浦島姫子の焦燥
◇ ◆ ◇
研究センター奥にある、一部の人間しか立ち入ることのできない機密研究エリア。
そのエリアの心臓として最奥に存在するのが、浦島姫子の研究室だ。
電気が消された研究室の中央にて、姫子の顔を照らし出すように機械の光は灯り続ける。
姫子の手元にあるのは、メニーランド爆破テロ未遂事件の証拠資料の数々だ。
映像資料、機械資料。使用された反動磁力爆弾の推定設計図資料からケルベロスの設計資料まで。
終わったはずの事件の資料を漁っているにしては、あまりにどこか疑念を隠せない視線で、姫子は資料を高速で記憶していく。
ぱららら、とパラパラマンガでも読んでいるのかと思うほどのページめくりで、姫子は一文、一文字、ページ数まで一瞬で記憶していく。
何かに追い立てられるような。かすかに臭う臭いなにかを必死に追いかけるように。
そして姫子は、ゆっくりと読み終えたすべての資料を乱雑にまとめながら、灯り続ける電子画面を見つめる。
「……『神は蘇り、支配種と騙った人間に裁きを下す』」
脅迫文の一文に、食らいつくように、視線をじっと、ただただ動かず見つめる。
眼鏡の奥では、何を考えているのか。どういった光景が脳裏に映し出されているのか。
人には叡智ともいえる彼女の頭脳の中身は知る由もない。
深海のような思考を持つ彼女のすべてを、理解できるはずもない。
非現実的世界を見るようにじっとしている姫子を現実に戻す、メールの着信音。
メールは魅夜子からのものだった。無事起床し、お腹も空いたので四人で『わらべ唄』に行こう、という内容だった。
姫子は基礎は修復し終え、後は特別性の部品が届くだけの、直りかけの人工ペットに視線を移しながら、親しいものにしか気づかれないほどの微笑を浮かべる。
きっと今日も魅夜子は大層な量のオムライスを食べることだろう。
華にもそうだが、あの越前龍という口調が独特な女の子にも、改めて礼を言わなければならない。
そう思いつつ、姫子は白衣を着直して、車椅子を動かす。
「きっと何も知らぬまま、皆はこれから過ごすのだろう。私とは別に」、そう思いつつ、そう願いつつ。
自分が着る、よくクリーニングされた、大人用の古い白衣を握りしめて。
姫子は静かに皆の元へと向かった。
【Chapter1 完】