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【ドラゴンライダー  ~飛べない竜と俺は必ず再起する】  作者: 霧笛の火魔人


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【第27話 宿直】

ビューーーーーーッ。


乾いた冬の残滓を含んだ風が、抜けるような青空を鋭く裂いた。


テクスア山脈の裾野。

そこには、太古から続く深い針葉樹林の海が広がっている。

その濃緑の絨毯を見下ろす上空を、二つの巨大な影が猛烈な速度で疾走していた。


陽光を反射して硬質な輝きを放つ鱗。

しなやかに、そして力強く広がる膜翼。


バサァッ、バサァッ――!


飛竜が羽ばたくたびに、周囲の空気は爆ぜるような音を立てて押しつぶされる。

その余波は地上にまで届き、巨木たちの梢を荒波のように激しく揺らしていた。


前を行くのは、若き飛竜使い・ツバイと愛竜ストローム。


その後方、わずかに高度を上げた位置から追うのは、同僚のドライと愛竜ゼットだ。


「・・・ッ!」


ツバイは風圧に抗いながら、ちらりと横目で後方の気配を探った。

ドライの不敵な笑みが視界の端をかすめる。


これが、二人の合図となった。


ツバイはわずかに顎を引き、愛竜に意思を伝えた。

瞬時、ツバイとドライの飛竜は大きく翼を広げ、左右へと派手に旋回する。


2頭の飛竜は、まるで目に見えない円環を描くように、互いの距離を急激に引き離した。


「ストローム、模擬戦だ。行くぞ!」


ツバイの叫びに応え、ストロームが肺腑を震わせる咆哮を上げた。


翼を力強く打ち下ろす。


ドォン!


空気が震え、爆発的な推進力が生まれる。

2頭は同時に急上昇を開始した。


グンッ、と強烈な重力がツバイの身体を鞍へと押しつける。

視界の下方で森林がみるみる縮小し、雄大な山の稜線が水平線へと近づいていく。


「くそぅ・・・やはり上昇力はゼットの方が上か!」


ツバイは奥歯を噛み締めた。

ドライのゼットは、ストロームよりもわずかに翼の張りが強く、上昇効率に優れている。


ドライはその優位を逃さず、太陽を背にする位置を確保した。

逆光。ツバイの視界からドライの姿が消える。


「来るぞ・・・!」


直後、押しつぶすような圧迫感と共に、巨大な影が頭上から降ってきた。


ゴォォォォッ!


風を切り裂く轟音が、鼓膜を激しく叩く。

重力を味方につけたゼットの急降下だ。

ツバイは冷静に手綱を斜め上方へ引き上げ、同時に右のあぶみを強く踏み込んだ。


「返せっ、ストローム!」


ストロームが身を捩り、軸をずらしながら空中でくるりと反転した。


視界が劇的にひっくり返る。


背面飛行。


青空が足元に広がり、深い森が頭上に位置する、平衡感覚を狂わせるような奇妙な感覚。

ツバイの身体を固定する落下防止ベルトがピンと張り、彼の命を繋ぎ止める。


2頭の飛竜は、互いの胸を合わせるように迫る。


ガシィッ!


鈍い衝撃が、脚の骨を通してツバイの脳髄まで伝わった。

飛竜同士の後足が空中で激突したのだ。

爪と爪が火花を散らしながら絡み合い、互いの重量が衝突する。


「っ!」


ツバイは即座に上身を起こし、手綱を強引に引き戻した。

ストロームが空中で身を翻し、再び水平の姿勢へと戻る。


その隙を逃さず、ドライがゼットの長い尾を鞭のように振り下ろした。


ヒュンッ!


空を切る鋭い音。背面飛行の余韻でわずかに姿勢を乱したツバイの横を、巨大な尾がかすめていく。


ツバイは力強く翼を打ち、今度は自分が上空のポジションを奪い取った。


だが、そこまでだ。


互いに攻撃できる間合いを外し、再び膠着状態に陥る。

2頭は旋回を繰り返し、互いの背後を狙い合う。


高度を変え、速度を殺し、再び急上昇する。


やがて、どちらともなく距離を取り、今日の模擬戦の幕を閉じた。




2頭は山の中腹にある、いつも休憩をとる広場へと、悠然と舞い降りる。


ズン。


着地の衝撃と共に、渇いた土煙が舞い上がった。


ドライが兜を脱ぎ、額の汗を拭いながら苦笑いを浮かべた。


「すまんすまん、爪を当てるつもりはなかったんだが・・・。あそこで背面をやるとは、流石だなツバイ」


ツバイは肩をすくめ、愛竜の首筋を労わるように叩く。


「背面はお前だって使えるだろ。出し惜しみしたな?」


「使えるけどなぁ・・・。俺はいつか、グレン隊長みたいに『前転尾撃』を決めてみたいんだよ」


「・・・あれは怖すぎて無理だ。命がいくつあっても足りない」


二人は顔を見合わせ、晴れやかな笑い声を上げた。

空は高く、吹き抜ける風は冷たい。

だが、彼らが跨る竜たちの鼓動は、戦いの余韻で熱く、力強く拍動していた。


------------------------------------------------------------------------


その頃、テクスア山脈を貫く街道を戻ってきたカイルとマックスは、再び国境砦に到着していた。


「こんにちは。昨日お願いした、あの盗賊たちの引き上げはどうなりましたか?」


詰め所の窓口でカイルが声をかけると、書類に目を落としていた憲兵が顔を上げた。


「ああ、カイル様。ちょうど報告書をまとめ終えたところですよ」


憲兵は少し困ったような、それでいて感心したような苦笑を浮かべた。


「あなたが『全員動けない状態だ』とおっしゃっていたので、すぐに向かわせたのですが・・・。到着した時には、既に二人が自力で逃亡した後でした」


「・・・そうですか。逃げられましたか」


「ええ。ですが、残り三人は崖の下で転がっていましたよ。全身数カ所を骨折していましたが、幸いにも命に別状はありません。あいつら、運が良いんだか悪いんだか」


カイルは、ふぅ、と長く重い息を吐き出した。


(五人とも、生きている・・・)


その事実に、胸の奥に澱んでいた重苦しい塊が、静かに溶けていくのを感じた。


「よかった・・・」


思わずこぼれた独り言に、カイル自身が少し驚く。

昨日、自分は確かに彼らと剣を交えた。

容赦なく斬り伏せた。

一歩間違えれば、自分が死んでいたかもしれない相手だ。

それでも、彼らが生き延びたと聞いて安堵している自分がいる。

(甘すぎるのかもしれないな、俺は……)

カイルは自嘲気味に口角を上げた。騎士として、あるいは兵士として、この「甘さ」はいつか致命傷になるのかもしれない。


「いやぁ、それにしてもあそこの崖は優に100メートル近くありますからね。負傷した大男三人を引き上げるのは、なかなかの重労働でしたよ。わははははは」


憲兵の言葉に、カイルは深く頭を下げた。


「お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした。それで、捕らえた三人の様子は?」


「現在は砦の医務室で拘束中です。応急処置が終わり次第、街の憲兵総局へ移送します。彼らの供述から、アジトの場所も割れるでしょう」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」



その時だった。


バサバサバサ――!


頭上から巨大な影が差し、突風が広場の埃を巻き上げた。


ズン、ズン!


二つの重量物が着地する地響き。ツバイとドライが、訓練を終えて戻ってきたのだ。

二人は竜の背から鮮やかに飛び降りると、カイルを見つけて手を挙げた。


「お疲れさま、カイル。久しぶりだな」

「お前も今日は砦の宿直番なのか?」


二人の言葉に、カイルは首を振った。


「いや、俺はマックスの運動の途中で立ち寄っただけだよ」


3頭の竜が、互いに鼻先を近づけ、親愛を込めて頭を擦り合わせる。


ブフッ、ブフッ。


喉を鳴らすその音は、人間でいうところの挨拶のようなものだ。


「こいつら、やっぱり兄弟なんだな。久しぶりに会えて嬉しそうだ」


ドライが目を細めてマックスの頭を撫でる。


「アインは一緒じゃないのか?」


カイルの問いに、ツバイが少しだけ寂しそうな表情みせた。


「アインは第一隊に異動になったんだ。俺たちが所属する第十二隊は、いわば新人育成のための混成部隊だからな。操術が安定してきた奴から順に、欠員のある主力部隊へ回される」


「そうか・・・アインの飛竜は、あの『バンデッド』のままなのか?」


「ああ。あいつらは相性がいいからな。相棒も一緒に引き抜かれたよ」



ドライがニヤリと笑い、カイルの肩を軽く叩いた。

「アインから聞いてるぜ、カイル。お前とマックスは、地上じゃあ目にも止まらぬ速さで駆ける、頼もしい相棒だってな」


「そう言ってもらえると、照れるな」

カイルはマックスの逞しい首筋に手を置いた。マックスも誇らしげに胸を張る。


だが。

次の瞬間、ツバイが放った言葉が、凍てつくナイフのように空気を切り裂いた。


「でも、走竜は結局『兵站』だ。カイル、お前は絶対に前に出るな・・・死ぬぞ」


ツバイの瞳は冷徹だった。そこには、先ほどまでの模擬戦で見せていた高揚感などは微塵もない。


「おい、ツバイ。そんな言い方はないだろ」


ドライが慌てて割って入るが、ツバイは視線を逸らさなかった。


「事実だ。兵站を馬鹿にしているわけじゃない。むしろ逆だ。兵站という背骨が崩れれば、どれだけ最強を誇る軍隊でも、ただの動けない肉の塊に成り下がる」


ツバイは言葉を継ぐ。


「昔の戦は、数万人規模の歩兵と騎馬がぶつかり合う、人同士の磨り潰し合いだった。泥を這い、血を流し、一歩ずつ地面を奪い合う泥沼の戦いだ。・・・だが、今は違う。今は『竜の時代』だ。特に飛竜の操術が進化し、空を制した者が戦場の支配権を握る」


彼は上空を指差した。


「高度100メートルから火炎を浴びせられて、地上に何ができる?」


「だからこそ、輸送と兵站を担う走竜は後ろにいろと言っている」


正論だった。


ぐうの音も出ないほど、軍事的な正論だ。


「輸送力が戦場を支えている。それは立派な役目だ。だが、それは『戦場ではない場所』での役目なんだよ、カイル」


カイルの胸に、冷たくて重い石がすとんと落ちたような感覚があった。


「走竜・・・。飛ばなければ、『走竜』と呼ばれても、仕方ないか・・・」


ぽつりと呟いた声は、風にかき消されそうになる。


飛べない飛竜であるマックスには、走竜ほどの牽引力はない。

荷物運びに適していない走竜と言う意味でも、特別班なのだろう。


マックスが、主人の心の揺らぎを察したのか、低く鼻を鳴らした。


ドスン。


マックスが大地を強く踏みしめる。

その振動は、確かにカイルの足元に伝わってきた。


空を飛ぶための翼はない。

空気を切り裂く高揚感もない。


走竜の力強さは、どこまでも続く土を噛み、重い荷を背負い、目的地まで一歩ずつ確実に進むための足。

それが走竜だ。

飛竜たちは、圧倒的な武力で空を制圧して、地を攻撃する。

俺たちは、そのどちらも出来ない。


走ることで芽生えていた誇りが、いまはひどく脆いものに思えてしまう。


ツバイは、カイルの沈み込んだ表情を見て、わずかに視線を泳がせた。

厳しい言葉を投げたのは、彼なりの「親友を死なせたくない」という不器用な情愛だったのかもしれない。


「・・・死ぬなよ、カイル」


それだけを言い残し、ツバイはストロームを連れて厩舎の方へと歩き出した。


「俺たちは、宿直番だから・・・またな」


ドライも気まずそうに一度振り返り、それからツバイの後を追った。


国境砦の広場に残された、マックスの硬い鱗にそっと額を預けた。


「行こう、マックス。僕たちの仕事をしよう」


マックスは短く一声鳴くと、主人の重みを背に乗せ、ゆっくりと、しかし確かな足取りで砦の門へと向かい始めた。


空はどこまでも青く、小さな雲が一つだけ浮いていた。




【あとがき】

分かる人にはわかる、ネタバレ回でしたwww


名前にしたかったけど没になったのが、アールエムです


次回はマックスの更なる変化と、対立を描きます

第28話:違う動き


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