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【ドラゴンライダー  ~飛べない竜と俺は必ず再起する】  作者: 霧笛の火魔人


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【第34話 小さな灯り】

訓練所の一角に、大型のテントが建てられていた。


草色の分厚い布で出来た野営用のテントだ。

風雨を防ぐための軍用のもので、柱は太く、入口の布も重い。

中へ入ると外よりも少し暗く、しかし湿った土の匂いと、男たちの熱気が混じり合った広い空間が確保されていた。


中央には、作戦図が広げられた大きな木製のテーブルが置かれている。

そのテーブルを囲むように、走竜隊の班長たちが11人、ぐるりと立っていた。

椅子は無い。

全員が険しい表情で立ったまま話し合っている。


その中に、俺――カイルも混ざっていた。


「特別班」という、聞こえはいいが実態は俺と相棒のマックスだけという最小単位の枠組み。

班長ではない俺がここにいるのは、どうにも場違いな気がして居心地が悪い。

だが、これはセルジュ隊長の直々の判断による同席だった。


「……と、言うことになった」


議長役を務める第一班長が、重々しく話を締めた。

太い腕を組み、鋭い眼光で全員を見回す。

無精髭に覆われた顎から頬にかけて古い傷があり、いかにも修羅場を潜り抜けてきた現場の兵士という重圧がある。


話の内容はこうだ。

今後の主な任務は、飛竜運用広場の護衛と、国境砦の宿直。

それを第一班から第十班までの交代制で回す。

周辺諸国との緊張感が高まっている最近の戦況を踏まえた、極めて実戦的な新しい配置計画だった。


一通りの説明が終わり、班長たちが頷き合う中、俺は意を決して手を挙げた。


「あの、ちょっと待ってください」


しん、と空気が冷えた。

全員の視線が、端の方にいた俺に突き刺さる。


「俺は? ……俺とマックスの役目については、何かないんですか?」


言いながら、自分でも少し情けない気持ちになる。

自分だけが蚊帳の外に置かれているような、所在なさ。

第一班長が、わずかに眉を寄せて肩をすくめた。


「飛竜運用の広場護衛と国境砦宿直は、1班から10班を交代制で回すというのが隊長の指示だ。……そこには、特別班は含まれていない」


……まあ、そうなるよな。


俺の班は、俺一人だ。


集団での警備や、数日間にわたる砦の宿直をたった一人(と一頭)の交代枠に組み込むのは、運用上あまりに無理がある。

それでも、何もしないわけにはいかない。

この緊迫した空気の中で、自分だけが遊んでいるような状況は耐えられなかった。


俺は決まり悪そうに頭を掻きながら言った。


「なんだか、仲間外れにされているみたいで、寂しいのですが……」


一瞬、テント内を奇妙な沈黙が支配した。

班長たちの強面が、ぴくりと動く。

次の瞬間――。


「わはははは!」


爆辞が炸裂した。

向かいに立っていた第五班長が、机を叩いて腹を抱えて笑っている。


「寂しがるな、カイル!」


その男が、涙を拭きながら言った。


「俺たち現場組はな、お前の凄さはちゃんと理解してるんだ。誰もお前を余所者だなんて思っちゃいない。胸を張れ、お前は立派な俺たちの仲間だ」


別の班長も、深く頷いて言葉を添える。


「お前のあの技術が、このまま進化を続けたら一体どこにたどり着くのか……。俺たちはみんな、それを期待してるんだ。今は焦らず、牙を研いでおけ。お前にはお前の、俺たちには真似できない戦い方があるはずだ。だから、鍛錬を続けてくれ」


期待している、か。


……まあ、悪い気はしない。

むしろ、この無骨な男たちに認められているという事実に、胸の奥がじんわりと熱くなった。


「ありがとうございます。精進します」


そう答えると、班長たちは満足げに頷いた。

それから細かな備品の確認などが数件あり、打ち合わせは解散となった。


班長たちは順番に、重い足取りでテントを出ていく。

後ろから見る彼らの背中は、どれも岩のように大きい。


全員が俺より年上だ。

長年、走竜と共に戦場を駆けてきた体躯は、鎧の上からでも分かるほど筋肉でがっしりしている。

腕なんて、まるで皮を剥いだ丸太のようだ。


……俺は、自分の腕を見つめた。


細い。


いや、鍛えてはいる。

だが、彼らのような「戦士の肉体」には程遠い、普通の兵士の腕だ。


「まずいなぁ……」


思わず独り言が漏れた。

最近はマックスの飛行訓練や連携ばかりに気を取られていた。

だが、背中に乗る俺自身が弱ければ、いざという時に相棒の足を引っ張ることになる。


俺は長剣を抜かず、鞘に入れたまま、空中で軽く振ってみた。

シュッ、と鋭く空気を切る音がする。


……重い。


もっとこの剣が、自分の体の一部のように軽く、そして頼もしく感じられるようにならなきゃいけない。


---------------------------------------------------------


街の端にある墓地は、午後の柔らかな光に包まれて静まり返っていた。

整然と並ぶ墓石の前に、白いシャツに黒いスカートを履いた少女が立ち尽くしている。


ミレイだ。


彼女の細い指先には、野に咲く色鮮やかな花が握られていた。


目の前の墓石には、はっきりとした文字で名前が刻まれている。


サラ・フォルクス


「姉さん、安らかに眠ってください」


ミレイが静かに祈り、花を供えた。


その後ろには、彼女を囲むように孤児院の妹や弟たちが並んでいる。

全部で五人。


ミレイを含めて女の子が三人、男の子が二人。皆、神妙な面持ちで花を一本ずつ置いていった。


そして、そのさらに後ろには、見守るように二人の大人が立っていた。

一人は、軍服を端正に着こなした男。背が高く、無駄のないスレンダーな体格。

アルバートだ。


もう一人は、少し古びているが清潔に手入れされた厚手のエプロンドレスを着た女性。首元には、使い込まれた銀の十字架が揺れている。

灰色が混じった濃茶色の髪を後ろで丁寧にまとめた彼女は、この孤児院の院長、エルマだった。


「サラ姉ちゃんは……」


11歳のベルガが、ぽつりと呟いた。

「聖国で幸せに暮らしていると思っていたのに……。病気になっていたなんて……」


ベルガの声は、今にも崩れそうなほど震えていた。

普段は孤児院のムードメーカーで、元気一杯に走り回る騒がしい少女だ。

だが今は、その琥珀色の瞳が大きな涙で濡れ、足元の土をじっと見つめている。


エルマが背後から、ベルガの小さな肩をそっと抱きしめた。


「サラはね」


慈愛に満ちた声で、エルマは言う。


「あちらで、心から愛する男性に出会えたそうよ。精一杯、一生懸命に生きた。だから、決して寂しくはなかったはずよ」


それを聞いた瞬間――。

ミレイと、その隣にいたノエルが、同時に小さく息を呑んだ。


「うっ……」


我慢していた涙が、堰を切ったようにこぼれ落ちる。


二人は真実を知っていたからだ。

アルバートから、サラがどのような最期を遂げたのか、その詳細を聞かされていた。


ノエルは14歳。銀に近い淡い金髪をボブにした、物静かな少女だ。

本を読むのが好きで、あまり感情を表に出さない彼女に真実が告げられたのは、彼女がサラの実の妹だったからに他ならない。


ミレイは、生前のサラと交わした会話を鮮明に思い出していた。


旅が好きだったサラ。

長い黒髪を三つ編みにして背中に垂らし、いつも凛としていた。

静かで知的で、けれど笑うと春の陽だまりのように優しい、憧れの大人の女性。


『わたしはね』

いつか、二人で星を見た夜にサラは言った。


『国のために死ぬなんて、絶対に嫌』


そして、茶目っ気たっぷりに微笑んで続けたのだ。


『いろんな場所へ行って、いろんなものを見て、いろいろな経験をして……それでね、ミレイ。いつか素敵な方と出会うの』


ねぇ、サラ姉さん。

あなたは、本当に素敵な方に出会えたの?

あなたの描いた夢は、叶えられたの?


ミレイは、アルバートから聞いた凄惨な真実を知っている。

それでも――。

この吹き抜ける風のどこかにいるはずの彼女に、答えてほしいと願わずにはいられなかった。


アルバートが、泣きじゃくる二人の少女の肩に、静かに、そして大きな手を置いた。

墓地を通り抜ける風が、供えられた花びらを優しく揺らしていった。


----------------------------------------------------------


はっ、はっ、はっ、はっ。


俺は一人、誰もいない訓練場を走り続けていた。


足元の土は、先ほどまでの激しい運動で妙に荒れ果てていた。

ふと立ち止まり、後ろを振り返る。


「あー……」


思わず、苦笑いが漏れた。

きっかけとなる段差から、今俺が立っている場所まで――。

かなりの距離がある。


「うわー……。あいつ、あそこから一跳ねでここまで飛んだのかよ」


歩数にして何十歩分だろうか。恐ろしい跳躍力だ。

「すごいなぁ、マックス」

相棒の規格外な能力に感心しながら、俺は再び地を蹴った。


はっ、はっ、はっ、はっ。


自分の脚で走り、自分の筋肉の軋みを感じることで、見えてくるものがある。

マックスの背に揺られている時とは違う、地面の硬さ、うねり。

班長たちは気遣ってくれたが、先日のセルジュ隊長とエルネスト軍務官の話は、冷徹なまでに正論だった。


マックスは走竜のように重い荷を引く力仕事には向かない。

かと言って、飛竜のように自在に空を舞う運用もできない。


「お前って……」

荒い息を吐きながら呟く。

「一体、どんな仕事が、どんな生き方が向いているんだ?」


確かなのは、足が速いということだ。

それも、並の走竜や馬が逆立ちしても敵わないほど、圧倒的に。

ならば、その「速さ」を活かせる仕事は何か。


「伝令」

「早馬」

「郵便」


……うーん。

どれも重要だが、突き詰めれば「情報を届ける」仕事だ。

だが、それだけなら馬を乗り継げばいい。

わざわざ貴重な「飛竜」の血を引くマックスを使う、決定的な理由にはならない。


「ないよなぁ……」

思わず声に出すと、自然と肩が落ちた。

俺はまた、重い脚を動かして走り出す。


ふっ、ふっ、ふっ。


結局のところ、やはり――。


答えは「空」にあるのかもしれない。


俺は走りながら、青く澄み渡った空を見上げた。


軍の体制が変わり、飛竜と走竜の運用方法は見直された。

だが、飛竜という圧倒的な機動力の重要性が消えたわけじゃない。

だったら、短距離だけでも強襲用の空戦に使うべきか?

……いや。


俺は、ぴたりと足を止めた。

やっぱり、どこかが決定的に「おかしい」のだ。


飛べない騎士である俺が、マックスに乗っている。

その構造自体が、そもそも間違いなんじゃないのか?


俺は激しく頭を振った。

違う。もしマックスにまともな騎士を乗せて空戦をさせたら、あいつの不器用な飛行術では、敵に撃ち落とされるのが関の山だ。

だからこそ、今の「特別班」という形がある。


「あー、もう、わからん!!」


堪えきれず、誰もいない広場に向かって叫んだ。


「なにがわからんのだ?」


背後から、驚くほど静かで澄んだ声が届いた。

心臓が跳ねた。慌てて振り向く。


「あっ!」


俺は即座に直立不動の姿勢をとった。

「グレン隊長! お疲れ様です!」


そこに立っていたのは、飛竜第一隊長、グレンだった。

帝国の空を統べる英雄。俺は敬礼したまま、急いで彼の方へ駆け寄る。

グレンは「楽にしてくれ」と言うように、軽く手を振った。


「すまん、鍛錬の邪魔をするつもりじゃなかったんだ」


俺は腰のタオルをひったくり、顔を拭いた。


「飛竜隊でもね、君とマックスのことが噂になっているんだ」

グレンが穏やかに言った。

「君たちの訓練を一度、じっくり見させてもらえたらと思ってね」


「すぐ準備します! 今、マックスを呼んで――」


俺が鼻息荒く言うと、グレンは声を立てて笑った。


「いやいや、わざわざ準備する必要はない。君たちの訓練を見かけるチャンスは、この先いくらでもあるだろうから」


……あの「空の英雄」でも、こんな風に気さくに笑うんだな。

柄にもなく、少し見惚れてしまった。


「ところで」

グレンの瞳が、少しだけ鋭さを増す。

「なにがわからんのだ?」


「……マックスの、運用方法についてであります」


グレンは苦笑した。

「普通に喋ってくれ。君と私の立場は、そう大きな違いはない」


(いや、天と地ほど違うと思います)

心の中で全力のツッコミを入れつつ、俺は恐縮しながら頷いた。


「わかりました、グレン隊長」


グレンが静かに語った。


「マックスは、あまりに特殊な個体だ。同じような個体を集めて『班』を作ることもできない。つまり、君達は常に一人。だから、他のチームと同じことをする必要はないんだよ、カイル」


俺は食い下がる。


「でも、あいつは走竜より力が劣り、飛竜のように空で戦えません」


グレンは、いたずらを見つけた子供のように少しだけ笑った。

「見方を変えてみなさい」


「え?」


「マックスは、他の飛竜より遥かに力があり、走竜よりも圧倒的な跳躍力がある」

グレンは一歩近づき、俺の目を見た。

「それだけで、十分に『強い』じゃないか」


……え?

思考が、一瞬だけ停止した。



「マックスは飛行が苦手なだけで、全く飛べないわけではありません」

俺は絞り出すように言った。

「空戦を避けているのは、飛べない騎士である俺が原因とも言えます」


俺はいつの間にか、拳を強く握りしめていた。


「俺とマックスのコンビが、本当に正しいのか……」


重い息を吐き出す。

「俺は……空に負けた男なんです。飛竜乗りを目指して、挫折した。そんな奴が、飛竜の真似事をしていることに、意味があるんでしょうか」


グレンは少しの間、沈黙した。

墓地の方から流れてきた風が、俺たちの間を通り抜けていく。



「カイル。君の敵は『空』じゃない、戦う相手を、間違えるなよ」


俺は弾かれたように顔を上げる。

グレンの、深く、けれど澄み切った瞳が俺を捉えていた。


その言葉は、驚くほど静かだった。

けれど、どんな怒号よりも強く、俺の胸の奥深くに突き刺さった。


「……っ」


言葉が出なかった。

俺が戦っているのは、果たして「空」なのか。それとも、かつての自分なのか。


グレンは俺の反応を見て、満足げに軽く笑った。

「私や班長たちだけじゃない。実は多くの連中が、君たちの成長に期待しているんだよ。……じゃあな」


彼は颯爽と背を向け、去っていった。

俺は慌てて、その後姿に敬礼した。


「ありがとうございました!」


遠ざかるグレンの背中を見送りながら、俺は自分の胸に手を当てた。

肺の熱さは引いていたが、その奥に、小さな灯りが射したような感覚があった。


胸の奥が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。



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