【第5話 欠陥竜】
走竜と、飛竜。
カイルは、配置転換の承諾書に署名をしたあとも、その違いについて考えていた。
走竜は、扱いやすい。
地上を走るだけだ。
飛竜のような飛行に関する技術の経験もいらない。
飛行に影響する、高度や風の「読み」や、失速や揚力の知識も必要ない。
騎手が判断を誤っても、最悪止まればいい。
転倒はあっても、墜落はない。
だから、走竜騎士は、独り立ちが早い。
数か月で一人前になり、前線に立てる。
飛竜は違う。
空に上がった瞬間から、死が隣にある。
だから、飛竜騎士は、時間をかけて育てられる。
それでも、墜ちる。
走竜の方が「楽」だ。
そう言われれば、否定はできない。
だが――。
カイルは、別の怖さも思い出していた。
走竜は、家族を持たない。
生まれた時から人に育てられ、信頼関係で人に従う。
飛竜には、鳥類特有の家族愛がある。
群れを守り、つがいを守り、子を守る。
だが走竜は違う。
信頼が崩れた瞬間、ただの巨大な獣になる。
パニックに陥った走竜が、
自分の騎手を踏み潰した事故の話を、カイルは知っていた。
それでも――。
「……走竜隊に、行きます」
承諾は、静かだった。
逃げではない。
現実を受け入れた結果だ。
その日のうちに、走竜隊への正式な移動が決まり、
初日に命じられた仕事は、意外なものだった。
「備品整理だ」
案内係は、女性の事務官だった。
ウェブのかかった肩まである赤毛、白いカッターシャツに紺のタイトスカート
「心配しなくても、配属初日なんてそんなもんですよ」
と、コロコロと笑う。
「走竜隊は15匹で1班になっていて、全部で10班あるので、カイルさんがどの班になるかは決まるまで時間がかかるんです」
基地内は、一面に短い草が生えそろっており、その中を押し固められた土の道が直線的に整備されている。
「不満と言うわけではないですよ・・・・顔にでてましたか?」
「ええ」
女性の事務官は楽しそうに笑った。
二人で雑談しながら走竜厩舎の横を抜けて歩くと、道を直角に飛竜厩舎とは逆の左方向に曲がった。
「あれ? どこに向かっているんですか?」
「北側の奥に古い竜厩舎があるんですよ、そこに使わなくなった備品が運び込まれていて、そこに向かってます」
カイルは初めて騎士基地に来てから既に3年目になるが、そんな建物は知らなかった。
「竜騎士基地創設の頃に建てられた、初期の厩舎なんです」
到着した建物は、今使われているどの厩舎よりも小さく、屋根も低かった。
案内の女性と別れ、カイルは一人で室内に入った。
---なんか、うす暗く、埃っぽいな。
入り口から入ると、そこは昔の執務室だったらしく、古いデスクと机が並んでいた。
壁際に、箱が積み上げられ、デスクの上にも書類の束。
---さて、掃除から開始だな。
カイルは棚を拭き、束ねられたファイルを一つずつ手に取っては、分類を考えながら並べていった。
古い訓練記録。
廃止された装備の図面。
読めないほど古い筆跡。
どれも、今では使われていないものばかりだ。
---不要品。
そんな言葉が、頭をよぎった時だった。
バサバサ
微かな羽音が、奥から聞こえた。
カイルは顔を上げ、倉庫室を出る。
扉の奥は薄暗い廊下が続き、左右に二部屋並んでいた。
その奥に広い空間が見えていた。
そこは、飼育場だった。
ギシギシ
木製の床の廊下を抜けて、土間になっている飼育場に入ると
一体の飛竜が、そこにいた。
思わず、息を止めた。
美しい---。
二足で地に立つ姿には、威厳があった。
近づいても、威嚇はない。
「おまえ、なんでこんなところにいるんだ?」
カイルは飛竜に話しかけてみた。
返事の代わりに向けられたのは、“観察する目”だった。
カイルは、その視線から目を逸らせなかった。
琥珀色の瞳。
鉄色の鱗が、光の当たり方で淡い青緑の光沢を宿す
腹部は、やや明るい色合いで、
翼膜は折りたたまれている。
だが---。
翼が、小さい?
飛竜としては、明らかに。
---まだ、大人になる前の若い竜なのか???
それにしては、体格が良すぎる。
大人の竜にしても、なんか変だ。
疑問に突き動かされるように、
飼育場の壁際に据え付けられた古いデスクへ向かう。
その上に置かれていた、数枚の書類。
管理記録。
個体名---マックス。
評価欄に、短く記されていた。
「飛行不適」
胸の奥が、静かに沈んだ。
カイルは、無意識に呟いていた。
「……お前も、か」
その瞬間。
マックスが、小さく息を吐いた。
---フッ。
風でも、威嚇でもない。
ただ、存在を返すような呼吸。
それを聞いた時、
カイルははっきりと感じた。
言葉ではない。
理屈でもない。
だが、確かに---通じた。
不要とされた者と、欠陥とされた竜。
古い厩舎の奥で、
二つの孤独が、初めて向き合った瞬間だった。
【あとがき】
マックス登場回でした。
止まっていたカイルの時間が、ゆっくりと走り出します。
次回は、ヒロイン登場です
第6話 「竜整備士ミレイ」




