絵画に入り込んだ女
ナポレオンの戴冠式の絵を前にして、中はどんな感じなのかと思った。
別段、美術が好きなわけではないが、豪華な服に身を包んだ気持ちはどんな感じなのかを知りたかっただけだ。
そんなことを考えながら、その絵を見ていると、横から声が聞こえた。
「入ってみたいのかい」
その声は、私と同じぐらいの年齢の女性からだった。
私はできればねと笑っていった。
「できるわよ、私と一緒ならね」
その意味が分からなかったけど、私の手を引いて、いとも簡単に額縁をまたいだ。
中では時間が止まったかのように、ナポレオンが王冠をもっているところだった。
ピクリとも動こうとはしない。
「絵の中よ。どんな気分」
「どんな気分って言っても…」
「驚いた?怖い?面白い?」
どんな気分なのか、私は即答できない。
そんな複雑な感情が入り乱れていた。
でも実際に絵に入ってみて、遠近感が面白いと思うようになった。
たしかに、遠くの物は小さく描かれており、近くの物は大きく描かれている。
そして、それらの物は、すぐに手で触れることができるのだ。
それで距離感が狂うようになってきた。
「そろそろ出る?」
その人が私にいった。
コクンとうなづくと、すぐに腕を引いて外へと出てきた。
時間はほんの数秒もかかっておらず、私たちが絵の中に入ったことなど、誰一人として分かっていないようだ。
「また入りたくなったらおいで」
彼女からもらったのは、金でできた指輪だ。
それは、絵の中で誰かが付けていたものだろう。
私はそれを身につけながら、入りたいと思わないようにしている。