【第4話 走竜隊への打診】
呼び出しは、突然だった。
厩舎で飛竜の脚を洗っている最中、事務兵が名前を呼びに来た。
革袋に水を戻し、手を拭きながら歩く廊下は、どこか妙に静かだった。
通された部屋は、訓練所の奥にある応接室だった。
机と椅子だけの簡素な部屋。
窓は小さく、空はほとんど見えない。
向かいに座っていたのは、短い黒髪に少し白髪が混じった上官だった。
階級章の数から、現場をよく知る人物だと分かる。
「カイル君」
名前を呼ばれ、背筋が自然と伸びる。
「今日はな、今後の配置について話がある」
紙が机の上に置かれた。
そこに書かれていたのは、
**『走竜隊 編入案』**という文字だった。
一瞬、意味が理解できなかった。
「……走竜隊、ですか」
「そうだ」
上官は淡々と続ける。
「地上戦も、今後は重要になる。
飛竜だけでは戦は終わらん」
「竜騎士として積んだ訓練も、無駄にはならない。
操縦感覚、戦術理解、判断力――走竜でも十分に活かせる」
善意だ。
それが分かるからこそ、胸の奥がざらついた。
カイルは、即座に首を横に振った。
「俺が目指した夢は、飛竜騎士です」
声が、思ったより硬くなった。
上官は否定しなかった。
眉一つ動かさず、ただ静かに言った。
「分かっている」
一拍、間が置かれる。
「だが、君が飛竜に乗る道は、もう無い」
その言葉は、淡々としていた。
だからこそ、逃げ場がなかった。
「これは、感情論ではない。
長い歴史の中で、積み重ねられた事実だ」
上官は、机に肘を置き、語り始めた。
「飛竜が空から墜ちれば、ほぼ確実に死ぬ。
飛竜と共に落ちた騎士も同じだ」
それは、誰もが知っている常識だった。
「だがな――」
上官の声が、わずかに低くなる。
「極まれに、生還する例がある」
カイルは息を呑んだ。
「今回の君の事故もそうだ。
乗っていた飛竜は、非常に優秀なヤツだった」
一度、錐もみ状態になった。
それでも、激突寸前で羽ばたき、衝撃を殺した。
奇跡だった。
誰もがそう言った。
「だがな」
上官は、そこで言葉を切った。
「一度、墜ちた騎士は、その後の騎乗で必ず死んでいる」
静かな断言だった。
「例外は、ない。
長い歴史の中で、一人もだ」
カイルの背中を、冷たいものが走る。
「だから、“堕ちた者”は飛竜に乗せない。それが、いつの間にか出来た不文律だ」
「走竜への配置転換は、君のための判断だ」
その言葉が、何よりも重かった。
自分のため。
守るため。
生かすため。
理屈は、すべて正しい。
それでも――。
カイルは、俯いた。
飛竜の厩務員として働き始めて、まだ日が浅い。
それでも、脚を洗い、鱗を磨き、息遣いを感じることで、
かろうじて空と繋がっている気がしていた。
それすらも、断ち切られる。
「……少し、考えさせてください」
それだけを絞り出して、応接室のある宿舎を出た。
この竜騎士基地には、翼竜が37頭いて、走竜は150匹いる。
走竜のほうが規模としては明らかに大きい。
厩舎は別々に分かれているので、走竜の厩舎に向かった。
近づくにつれて、空気が変わった。
ドドンドドン
土を叩く重い音。
低く、腹に響く振動。
ザザザッ
砂利が弾け、地面が揺れる。
訓練場で、走竜隊が動いていた。
飛竜の音とは、まるで違う。
風を裂く音ではない。
地を殴る音だ。
カイルは、思わず足を止めた。
現れた走竜は、圧倒的な存在感だった。
胴の幅はおよそ1メートル。
全長は六メートル近い。
飛竜とほぼ同じ体格だが、翼はない。
四本の脚で、地面を蹴り、走る。
全身は鱗に覆われ、背には鞍。
騎士が跨り、手綱を操っている。
頭は、鼻先には丸みがあり、口は大きい。
牙は目立たない。
飛竜によく似ているので、まとめて「竜」と呼ばれるのもよくわかる。
だが、飛竜と違い角がない。
爪は短い。
走るためだけに進化した爪だ。
隊列を組み、走竜たちが駆ける。
ドドドドドドドドド――
地響きで地面が揺れ、砂埃が舞い上がる。
兵隊で最も多いのは歩兵だ。
この国の歩兵は農民が兼業として必要な時に召喚される。
歩兵に対して、機動力を生かして戦うのが騎馬兵で、彼らは専業兵になる。
騎馬兵に対して、圧倒的に「重量」で押しつぶすのが走竜隊だ。
馬よりわずかに遅くても、
正面から対峙すれば、騎馬兵では歯が立たない。
地上戦では、紛れもなく主力だ。
飛竜が上空から攻撃すれば脆い。
だからこそ、飛竜と走竜は対になる。
飛竜に乗る騎士は、パイロットと呼ばれる。
それに対して、走竜に乗る騎士は、ライダーと呼ばれる。
役割は違う。
価値も違う。
それでも――。
砂埃の向こうを見つめながら、
カイルは思った。
どうしても、自分があれに跨る姿が想像できない。
胸の奥が、重く沈んだままだった。
空の音と、地上の音。
その違いを、改めて感じた。
そして、
自分が立たされている場所も。
カイルは、ゆっくりと踵を返した。
【あとがき】
今回は、走竜が登場しました。
飛竜が「戦闘機」なら、走竜は「戦車」になります。
わたしが描きたい「疾走」からどんどん離れていくぞ、大丈夫なのか?
次回は、ついに相棒「マックス」と出会います!
第5話 「欠陥竜」




