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【ドラゴンライダー  ~飛べない竜と俺は必ず再起する】  作者: 霧笛の火魔人


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【第8話  理想と現実】

"竜騎士基地・幹部会議"


石造りの会議室は、朝の冷気をまだ床に残していた。

長卓の中央に据えられた地図の上には、竜騎士基地とその周辺、そして隣国アクリオン聖国の国境線が刻まれている。


卓の上流

壁際の席に座る将軍レオニスは、無言のまま視線を地図に落としていた。

彼が口を開かない限り、この場にいる誰もが、会議は始まっていないと感じている。


やがて、静寂を破ったのは軍務官エルネストだった。

「では、第一議題に入ります」




硬い声が、石壁に反響する。


「隣国、アクリオン聖国に関する情報です。ここ数か月、同国の工房区画を中心に、急激な技術発展が確認されています」


飛竜部隊旗隊長、セルジュがわずかに眉を動かした。


「急激、とは?」



「従来の職人技の延長ではありません。……天才技師の出現です」


その言葉に、走竜部隊旗隊長グラウスが鼻を鳴らした。



「また“天才”か。ああいう噂は、たいてい尾ひれが付く」


「今回は、実物が確認されています」



エルネストは淡々と続ける。


「現在、アクリオン国内で話題となっているのが"自動糸巻機"です」


「糸巻き?」



セルジュが、わずかに肩をすくめる。


「軍事とは無関係に聞こえるが」


「いえ。布、帆布、索具、包帯、補修布……糸は軍需の基礎です」



その瞬間、整備官ヘルガが椅子に深く腰掛け直した。


「その、自動というのが肝ですよ」



彼女の声には、職人特有の確信があった。


「通常、糸を均一な張力で巻くには、熟練が要ります。でも、機構でやるなら量と質が同時に上がります」

「その機構が問題なのですよ」



軍医官ドロテア・ハインツが、静かに言った。


「どういう仕組みなのですか?」



ヘルガは一拍置き、指先で卓を叩いた。


「火で水を沸かして、その水蒸気を使うそうです」


一瞬、会議室に沈黙が落ちる。



「……蒸気?」


伝令官リオが思わず声を漏らし、慌てて口をつぐんだ。



「膨張する力を利用して、回転軸を動かすんです」


「言っていることが、よくわからんが、既に使われているのか?」



エルネストが補足する。


「試作機はすでに稼働しています。アクリオンでは、民需向けに量産を始める動きがあります」



グラウスは腕を組み、天井を仰いだ。


「なるほどな……。糸巻きが自動なら、包帯も、装具も、竜具の縫製も早くなるのか」



セルジュは渋い顔をしている。


「だが、それが即、戦力差になるとは限らない」



「問題は、その発想力です」



「――軍務官」


「はっ」


「貴官は、その自動糸巻機を手に入れられるか?」


重い問いだった。


「可能性はあります」


エルネストは即答した。


「民需向けに使われる様ですので。表向きは工業振興の名目で、正規ルートから購入できるでしょう」


セルジュが口を挟む。


「聖国の技術を?」


将軍は短く頷いた。


「検討を続けろ。次」


それだけで、第一議題は終わった。


空気が切り替わる。





「第二議題です」


エルネストの声が、少しだけ硬くなる。


「テルミ王国本国より、近く国王がこの基地への視察に来られます」


その瞬間、全員の視線が地図から将軍へ移った。


「目的は?」


セルジュが問う。



「表向きは、竜騎士戦力の確認と士気高揚」


エルネストは一呼吸置いた。


「実質的には……次期軍制改編に向けた、評価でしょう」



グラウスが舌打ちをする。


「つまり、見世物だ」


「言い方」


ドロテアが静かにたしなめる。



「では」


将軍が言った。


「演習内容を決める」



セルジュが、待っていましたとばかりに身を乗り出す。


「当然、飛竜隊による空中演習を主軸にすべきです。制空、急降下、編隊旋回――王国が期待しているのは、それだ」


「ふざけるな」


即座にグラウスが噛みついた。


「空で舞って見せるだけが戦じゃない。地形を使った走竜の機動こそ、実戦向きだ」


「走るだけの竜で、何を見せる?」


「走竜こそが主力部隊です」


グラウスは椅子から立ち上がりかけ、将軍の視線を感じて腰を戻す。


「地を蹴り、走り、曲がり、止まる。その迫力は、空より近い」


「見栄えがしない」


「現実だ」



二人の声がぶつかる。


ヘルガが、ぽつりと言った。


「どちらも、竜に無理をさせる模擬空戦は困ります」


「視察だぞ」


セルジュが言う。


「限界を見せる場だ」



「壊してどうするんですか」


ヘルガは一歩も引かない。


「修理できない損耗は、演習じゃないでしょ」



ドロテアが、数字を口にした。


「昨年の模擬空戦で、負傷者は十二名ですよ。死亡はゼロですが」



静まり返る。


リオが、恐る恐る口を開いた。


「……現場の兵は、走竜演習の方が、安心だと言っています」


将軍は、ゆっくりと立ち上がった。



「――結論を言う」


全員が背筋を伸ばす。


「視察では、両方を見せる」



セルジュとグラウスが同時に口を開きかけ、黙った。



「飛竜は空を示せ。走竜は地を示せ」


将軍の声は低く、揺るがない。


「どちらが上かではない。我々が持つ全てを、王国に見せる」



沈黙。


やがて、グラウスが短く頷いた。


「了解しました」


セルジュも、わずかに頭を下げる。


将軍は、再び席に戻った。


会議は終わった。

だが、誰もが理解していた。


これはただの視察ではない。



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厩舎の前


夕方の光が傾き始めていた。

乾いた土の匂いと、竜の体温が混じった空気が、低く滞留している。


マックスは厩舎の入口に伏せて休んでいた。

翼はいつものように畳まれ、肩口の筋がわずかに緊張している。


その横で、カイルは腕を組み、視線を地面に落としていた。


「結局さ」


先に口を開いたのは、カイルだった。


「飛ばない飛竜に、戦場に居る意味はない」


言い切るような声だった。

迷いも、ためらいもない。


ミレイは、その言葉を真正面から受け止めた。

怒鳴り返しはしない。ただ、即座に返す。


「飛べないから何?」


一歩、距離を詰める。


「使い道が違うだけでしょ」


カイルは顔を上げた。


「違わない」


即答だった。


「戦闘において、飛竜の価値は制空力だ。上を取る、逃げる、奇襲する。それができない飛竜は――」


「“飛竜”じゃない?」


ミレイが遮る。


「それ、誰が決めたの」


カイルは一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに続けた。


「戦場が決める」


厩舎の壁に、声が反響する。


「マックスには制空力がない。空から敵を見ることも、上から叩くこともできない」

「じゃあ走竜みたいに地上戦ができるか? 無理だ。体格も、重心も、脚の構造も違う」


マックスが、ぴくりと尾を動かす。


「馬よりは速い。確かに」


カイルは言葉を重ねる。


「でも、それだけだ。馬より少し速い程度の走力しかないなら、馬と同じ使い方になる」

「偵察、伝令、輸送――それは“竜”じゃなくていい」


ミレイの目が、細くなる。


「……だから、価値がない?」


「そうだ」


短く、冷たい。


「戦闘で役に立たないなら、兵器として意味はない」


ミレイは、ふっと息を吐いた。


「やっぱり」


そして、はっきりと言った。


「あなた、マックスを“可哀想”だと思ってる」


カイルの眉が動く。


「違う」


「違わない」


ミレイは一歩も引かない。


「飛べない。中途半端。使えない。だから守ってあげなきゃいけない、慰めなきゃいけないって顔してる」


「そんなこと――」


「もしそう思ってるなら」


ミレイの声が、低くなる。


「もう、乗らないで」


その一言が、空気を切った。


カイルは言葉を失った。


「可哀想とか、気の毒とか」


ミレイは続ける。


「そういう感情で竜に跨る人、いちばん嫌い」


厩舎の中で、マックスがゆっくりと立ち上がった。


土を踏みしめる、低い音。


「竜は、道具でも被害者でもない」


ミレイは、マックスを見たまま言う。


「役割が違うだけ」

「飛べないなら、飛ばない戦い方を見つければいい」


カイルは歯を食いしばった。


「理想論だ」


「現実論よ」


ミレイは即答する。


「現実は、空だけじゃない。地面もある。障害物もある」

「全部を飛竜基準で切り捨てる方が、よっぽど机上の空論」


二人の間に、張りつめた沈黙が落ちる。


その時だった。


マックスが、二人の間に一歩、前に出た。


大きな体が、自然と割って入る形になる。

前脚は補助的に地面につき、後脚でしっかりと立つ。


そして、首を伸ばし――

カイルとミレイを、交互に見た。


まるで。


本当に、会話を聞いていたかのように。


低く、短い鳴き声。

責めるでもなく、甘えるでもない。


ただ、「ここにいる」と示すような仕草だった。


カイルの言葉が、喉で止まる。


ミレイも、続きを言えなくなった。


マックスは、ゆっくりと尾を揺らし、二人の間に身体を置いたまま、動かない。


――選べ、と言っているようだった。


飛べるか、飛べないかじゃない。

誰を見るのか、だと。


沈黙の中で、風が厩舎を抜けた。


二人の言い争いは、そこで止まった。


答えは、まだ出ていない。

だが少なくとも――


マックスは、そこに立っていた。




【あとがき】

情報量の多い回でしたwww


蒸気に触れていますが、蒸気利用の実用装置が発明されてから、産業革命まで100年くらいかかっているので、本作で突然に蒸気機関が登場するようなことはありません。



次回、カイルとマックスは、走竜隊と合同訓練をします。

第9話 「浮いた存在」



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