気がつけば死後
最初に見えたのは、水の中から景色を見ているかのような、ひどくぼやけた景色だった。
その視界の中では、写るものの色しか判別できない。白、黒、青――一番大きく見えたのは、赤い色だった。
次に、声が聞こえた。叩きつける罵声のような。はたまた怒声のような。
その気分を害する怒鳴り声の中で聞こえたのは、助けを求める声だった、気がする。
泣いていた。子供だろうか、鼻水をすすり、涙を押し殺し、それでも叫んでいるような、ぐしゃぐしゃな声だった。
ついに視界が黒く染まり、『何かが』遠くなっていく最中でも、その子供の声が聞こえた。
遠くなっていくたびに、声も遠くに響いていく。切実に投げかけるように。
そこで俺は、本能で理解した。
これは、人が死にゆく中で見る『最期』であるということを。
◇ ◆ ◇
長く、長く寝ていたような感覚から目をゆっくりと開け、片手を上げる。
俺の体は濡れていた。無味無臭の何かに塗れていた。
ひどく体がだるい。筋肉も対して動かない。体が素直に言うことを聞かない。
「……ついに後遺症持ちか、こりゃ」
なだれ込むように床へと落ちる。這い寄るように体を動かし、やっと二本足で立ち上がった時、視界に写ったのは、慣れ親しんだ特殊機動隊の制服であった。
古臭い、軍服と呼べるそれを着る。しかしひどく着づらいし、着たら着たで体が重い。
そして空腹もひどい。胃に穴でも開いたのかと冗談を叫びたいぐらいに。
よほど重症だと最初は思った。さしずめ今ここにいる場所は大病院のリハビリ棟で、微妙に長い余生を障害者年金で食いつなぎ生活していくのだろうか。
そんなつまらない妄想を抱きつつ、やっとこさたどり着いたドアを開く。
その先で見たものは――
「動くなっ!」
ピリピリとした空気で、なおかつ全身装備の特殊警備隊と思われる大人たち。
そしてかっと照らす、目に痛いサーチライト。
まずわかったこと。それは俺の状況がどうなっているのやら、まったく理解できていないということ。
思考が停止し、静寂が続く。俺がそんな状況で、油かすのような思考力を絞り尽くし、思いついた言葉がこれだった。
「……お腹空いたんだけど、飯ない? 飯」
――そして、一週間後へと時間は動き出す。