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見守るということ

   ◇ ◆ ◇


 それから後の、事の顛末を話さなければならないだろう。

 俺とミヤが爆弾を破壊した数分後、事件の解決がヒメから報告される。犯人である科学者夫婦二人が確保されたのだ。

 夫婦二人は動物愛護を訴える団体に所属しており、今回の事件もそれに準じたものだという。

 組織構成員はその二人だけ。組織名も非常にふざけたもので、『REBIRTH the GOD』の『REBIRTH』を『REVERSE』と読み替え、『GOD』を逆さ読み(リバース)すると、『GOD』→『DOG』になる。ただそれだけの話だったのだ。

 主犯である中年男性の元科学者は、玩具メーカーの開発担当の経験があり、キャリアマンだったものの、とある玩具の開発をきっかけにメーカーと仲違い。

 その玩具こそが、他でもないヒメが開発した人工ペットであった。

 オリジナルと呼ばれる、モデルの生き物の記憶や情動を人工回路という形でコピーし、ペットとしてより自然な生物感を再現するその研究は大きく評価された。

 しかしその科学者男性は動物愛護団体の所属でもあり、その研究を「擬似的な動物のクローン生産だ」と大きく反対した後にメーカーを退社。

 以降はリニアモーターカーの整備スタッフとして働くこととなるが、人工ペットのことを諦めたわけではなかった。

 ヒメの私的アドレスにメールを送ったのもその伝手であり、同時に憎き相手への挑戦状のつもりだったのだろう。

 人工ペットを自走爆弾として利用したのも、人工ペット改造兵器であるケルベロスを用いたのもあてつけのつもりだったと推測できる。

 人工ペットが爆弾として利用された、ともなれば少なくとも世間からの人工ペットへの感情はネガティブな影響が出る。

 その上で、爆破テロによって人工ペットの生産中止を要求を行う、という計画だった。

 だが、人工ペットとリニアモーターカーの仕組みに精通している、という限定された人物像の特定。

 さらには、「ヒメの関係者を巻き込める場所に爆弾を仕掛けられる」という情報の出処。

 そして、制御中枢を破壊されたケルベロスの首輪に書かれていた「てつ」という名前。

 他でもない犯人の中年夫婦二人とは、昨日、喫茶店『わらべ唄』で見かけたあの二人だったのだ。

 こうして昨日の周辺防犯カメラから人相を割り出された犯人夫婦は、劇的な早さにて容疑者逮捕に至ったわけである。

 実に馬鹿げていて、実にはた迷惑な事件であった。少なくともミヤの休日を潰した罪は大きい。

 さて、俺達はというと、事件が終わった後、現場の後処理を遅れてやってきた外部の応援にすべて丸投げし、ミヤと俺は大事を取ってメディカルスタッフのお世話に。

 体に大きな怪我がないことを互いに確認した後、安心して気が抜けたのか、ミヤは横になったままご就寝。

 見かねた俺は、車で送ると声をかける他のスタッフの申し出をやんわりと断って、ミヤをおんぶしつつ、予定通りリニアモーターカーにて施設へと帰還。

 俺はほとんど仕事らしい仕事をしたと思っていないので、せめて保護者として見栄を張ってみただけである。

 今は研究センターの一室を借りて、ベッドですこやかに眠っているミヤを見守りつつ、ハナから先述の事件顛末報告を聞き終えたところだ。


「――以上が報告になりますねー。事件の割にはあっけない結末でしたー」

「けっ、迷惑な話だよ」


 呆れと拗ねの混じったため息をひとつ。生前からの習慣であるタバコ――は年齢上問題があるので、近くの駄菓子屋で購入したココアシガレットを咥えながらソファによりかかる。

 ハナはその様子を見て軽い苦笑をひとつ。

 ヒメは今、ケルベロスであった人工ペットの部品を取り寄せ修復中であると追記し、ハナはひとまず電子資料ファイルをシャットダウンする。


「まずはお疲れ様……いえ、ご協力ありがとうございましたー。越前さん」

「よせやい、俺に礼言うのは筋違いさ」


 俺はそっぽを向きつつ遠慮する。礼を言われるのはこそばゆいのでなんとなくだ。


「桃井さんと過ごされて、いかがでしたかー?」

「退屈はしなかったなぁ。ジェットコースターよりヒヤッとした一日だった」


 皮肉混じりの感想を述べつつため息をもうひとつ。

 こんななりなので、見た目だけでは子供同士のちょっとした遠出ではあったが、『四十のおっさん』である俺としては、かつてあった『昔』を思い出したものであった。

 その『昔』をハナが知る由もないので、多弁には語らないが。

 一方ハナはその話を聞いて"いい笑顔"。


「その割には、服を買ってあげたりしてたみたいですけどー」

「バーロー! 女の子がジャージ一丁でおでかけとかかわいそうだろ!」

「そーですかー」


 もしかすると、ハナはわざとジャージ一丁をスルーしたのではないか、という疑惑さえ浮かぶが気にすればキリがないのでこちらもスルー。

 素直に言えば楽しかったですもの。心の中では認めましょう。

 口には絶対出しません。それが俺のちっぽけなプライドです。

 ハナは一通り話を終えた後、ぐっすりと柔らかい寝顔で熟睡しているミヤの頬を撫でつつ、真面目な雰囲気で口を開く。


「――この子たちには、"親"が必要だと思うんです」


 ハナは深く考え込みながらそう呟く。

 俺は「……話を聞こう」と特に構えず、互いに独り言を言い合うかのような自然な雰囲気を壊さずに座り直す。


「桃井さんは生まれてすぐに両親を失ったと聞きます。これについて、本人は物心がつく前のことだから、と大きくは気にしていないらしいんですけどー……」


 ハナはかすかに口をつぐみかけるが、"俺の方に一瞬視線を移したあとに"話を続ける。


「浦島さんと出会うまで、桃井さんはずっと独りだったんです。その頃のケア・アドバイザーが私でしたからー」


 ハナはぽつぽつと、思い出すように話す。

 両親を物心がつく前に失い、すぐに施設に保護されたミヤ。

 言葉を話し始めると同時に、人外な運動神経を垣間見せていたミヤは、すぐに研究センターのホープとして訓練を受け始める。

 しかし能力の制御がうまくいかず、少しでも力んだり、力を入れて走ったりすると、周囲の物を壊し、時には他人に重大な怪我を負わせることが多かったという。

 悪意がないことは理解しているが、周囲の子供たちも強すぎる力に畏怖して、人が離れていく。

 動物との意思疎通能力が発現したのは、人間の友達の代理に動物を友達と扱い、孤独を埋めるためであると推測されているらしい。

 今でこそヒメという理解者が現れ、ヒメの発明品によって能力の制御も可能になった。

 しかしそれまで、周囲の人間はミヤの力に恐れ、ミヤもまた人を離れさせる自分の力に嫌気が差していた。そうハナは語る。


「桃井さんは、今でも人間の友達を作るのが苦手って言ってます。普通の子供と同じです。一度友達作りに苦手意識を持つと、どうしても引きずっちゃうんですよねー」


 昔と比べ、目に見えて元気だとハナは語る。しかしそれは苦手意識の裏返しでもある、とも続ける。 自分から積極的に人懐っこく、元気にアプローチして、嫌われないようにと頑張る。

 それがミヤの隠された人物像の一部だとも。

 「けど」と、もう一度、しっかりとハナは俺の方に向き直る。


「桃井さん、あなたと話している時は、他の人よりリラックスしてたように見えるんです。きっと、越前さんは誰かと話すだけで安心感を与えられる。誰かの心の拠り所となってくれる。……それが司令官に推薦した理由、ということじゃだめですかねー?」


 いつの間にか、ハナはいつもの調子のいい笑顔に戻る。

 俺は窓の外の景色に視線をじっとしながら、ココアシガレットを一気に食べきり、飲み込む。

 俺の答えは変わらない。――だが、俺の中に宿る願いは大きく変わっていた。


「答えは変わんねぇよ。俺にこいつらの司令官は不似合いだ」

「……」

「司令官なんて役職はくそったれだね。ミヤの……それにヒメとか、見てねぇ子供ガキ達も。『友達ダチ』として、『保護者おや』として、近くで見守るのに役職は必要ないだろ、な?」


 これが俺の、不器用でも渾身の答えだった。

 その答えを聞いたハナは満足そうに「そういうことにしておきましょー」と一言。

 丁度その直後、ミヤの瞼がゆっくりと開き、わずかに寝ぼけつつも起き上がる。


「おはよーさん、随分お疲れだったようだな」

「あっ、おはよーしれぇ」


 起床したことを確認して、ハナも簡易的にミヤに事件の顛末報告。

 ヒメが人工ペットの復元作業中だと聞くと、ミヤは一番にへらとした笑顔で安堵する。

 ほっとしたのも束の間、ミヤは完全に油断し俺の隙を突き、がばぁっと勢い良く抱きつく。


「みゃっ!?」

「しれぇありがと! ワンちゃんも助けられたし、ここまでおんぶしてくれたんでしょ?」

「ことあるごとに抱きつくにゃー!? てかお前起きてたならさっさと声かけろよ! おんぶなんてするか!」

「違ったのかなぁ? 夢の中でおんぶしてくれたようなー」


 ハナもハナで「あらあらー」と母さんのような笑顔で面白がっている。案の定。

 俺はすぐに降りてくれたミヤの方に向き直り、憑物が取れたような笑顔で右の拳をあげる。

 ミヤはその意味を分からず、頭にはてなマークを浮かべていたので、苦笑しながら説明。


「俺が昔いたところじゃ、無事仕事を終えた時に、拳をぶつけ合うのさ」

「へぇ……なんでなんで?」

「お互いに『生き残れたのはみんなのおかげさ』ってな感じのあいさつみたいなもんだな。どーせ『長い』付き合いになるんだろうし、な?」

「――うん! またあそびに行こうね!」


 こつん、と互いに笑顔を交えて、拳をぶつけ合う。

 俺が今、こんな体になりながらも、なぜか見知らぬ、想像もできなかった未来の世界に生きている。

 しかしそこに、俺を必要としてくれる人が一人でもいることが幸せだと噛み締める。 

 まだわからないことも多い。なにが出来るかも探さなければならない。

 しかし、今度は可愛い子供ガキ達を全力で守っていこう。

 それが、生まれ変わった俺の新しい仕事だ。

 その場はミヤの空腹の虫が鳴ったことで一旦終いとなり、俺達はヒメを迎えつつ、喫茶店『わらべ唄』へと足を進めた。

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