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vsケルベロス

 ミヤが一歩大きく踏み込むと、その姿は一秒も経たない内にケルベロスの目の前へと。

 およそ十五メートルの距離を一瞬で、それも一歩で移動したミヤは、そのスピードを利用し装甲で覆われた右脚による回し蹴り。

 金属と金属がぶつかり合い、削り合う音が響き、ケルベロスはその巨体を軽々と吹き飛ばされる。

 ミヤがその間の隙を見逃さない。瞬時に吹き飛ばされたケルベロスの着地点に踏み込み、今度は叩き上げるような右手のアッパー。

 そのままコンビネーションに入り、叩き上げられたケルベロスの体を空中で捉え踵蹴り。

 一転して地面に叩きつけられたケルベロスの巨体。着地点からは砂埃が舞い、俺は一瞬勝利を確信するも、それはぬか喜びだった。

 着地したミヤに突如襲いかかる機関銃の弾幕。寸のところで跳躍し回避するも、砂埃が晴れるのと同時に現れるのは幾多のマイクロミサイル群。

 ミヤは即座に反応し壁伝いに目で追いきれぬほどのスピードで回避移動。

 周囲のオブジェクトは無残にも機関銃やミサイルによって破壊されていく。

 ケルベロスは大型犬と同等のスピードでミヤに追従し、地上のドッグファイトを繰り広げる。

 瓦礫の雨の中で縦横無尽に超スピードの移動を見せるミヤ。しかしケルベロスの、近距離を埋める火器の制圧力が大きく接近することを阻む。

 俺は状況を打開すべく、一度物陰からケルベロスの背後へと接近し、拳銃を構える。

 これでも履歴書に「特技:射撃」と書く程度には腕に自信がある。

 六発装填されたマガジンを確認し、ケルベロスの胴体に向け連射。この小さな体には反動がある程度応えたものの、ミスもなく命中。

 しかし無慈悲にも、六発すべてが装甲に傷すら付けられず弾かれてしまったのだ。


「おいおい嘘だろ、拳銃効かないとか……」


 こちらに気づかれると考えその場から退避しようとするも、案の定ケルベロスの視線が俺の方に向かれる。

 機械的に動く、頭部の両サイドに設置されている砲門が動く。俺の急死の勘が激しく警鐘を鳴らす。

 ッドン! と鈍い音の直後に、ケルベロスより射撃された砲弾が二発、俺の頭上のモニュメントと俺が身を隠していた地点へと着弾、炸裂、爆発。

 俺は即座にアトラクションの影に飛び込み、幸い擦り傷のみで九死に一生を得るものの、状況は好転しない。。

 生半可な弾では通じない装甲と、尋常ではない火力と破壊力。

 機動力もあるとなれば、これは最早走り回る小さな戦車だ。


「しれぇに近づくなー!」


 爆発の煙を掻い潜り、背中に携えた二対の剣を威勢よく引き抜き、二刀流の姿勢でケルベロスへと接近。

 ケルベロスは機関銃の弾幕を展開するも、ミヤは怖気づくことなく両腕と二刀で防御。いくかの銃弾が掠めるもミヤは止まらない。

 二刀を突き刺すように構え、刺突するミヤにケルベロスの爪がぶつかり合い切迫する。

 わずか一分の時間にて繰り広げられる攻防。俺の次元では手を出すこともできない高速戦闘。

 現在時刻十四時五十五分。タイムリミットが目に見えてきた時間に差し掛かる頃、押し合いが続いていた戦況が動く。


「――そこっ!!」


 瞬間、ミヤの脚部から超小型のブースターが火を吹く。

 ミヤは二刀でケルベロスの体を捉えたまま力ずくの加速移動によって押し切り、引きずりながら左手の一刀がケルベロスの右砲門に斬り込み。

 そのまま一閃して、右砲門は崩壊、紫電をあげながら小規模の爆発を起こし破壊される。ケルベロスの右の頭が潰された。

 

「もうひとつ――」


 ケルベロスの右砲門に煙が上がりつつ、そのままミヤの右手剣が向き直されたその時だった。


〈Zizizizizizizi……!〉

「――っ!」


 ケルベロスが異音を鳴らすと、ミヤの表情が一変。剣を持つ右手が一瞬緩むと、ケルベロスの鋭い目はそれを見逃さなかった。

 キィンッ!! と鋭く尖った金属音が響き、右手の剣があっけなく吹き飛ばされる。

 ミヤの明らかに動揺した表情も関係なく、ケルベロスの左の砲塔はしっかりとぶれずミヤの胴体をロックし、そのまま砲弾を射出。

 激しい爆発音が響き、充満した爆風の中からミヤの体がそのまま突き飛ばされるように転がり込む。


「ミヤ……っ!?」


 俺は叫びかけた声をなんとかセーブして押さえ込むが、俺の中の危機感も大きく肥大してきた。

 胸部の装甲がわずかに変形している。明らかなクリーンヒットでダメージも大きいと推測できる。

 意識もあり吐血もないが、険しい表情で立ち上がるミヤ。

 その後もケルベロスの弾幕は途切れぬことなく続く。ミヤは回避を繰り返すが、先ほどと違い防戦一辺倒。

 自ら攻め込む意志が見えない。様子がおかしい。それは素人目でもよくわかるほどだった。

 時間は残り四分。俺の頭の中はいかにしてケルベロスの動きを止めるかに集中していた。

 ――その最中のことだった。


《――私はどうすればいいんだろう》


 唐突で前触れもなかった。唐突に、俺の頭の中で響き渡るような、木霊するような人の声が聞こえる。

 一瞬、追い詰められた俺が作り出した幻聴かと思った、思い込んだ。

 しかし、俺の中の『何か』が、これは幻聴ではないと強く否定した。

 頭の中の声はまだ聞こえる。


《助けてって聞こえるのに、助けられない。でも殺さないと、他の人が助けられなくなる》


 噛み締めるような、悔いるような言葉が聞こえる。

 この声を俺は知っている。はっきりと確信できる。

 この声の主は、すぐそこで戦い続けているミヤだということを。

 なぜ聞こえるのかはさっぱりと見当がつかない。しかし今この瞬間、確かにミヤの『心の声』が聞こえてくるのだ。


《助けたい……! みんなも、目の前のワンちゃんも助けたい!!》


 俺の頭は澄み渡るように冷静になり、ミヤが攻撃しようとしない理由が理解できた。

 ミヤは動物とコミュニケーションが出来ると言っていた。そしてこの前にも、人工ペットを相手に意思疎通ができた。

 それがすべて真実だとすれば、目の前で戦っているケルベロスの声が聞こえるのだとすれば――。

 ミヤは最初に、人工ペットであったケルベロス変形前であるダックスフンドの『こっちに来ないで』という声を聞いていた。

 現在暴走しているケルベロスの体と、中にある人工ペットとしての意識が別であったら。

 ミヤに牙を向いている最中にも、意識がミヤに助けを求めているのだとしたら。

 ミヤであれば躊躇する。動物を友達と語り、まだ九歳の子供がそれをするならば、躊躇する場合も考えられる。

 特別な子供として育てられたミヤであるならば、ギリギリのところで、自らの願望を振り切り、ケルベロスを完全に破壊することが可能かもしれない。

 しかし残るのは安堵ではなく後悔のはずだ。

 今日一日、桃井魅夜子という人物と接した末に理解しているので、その結果が目に見える。

 物事の真実が見えて、俺にできることはなんなのだろうか。

 目の前の犬を殺すか、周囲に大きな爪痕を残すか。

 「迷うな!」と背中をむりやりに押し切り、ミヤに手をかけさせることだろうか。

 迷うミヤを律し、一秒でも早くケルベロスを破壊しろ、と叫び訴えることだろうか。

 俺は何回も、過去に『無情の決断』を下してきた。俺の願いとは違う結果になろうとも、いくつも仕事を遂行し、龍と呼ばれるまでになった。

 それはたとえ小さな幼女に生まれ変わろうとも、変わることなく――

 そう思いかけた瞬間だった。


〈応答求む、応答求む〉

「……ッ! ヒメ!」


 先程のミヤの声とは違う聞こえ方のする、無抑揚な声。ヒメの声が、緊急兵装である腕時計から聞こえてきたのだ。

 おそらくは通信機能が内蔵されていたのだろう。

 ヒメは時間がないことを理解し、簡潔に通信を続ける。


〈内蔵されているはずの制御中枢ユニットが外部に露出している。背中を狙って〉

「背中……! あれか!」


 すぐに視線を移すと、多数搭載されている火器の中にくっつけたような形で見える、カバーで隠された機械部分がそこにあった。

 おそらくは元々そこにある部品ではない。外から無理やり設置されたものだ。


「そうか! 中に爆弾しかけたせいで、内部のパーツを無理くり外にくっつけたのか!」

〈制御中枢を破壊しても、記憶中枢が無事ならば復元可能。無理なお願いだと理解しているけど……ごめん、お願い〉


 無二の親友なら、心の声を聞かなくとも考えが分かるわけだ。

 たとえゴールへの遠回りになっても、ヒメはミヤの『最善の結果』を望んでいる。

 俺は強く決心した。今この瞬間は、『助けられるもののために』無茶をしてみせると。


「オール・ステンバイ。あとは任せな」

〈ん〉


 それ以降からは通信の声は聞こえない。ここから先は俺たちのステージだ。

 方法は決まっている。通用する武器は『そこ』にしかない。

 どうやって接近するか。現在はミヤに気を取られているものの、高速移動などできない俺が接近すれば察知され、弾幕の餌食となる。

 ミヤと取っ組み合い、互いに動けない状況下で、俺が背中から接近すれば。

 物音を立てず、最後まで息を潜め、背中を虎視眈々と狙うにはどうすればいいのか。

 もし、もしも、俺が聞いたミヤの心の声が幻聴でないのならば。

 もし、『互いの心の声が聞こえる状態』であるならば。

 俺は、それを強く願いつつ、ミヤを強く思い、そして心の声を響かせる。

 残り時間二分。最善の結果を求めるため、その一瞬に賭けて。


〈――そいつの動きを止めろッ!!〉


 ミヤの顔はハッとなり、そして『聞こえた言葉』を信じて、ケルベロスに高速で接近。

 ミヤの手に残された一本の剣を収納し、自らの体のみでケルベロスの体を受け止める。

 ケルベロスの左砲門が向かれ、巨大な爪がミヤの目前まで迫るも、抵抗も反撃もしない。ただその暴走を止めるために、ケルベロスの猛攻を受け切る。

 背中の制御中枢を司会に捉えた直後、俺は全力で走り出した。隠れることもせず、まっすぐとそこに向かって。

 吹き飛ばされ、残されたミヤのもう一対の剣をすかさず拾い上げ、そのまま振りかぶる。


「躾がなってない犬は、おしおきだぁーッ!」


 叫び、ケルベロスがこちらへと攻撃をする前に、勢いを殺さず、走りながら一閃。

 間違いなく剣先はケルベロスの制御中枢ユニットを破壊。一瞬の紫電が走った後、電池が抜かれたかのようにケルベロスの体は倒れ込み、動かなくかる。

 残り時間一分。俺とミヤの仕事はまだ終わっていない。

 推測の元、俺は剣を用いて、背中の装甲を手術のメスがごとく切り取る。

 装甲をめくり、中から見えたのは時計に繋がれた画像と同じ物体。間違いない、これが爆弾だ。


「しれぇ! 空に投げて! 高く!!」


 ミヤの声が聞こえ、間髪入れずに爆弾を空に高く、目一杯投げ飛ばす。

 それを追いかけるようにミヤもまた高く跳躍し、右手に剣を構えながら、脚部のジェットを巧みに操作。

 空中にあげられた爆弾に向かい、流星のような高速ダイブ。


限界点解除リミット・リリース

「消えてなくなれぇーっ!」


 変身機械から聞こえる電子音声。同時にミヤの体と剣には眩い光と紫電が宿り――

 わずかに音を置き去りにしたミヤは、爆弾を刹那、光を纏った剣撃にて一閃。

 ミヤが一瞬のうちに地面へと着地すると、その一閃が通った跡は、爆弾も何も残らない晴天であった。

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