表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DARKNESS ―奪われた自由のために―  作者: Ilysiasnorm


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/39

第29話 記憶の底

再照合区画の扉が開く。

 ユリは、職員二人に挟まれるようにして中へ入った。

 壁際に並ぶ端末。

 ガラスの向こうに待機する観測員。

 端末の数が増えている。

 中央の椅子には、前回はなかった測定具まで準備されていた。

 ただの再確認ではない。

 ユリは、部屋へ入った瞬間にそう感じた。

「SP-07。着席してください」

 白衣の職員が言った。

 ユリは立ち止まる。

「御崎ユリです」

 職員の指が、一瞬だけ端末の上で止まった。

 だが、すぐに何事もなかったように視線を戻す。

「着席してください」

 ユリはそれ以上言わず、椅子に座った。

 左右の腕に固定具が下りる。

 首元に細い測定具が当てられる。

 指先にセンサーがつけられ、胸元にも端子が貼られた。

 金属の冷たさが肌に残る。

 零室で見た映像が、一瞬だけ頭をよぎった。

 幼い自分。

 大きすぎる検査着。

 腕に巻かれた測定具。

 何も知らずに、ただ座っていた。

 ユリは目を閉じかけ、すぐに開いた。

 今は違う。

 自分が何をされているのか、見届ける。

「追加再照合を開始します」

 職員の声とともに、端末が起動した。

 画面に文字が流れる。

 SP-07。

 A-Prime反応、確認。

 血液安定値、基準内。

 神経同調、正常。

 母胎適合候補、再判定中。

 ユリの視線が止まった。

 零室で見た言葉が、今も自分の検査項目として使われている。

「母胎適合候補とは何ですか」

 ユリが問う。

 職員は答えない。

「私の記録にありました」

「今も検査項目に入っている」

「説明してください」

 端末を見ていた女性職員が、ようやく口を開いた。

「照合項目の詳細について、被検体へ説明する義務はありません」

 ユリの目が静かに動く。

「被検体」

 女性職員は表情を変えなかった。

「検査を続行します」

「私は物ではありません」

 今度は、職員たちの手が一瞬だけ止まった。

 それでも誰も返さない。

 固定椅子の横で測定音が鳴る。

 新しい数値が画面に上がった。

「A-Prime反応、維持」

「適合値に低下なし」

「母胎適合判定、基準内」

 読み上げられる言葉が、耳に残る。

 ユリは腕の固定具を見た。

 動かせないわけではない。

 けれど、動こうとすればすぐに制止されるだろう。

 見た目だけなら、穏やかな検査室だ。

 だが、ここで決められることは、自分の人生に触れている。

「次段階照合に必要な基準は満たしています」

 奥にいた観測員が言った。

 ユリの視線が上がる。

「次段階?」

 今度も、誰も説明しなかった。

 女性職員は端末を操作する。

「上層承認を申請します」

 ユリの胸が強く脈打つ。

「待ってください」

 職員たちは止まらない。

「次段階とは何ですか」

「私に何をするつもりですか」

 返ってきたのは、平らな声だった。

「必要な処理です」

 その言葉を聞いた瞬間、零室の映像がはっきり蘇った。

『保持対象へ移行』

『母胎適合候補として登録』

『国内中枢施設へ移送する』

 幼い自分は、何も知らないまま進められた。

 そして今も、同じことが続いている。

 大人になっただけ。

 言葉を理解できるようになっただけ。

 それでも、決めるのは自分ではない。

「……また、私抜きで決めるんですね」

 ユリの声は震えていなかった。

 女性職員がわずかに顔を上げる。

「何か?」

「昔もそうだった」

「今もそうするつもりなんですね」

 職員は答えず、検査を続けた。

     ◇

 別区画で、南條は制限された端末を見ていた。

 SP-07。

 追加再照合、進行中。

 詳細項目、閲覧不可。

 上位確認対象。

 南條はさらに開こうとする。

 画面が切り替わる。

 WD-00。

 当該処理への介入権限はありません。

 南條の指が止まった。

 もう一度、別経路から開く。

 結果は同じ。

 権限がありません。

「……先手を打たれたか。」

 低く呟く。

 零室に触れた翌日。

 啓介の黒血検証が前倒しされ、ユリの再照合まで進められた。

 上層部は、ためらわず動いている。

 このままでは、啓介たちが次の判断を下す前に、TAIDAが先に動く。

 南條は端末を閉じた。

 だが、何もできないまま席を立つことはなかった。

     ◇

「再照合、終了します」

 女性職員の声で、ユリは現実へ戻った。

 腕の固定具が外れる。

 首元の測定具も取り払われる。

 職員が淡々と告げる。

「結果は後日通知されます」

 ユリは椅子から立ち上がらなかった。

「私の意思は」

 職員が止まる。

「結果に含まれますか」

 誰も答えなかった。

 ユリは静かに立ち上がる。

 それで十分だった。

 自分の意思など、最初から評価項目にない。

 少なくともTAIDAは、そう考えている。

 扉の前で、同行の職員が待っていた。

「御崎ユリさん、退出を」

 ユリは無言で部屋を出た。

     ◇

 夜。

 コミュニティルー厶の端で、啓介は窓のない壁を見ていた。

 手元には紙コップ。

 中身は冷めている。

 そこへユリが来た。

 顔を合わせるのは、連絡通路ですれ違って以来だった。

 周囲には他の隊員もいる。

 だから、長く話すことはできない。

 ユリは啓介の向かいに座った。

「検査、終わったのか」

 啓介が聞く。

「うん」

「何をされた」

 ユリは少しだけ黙った。

「母胎適合候補の再判定」

「それが、今も私の検査項目に入ってた」

 啓介の目がわずかに変わる。

「……そうか」

「次段階照合って言ってた」

「上層承認を申請する、とも」

「内容は」

「教えてくれなかった」

 ユリは自分の両手を見た。

「私は、何に使われるのかも知らされない」

「それなのに、向こうは次へ進める気でいる」

 啓介は何も言わず聞いていた。

 ユリは続ける。

「昨日、零室で見た映像が、昔のことだと思えなかった」

「今日の検査と、何も変わってなかった」

 啓介は、紙コップを持つ指に力を込めた。

「俺も同じだ」

 ユリが顔を上げる。

「黒血を出させるために追い込まれた」

「出せるなら使う。抑えられるならもっと使う」

「そういう目で見られてる」

 ユリは静かに息を吐いた。

「このままここにいても、物としか見られない……」

「ああ」

 啓介は短く返した。

「俺たちがどうしたいかなんて関係なく」

 ユリはしばらく黙っていた。

 それから、はっきりと言った。

「じっとしてたら、手遅れになる」

 啓介は頷く。

「こちらから動こう」

 その言葉に、ユリは目を閉じた。

 恐怖が消えたわけではない。

 何をすればいいのかも、まだ決まっていない。

 それでも、ただ従うだけではいられない。

 自分のことを、自分抜きで決めさせるわけにはいかなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ