表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ドラゴンライダー  ~飛べない竜と俺は必ず再起する】  作者: 霧笛の火魔人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/42

【第37話 緊張】

テルミ王国の北には、アクリオン聖国がある。

南は海。

そして西には、もう一つの国"シナル王国"が広がっていた。


テルミ王国とシナル王国の国境を分けるのは、バルシュ河という大河だ。

テクスア山脈の西側から流れ出たその川は、広い平原をゆったりと蛇行しながら南へと下り、やがて海へ注ぐ。


豊かな水量を誇るこの川は、古くから自然の国境として扱われてきた。

川の東がテルミ王国、西がシナル王国。

互いの国はこの境界を守りながら、長い年月を平穏に過ごしてきた。


だが今、王国の北では別の国との緊張が続いている。



アクリオン聖国



宗教国家として強い結束を持つその国との関係は、近年急速に悪化していた。


その状況を象徴するように、王都の宮殿の一角では、ある静かな会談が行われていた。


宮殿の高台に設けられた石造りのテラス。

午後の柔らかな日差しが、白いテーブルクロスの上に落ちている。


そこに座っているのは二人の男だった。


一人は、テルミ王国皇太子ジーゼル。


二十四歳という若さながら、既に王家の威厳を纏った青年だ。

整えられた金髪と碧い瞳。

端正な顔立ちに落ち着いた表情が浮かび、王族らしい気品を感じさせる。


もう一人は、シナル王国第一外交書記官エンメル。


年齢は三十四歳。

肩まで伸びた黒い長髪と黒い瞳を持つ、細身の男だった。

その落ち着いた物腰には、外交官特有の柔らかな緊張感がある。


青年と大人。


年齢差は明らかだったが、ジーゼルの纏う雰囲気はそれを感じさせない。

むしろ、エンメルも自然と敬意をもって接していた。


エンメルが静かに口を開いた。


「アクリオン聖国と、キナ臭い状況が続いているようですが」


彼は丁寧な口調で言った。


「殿下はどのように収めようとお考えですか?」


ジーゼルは、紅茶の入ったカップをゆっくりと持ち上げた。


「教皇に親書を送った」


短く答える。


「血を流さず、言葉で解決したいとな」


カップをテーブルに戻す。


「教皇からは、同じ思いだという返答が来た」


そして、わずかに眉をひそめた。


「だが、その直後だ。我が国の国境砦が襲われ、占拠された」



エンメルは小さく目を細めた。



ジーゼルは静かに続けた。


「どうやら、アクリオン聖国の実権が、不安定になっているようだ」


エンメルは一拍置き、慎重に言葉を選ぶ。


「我々の認識では、先にテルミ王国の飛竜が、アクリオン聖国の飛竜を撃墜したことになっております」



ジーゼルは肩をすくめた。


「あれは事故だ・・・聖国の飛竜が我が国の空に侵入していた。警告を無視した末の結果だ」


エンメルは、静かに微笑んだ。


「戦いとは、互いに正当性を唱えながら、引くに引けなくなって拡大するものなのですよ」



そのときだった。


「あら、エンメル様がいらっしゃっていたのですね」


明るい声がテラスに響いた。


二人が振り向くと、そこには王女ティーナが立っていた。




十七歳。

眩しいほどの金髪と碧い瞳を持つ少女だ。

王族特有の気品を持ちながらも、その表情はまだ無邪気さを残している。


エンメルはすぐに椅子から立ち上がった。


「ティーナ皇女様、お久しぶりでございます」


優雅に一礼する。


三十四歳の外交官にとって、ティーナはまるで陽光のように輝く存在だった。


黒髪黒目のエンメル。

金髪碧眼の兄妹。


隣国とはいえ、人種の違いがはっきりと際立つ。



「また、交易のお話ですの?」


ティーナが楽しそうに尋ねた。


エンメルは微笑んだ。


「それもございますが、アクリオン聖国のことも、少し」



ティーナはジーゼルを見た。


ジーゼルは軽く手を振る。


「取り決めに関する話はない。安心して座れ」


「ありがとう存じます」


ティーナは嬉しそうに席に着いた。


それを見て、エンメルも再び椅子に腰掛ける。



エンメルが続けた。


「アクリオン聖国はテルミ山脈の麓に置く兵力を増やしております。もっとも、テルミ王国も同様と聞き及んでおりますので、山脈を挟んでの睨み合い、といった状況でしょうか」



ジーゼルは苦笑した。


「おかげで兵站が圧迫されている・・・走竜の疲労も蓄積している」


ため息をつく。


「困ったものだ」


そのときだった。




ティーナが突然、ポンと手を叩いた。


「いっそのこと!両国が代表の選手を一人ずつ出して、その二人で走り比べをして勝敗を決めてはどうでしょう!誰も血を流さずに決着しますわ!」



ジーゼルは思わず笑った。


「まてまて、それで負けて国境線が変わったら、その後の方が多く血が流れるぞ」



ティーナは「あっ」という顔をした。


そして慌てて言う。



「では、では・・・「兄弟げんかはどうやって仲直りしますか?」


ジーゼルは眉を上げた。


「俺はお前と喧嘩した記憶がないぞ」


ティーナは胸を張った。


「兄弟げんかが起きると、母親が二人を叱って仲直りさせるのですよ」


そして得意げにエンメルを見る。




エンメルは苦笑した。



「失礼ながら」


「たとえ話と存じますが、争っている二国の間に第三国が介入すれば、三つ巴の争いになるだけでしょう」



ティーナは「あ~」と落胆した。


その様子に、ジーゼルとエンメルが思わず笑う。



ジーゼルが言った。


「シナル王国は、古来より他国の戦争に介入しないことを是としている。外交と商業で繁栄してきた国だ・・・お前の浅知恵で動いたりせんぞ」



シナル王国は、西方の乾いた平原と大河流域に築かれた古い王国だった。


現在の国王ナンカルは第十二代。


この国の都市の中心には、城ではなく巨大な神殿塔が建っている。

政治と宗教が一体となったその構造は、アクリオン聖国も手本としていると言われていた。



ジーゼルは言った。


「我が国の文字も、シナル王国から教わったものだ。そういう意味では、シナル王国を“母”と呼ぶ発想も間違いではない」



ティーナは目を輝かせた。


「では、シナル王国の大書庫には、魔法のような解決策が書かれていたりしないのですか?」


エンメルは微笑んだ。


「残念ながら、そのような都合の良い言葉は、記録されておりません」


ジーゼルは笑った。


「国境を接するすべての国と良好な関係を保つ。私から見れば、それだけで十分魔法だよ」



そしてティーナを見た。


「お前が嫁ぐなら、シナル王国のような穏やかな国がいいな」



エンメルが咳払いをした。


「殿下、ナンカル国王は既に五十八歳」


「皇太子もすでに婚姻しております」



ティーナはジーゼルを睨んだ。


「勝手に話を進めないでください!」


三人の笑い声が、風に乗ってテラスを吹き抜けた。


しかしその遠く、北の山脈では、兵士たちが剣を握って睨み合っている。


笑い声の届かない場所で。


戦争の気配は、静かに広がり続けていた。


-----------------------------------------------------------------------------------


「グレン隊長」


敬礼する声が響いた。


「配属の命を受けてまいりました。ツバイと申します」


ここは飛竜隊の厩舎にある執務室だった。


机の向こうに座る男――グレンが顔を上げる。


「ご苦労・・・まあ、硬くなるな」


ツバイは姿勢を正したまま立っている。



グレンは腕を組んだ。


「飛竜第一隊のルールは一つだけだ」


ツバイは真剣な目で聞く。


グレンは静かに言った。



「絶対に生きて帰れ」



ツバイは少し驚いた。


「……帰れ、ですか?」


「そうだ」


グレンは頷く。



「敵を撃て、でもない」


「功績を立てろ、でもない」


「軍の役に立て、でもない」


彼はゆっくり言った。


「生きろ、だ」



ツバイは黙った。


飛竜の訓練生時代、教官から教えられたのは


――軍の役に立て


だった。



飛竜が最も軍に貢献できる行動は、敵の位置と規模を見て情報を持ち帰ることだ。


そう考えれば、「帰れ」という言葉は理にかなっている。


それでも。



目の前にいる男――グレンは


王国内で最も多く敵の飛竜を撃墜した英雄だった。


ツバイは思う。


(この人は、正しい軍人なのだな)



「わかりました」


ツバイは敬礼した。


「必ず生き残ります」


グレンは満足そうに頷いた。


「それでいい」


厩舎の外では、飛竜の鳴き声が響いている。


北では戦争が続き、

西では外交が続き、

そしてここでは兵士が空へ飛び立つ準備をしていた。


王国全体を包む、静かな緊張の中で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ