【第9話 浮いた存在】
走竜部隊の部隊長室は、飛竜部隊のそれよりも低い位置にあった。
石壁は厚く、窓は細い。天井も高くはない。
空を前提にした建物ではなく、地面の上で完結する空間だ。
机の向こうに座る走竜部隊長グラウスは、書類から顔を上げた。
「カイル」
呼ばれ、背筋が反射的に伸びる。
「本日付で、お前を走竜部隊付の騎士として任命する」
――走竜部隊の騎士
胸の奥で、何かが小さく引っかかる。
「正式な辞令だ。異論は?」
「……ありません」
そう答えた瞬間、自分でも分かった。
それは納得ではなく、受諾だった。
本当は、違うものを目指していた。
空を飛ぶ側の人間になるはずだった。
だが、これで正式な騎士だ。肩書きは手に入った。
グラウスは短く頷いた。
「厩舎へ行け。訓練に合流しろ」
それだけで、話は終わった。
走竜厩舎は、飛竜のそれとは空気が違った。
低い天井。太い梁。
乾いた土の匂いと、汗と、獣の体温。
通路は広く、走竜が横並びで通れるようになっている。
太く発達した四本脚が目に入る。
走竜たちが、落ち着いた様子で並んでいた。
鼻を鳴らす音、蹄が藁を踏む音。
地に根差した存在感。
「お、新顔だな」
声を掛けられ、振り向く。
「走竜騎士だ。今日から一緒だろ?」
笑顔だったが、どこか様子見の視線だった。
「……よろしくお願いします」
挨拶を返すと、周囲からも軽く声が上がる。
敵意はない。だが、歓迎とも違う。
居場所を与えられた、というより――
空いている場所に置かれた、という感覚だった。
訓練が始まった。
体力錬成。
まずは長距離走だ。
騎士たちはそれぞれ、自分の走竜の横についた。
だが、カイルの前には竜がいない。
「お前、まだ乗り竜決まってないのか?」
班長格の男が、訝しげに聞く。
「はい」
「……まあいい。今日はよく見ていろ」
走竜に騎兵が乗り列が動き出す。
その時だった。
最後尾に、見慣れた影がある。
――マックス。
翼を畳み、後脚でしっかりと地を蹴りながら、隊列の最後を走っている。
「……え?」
思わず足が止まりかけた。
「あいつも一緒に訓練するんですか?」
班長に尋ねる。
「ああ」
当然のように返ってきた。
「飛べない飛竜が、他のどこで身体を鍛えるんだ」
言葉に、悪意はなかった。
しばらく見ていたが、カイルが何気なく口走る。
「……誰も乗っていないのに、それで訓練になるのかな」
班長は一瞬だけ考え、肩をすくめた。
「なら、お前が乗ってやれ」
その言葉に、息を呑む。
振り返ると――
少し離れた場所で、ミレイが固まっていた。
目が合う。
言葉はない。
だが、止める様子もない。
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カイルは鞍を手に取った。
マックスの背に近づき、手順通りに装着していく。
「上官の指示だからな」
自分に言い聞かせるように言う。
「……なにも言ってないけど」
ミレイの声は、少し不服そうだった。
鞍が固定され、鐙が下りる。
カイルは、マックスに跨った。
そのまま、オーバルコースを走る走竜たちの切れ目に、滑り込む。
自然な動きだった。
走竜隊と、マックスの合同訓練が始まった。
走ってみて、視線の違いが気になった。
走竜に乗る騎士たちより、視線が高い。
飛竜部隊の騎士から見れば、見上げる視線になっている。
妙に視線が刺さる。
警戒。
観察。
異質な存在を見る目。
……やはり、マックスの方が速いな
カイルは改めて思った。
次は、実戦想定訓練。
走竜は騎士の指示で、短い距離を素早く横に移動する。
これは、対飛竜戦闘の訓練だ。
飛竜は空から獲物を狙い急降下、地上の獲物に爪で一撃を入れてそのまま上昇する攻撃方法だ。
その攻撃を避けるためには、その軌道を見定めて直前で避ければよい。
そのための、直前で避ける動作の訓練だった。
班長がマックスを見ながら言う。
「飛竜は飛竜を襲うのか???」
「敵ならやるんじゃないですかね?」
「じゃ、こいつも緊急回避の動作をやってみるか」
「それなんですけど、たぶん、マックスは得意動作だと思いますよ」
班長は少し驚いた顔になった。
「どういうことだ?」
カイルは少し考えて、やって見せたほうが分かりやすいだろうと感じた。
「マックス、跳ねてみろ」
鐙をテンポをつけて軽くたたく動作にした
マックスは理解した様に、軽く飛び跳ねる動作を始めた。
トーン、トーン、トーーーン
やがて、左右に跳ね続ける
「わかった、わかった、フットワークの良さは飛竜の特性だったな」
次の、実戦想定訓練に移った。
複雑な地形に設けられた、20の目標点。
それぞれの外側を回り込み、走り切る「コース」。
「新兵くん」
声を掛けられる。
「そいつに乗せられちゃったか。災難だな」
半端な同情の様に感じた。
カイルは、苦笑いを返した。
2頭ずつ、競うようにスタートしていく。
「いけー!」
前の2頭が飛び出す。
カイルとマックスは、スタート位置で止められた。
「お前は単独だ」
……単独。
「……27、28、29、30秒。いいぞー、いけ!」
合図。
カイルは、マックスの首元を軽く叩いた。
「さぁ、いこうか」
マックスは、ゆっくりと走り出した。
ポイント①の外側を回り、視線を②へ。
②を回り、③を見る。
曲がるたび、身体を内側へ倒し込む。
バンクさせた方が、走りやすい。
視線の移動。
身体の傾き。
カイルとマックスは視線を移す動作が同調し始める
走竜が走った後の道は、草が削れ、土が見えていた。
その上を、テンポよく進む。
右へ。
左へ。
――楽しい。
自覚した瞬間、胸が軽くなった。
ポイント⑮で、前のグループに追いつく。
追い抜かず、ペースを落とす。
「あぁ……飛竜を走らせると、そうなるのか」
スタートを仕切っていた者が、奇妙なものを見る目を向ける。
通常なら、30秒も間を空ければ追いつくことはない。
一周して、休憩。
次も、カイルとマックスは単独走。
「……57、58、59、60秒。いいぞー、いけ!」
「さぁ、二本目だ」
マックスは、ゆったりと走り出し、徐々に加速する。
ドドドドド。
ザシュ、ダダッ。
――走るのも、いいじゃないか。
挑むような笑顔が、自然と浮かぶ。
ポイント⑱で、また追いつく。
ざわつく周囲。
三本目。
「もう、追いついたら抜いていいぞ!」
前の組の騎士が叫んだ。
「ありがとうございます!」
カイルは答えた。
少し離れた場所で、ミレイが見ていた。
「やっと、分かってきたみたいね」
【あとがき】
さらっと流しましたが、カイルが「ライダー」になった話でした
次回は実戦を描きます
第10話 「初任務」




