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【ドラゴンライダー  ~飛べない竜と俺は必ず再起する】  作者: 霧笛の火魔人


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【第33話 結界】

霧戦の結果が王国軍上層部に与えた衝撃は大きなものだった。


最も彼らを戦慄させたのは、飛竜が数頭撃墜されたという物的な損失ではない。

「空の王者」と呼ばれ、長年にわたり戦場の絶対強者として君臨してきた飛竜の、無惨な敗北の「形」であった。


『地上にある飛竜は、走竜によって(ほふ)り得る。』


それは、これまで騎士たちが無意識に抱いていた「種族の階層図」を根底から覆す、残酷なまでの真実だった。


王国の軍部にとって、飛竜は神の如き存在だった。

翼を広げれば地上の一切は豆粒に等しく、空からの攻撃は一方的に城を焼き、歩兵をなぎ倒す。

走竜など、飛竜から見れば地を這うトカゲに過ぎなかった。


だが、今回の霧の中での戦闘が、王国の幻想を剥ぎ取ったのである。


空にいる限り、飛竜は無敵である。

しかし、

ひとたび地上へ降りた飛竜は、ただの巨大な、そして不器用な獣でしかない。


飛竜は身体構造上、離陸に莫大なエネルギーと空間を必要とする。

翼を広げ、風を掴み、巨体を浮かすための揚力を得るには、数十メートルの助走と、無防備な数秒間が必要だ。

霧戦において、走竜部隊はその「数秒」を逃さなかった。


地上で飛び立とうとする飛竜の喉笛に、走竜は鋭い牙を突き立てた。

翼を広げる前に、強靭な脚力を持つ走竜に押し潰されたのだ。





レオニス将軍の執務室で、飛竜部隊のセルジュ、走竜部隊のグラウス、軍務官のエルネストの4人が話し合っていた。


「つまりだ。我々はこれまで、飛竜を『万能の矛』と考えてきた。だが実際には、地上にいる間は守られるべき『脆い宝物』だったということだ」

「飛竜が地上で休息、あるいは補給を行う際、敵の走竜に奇襲されれば全滅する。離陸の助走中に襲われれば、抵抗の術はない」


セルジュが腕を組み、深く椅子に背を預けた。

「飛竜が主で、走竜がその影に従う。そんな時代は、あの霧の中で終わったな」

その言葉に、セルジュが顔をしかめる。

飛竜騎士団の誇りを傷つける発言だったが、反論はできなかった。


グラウスが自嘲気味に笑う。

「これからは役割が逆転する。走竜が、飛竜を守らねばならんのだ。空の王を、地上の番犬が守護する・・・滑稽だが、それが生き残る唯一の道だ」


しかし、問題は「守る」という言葉ほど簡単ではなかった。


参謀のエルネストが、冷徹な問いを投げかける。

「仮に走竜を護衛につけるとしましょう。では、走竜部隊が先行して森や険路を移動している際、上空から敵の飛竜に襲われたら? 彼らに、空を仰ぎ見る以外に何ができますか?」


執務室に再び沈黙が落ちた。


走竜は速い。時速数十キロで野を駆け、密林を抜け、急斜面を走破する。

だが、その頭上は常にがら空きだ。


飛竜が空から火炎壺や岩を投下し、急降下攻撃をかければ、走竜部隊は逃げ場のない獲物と化す。

かつての戦いでは、飛竜が一方的に走竜を襲い、兵士が虐殺された。

飛竜無しで行軍するならば、同じ状況が降りかかるのだ。


「ならば、常に飛竜と走竜を並走させればいい」

エルネストが提案したが、レオニスは即座に首を振った。

「不可能だ。速度が違いすぎる。飛竜の巡航速度は、走竜の倍以上だ。飛竜が走竜に合わせてゆっくり飛べば、高度を維持できず、空の利点をすべて失う。逆に、走竜が飛竜に追いつこうと全力疾走を続ければ、数時間で作戦能力を失うだろう」


それだけではない。移動経路そのものが噛み合わないのだ。

飛竜は最短距離を一直線に飛ぶ。

山があろうと谷があろうと関係ない。

しかし、走竜は地形に縛られる。

川を渡り、崖を迂回し、森の隙間を縫う。

空の道と地の道。二つは決して交わらない。


苦肉の策として、奇妙な案をエルネストが提案した。

「飛竜を、巨大な竜車に乗せて運ぶのはどうだ?」


2頭の走竜が曳く特注の大型台車に、飛竜を鎮座させる。

そうすれば地上での行軍速度を合わせることができ、休息時の無防備さも解消されるはずだった。


即座にセルジュが苦言を口にした。

「それは、無茶だ。飛竜は、車台に載せ縄で固定されることを拒絶するだろうよ。振動と束縛にパニックを起こした飛竜が暴れるだろうし、自身の翼膜を痛める事故が起きかねない。何より、竜車そのものが巨大な標的となり、機動力を著しく削いでしまう」


「飛竜を運ぶのではない」

セルジュが地図のある一点を指差した。

「飛竜が安全に降り、休息し、再び飛び立てる場所を・・・兵士が、その手で作り出すしかない」


それが、「結界」構想の始まりだった。


-------------------------------------------------------------------------


王都の一角にある技術局。

そこは今、戦場に勝るとも劣らない熱気に包まれていた。


石造りの巨大な工房の奥深く。

作業台の上に、金属製の鍋に円形の輪がついた装置が置かれていた。

聖国が発明した「糸巻機」は、男が一人で抱えて動かせる程度の大きさだった。


「こいつは、ものすごく勉強になりました。これを考えた奴は、まさに天才です」

王国の技術者が黒髪の軍人アルバートに説明していた。


「鍋の蓋が動く力を利用したことも凄いのですが、それよりも糸巻機の機構が凄い。直線運動を回転運動に・・・回転運動を直線運動に、動力さえあれば、いろいろなものが自動で出来てしまう」


アルバートは後ろを振り向いて言った。

「いや、凄いのは君達だよ。これを見て、こんな装置を作ってしまうのだから」


ギィ----ガタン、ガタン、ガタン!!


水車の動力を受けて「リンク」が回転運動を直線運動に変える。

巨大な鉄の腕が動き、力強い往復運動を開始した。


ガン、ガン、ガン、ガン!


重厚な金属音が壁に反響する。

巨大なフライホイールを介して回転運動は安定した動きに変換され、天井に張り巡らされた無数の革ベルトを駆動させた。

油の匂い、焦げた臭気、そして、乾いた植物の香りが混ざり合う。


ベルトの先にあるのは、最新鋭の「自動紡績・麻縄編機」だ。

 

カラカラカラカラカラ――ッ!!


数十台の機械が一斉に唸りを上げる。

作業台には、各地から徴収された麻の束が山をなしていた。

職人たちは煤に汚れながら、熟練の手つきで麻をほぐし、機械の供給口へと送り込んでいく。

細かな繊維が高速で回転するスピンドルに巻き取られ、瞬く間に一本の糸へと姿を変える。

その糸はすぐさま隣の機械へと導かれ、数本が組み合わさり、撚り合わされていく。


かつて、村の老人が一日かけて数メートル撚っていた縄。

それが今、水の力によって、滝のように機械から吐き出されていた。


「水の速度を変えるな! 今の状態が一番効率がいいぞ!」

現場責任者の親方が、騒音の中で叫ぶ。

鉄のフックが猛烈な勢いで回転し、糸と糸を力強く締め上げていく。


ギュウウウウ・・・・


繊維が悲鳴を上げるような音が響く。

それは、人間の筋力では不可能な、鋼のような強度を与える儀式だった。


床を走る溝に沿って、完成した縄が蛇のように伸びていく。

最初は頼りない白い糸の集まりだったものが、撚られ、締められ、褐色に輝く太い麻縄へと変質する。

大人の親指ほどもある太さ。

それは単なる縄ではなく、空の王を絡め取る「牙」であった。


「計測! 現在、何メートルだ!」

親方が叫ぶ。

目盛りを凝視していた測り役が、右手を高く突き出した。


「50メートル通過! 撚りに乱れなし!」


「よろしい、続けろ! 100メートルまで止めるな。継ぎ目のある縄はゴミだ、一本の『線』として仕上げろ!」


機械の咆哮は止まらない。


騒音が石造りの建物を震わせ、窓ガラスがガタガタと鳴る。


この工房で生み出されているのは、剣でも鎧でもない。

だが、これこそが飛竜という絶対的な暴力を無効化するための、新しい兵器だった。


「100! 100メートル到達!」


親方の合図とともに、クラッチが切られた。

激しく回っていた鉄の腕が、余韻を残しながらゆっくりと停止する。

床には、完璧に均一な太さで撚り上げられた、100メートルの巨大な麻縄が横たわっていた。



職人たちが数人がかりでそれを持ち上げる。

ずしりと重い。その重量感は、そのまま信頼の重さだった。

「いい締まりだ……」


親方が指先で縄の表面を撫でる。毛羽立ち一つない、硬質な手触り。



王女ティーナはその光景を見ていた。


「これが、技術ということなのですね」


グレンの言葉を思い出していた、「技術を手に入れたら『今』しか、勝てるチャンスはない」と彼は言った。

技術は、それが理解されてしまえば、誰でも使える様になる力なのだと理解した。


であれば、新しい技術を生み出したならば、それが知られてしまう前に「使う」と考える者が出てもおかしくない。


いや、使いたくなってしまった者と言うべきかもしれない。


「人の浅ましさなのですね」




---------------------------------------------------------------------------------

王都の外、鬱蒼と広がる黒い森。


そこでは、出来上がったばかりの縄を積んだ荷車が何台も並んでいた。


護衛の兵士たちが、巨大な縄の束を運び出していく。彼らの顔には、これまでにない奇妙な緊張感が漂っていた。


これまでの戦争は、敵を「斬る」か「射る」かだった。

だが今、彼らがやろうとしているのは、戦場そのものを「造り替える」ことだ。


兵士が麻縄の束を見て言う。

「これは硬いなぁ・・・これなら、飛竜の巨体が時速100キロで衝突しても、千切れることはないだろうな」


若い職人が、顔の汗を拭いながら笑った。

「ええ。千切れるのは、縄じゃなくて飛竜の翼の方ですよ」


「ここだ。この四方の巨木を起点にしろ」

工兵隊長が指示を出す。


兵士たちが木に登り、高い位置へと縄を引き上げていく。

地上五メートル、十メートル、十五メートル。飛竜が降下してくる際、必ず翼を広げる高さだ。


木と木の間に、一本の縄が渡される。

次に、それと交差するように別の縄が張られる。

適当な木がない場所には、蒸気式の杭打ち機で巨大な木柱が打ち込まれた。


「もっと張れ! たるませるな。飛竜の重みを一点で受けるんじゃない。面で受け止めるんだ」


それは、巨大な蜘蛛の巣だった。

だが、単なる網ではない。

地上から見上げれば、頭上に格子状の線が見える。しかし、上空数百メートルを飛ぶ飛竜の目からすれば、森の木々の間に隠れた細い褐色の一線など、到底視認することはできない。


「これが『結界』か……」

一人の兵士が、張り詰められた縄を見上げて呟いた。


結界


飛竜を安全に運用するために、各所に「飛竜の休憩所」を確保することになった。


飛竜の休憩所は、空を見渡せる開けた広場で、助走に十分な広さがあるか、飛び立ちやすい崖の上か、上昇気流がある場所に限定される。


飛竜の休憩所を走竜が護衛しながら、敵の飛竜から攻撃を受けない様にするには、走竜が隠れる森が飛竜の休憩所の近傍に必要となる。


それらの条件が全てそろう地形は、数えるほどしかなかった。


そこで考案されたのが、縄による「結界」だった。


木と木の間に縄を巡らせて、飛竜が降下出来ない地面を作る。


適当な木が無い所は、杭を建てて木の代わりにして縄を張る。


こうやって作り出した「面」を「結界」と呼んだ



麻の繊維を機械で撚り、人力で張り巡らせる。

 

飛竜がこの森へ降りようとすれば、その巨大な翼膜は、視認不能な縄に引っかかる。


もし無理に降下を強行すれば、薄く繊細な翼膜は麻縄に絡まり飛ぶことはできなくなる。



麻縄に枝を括り付ければ、飛竜の休憩所を守る走竜が、敵の飛竜から攻撃を受けないための森の代わりを作り出すことも出来る。


これにより、飛竜の休憩所をどこにでも作ることが可能になった。


この結界の下には、走竜部隊が悠々と潜んでいる。


彼らは縄の隙間を自在に駆け抜け、森の影に隠れることができる。


隊長は、手元の麻縄をぎゅっと握りしめた。


「麻縄はまだまだある。飛竜の休憩所以外にも飛竜が通りそうな所に設置するぞ。知る者と知らぬ者の戦いにしてやる」


そう言いながらも、その口元には、弱者が強者を凌駕し始めたことへの、暗い歓喜の笑みが浮かんでいた。




工房からは、今も絶え間なく「自動紡績・麻縄編機」の音が聞こえてくる。


カシャン、カシャン、カシャン

 

100メートルの麻縄が、また一本、機械の口から吐き出される。


戦争は、騎士の武勇や飛竜の強さから、知力と技術を競うものへと、決定的に変質しようとしていた。


空を見上げる者の顔から、かつての畏怖は消えていた。

そこにあるのは、獲物を網にかける猟師の、冷徹な計算だけだった。


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