「おめでとうございます!あなたはこの国の代表勇者に選ばれました!」
スイ・アドドットは退屈していなかった。
農家の一人息子の彼は今自宅の一階のソファで一冊の本を頭のそばに置いて眠りについていた。
ソファで寝ているのは自室がないからでなく単に昨晩ソファで本を読み終えた後急激な睡魔に気づき、抗って二階の自室に行こうという考えを真っ先に捨ててそのまま寝てしまったというだけである。
退屈はしていない。御年一六才の彼は生まれてから外で何かをしようとしたことがまるでなかった。
魔法学校というものに通うだけの資金も家にはあったものの、彼は興味を示さなかったし、本を読んで家で寝ているだけで十分に幸せだったのだ。
しかし転機は訪れる。
彼はふとその重い瞼を開けた。
「すみませーん!アドドットさんのご自宅はここですかー?」
と、その二秒後ほど後に外で大きな声が聞こえる。
スイはしばらくドアを開けるべきか逡巡したが、放っておくとますます大声で叫びだす可能性を鑑みて、ゆっくりと落ちるようにソファから降りてドアを開けた。
「はい?」
「あ、スイ・アドドットさんですね?おめでとうございます!あなたはこの国の代
表勇者に選ばれました!」
彼女はドアが開いたと同時に一気にそうまくしたてた。
スイは躊躇いもせずにドアを内側に引いた。
「え、ちょ、なんで閉めるんですか!」
スイの脳が閉めた後二度寝するか本を読むかの二択の選択に移る前に彼女はドアを閉めるのをなんと手ではなく権を突き出すことで阻害した。
美しいまでの抜刀だが、その剣はスイの鼻先に触れかけている。
「いきなり勇者になりますおめでとうって言われてもねえ。何をどう思えばいいんだよ」
目の前の剣に動じることもなく彼は会話を続けた。
「そうですね、とりあえず説明させてもらいたいので家に入れてもらっていいでしょうか?」
「ここで話せ」
剣を突き返すわけにもいかず無機質に無機質な近くの花瓶をこいつにぶつけて追い返そうかと思っていた彼だったが、彼にも説明を聞くくらいの情状酌量の余地はあるらしく、花瓶目を相手に向けた。
「えーっとですね。まず先日魔力探知系の魔法使いを複数人集めることによって使った術式によってこの国で最も魔力量が高い人間を探したのですが、その結果あなたが一番魔力量の高い存在だとされたのです」
「ふうん。たまにあるよね」
この場合彼のセリフの空白を補うなら『小説でも』である。
「もっともこの国に強制的に勇者にする制度はありません。なのでお願いをしに来たのです。私たちのために勇者になってくれませんか」
「引き受けた」
「報酬ですかやっぱり大事ですよねー、って、え!?」
勇者になってもらうための交渉として一番に報酬が来るだろうと思ったところに彼女の価値観を感じつつ、彼はもう一度言う。
「引き受けた。勇者になるよ。それで?何をすればいいの?」
「あっれー?」
彼女の資料では彼は人生に今以上の何かを求めていないような無気力な人間故説得は困難であると記されていたのだ。故に先日から水面に向かって可愛い表情の練習を怠らなかった。
「ほら、次は何をするのさ?王様に会うのかな?それともいきなり魔物に会うの?」
「えっと」
マニュアルは徹夜で覚えてきたものの、このスピードで承諾されることはマニュアル外である。
「とりあえず次はパーティの方々に会ってもらうことになっていますが、とにかく王宮に向かってもらいます」
「え?パーティはもう決まってるんだ」
小説では旅先で出会った人々といざこざ起こしながら仲間にしていくというのが定石であった故に少し意外そうに彼は言った。
実際そんなことをするのは珍しい。不安定であるし、旅先で仲間になることがあっても仲間を始めから完全に整えておかない理由にはならないのだ。
「ええ、王宮でも選りすぐりの、というよりランキングトップの三人となっていますし、怖いものなしですね」
「王宮選りすぐり?あおれはどうなんだろうねえ」
少し目を細めた彼に気づいたようで戸惑った兵士だったが、気を持ち直して。
「それでは準備しててください。私は待ってますので」
「終わった。行こうか」
スイは起きたとき通りの寝巻で、寝癖も直さずに言い放った。
「馬車でいくんだよね」
そういって先々とブーツだけはいて外に出て歩き始める。
「この人……」
薄々、察しの悪い彼女でも彼が変人であることに気づき始めた。
少し歩いたところにある馬車乗り場に行ってお金を払う。当然のように兵士が二人分払ったが、そこは必要経費である。
「予めある程度は聞いておきたいんだけど」
馬車が動き出してすぐにスイは彼女に尋ねる。
「僕は魔法なんてものはこれっぽっちも知らない。魔力が僕に多いのは潜在的なものなのか、それが普通なのか、また魔法がどういうものなのかもさっぱりだ。その上魔力量が多いだけで僕が勇者に選ばれることにも疑問を覚える」
気のない話し方だったが、刺すような目で必要と思われることをまず尋ねた。
「はい、まずこの世界の魔法というのは言わば全てなのです」
「すべて?」
「そう、まず魔力、これは一般人が普通に何もせずに生活して一〇年で『1』貯まるといわれています。そしてその魔力を一つの魔法に振り分けることで初めてその分の魔法が使えるようになるということです」
「つまり、魔力が3あったとして、2を炎魔法に、1を風魔法に使えばレベル2の炎魔法と1の風魔法が使えるようになるという計算でいいのか?」
「まあ簡単に言えばそうですけど、振り分けられる魔法もその種族、個人によって違います」
要は魔力がいくらあっても炎魔法にしか適性がなければ炎魔法しか使えないことになる。
「まて、魔法はレベルによってどう変わるんだ?魔力は聞く限りあまり手に入らないらしいが」
「ん、精度は割と訓練しだいなんですよね。ですから量というのがわかりやすいです」
魔法も練度によってかなり左右される。それでも魔力量の上に人間より強いということはまずない。
「基本魔法の戦いなんて最大出力をぶつけるだけですので、練習しても強くなりこそすれ勝てはしないんですよねー」
「ん?それ」
本気で言ってるのか?と言おうとして「あ!」という彼女の声にかき消された。
「あれが私たちの国の城です!」
なんというか、スイも少し相手が変わった人間だと思い始めたところである。
「ちなみにお前、名前聞いてなかったな」
「ふぇ?私ですか?」
私はレインといいます。
彼女は胸に手を当ててそう名乗った。
スイ「ちなみに好きなジャンルはミステリ」