【第7話 試し乗り】
厩舎の中は、昼下がりの光が斜めに差し込んでいた。
室内を照らす光の帯が、ゆっくりと動いている。
なんで、こんな古い厩舎にいるのだろうかと気になった。
これは、まるで隔離されているのではないか?
カイルは尋ねた。
「どうして、ここに置かれてるんですか」
ミレイは、マックスの首元を撫でながら答えた。
「理由は、単純よ」
「ここは走竜部隊の管轄する飼育場。いるのは走竜と、その騎士だけ」
カイルは視線を巡らせた。
確かに、ここに来る手前にあった厩房にいるのは翼のない竜ばかりだ。
「でも、マックスに乗るには、飛竜騎士の騎乗技術と訓練が必要なの」
「飛竜の背中は高いし、重心も違う。鞍の扱いも、手綱の癖も、走竜とは別物」
ミレイは淡々と語る。
「でもね」
一拍、間が空いた。
「飛竜騎士の訓練を受けた人は、当然のように“飛べる飛竜”に乗る」
それは、当たり前の考えだった。
飛竜騎士とは、空を飛ぶ者だ。
飛行能力こそが、存在価値の証明。
「わざわざ、飛べない竜を選ぶ理由がない」
ミレイは、少しだけ唇を歪めた。
「だから、誰もマックスに騎乗できない」
カイルは、胸の奥がざらつくのを感じた。
「……俺は、正式な騎士じゃない」
試験に落ちた。
空から落ちた。
「訓練生の時に、走竜も飛竜も両方やったわよね」
「ああ……」
カイルは頷く。
「なら、条件は揃ってる」
ミレイは、まっすぐにカイルを見た。
「マックスを試しに乗ってみて。――走る竜として」
その言葉に、カイルの心臓が強く打った。
「飛ばしたらダメよ」
念を押すように、ミレイは言った。
「この子は“走る竜”。それを、忘れないで」
カイルは、ゆっくりと息を吐いた。
おまえは、飛べない飛竜騎士が必要なんだな。
そんな考えが、頭をよぎった。
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練習場は、厩舎の外に広がる草原に面していた。
ミレイは、手際よく鞍を持ち上げる。
「じゃ、付けるわよ」
カイルも、自然とマックスに近づいた。
その瞬間――。
「あれ?」
ミレイが、目を瞬かせる。
カイルは、無意識に鞍を受け取り、位置を確認していた。
背の中央。
肩甲の動きを邪魔しない角度。
首輪にバックルを固定し、肩から鐙を下ろす。
翼の下を通して、胴体を回し、左右を締める。
一連の動作が、淀みなく進む。
ミレイは、驚いたようにカイルを見た。
「……手際いいわね」
「訓練生の時、自分でやってたんで」
マックスは、その間ずっと目を閉じていた。
微動だにせず、ただ静かに立っている。
「この子が、初対面の人間に好きに触らせたの、初めて見たわ」
ミレイの声に、わずかな感情が混じった。
カイルは、思い切って胸元を擦ってみた。
その瞬間、マックスが目を開けた。
琥珀色の瞳が、カイルを映す。
「今日は、よろしくな」
カイルがそう言うと、
マックスは、ゆっくりと身をかがめた。
――騎乗を、促している。
カイルは、思わずミレイを見る。
「どうぞ」
その一言で、決心がついた。
鐙に足を掛け、一気によじ登る。
高い。
だが、懐かしい感覚だった。
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場面は変わり、草原。
丸太の柵の向こうに、ミレイと軍服の男が立っている。
高身長の中年。
鋭い目つき。
五十歳前後だろう。
「どうだ?」
男――アルバートが、ミレイに問いかける。
ミレイは、困ったように苦笑した。
「……判断に、困ります」
草原では、マックスに騎乗したカイルが歩いていた。
アルバートは、無意識に腕を組んだ。
その目は、飛竜ではなく“脚”を見ていた。
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草原を進む感触は、確かに飛竜だった。
背中の高さ。
歩調。
揺れ。
――飛竜に乗れた。
それだけで、胸が少しだけ軽くなる。
隣では、走竜部隊が訓練をしていた。
15頭が千鳥隊形で進む。
マックスは、ドス、ドス、ドス、と歩く。
カイルは、姿勢を整えた。
馬の走りは、上下の突き上げ。
走竜は、左右の揺さぶり。
飛竜は、馬に近かった。
いずれも、「でかい生き物の背中で衝撃を受け続ける」感覚だ。
「気分はどうだ」
カイルはマックスに話しかける。
雲のない空。
温かい日差し。
風が心地よい。
マックスは首を捻り、カイルを見た。
「……ちょっと、走ってみようか」
早足になる。
ドスドスドスドス。
次第に、ドドドドド。
巡行速度。
飛竜が走り続ける速度だ。
飛竜には、これよりも速度の速い「助走」がある。
「飛ぶんじゃないからな」
手綱で首の後ろを叩く。
「いけぇ!」
――グン。
振り落とされそうな加速。
ダダダダダダ。
風が強くなり、目を細める。
その速度のまま、走り続ける。
「……おいおいおい、うそだろ」
地面が、猛スピードで流れる。
飛竜は、この助走速度の先で飛ぶ。
だが、マックスは飛ばない。
走り続ける。
ザッ、ザッ、ザッ。
鐙を通して、骨に直接衝撃が伝わってくる。
これは、飛ぶための走りじゃない。地面を喰う走りだ。
走竜の訓練場と並走。
四足の走竜を、軽く追い抜く。
衝撃。
風切り音。
「あはははははは!」
笑いが、止まらなかった。
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戻ってきた時、マックスは息一つ乱していなかった。
「ありがとう。楽しかったよ」
カイルが言う。
ミレイは、静かな口調で言った。
「この子には、走る竜としての価値がある」
カイルは、口を開きかけて――止めた。
――飛竜の価値は飛行能力だ
価値観が、静かに揺らいでいた。
【あとがき】
さぁ、ついに走り出しました!
良いコンビになってほしいな
次回は二人が思いをぶつけあいます
第8話 「理想と現実」




