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【ドラゴンライダー  ~飛べない竜と俺は必ず再起する】  作者: 霧笛の火魔人


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【第39話 空を奪う者】

テクスア山脈の険しい稜線にへばりつくように築かれた国境砦。

その夜、砦を包んでいたのは、静寂ではなく、粘りつくような緊張だった。


山の端から吹き下ろす夜風が、石造りの壁に据えられた松明を激しくなびかせる。

オレンジ色の光が踊るたび、壁面に映る兵士たちの影が巨大な怪物のように伸び縮みした。


バサバサバサ――。


不意に、夜の帳を切り裂く重厚な羽音が響いた。

見張りの兵が、恐怖と安堵の混じった声を上げる。


「飛竜だ! 第一隊、ツバイ殿が戻られたぞ!」


漆黒の空から、夜の闇よりもなお深い黒い影が舞い降りる。

巨大な翼が風を押し返し、砦の広場に土煙を巻き上げた。

着地の衝撃で石畳が微かに震え、飛竜は喉の奥で低く鳴きながら、ゆっくりとその翼を畳んだ。


鞍から飛び降りたツバイは、埃を払う間も惜しんで歩き出す。

その先には、石材に座ったまま動かず闇を見つめていた男、グレン隊長がいた。


「グレン隊長、ただいま戻りました。本部への報告、完了しました」


グレンは組んでいた腕を解かず、鋭い眼光をツバイに向けた。

「苦労をかけたな。・・・情報は、時として戦局を左右する。重要な任務だ」

「それで、尾根の敵兵に対する上層部の判断は?」


ツバイは表情を引き締め、簡潔に告げた。

「走竜隊の援軍が既に出動。飛竜第二隊も明日の正午にはここに合流予定です。ただし……」


「ただし?」


「本部は慎重です。我ら第一隊は直接戦闘を避け、あくまで偵察に徹せよとの命です。敵の全容を掴むまでは、不用意に仕掛けるなと」


グレンは鼻から短く息を吐いた。

それは予感していた納得とも、予想外とも取れる響きだった。


「偵察か。……よかろう。夜が明け次第、空から奴らの『正体』を、あらためて拝ませてもらうとしよう」


そこへ、砦の守備兵長が足早に近づいてきた。

「グレン殿、国境兵より斥候を二名、敵陣の間近まで放っております。夜明け前には何らかの報せを持ち帰るはずです」


グレンは無言で頷き、兵長と視線を交わした。

言葉は不要だった。この静かな夜の裏側で、何かが確実に動き始めている。

騎士たちの本能が、そう告げていた。


誰も眠らなかった。兵士たちは武器を握り締め、暗闇の向こう側に潜む「何か」を凝視し続けていた。


---------------------------------------------------------


空が白み始める前、静寂を破ったのは獣の蹄の音だった。

「我ら走竜隊、飛竜の休憩処の警備に向かいます!」


3頭の走竜に跨った騎士(ライダー)たちが、砦の門を抜けていく。

彼らの目的地は、"飛竜の休憩処"とその周囲に設けられた結界の森だ。

飛竜を運用する上で、地上からの急襲を防げる「安全圏」の確保は最優先事項だった。


やがて、東の空が薄墨色から淡い茜色へと変わり始める。

険しい山々の輪郭が、鋭利なナイフで切り取られたかのように鮮明に浮かび上がった。


その美しい情景とは裏腹に、砦の兵長の顔は険しかった。

「……変だ。遅すぎる」

「斥候か?」


グレンの問いに、兵長は深く眉をひそめて頷いた。

「二名とも、熟練の者です。これほど夜が明けても戻らぬなど、過去に例がない」


グレンは遠く、霧に煙る尾根を見つめた。

「やつら、まだ尾根にいると言うことですね・・・おとなしく帰ればよいものを」


朝食を詰め込んだタープとツバイが、愛竜の元へ向かう。

革の擦れる音、金具の鳴る音。出撃前のルーチンが、嫌応なしに戦いの始まりを告げていた。


「飛竜第一隊、出るぞ。奴らの顔を拝みに行く」


グレンの号令と共に、3頭の飛竜が咆哮を上げた。


バサッ、ババババッ!


巨大な翼が空気を掴み、重力を置き去りにして上昇を開始する。

テクスア山脈特有の冷たい上昇気流に乗り、飛竜たちは一気に高度を稼いだ。



地上200メートル。砦が模型のように小さくなる。

この高さは、地上の弓も届かない偵察には最適の高度だ。

飛竜乗りにとっての絶対安全圏。


グレンは愛竜の首を軽く叩き、尾根へと向けて滑空を開始した。


さらの上昇・・・300メートル。風の音が耳元で唸りを上げる。


そして地表から400メートル。

この高さだと、地上の走竜が豆粒のように辛うじて視認できる限界高度。



尾根に近づきながら、聖国兵を探した。


だが、グレンの視界の端で、何かが不自然に揺れた。


「……?」


それは黒い塊だった。優雅に舞う飛竜の動きではない。

重力に魂を引かれた石礫のように、一直線に地上へと落ちていく影。


次の瞬間、グレンの心臓が凍りついた。


「タープ……!? タープ、応答しろ!」


落下しているのは、僚機であるタープの飛竜だった。


「急降下! 追うぞツバイ!」


考えるより先に手綱を引いた。風圧が頬を叩き、視界が加速する。



「何をしているんだタープ! 翼を開け! 立て直せ!」


絶叫するが、応答はない。

異常だった。飛竜が失神したとしても、構造的に翼はある程度風を孕むはずだ。

しかし、タープの竜はまるで翼という機能を忘れたかのように、無様に回転しながら落ちていく。


高度300。200。

グレンは決死の加速で落下する僚機に追いついた。そして、見てしまった。


「な……んだ、あれは……」


タープの身体と、その愛竜の背中を、一本の巨大な槍が貫通していた。

鈍い銀色を放つ、凶悪な金属の塊。

それは飛竜の強靭な骨格を砕き、肉を裂き、騎士(パイロット)の命ごと大地へ縫い付けようとする「串刺し」だった。


「……だめだ」

グレンは声を絞り出した。

タープの首は不自然な方向に曲がり、目は見開かれたまま光を失っている。

彼は、衝撃を感じる暇もなく即死していた。


「高度100! 隊長、引き起こしてください!」

ツバイの悲鳴に近い警告。

これ以上は墜落に巻き込まれる。グレンは歯を食いしばり、力任せに手綱を引き絞った。


バサァッ! 飛竜が翼を広げ、水平飛行に移る。

その直後だった。


カシーン!

硬質な金属音が響き、グレンの飛竜が身悶えした。鱗が火花を散らす。


「くそっ、待ち伏せか! 弩兵(クロスボウ)隊だ!」


高度を下げすぎたのだ。地上の茂みに潜んでいた敵兵たちが、一斉に矢を放ってきた。

「ツバイ、上昇しろ! 高度を戻せ!」


だが、運命は残酷だった。ツバイの飛竜が悲鳴を上げる。


グァァァァァァァァァァァァァァァァァァ


一本の太い矢が、飛竜の命とも言える翼の皮膜を無残に貫通した。

「あ……ああ! 翼が、上がりません!」


皮膜が裂け、揚力が失われる。

ツバイの飛竜は必死に羽ばたくが、高度は無情にも下がり続ける。


「ツバイ、俺の影に入れ!」


グレンはあえて敵の射線に割り込んだ。


シュン! シュン!


風を裂く音が次々と耳をかすめる。

だが、グレンの唇には冷ややかな笑みが浮かんでいた。


「ありがたい……腕が良い奴ほど、狙いが正確なほど避けやすいんだよ!」



弩兵の有効射程高度は150メートル。

位置さえ特定できれば、矢の軌道は見破れる。

グレンは神技に近い旋回で矢を回避し続け、敵の注意を引きつけた。


その間に、ツバイは必死の思いで滑空し、森の中にある「飛竜の休憩処」へと滑り込んでいく。

「よし……あそこなら走竜隊がいる。ツバイ、そのまま降りろ!」


グレンは一人、再び空へと機首を向けた。

「さあ、お返しだ。空を汚した代償を払わせてやる」


バサバサバサ!

怒りに燃える翼が風を切り裂き、グレンを再び400メートルの高空へと押し上げた。



高度400。


地上の喧騒は遠のき、再び静寂が訪れる。


この高さまで来れば、地上の兵士など無力な点に過ぎない。

グレンは荒い息を整えながら、下界を睨みつけた。


「……? 何だ、あの光は」


尾根のさらに奥。敵陣と思われる場所で、一瞬だけ、鏡が太陽を反射したような鋭い閃光が走った。


ドガッ!!


衝撃という言葉では生ぬるかった。

落雷に打たれたような感覚。

グレンの視界が白く染まり、一瞬だけ意識が飛ぶ。


(……何が起きた?)


視界が戻る。すべてが静止しているように感じられた。

音が無い・・・


不思議な光景だった。

目の前の空間に、一本の腕が浮いている。


肘から先、使い古された革の籠手を嵌め、愛竜の手綱を握りしめたままの右腕。


(……ああ、あれは、俺の腕か)


痛みはなかった。

あまりの衝撃に、神経が情報を遮断している。


ゆっくりと右肩へ視線を落とす。

そこには、あるべきものがない。

代わりに、二の腕ほどの太さがある巨大な金属の杭が、自身の肩を貫いていた。


杭の根元に視線を移すと、それは飛竜の胴体から生えていた。


「……まずいな」

思考は驚くほど冷静で、高速で動いていた。


「何が起きた?、状況は?、生還する方法は?」


「この高さ……400メートルを超えて、正確に飛竜を射抜く兵器だと? 弓でも、弩でもない……これはなんだ?」


まず、生きるんだ。

こんなところでは、終われない!


「上がれ……離脱するんだ……」


左手で手綱を引くが、飛竜の反応がない。


視界の端で、自分の右腕がゆっくりと回転しながら、視界の外へと消えていく。



「そうか・・・」


グレンは抗うのをやめ、残った左手で愛竜の首をやさしく撫でた。

「悪かったな、相棒。無理をさせた。・・・今まで、ありがとう」



飛竜の巨体が、折れた木葉のように空中で回転を始める。

視界の中で、青い空と茶褐色の台地が激しく入れ替わる。


「飛竜の時代が・・・終わるのか」



グレンの脳裏に、カイルの顔が浮かんだ。

まだ未熟で、だが誰よりも真っ直ぐな目をしたあの後輩。


「あいつの・・・成長を、最後まで見届けたかったな・・・」


---------------------------------------------


バサバサバサ、ドォォン!!


森の結界内で、ツバイは不時着の衝撃に耐えていた。


駆け寄る走竜隊の騎士(ライダー)たち。


「ツバイ殿! ご無事か!」


「俺はいい、グレン隊長を! 隊長が上に!」



言いかけたツバイが、空を見上げた。


雲の切れ間。遥か高空。


そこへ、地上から一条の閃光が突き抜けていくのが見えた。


それは矢などではない。目にも留まらぬ速さで空を穿つ「杭」だ。



それは、吸い込まれるようにグレンの飛竜の腹部を捉えた。


「あ……」


言葉を失うツバイの目の前で、王国最強と謳われたグレン隊長の飛竜が、力なく回転しながら墜落してくる。


「ああ……ああああああああああああああああああああ!!」


ツバイの絶叫が、静かな森に響き渡った。


騎士(ライダー)たちは誰も動けなかった。

空を統べるはずの飛竜が、手も足も出せず、ゴミのように撃ち落とされる光景。

それは彼らにとって、世界の終わりと同義だった。



ツバイは震える手で地面を叩いた。


(違う……俺を撃ったクロスボウとは、次元が違う)


(あれは何だ? 魔法か? 呪いか? いや、もっと物理的で、圧倒的な……)



必死に、パニックに陥りそうな脳を叱咤する。

(落ち着け……ここで俺が死んだら、この恐怖を誰が伝える。情報は、時として戦局を左右する……!)



飛竜を見る。愛竜は翼を傷つけ、怯えきっていた。

空はもう、自分たちの庭ではない。

あそこは今、死の雨が降る処刑場へと変貌したのだ。


走竜隊の馬たちが、不安そうにいななく。


「馬を……! 馬を貸してください! 本部へ戻らねばならない!」


ツバイは兜を脱ぎ捨て、泥にまみれた顔で騎士(ライダー)を睨んだ。


「このことを伝えない限り、飛竜隊は全滅する!」



「分かりました。我らはここで飛竜を守りつつ、国境砦へ収容します。ツバイ殿、どうか……ご武運を」


ツバイは差し出された馬の鐙に足をかけ、一気に飛び乗った。


「行けっ!!」

鞭を振るい、山道を駆け下りる。


脳裏に、最初に落ちたタープの姿が蘇る。


(あの高度……400、いや500メートルはあったはずだ。雲に届くような高度にいても、飛竜の鱗を穿つ威力がある兵器!)


ツバイは身震いする。


(まて、2射で2頭を落としたんじゃないのか?)


性能も精度も理解の外だった。


(もう、空は安全じゃない)


背筋に冷たい汗が流れる。

飛竜の速度を読み、その高度を易々と超える兵器。


(もう……飛竜の時代は終わったんだ)


その時、グレンの言葉が、耳の奥で再生された。

――生きて帰れ。


「隊長……グレン隊長……っ!」


馬を走らせるツバイの視界が、急激に滲んだ。


風が涙を拭い去ろうとするが、次から次へと溢れてくる。

「う……っ、ぐふっ……あああ……!」


喉の奥からせり上がる嗚咽を抑えきれず、彼は叫びながら、暗い森の中をただひたすらに駆けた。

背後では、テクスア山脈の白い頂が、何事もなかったかのように朝陽を浴びて輝いていた。


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