【第6話 竜整備士ミレイ】
マックスが「飛行不適」と判断された理由を、
カイルは一人で考えていた。
鱗は艶があり、傷もない。
呼吸は落ち着いている。
脚の筋肉は引き締まり、むしろ並の飛竜よりも逞しい。
それでも――。
「……翼、か」
あらためて見れば、違和感ははっきりしていた。
翼が小さい。
折りたたまれた翼膜は整っているが、
胴体との比率が合っていない。
立ち姿は、あまりにもスマートだった。
その瞬間、記憶が引き出される。
――訓練学校の教室。
石造りの講義室で、
年老いた総白髪の教官が、教壇に肘をついて話していた。
「ええか。年老いた飛竜はな、まず翼膜からくる」
学生たちは、半分笑いながら聞いていた。
「翼膜は痛みやすくなる。切れたところが治りにくい。
そうなると、揚力を得るための翼面積が足りなくなる」
教官は、自分の腕を叩いた。
「人間で言えば、こうだ。
肌はかさつき、怪我は治らん。
若い頃と同じことをしようとして、余計に疲れる」
教官自身が、おどけたように笑う。
教室に笑いが広がった。
「飛べなくなる理由は、派手な事故ばかりじゃない。
“維持できなくなる”んだ。高度も、力もな」
――。
だが、マックスは明らかに若い。
それなのに――。
カイルは、思わず声に出していた。
「おまえ、飛べないのか?」
その時だった。
「飛べない。でも、壊れてはいない」
唐突に、背後から女性の声がした。
感情の起伏を感じさせない、乾いた声だった。
カイルは振り向く。
そこには、飼育場の一角で敷料を均している女性がいた。
大きな鋤で、床に敷かれた藁をならしている。
敷料は、麦わらと乾草を混ぜたものだ。
身長はやや低め。
小柄で華奢だが、動きはきびきびしている。
茶色がかった金髪を後ろでひとつに束ね、
額にはゴーグル。
濃色の作業着に革エプロン。
腰には工具袋。
手袋を外した指には、
細かな傷と油汚れが残っていた。
濃い青色の瞳。
その中心に、灰色の瞳孔。
――観察する目だ。
女性は鋤を立てかけ、こちらへ歩いてきた。
「私はミレイ」
無頓着な笑顔で、そう名乗る。
「この子――マックスの担当整備士よ」
カイルは、一瞬言葉に詰まった。
「……カイルです」
ミレイは頷いた。
「君がカイルくんね。聞いているわ。災難だったわね」
同情でも、慰めでもない。
事実を述べるだけの口調だった。
「君、何歳?」
「19歳です」
「あら」
ミレイは少しだけ目を細めた。
「ひとつ違いなのね、お兄さん。
で、この子は7歳。立派な大人の竜よ」
ミレイがマックスに近づく。
すると、マックスは低く喉を鳴らしながら、
頭を差し出した。
グルル……。
ミレイは慣れた手つきで、
その鼻筋を優しく擦った。
「翼が小さいの」
淡々とした説明だった。
「飛んでも、高度を維持できない。
羽ばたき続けないと落ちる」
「走るのは得意よ。脚が強いもの」
ミレイは、事実だけを並べる。
「飛べない竜はね、飛竜じゃない。ダチョウみたいなもの」
カイルは、反射的に言い返していた。
「……それでも、飛竜だ」
ミレイは、否定もしなかった。
「ええ」
"飛べない。でも、壊れてはいない。"
それは――
自分にも、向けられた言葉のように思えた。
カイルの胸に、その言葉が深く突き刺さった。
【あとがき】
ヒロインのミレイ登場回でした。
ちょろっと出てきた訓練学校はカイルにとって、楽しい思い出です。
次回は、カイルの価値観が、揺さぶられます。
第7話 「試し乗り」




