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TAIWAN

作者: 平田智剛
掲載日:2026/08/14

## 第一章 台湾をなくせ


 中国人民解放軍の艦艇が台湾海峡を横切ったその日、林宇辰は行政院の地下会議室で、ホワイトボードに「台湾独立」と書いた。


 閣僚、国防関係者、半導体産業の代表者たちが並んでいる。誰もが、いずれ来るかもしれない日について話していた。中国が海上封鎖を始めたら。ミサイルが飛んできたら。米軍が来なかったら。あるいは、台湾側が先に独立を宣言したら。


 林は「台湾独立」に大きな×をつけた。


「独立宣言すれば、中国に戦争を始める口実を与えます」


「では、いつまでこのままなんだ」


 国防部長が苛立った声を出した。


「このままにはしません」


 林はその下に書いた。


> 台湾 → アメリカ合衆国


 会議室の何人かが笑った。林はさらに、その横へ付け加えた。


> 51番目の州


 笑いが止まった。


「台湾を守るために、台湾をなくします」


「正気か?」


「中国が台湾を併合したいなら、台湾を先になくしてしまえばいい」


「アメリカに併合されるだけだろう!」


「そうです。だから、それだけでは駄目です」


 林は別の場所に五文字を書いた。


> AIWAN


「これを連れてきます」


「……アイワン?」


「まだ存在しない企業連合です」


 林はマーカーを置いた。


「世界最大級のテクノロジー企業を、台湾と一緒に動かします」


 誰も笑わなかった。今度は、あまりにも話が大きすぎたからだった。


---


## 第二章 AIWAN


 最初に話を聞いたAlphabet―Googleの親会社―のエマ・リードは、林の提案書を三十ページほど読み、顔を上げた。


「国家を作りたいの?」


「いいえ」


「じゃあ何?」


「国家を利用したいんです」


「もっと悪く聞こえる」


 林は笑わなかった。


「AlphabetにはAIがあります。検索があります。クラウドがあります。でも半導体の製造は自社だけでは完結できない。Appleも同じです。MetaもMicrosoftもAmazonもNVIDIAも、どれだけ画面の中で強くても、最後には土地、電力、工場、人間に依存している」


「それで台湾?」


「台湾には逆の問題があります」


 林は紙に二つの円を描いた。一方には、領土、国民、民主制度、軍、半導体製造。もう一方には、検索、OS、スマートフォン、SNS、クラウド、GPU、物流、映像。


「台湾には国家があります。でも世界数十億人の日常へ直接触れるプラットフォームがない。あなたたちは世界数十億人の日常へ触れている。でも国家ではない」


「足せばいい、と?」


「はい」


 エマは資料の表紙を指した。


「AIWANって何の略?」


「Alphabet (Google)とAppleでA。Instagram (Meta)とIntelでI。Windows (Microsoft) でW。AmazonでA。NVIDIAとNetflixでN」


「かなり強引ね」


「名前を先に決めたので」


 エマが初めて笑った。


「潔いな」


「もう一つあります」


 林はペンで区切った。


> AI / WAN


「AI Wide Area Network。AIと広域ネットワーク」


「それならこっちの方が格好いい」


「世間にはそう説明してもいい」


「World Area Networkでもよさそう」


「意味としてはむしろそっちです。世界そのものを一つのネットワークにする」


 エマは椅子にもたれた。


「でもAlphabetだけじゃ参加しない」


「もちろんです」


「AppleもAmazonもMicrosoftも連れてくる?」


「すでにMicrosoftと話しています」


 エマの姿勢が変わった。


「……先に言いなさいよ」


「言ったら興味を持ってくれると思いまして」


「感じ悪いわね」


「競争って、そういうものでしょう」


 三か月後、台北には奇妙な顔ぶれが集まっていた。Alphabet、Apple、Meta、Intel、Microsoft、Amazon、NVIDIA、Netflix。仲良し企業連合ではなかった。それどころかクラウドでもAIでも広告でも半導体でも端末でも、互いに競争している会社ばかりだった。


 Amazon代表のレナ・ブルックスが言った。


「Microsoftだけが台湾政府と組むのは困る」


 Microsoft側が返した。


「では参加しなければいい」


「だから参加するのよ」


 NVIDIAは台湾の半導体産業との距離を縮めたかった。Appleは設計から製造までの距離を縮めたかった。AmazonとMicrosoftとAlphabetはAI用データセンターをさらに巨大化させたかった。Intelは台湾半導体産業と競争しながら、同じ地域に世界最大級の半導体人材集積ができることを無視できなかった。Metaは国家規模の新しいデジタル公共圏に興味を示し、Netflixは世界へ文化を輸出する側として参加を望んだ。


 誰も台湾を救うために来ていなかった。


 だから林は、彼らを信用した。


---


## 第三章 Tを足せ


 AIWAN各社との合同会議に、台湾政府側は最後まで警戒していた。


「結局、台湾がアメリカ企業の植民地になるだけじゃないのか」


 野党議員が言った。


「一社なら、そうなるかもしれません」


 林は答えた。


「だから八社です」


「八社ならいいのか?」


「互いに嫌いだからです」


 笑いが起きた。


「Alphabetが情報を独占しようとすればAppleが嫌がる。Microsoftがクラウドを囲えばAmazonが競う。Metaが公共空間を握れば他社も政府も監視する。Intelと台湾半導体企業は同じ半導体産業だからこそ緊張関係を持つ。権力分立とは、みんなが善人だから成立する制度じゃありません」


 林はAIWANと書いた。


「仲が悪くても壊れないように設計するんです」


 台湾側の半導体企業代表、陳美玲が腕を組んだ。


「それで台湾は何を得るの?」


「安全保障」


「それだけなら、アメリカと話せばいい」


「もう一つあります」


 林がAIWANの左に、一文字を書いた。


> TAIWAN


 誰かが息を呑んだ。


「TはTaiwanです」


 レナが笑った。


「やっと名前が完成した」


「違います」


 美玲が文字を眺めながら言った。


「台湾がAIWANに吸収されるんじゃない」


 林がうなずいた。


「AIWANを、台湾に持ってくるんです」


 そこでエマが、ずっと黙っていた提案を口にした。


「TAIWAN州が成立するなら、Alphabetはグローバル本社機能をTAIWAN州へ移す案を取締役会に出す」


 台湾側の空気が変わった。


 Apple側も続いた。


「我々も検討する」


 Microsoft。


「同じく」


 Amazonのレナはさらに簡潔だった。


「行くわ」


 NVIDIAも、Metaも、Intelも、Netflixも続いた。


 経済部長が聞いた。


「研究所を作る、という意味ですよね?」


 レナは首を振った。


「本社です」


 会議室が静まり返った。


「あなたたちは、私たちに台湾と運命共同体になれと言ったでしょう?」


「はい」


「本社をCaliforniaやWashingtonに置いたまま言ったら、嘘になるじゃない」


 台湾政府がTAIWAN構想へ本気になったのは、その日だった。


---


## 第四章 台湾へ来るアメリカ


 州化反対運動は根強かった。


「中国に飲み込まれる代わりに、アメリカに飲み込まれるのか」


「台湾人をやめるつもりはない」


「星条旗の五十一番目の星になるために民主化したんじゃない」


 林はその批判を否定しなかった。否定できなかった。


 ところがAIWAN各社の本社移転計画が公表されると、議論の形が変わった。Google、Apple、Meta、Intel、Microsoft、Amazon、NVIDIA、Netflix。世界最大級の企業群が、TAIWAN州成立を条件に台湾へ本社機能を移す。


 台湾政府はさらに大胆な条件を提示した。州法人税を破格の水準まで引き下げる。研究開発設備、データセンター、先端製造施設には大規模な税優遇を行う。会社設立を極限まで簡素化する。そして米連邦政府に、TAIWAN州へ来る高度人材向けの特別移民制度を要求する。


「税金を取らずにどうやって国を運営する!」


 野党議員が叫んだ。


「州です」


 財政担当者が答えた。


「連邦税は残ります。減らすのは州税です。それに企業が来なければ、税率百パーセントでも税収はゼロです」


 林はテレビ討論で言った。


「台湾がアメリカへ引っ越すのではありません」


 画面にAIWAN八社の名前が並んだ。


> **アメリカのテクノロジー中枢を、台湾へ引っ越させるんです。**


 世論が動いた。


 七十四歳の周国明は、それでも反対だった。


「中国人にならないためにアメリカ人になる。馬鹿げてる」


 息子の俊豪は新聞を畳んだ。


「死人に国籍はないよ」


「またそれか」


「中国が本当に来たらどうするの」


俊豪の姉、淑芬が口をはさんだ。


「戦えばいいじゃない」


俊豪は眉をひそめた。


「若い男が?」


 国明と淑芬は黙った。


「危険だけ若い男性に押し付けて、そこで得られるものだけ老人と女が主張するの?」


 高校生の孫娘、怡君がスマートフォンを見せた。


「おじいちゃん、Appleも来るって」


「工場だろ」


「本社」


「そんなわけあるか」


「Alphabetも」


「AlphabetってGoogleのこと?」


「正確にはGoogleの親会社」


「最近の若いのは細かいな」


 怡君は笑った。


「台湾がアメリカになるんじゃなくて、アメリカが台湾に来るみたい」


 国明は返事をしなかった。


 だが翌週、州化反対集会には行かなかった。


---


## 第五章 アメリカ合衆国TAIWAN州


 州加盟をめぐり、Washingtonでも激論が続いた。


 AIWAN企業はもともと米国企業だった。彼らの本社が台湾へ動くこと自体は、アメリカが新しい企業を手に入れるわけではない。


 米政府が欲しかったのは、もっと物理的なものだった。


 台湾の半導体製造能力。高度な製造人材。西太平洋の戦略的位置。そして何より、中国が「いずれ統一する土地」と考えてきた台湾を、正式に米国の州へ変えるという事実だった。


 台湾側がもう一つ要求したのが、高度人材向けの特別移民制度だった。


「AIWANに入社した外国人が、そのままアメリカ人になれるようにしろと?」


 米議員が聞いた。


「そのまま、ではありません」


 林は答えた。


「AIWAN認定の高度技能職に就いた外国人について、永住権への特別枠を作る。その後の帰化は米国法に従う。それだけです」


「それだけ、と言うが」


「世界最高の技術者をアメリカ国民にできるんですよ」


 その一言はWashingtonにも効いた。


 制度には、TAIWAN Talent Actという名前が付いた。


 中国は「米国による中国領土への侵略」として猛反発した。しかし台湾住民投票は州加盟を選び、米議会でも加盟法案が可決された。


 台湾時間午前零時。


 台湾は、アメリカ合衆国TAIWAN州になった。


 街の至るところで星条旗が上がった。台湾の旗も消えなかった。人々はどちらを振ればいいのか分からず、両方持っている者もいた。


 国明はテレビを見ていた。


「本当に消えたな」


 怡君が言った。


「何が?」


「台湾」


 怡君は画面を指した。


> UNITED STATES OF AMERICA

> STATE OF TAIWAN


「あるじゃん」


「同じ名前でも別物だ」


「じゃあ何が違うの?」


 国明には答えられなかった。


---


## 第六章 AIWANに入れば、アメリカ人になれる


 その翌朝、AIWANが動いた。


 Alphabetが本社およびGoogle本社の移転計画を正式承認。Appleが追随し、Microsoft、Amazon、Meta、NVIDIA、Intel、Netflixも次々に発表した。もちろん全社員が一夜で移るわけではない。米本土の巨大拠点も残る。だが取締役会、最高経営陣、AI研究、半導体設計、クラウド戦略などの中枢機能が、数年をかけてTAIWAN州へ移動することになった。


 そして世界中の大学に、同じ広告が現れた。


> **WORK FOR AIWAN.**

> **LIVE IN TAIWAN.**

> **BECOME AMERICAN.**


 その下には小さく、


> *Qualifying employees may access an expedited permanent-residency pathway and, thereafter, the ordinary route to U.S. naturalization.*


 と書かれていた。


 インドのAI研究者、日本の半導体技術者、ポーランドの数学者、ブラジルのロボット工学者、ナイジェリアのクラウド技術者が応募した。


 彼らにとってTAIWAN州は、単なる高給の就職先ではなかった。


 AIWANに入り、TAIWANへ住む。


 そこでキャリアを積めば、世界最強のパスポートの一つへ手が届くかもしれない。


 AIWANは世界中から人材を吸い、TAIWAN州はその人々の家族、学校、消費、起業、税収を吸った。台北の大学には海外から学生が押し寄せ、ベンチャー企業が増え、英語、中国語、日本語、ヒンディー語、スペイン語が同じ食堂で飛び交った。


「こんなに来るとは思ってなかったでしょう?」


 レナが林に聞いた。


「半分くらいはブラフだと思っていました」


「失礼ね」


「本社まで本当に動かすなんて普通思わないでしょう」


「だって、ここには工場がある」


「半導体の?」


「それだけじゃない」


 レナは窓の外を見た。


「私たちが今までやってきたのは、画面の中の世界を速くすること。でも物は海を越えないと届かない。AIだって最後にはチップが要る。データセンターには土地と電気が要る」


 エマも言った。


「AIWANはAI Wide Area Network。でもWANの最後には、必ず物理世界がある」


 美玲が笑った。


「ようこそ、現実へ」


---


## 第七章 守らざるを得ない州


 問題はWashingtonで起きた。


 国家安全保障会議に提出された資料を見て、大統領補佐官ジョナサン・ウォーカーは頭を抱えた。


「……集まりすぎだ」


 国防関係者が言った。


「各社が自発的に移転しました」


「分かっている。だから困っているんだ」


 資料には、TAIWAN州に集中しつつある機能が並んでいた。先端半導体製造、AI研究、GPU設計、スマートフォン、クラウド、企業向けOS・業務基盤、物流、SNS、映像配信。そして、それらを動かす世界中の人材。


「もし中国がここを攻撃したら?」


「アメリカの一州への攻撃です」


「法律の話じゃない。経済の話をしてる」


「世界的な供給網が大きく混乱します」


「米国経済も?」


「当然です」


 ウォーカーは椅子にもたれた。


「台湾を州にすれば守りやすくなると思った」


「間違ってはいません」


「だが、守る価値まで十倍にしやがった」


 TAIWAN州政府から核兵器を置いてほしいという要求はなかった。AIWANから脅迫もなかった。サービス停止も投資凍結もなかった。


 それでもWashingtonは、自分から防衛態勢を引き上げた。


 通常戦力が増強され、米国の核抑止力もTAIWAN州防衛に明示的かつ物理的に結びつけられた。具体的な兵器数や配備地点は公表されなかったが、中国に伝えるべき意味だけは明確だった。


 ここへ攻撃すれば、台湾有事ではない。


 アメリカ本土への攻撃である。


 林はニュースを見ていた。


 側近が言った。


「要求してませんよね?」


「してない」


「交渉も?」


「してない」


「なんで向こうから核戦力まで?」


 林は画面に映るTAIWAN州の地図を見た。


「守らないと、自分たちが困るからだよ」


 その時、林は一つの確信を得た。


 誰かの善意を頼る必要はない。


 相手自身に、自分を守る理由を持たせればいい。


---


## 第八章 ?AIWAN


 中国が折れるまで、さらに半年かかった。


 全国人民代表大会で、中国国家主席は長い演説の最後に台湾問題へ触れた。


「台湾独立勢力が企図してきた独立国家建設は、完全に失敗した」


 拍手が鳴った。


「旧台湾当局は自ら政治的実体を解消し、外国の一地方行政単位へ転化した。したがって、従来の台湾独立問題は歴史的に終結した」


 さらに拍手。


「現在米国に存在するTAIWAN州は、AIWANを中心とする新たな経済的・行政的実体であり、我々が従来台湾問題として扱ってきた対象とは同一ではない」


 中国はTAIWAN州を正式な米国領とは認めなかった。中国は「台湾を諦めた」とも言わなかった。ただ、


**統一するべき従来の台湾という政治実体はなくなった。**


 ということにした。


 国外メディアはもっと短く報じた。


> 中国、台湾への武力統一を事実上断念。


 翌日の中国外交部記者会見で、一人の外国人記者が手を挙げた。


「AIWANとは何の意味でしょう」


 報道官が答えた。


「人工知能および広域情報ネットワークに関係する米国企業連合です」


「AI Wide Area Network?」


「そのような説明がなされています」


「TAIWANは?」


 報道官の表情がわずかに固まった。


「米国の地方行政単位の名称です」


「AIWANの前のTは何ですか?」


「次の質問を」


「いや、Tです。何の頭文字です?」


「次の質問を」


 動画は世界中へ拡散した。


 中国国内では、もっとひどいことが起きた。


> T + AIWAN = TAIWAN


 削除。


> ?AIWAN


 削除。


> _AIWAN


 削除。


> 20th letter + AIWAN


 削除。


> 19の次+AIWAN


 削除。


 数週間後には、中国SNSの検閲AIが「AIWANの直前に文字・記号・数字その他の表現を置き、特定の政治的意味を暗示する投稿」を自動検出するようになった。


 世界中で「?AIWAN」がミームになった。


 TAIWAN州ではTシャツまで売られた。胸に、


> **?AIWAN**


 背中に、


> **ANSWER: T**


 国明はそれを見て呆れた。


「国家問題を遊びにするな」


 怡君はそのTシャツを着ていた。


「戦争になるよりいいじゃん」


 国明は何も言い返さなかった。


 台湾有事は、本当に終わった。


---


## 第九章 永遠の安全


 ホワイトハウスで祝賀会が開かれた。


 大統領は林へグラスを差し出した。


「君は台湾を救った」


「TAIWANです」


「そうだったな」


 大統領は笑った。


「しかし見事だった。中国に敗北宣言をさせず、戦争もせず、統一政策そのものを降ろさせた」


「北京にも勝者の物語が必要でしたから」


「政治家みたいなことを言う」


「政治家です」


 二人は笑った。


 大統領が言った。


「これでもう君たちは安心だ」


「ええ」


「二度と国を失う心配もない」


 林は意味を測りかねた。


「どういうことです?」


 大統領は不思議そうにした。


「もうアメリカなんだから」


 一拍置いた。


「永遠に」


 林の笑顔が消えた。


---


## 第十章 二十年


 二十年後、TAIWAN州は世界で最も奇妙な場所の一つになっていた。


 Microsoftが主導した行政基盤によって、会社設立は数分で済んだ。AlphabetとNVIDIAを中心に巨大AI研究都市が形成され、Appleは個人端末を州行政と接続しながら政府側の情報要求にはことあるごとに反対した。Metaはオンライン公共圏を作り、Amazonは港、倉庫、ドローン、データセンター、住宅を一つの物流網として結んだ。NetflixはTAIWANで作られる映像作品を世界へ送り出し、Intelと台湾半導体産業は競いながら膨大な技術者を育てた。


 TAIWAN Talent Actは、とてつもなく効いた。


 二十年前、


> AIWANで働けば、アメリカ人になれるかもしれない。


 という広告に惹かれて来た若者たちが、今では教授、起業家、経営者、研究所長になっていた。彼らの子供は、生まれた時からアメリカ人であり、TAIWAN人でもあった。


 AIWANという名前も変質していた。


 もはや企業名の頭文字だと知らない若者もいた。彼らにとってAIWANは、


> **AI World Area Network**


 だった。


 AIとクラウドと物流と人間が、世界中に広がった巨大ネットワーク。


 そして、その中心にTがある。


 TAIWAN。


---


 ある日、TAIWAN州政府は世界の技術者へ匿名調査を行った。


> 仮にTAIWANが米国から独立し、TAIWANで働いても米国籍取得への特別ルートがなくなった場合、それでもTAIWANへ移住したいですか。


 林は結果を三度見直した。


 YES。


 七割を大きく超えていた。


「おかしいだろ」


 エマが笑った。


「何が?」


「二十年前、アメリカ人になりたいから来たんじゃなかったのか」


「二十年前はね」


「じゃあ今は?」


 エマは調査結果を指した。


> 「今はTAIWAN人になりたいから来る。」


 林はその言葉をしばらく眺めた。


 借りていたブランドが、自分たちのブランドになっていた。


---


## 第十一章 州というサンドボックス


 独立を望んだのは、TAIWAN住民だけではなかった。


 AIWAN各社にも不満が溜まっていた。


 AlphabetとNVIDIAは、AI計算資源や先端技術に関する規制をWashingtonと何度も調整しなければならなかった。Amazonは物流、港湾、税関、無人配送を一体設計したくても、州だけでは決められない領域にぶつかった。Metaは情報政策について連邦法との整合性を求められ、Appleは自分たちが理想とするデジタルプライバシーを州法以上の強さで固定したがっていた。


 Microsoft側の代表が会議で言った。


「二十年前、州は最高のサンドボックスだった」


「今は?」


 林が聞いた。


「狭い」


「アメリカが?」


「アメリカが悪いんじゃない。国だから遅いんだ」


「それはTAIWANが独立しても同じでは?」


「だから、最初から速く動く国を作る」


 彼は州政府の巨大なシステム図を表示した。


「州だった頃、私たちはアプリを書いていた」


 画面中央に、UNITED STATES FEDERAL LAWと表示されている。


「独立したら?」


 Microsoftの男は笑った。


> 「OSを書ける。」


 AIWAN各社にとって、TAIWAN独立とは単なる愛国運動ではなかった。


 独自の高度人材移民制度。


 独自の法人税制。


 独自のAI法制。


 独自の半導体政策。


 独自のデジタル基本権。


 独自の通商協定。


 TAIWANという国家そのものを、次の産業基盤にできる。


 前半では、アメリカに入ることがAIWANの成長装置だった。


 二十年後、アメリカに残ることが成長の上限になり始めていた。


 ここでも、台湾とAIWANの利害は一致した。


---


## 第十二章 独立


 若い世代から、疑問が出始めた。


「なんで俺たち、アメリカの一州なの?」


 連邦税を払い、Washingtonの規制を受け、米国議会では人口に応じた議席しかない。一方でTAIWAN州の経済力と技術力は、多くの独立国家を凌いでいた。


 住民投票が行われた。


 独立賛成、七十六パーセント。


 五十四歳になった林は、州議会の壇上へ立った。


「二十年前、我々は生き残るためにアメリカ人になりました。あの判断を後悔していません」


 議場を見回す。


「アメリカは我々を守った。我々もアメリカを豊かにした。そしてAIWANにとっても、アメリカの一州であることは成長の土台でした」


 一呼吸置いた。


「しかし、土台は家ではありません」


 議場が静まった。


「保護される必要がなくなった人間が、保護され続ける義務もない。州という制度で成長した産業が、永遠に州という制度へ留まる義務もない」


 TAIWAN州は、独立し、「TAIWAN共和国」となることを要求した。


 Washingtonは拒否した。


---


## 第十三章 アメリカにも正義がある


 米大統領は林を執務室へ呼んだ。


「君たちだけなら、好きにすればいいと思う」


「なら認めてください」


「君たちだけなら、と言った」


 大統領は机の資料を指した。


「TAIWANが独立できるなら、次はどこだ? 巨大企業と富裕層が集まった地域が『税金を払いたくないので国を作ります』と言い出したら?」


「我々は税金が嫌だから独立するんじゃない」


「君の意図は関係ない。前例は意図を読まない」


 林は黙った。


「国家は成功者だけの会員制クラブじゃない。利益を生まない地方も、老人も、病人も、働けない人間も抱える。君たちは優秀な人材を世界中から吸い寄せて成功した。それは素晴らしい。だが成功した地域だけが出ていける世界を作れば、その代償を誰が払う?」


 林は反論できなかった。


 中国にはなかった正義が、アメリカにはあった。


 それが、かえって厄介だった。


---


## 第十四章 五十一のYES


「一方的な独立宣言はできません」


 TAIWAN州政府の憲法顧問が言った。


「知っている」


「南北戦争後の最高裁判決があります」


 大型画面に古い判決文の一節が表示された。


> *except through revolution, or through consent of the States*


「一方的離脱は認めない。一方で、判決は『各州の同意』という言葉を残している」


 林は画面を見た。


「何州の同意が必要なんだ?」


「判決は手続まで書いていません」


「じゃあ意味ないじゃないか」


「だから全部取ります」


「全部?」


「TAIWAN自身の独立意思。それに残る五十州すべての同意。さらに連邦議会と大統領。誰にも『自分は同意していない』と言わせない。そのうえで、前例のない平和的離脱の法的手続を組み上げます」


「憲法改正は?」


「必要だという学説も出るでしょう。不要だという学説も出る。だから、それも含めてWashingtonと合意する。重要なのは、TAIWANが勝手に出ていくのではなく、Union全体が出ていくことを認めることです」


 林はしばらく黙った。


「五十一個のYESか」


「正確には、連邦政府も必要です」


「まず州だ」


 顧問が笑った。


「それでも五十一です。TAIWAN自身と、残る五十州」


 林はその数字を気に入った。


 五十一番目として入った州が、五十一個のYESを集めて出ていく。


「やろう」


---


## 第十五章 利害を作ればいい


 林は二十年前の成功を思い出した。


 TAIWANを守れとWashingtonへ頼んだわけではない。AIWANが本社を移し、TAIWAN州の防衛そのものをアメリカの利益へ変えた。だからアメリカは、自分から核抑止まで持ってきた。


「同じことをすればいい」


 非公開会議で林は言った。


「独立を認めることを、全米各州の利益にする」


 ここまでは誰も反対しなかった。


 AIWANは独立後も米本土への研究投資を維持し、半導体供給、軍事、AI、クラウド協力を続ける案を示した。TAIWAN共和国と米国の間では人材移動も大幅に自由化する。Amazonも米国内の物流投資を続ける。


 だが、それでも反対州は残った。


 五十州全部のYESが要る。


 一州のNOでも政治的には失敗する。


 林は焦った。


「なら、逆も作る」


「逆?」


「独立を認めないことの不利益だ」


 会議室の巨大スクリーンに全米地図が映った。


「反対州ではAlphabet系サービスを縮小。Appleの新規投資停止。Microsoftクラウド拡張凍結。Metaの新サービス投入延期。半導体供給の優先順位を下げる」


 別の画面にはAmazonの倉庫網。


「物流センターを撤退させれば、もっと効きます」


 林は地図を見つめた。


 二十年前と同じだ。


 相手が自分で正しい選択をするように、利害を設計する。


「やろう」


「やらない」


 レナだった。


---


## 第十六章 倉庫を閉じるな


 林はレナを見た。


「何?」


「Amazonはやらない」


「二十年前は、みんなノリノリだったじゃないか」


「あの時、何をした?」


「本社を移した」


「誰かを罰した?」


 林は答えなかった。


「してないでしょう。私たちは、自分たちがTAIWANに行きたかったから行った。台湾政府は、自分たちに得だから州化した。Washingtonは、自分たちに必要だからTAIWANを守った」


「結果として圧力になった」


「結果として、ね」


 レナは地図を消した。


「今あなたが言ってるのは違う。政治的に反対した州から倉庫を奪って、雇用を奪って、配送を不便にして、『ほら賛成した方が得でしょう』って言うんでしょう?」


「五十州全部の同意が要るんだぞ」


「だから?」


「一州のNOで全部止まる」


「あの時は誰にもNOを言うなとは言わなかった」


 レナは林を見た。


> 「今のあなたは、NOと言った人間に罰を与えようとしてる。」


 林は苛立った。


「結果が同じなら何が違う?」


「全部違う」


「国家の命運がかかってる!」


「かかってない」


 レナの声が低くなった。


「明日、中国軍が来る?」


「来ない」


「誰か死ぬ?」


「そういう問題じゃない」


「そういう問題よ。二十年前は生きるためだった。今は、自分が欲しい答えを他人に言わせるためでしょう」


---


## 第十七章 AIWANの反乱


 林はAmazonを諦め、他社へ向かった。


 Meta。


「反対州で一部サービスを――」


「嫌です」


 Apple。


「投資先だけでも――」


「政治的立場による報復には参加しません」


 Microsoft。


「行政基盤を――」


「政治的人質には使わない」


 NVIDIA。


「GPU供給を――」


「却下」


 IntelもNetflixも同じだった。


 最後にAlphabet。


 エマが待っていた。


「Googleの検索結果で独立賛成論を優先しろとか言い始めたら殴るから」


「言ってない」


「顔が言ってる」


「お前たち、本当に独立したいのか?」


「したいよ」


「なら協力しろ!」


「協力してる」


「どこが!」


 エマは長い沈黙のあと言った。


「ねえ林。二十年前、あなたが言ったこと覚えてる?」


「何を」


「善意は信用できない。利害を一致させろ」


「ああ」


「正しかったと思う」


 林は顔を上げた。


「でも利害を一致させるって、相手を痛めつけて言うこと聞かせる意味じゃないでしょう」


 林は黙った。


「AIWANが台湾へ来たのは、来たかったから。台湾政府が州化を受け入れたのも、得だったから。Washingtonが核抑止を持ち込んだのも、自分たちに必要だったから」


 エマは机を指で叩いた。


「誰も脅されてない」


「……」


「だから成功したのよ」


---


## 第十八章 Tは何だったのか


 陳美玲は、林の話を最後まで聞いた。


「中国の何が嫌だった?」


 突然聞かれて、林は眉をひそめた。


「何の話だ」


「答えて」


「台湾に選択肢を与えなかったことだ」


「じゃあアメリカ人がTAIWAN独立に反対する選択肢は?」


「……ある」


「反対したらAmazonを撤退させるんでしょう?」


「それは」


「Alphabetも止める?」


「止めるとは言ってない」


「同じよ」


 美玲は立ち上がった。


「中国はずっと台湾にこう言った。私たちの望む答えを選べ。選ばないなら不利益を与える」


 林の顔が強張った。


「あなた、それをやろうとしてる」


「中国と一緒にするな」


「じゃあ、違いを行動で見せて」


 林は何も言えなかった。


 帰宅途中、林はニュースを見た。


 中国SNSでまた「?AIWAN」が流行しているという記事だった。もう二十年前の古典ミームである。


 AIWANの前に何を置けばTAIWANになるのか。


 答えはT。


 TaiwanのT。


 ずっとそう思っていた。


 だが、その夜だけは違う言葉が浮かんだ。


 Trust。


 信頼。


 他人の善意なんて信じない。


 二十年前の自分はそう思っていた。


 今も、善意だけで国家を動かせるとは思わない。


 だが相手が自由に選べることと、相手の選択を尊重することは別の話だった。


 林はスマートフォンを取り出した。


 全制裁案の撤回を指示した。


---


## 第十九章 反対派に投資せよ


 翌日の会見で、林は宣言した。


「TAIWAN独立に反対して構いません」


 記者席がざわめいた。


「反対した州へのサービス制限、投資削減、物流撤退を一切行いません」


「では五十州すべてのYESをどうやって取るんです?」


「独立したTAIWANと付き合いたいと思ってもらいます」


「それだけ?」


「それだけです」


 Amazonは、独立反対率が最も高い州へ巨大物流センターを建設すると発表した。


 林はレナへ電話した。


「よりによってそこ?」


「そこだから」


「独立に賛成したら投資する、でもいいだろ」


「それだと相手の投票用紙に値札を付けることになる」


 Alphabetは反対州の大学へAI研究拠点を設置。Microsoftは自治体の行政DXを支援。Appleは製造関連投資を発表し、Metaは独立賛成派と反対派が同条件で議論できるプラットフォームを作った。NVIDIAとIntelも研究連携を拡大した。


 Netflixはもっと露骨だった。


 TAIWAN独立に批判的な米国人監督へ、TAIWANをテーマにした映画を作らせた。完成した作品はTAIWAN政府をかなり辛辣に批判していた。


 林が言った。


「これ、本当に配信するの?」


 Netflix担当者は答えた。


「政府が嫌がってるなら宣伝になるね」


 配信された。


---


## 第二十章 金持ちだけの国にはならない


 アメリカ側の批判にも答える必要があった。


 TAIWANは独立後も一定期間、旧連邦への財政的負担を続ける案を提示した。低所得国向けのAI、教育、医療技術基金も創設する。優秀な者だけを選んで移民させる制度も見直し、社会保障を必要とする人間も国家の一員として支えることを憲法原則へ入れた。


「そんなことをしたら、せっかくの低税率が維持できない」


 州議員が言った。


「税率は低く保つ」


「どうやって」


「成長する」


「雑だな」


「二十年前からそうしてきた」


 笑いが起きた。


 ただし林は続けた。


「でも、利益を生まない人間だから国から追い出す、という制度にはしない」


「なぜ?」


「国家はサブスクリプションサービスじゃないからだ」


 後方にいたMicrosoft担当者が小声で言った。


「Government as a Serviceって言ってた人が」


「聞こえてるぞ」


 また笑いが起きた。


---


## 第二十一章 最後のNO


 独立容認州は徐々に増えた。


 最後まで反対した州では、Amazonの物流センターが開業していた。大学にはAlphabetの研究者が出入りし、Microsoftが役所の古いシステムを更新し、Apple関連企業が工場を作った。


 州知事は記者から聞かれた。


「TAIWANはあなたの州が独立へ反対しているのに投資しています」


「そうだな」


「買収されているとは?」


「賛成していないのに投資してくる相手を、どうやって買収扱いするんだ」


「では独立へ賛成しますか?」


「それとこれは別だ」


 半年後、その州の議会で最終採決が行われた。


 賛成票が過半数を超えた瞬間、TAIWAN州政府の会議室では誰も歓声を上げなかった。


 林が静かに数えた。


「一、二、三……」


 側近が言った。


「もう確認しましたよ」


「自分で数えたい」


 最後まで数え終えた。


 林が笑った。


> 「五十一個、揃った。」


 記者が州知事へ理由を尋ねた。


「二十年前、TAIWANは中国からNOと言う自由を守るためにアメリカへ来た」


 知事は答えた。


「なら、今度はこちらがTAIWANへYESと言うかNOと言うかを自由に決めるべきだろう」


「そしてYESを?」


「ああ」


---


## 第二十二章 アメリカは負けない


 五十州の政治的同意が揃うと、連邦政府との最終交渉が始まった。


 前例はなかった。


 州の一方的離脱を認めないという原則はある。しかし、すべての州と連邦政府が同意してなお「絶対に出られない」とする理由もまた明確ではなかった。


 だから、TAIWANは戦争ではなく、合意によって新しい前例を作った。


 米大統領は連邦議会で演説した。


「TAIWAN独立を認めれば、アメリカは弱くなる。私は長い間そう考えていた」


 議場は静かだった。


「だが我々が本当に恐れていたのは、領土を失うことではなかった。TAIWANが成功することで、アメリカという国家の価値が否定されたように見えることだった」


 大統領は原稿から顔を上げた。


「しかしTAIWANは、アメリカを否定して独立するのではない。アメリカから学んだ自由を、自分たちの形で続けようとしている」


 そして言った。


> 「自由とは、我々のもとに残る自由だけではない。」


> 「去る自由を認めることもまた、自由である。」


 連邦議会も必要な法的措置を可決した。


 TAIWAN側は一度も、


「アメリカから独立を勝ち取った」


 とは公式に言わなかった。


 林が側近に言った。


「Washingtonに負けたと思わせる必要はない」


「中国の時と同じですね」


「ああ」


「中国も負けてないことになってる」


「そうだ」


「アメリカも負けてない」


「そうだ」


「じゃあ誰が勝ったんです?」


 林は笑った。


「戦争しなかった奴全員」


---


## 第二十三章 アメリカ人にならなくても


 独立直前、世界中に新しいTAIWAN政府の人材広告が流れた。


 二十年前とは違っていた。


 もう、


> BECOME AMERICAN


 とは書かれていない。


 代わりに、


> **WORK IN AIWAN.**

> **LIVE IN TAIWAN.**

> **BECOME TAIWANESE.**


 と書かれていた。


 林は広告を見て苦笑した。


「本当に人が来るのか?」


 エマが答えた。


「もう調査したでしょう」


「アメリカ国籍って強かったぞ」


「もちろん」


「それを捨てるんだぞ」


「違う」


 エマは画面を指した。


「二十年間借りてた看板を返すだけ」


「今の看板は?」


> TAIWAN


「こっちの方を欲しがる人が出てきた」


 二十年前、TAIWANはアメリカというブランドを借りて世界中の才能を集めた。


 二十年後。


 TAIWANそのものが、才能を呼ぶブランドになっていた。


---


## 第二十四章 核を置いたまま


 独立交渉で最後まで揉めた問題の一つが、TAIWAN州に存在する米国の核抑止力だった。


 TAIWAN側の世論には、


「独立した瞬間に核抑止が消えるなら、中国に二十年前の夢をもう一度見せる」


 という不安が強かった。


 一方、アメリカにも、独立初日に東アジアの抑止構造へ巨大な空白を作る理由はなかった。


 最終的な安全保障協定では、TAIWAN領内に展開していた米国の核戦力は独立と同時には撤去されず、両国の共同防衛体制の下で引き続き駐留することになった。兵器そのものの管理は米国側に残されたが、外から見れば、強力な核抑止を抱えたままTAIWAN共和国が誕生する形だった。


 記者が林へ聞いた。


「核保有国になったんですか?」


「その質問にはWashingtonと同じくらい曖昧に答えることにしています」


「あるんですか、ないんですか」


「TAIWANに攻撃することが賢明ではない、ということだけ理解してもらえれば十分です」


 記者は苦笑した。


「二十年前より政治家になりましたね」


「二十年やってますから」


---


## 第二十五章 TAIWAN共和国


 「TAIWAN共和国」独立の日。


 星条旗は焼かれなかった。


 ゆっくり降ろされ、二十年間TAIWAN州を守った旗として丁寧に畳まれた。


 代わりに新しい国旗が上がった。


 国名は、


> **Republic of TAIWAN**


 中国政府は、その名称を中国語でどう表記するか決めるのに数週間を要した。


「台湾共和国」と訳せば、二十年前に消滅したと言い張った台湾との連続性を認めることになる。


 結局、中国国営メディアではTを無視し、


> AIWAN共和国 (人工智能广域网共和国)


 という奇妙な表記が採用された。


 中国SNSではその日のうちに、


> ?AIWAN共和国


 が規制対象になった。


 世界中が笑った。


 八十二歳になった周国明は、車椅子から国旗を見上げていた。


 怡君は三十八歳になっていた。


「おじいちゃん」


「なんだ」


「台湾、戻ってきたよ」


 国明は首を振った。


「違う」


「違う?」


「戻ってきたんじゃない」


 国旗を見つめた。


「ずっとあったんだろうな」


 怡君は笑った。


---


## 第二十六章 アンインストールできる国家


 TAIWAN共和国の行政アプリには、一つ奇妙な機能があった。


 設定画面の一番下。


> **国籍を離脱する**


 怡君がそれを祖父へ見せた。


「ほら」


「押したらどうなる?」


「確認画面がいっぱい出る」


「試したのか」


「途中まで」


「馬鹿」


「押さないよ」


「なら、そんなボタン消せばいい」


 怡君は首を振った。


「押せるのに押さないのが大事なんだって」


「誰が言った」


「林さん」


「政治家の言うことを真に受けるな」


「おじいちゃんが言う?」


「年寄りはいいんだ」


 独立式典が終わった夜、林はエマと台北を歩いた。


 二十年前は台湾だった。


 それからTAIWAN州になった。


 今はTAIWAN共和国になった。


 名前だけなら、ほとんど何も変わっていない。


「AIWANって覚えてる?」


 林が聞いた。


「当たり前でしょう」


「最初の意味」


「Alphabet、Apple、Instagram、Intel、Windows、Amazon、NVIDIA、Netflix」


「無理やりだったな」


「かなりね」


「AI Wide Area Network」


「後からそっちが本当みたいになった」


「World Area Networkって呼ぶ奴も増えた」


「そっちの方が壮大だからね」


 二人は歩いた。


 街にはAlphabetもAppleもMicrosoftもAmazonもNVIDIAも、二十年前と同じように存在していた。企業は国家の省庁にはならなかった。政府に逆らうこともあった。国外へ拠点を移す自由もあった。


 それでも、多くが残った。


 エマが聞いた。


「中国で?AIWANって禁止されたの、覚えてる?」


「あれは歴史に残ると思う」


「結局、Tって何だったんだろうね」


「Taiwanだろ」


「それだけ?」


 林は少し考えた。


 二十年前。


 彼は善意なんて信じなかった。


 今も、国家を善意だけで動かせるとは思っていない。


 利害を一致させることは大切だ。互いに必要とし合うことも。


 TAIWANは、それで生き残った。


 AIWANも、それで栄えた。


 アメリカも、それで台湾を守った。


 だが、自分を選ばなかった相手へ不利益を与え始めた瞬間、相互依存は支配へ変わる。


「Trustかな」


「急に綺麗事言うじゃん」


「違うよ」


 林は笑った。


「相手がYESと言ってくれると信じることじゃない」


「じゃあ?」


> 「NOと言われても、相手を壊さないこと。」


 エマは少し黙った。


「それをTrustって呼ぶの?」


「俺はね」


 翌朝。


 TAIWAN共和国政府の公式サイトが更新された。


> **TAIWAN Republic v1.0 released.**


> **AIWAN network: ONLINE**


> **Issues: 12,481**


> **Forks: 0**


 その下には、新しく一行だけ追加されていた。


> **?AIWAN**


 カーソルを合わせると、説明が表示された。


> **T is yours to define.**


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