミヤは、横からピョコっと顔を出して横入り。
「しれぇ。多分、カグヤも心配してるんじゃないかな」
それを聞いて、軽く納得。
ヒメの秘書もしているということは、ヒメの様子がおかしいことも気づいているわけで。
この下手な人間より人間臭い人工知能カグヤは、ヒメのそばにいる一人として、もしかすれば暗にヒメのことをミヤと俺に託したのではないだろうか。
〈ご健闘、お祈りします〉
「……ああ、任された」
「じゃあ散歩しながら見てみよっか。ありがとーカグヤ!」
「わんっ!」
俺たちは多くの関連資料をまとめて抱えながら、竜宮城を後にして外へと向かう。
あの事件はまだすべて片付いていない。
俺の古い勘が、そう告げているような気がした。