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【ドラゴンライダー  ~飛べない竜と俺は必ず再起する】  作者: 霧笛の火魔人


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【第26話 カイル野営をする】

テクスア山脈の険しい尾根に沿って、灰色の巨躯がうごめいていた。


それは軍が運用する一般的な走竜よりも一回り、いや二回りほども大きい。

丸太のように太い四肢は、一歩踏みしめるごとに山の岩肌を力強く掴み、背後に繋がれた巨大な石材を事もなげに引きずっていく。


ごうっ、ごうっ


重戦車のような呼吸音が、薄い山の空気を震わせる。

腰から脚にかけて盛り上がった筋肉は、洗練された速さよりも、ただひたすらに「質量を動かす」ための進化を遂げた証だった。

その手綱を引く石工が、額の汗を拭いながら声を張り上げる。


「よし、そこで止まれ! 切り離せ!」


走竜は短く鼻を鳴らし、巨体を揺らして足を止めた。

重い石材が地面に下ろされると、ドスンと腹に響くような振動が広がる。


ここはテクスア山脈の第一峰と第五峰の合間。


左右から迫る切り立った断崖が、天然の巨大な漏斗じょうごのように地形を狭めている要衝だ。


崖と崖の距離はおよそ二百メートル。


その隙間を埋めるようにして、高さ五メートルに及ぶ長大な石壁がそびえ立っていた。


かつての国境砦は、先日の戦いで傷つき、いまや大規模な改修工事の真っ只中にある。

壁の厚みは以前の倍近くに増され、その上部は兵士が並んで駆けることができるほどの「武者走り」へと作り替えられていた。


石の上には新たに木製の土台が組まれ、高所からの視界を確保するための見張り台がいくつも突き出している。


かつて宿直兵が身を寄せ合っていた古びた宿舎の跡地には、工夫たちのための簡易宿舎が整然と立ち並び、槌音つちおとが絶え間なく響いていた。


中央の巨大な門の左右では、新たな関所と重厚な宿舎が骨組みを露わにしている。


そして少し離れた斜面には、一際巨大な土台が姿を現していた。

軍の走竜を常駐させるための、最新鋭の厩舎である。


そんな活気と殺気の中、カイルは交代要員の工夫たちに混じって、その砦の入り口に立っていた。


「いやあ、カイルの兄ちゃん! 道中、竜の話やら街の話やら聞けて楽しかったぜ。またな!」


「こちらこそ、道案内ありがとうございました。お仕事、頑張ってください」


日焼けした工夫たちが笑いながら現場へと散っていく。

その後ろ姿に軽く会釈をしてから、カイルは隣に立つ相棒の首筋を撫でた。


突如として現れた騎士と竜に、工事現場の空気は一瞬だけ張り詰める。


すぐに国境兵と、現場監督らしき大柄な男が小走りでやってきた。


「騎士様、本日の到着リストに連絡は入っておりませんでしたが……何か緊急の事態でも?」

「いえ、驚かせてすみません。今日は非番でして。こいつの運動を兼ねた、ただの見回りです」


カイルが苦笑いしながら答えると、背後のマックスが「ドスン」と一歩踏み出した。

その巨体から放たれる威圧感に、兵士たちは思わず息を呑む。


「工事の邪魔をするつもりはありません。……憲兵の方はいらっしゃいますか?」


「門の脇の詰所に。ご案内しましょう」


---


門の近くまで歩きながら、カイルは新しく積み上げられた石壁を見上げた。

新旧の石の色の違いが、そのままこの場所で流された血と時間の跡に見えた。


「この前の戦いでは、多くの犠牲が出たと伺っています。……あなたは、その時も?」


カイルの問いに、隣を歩く国境兵は寂しげに首を振った。

「いえ。私は交代でここに来たばかりです。あの夜、ここで戦った連中は……みんな自分の街に戻りましたよ。無事だったやつも、そうじゃなかったやつもな」


カイルの胸に、冷たい風が吹き抜けた。


「そうですか……。あの日、私は王都側の防衛線で戦っていました。こちらでも激戦だったと聞いています。……もう、二度とあんなことは起きてほしくないですね」


脳裏に、かつての第三班の班長の顔がよぎる。厳しいが情の深かったあの人の顔を、今でも鮮明に思い出せる。


「ええ、全くだ」

兵士は石壁を力強く叩いた。


「だからこそ、連中が二度と襲う気を起こさないような、難攻不落の砦に仕上げてやりますよ」


その横顔には、二度と仲間を失わないという、静かだが固い決意が刻まれていた。

そこへ、騒ぎを聞きつけた憲兵が駆け寄ってくる。


「騎士様! 商人から報告を受けました。街道で盗賊を撃退してくださったとか。ありがとうございます、助かりました」


「たまたま通りかかっただけですから。それで、例の件ですが……」


カイルは、盗賊の首領が崖から転落した経緯を淡々と説明した。


「ああ、あのあたりの崖ですね。承知しました。場所は特定できますので、事後処理はこちらで引き受けます」


「お手数をおかけします。よろしくお願いします」


用件を終えたカイルは、改めて砦の全容を観察した。

両側は切り立った崖。上空は遮るもののない広大な空間。



---この地形で、もし再び飛竜が襲来したらどうする?


軍からは、いずれここを飛竜の中継基地にするという計画も出ている。

だが、地上からの迎撃手段についてはカイルの知る限り心許ない。


もっとも、彼が知らないだけで、崖の頂上付近には極秘裏に対飛竜用の弓台が、いくつも設置されつつあるのだが。



---


「さて、と。それじゃあ行こうか、マックス」


一通りの視察を終えたカイルは、マックスの鞍に飛び乗った。

来た道を少し戻り、街道から外れた細い分岐点へと舵を切る。


目指すのは、さらに標高の高い、森林限界を超えた岩場だ。


高度が上がるにつれ、空気は研ぎ澄まされたように冷たくなっていく。


視界を遮る木々は消え、ただひたすらに広い青空と、綿菓子のような雲が間近に迫る。


マックスの爪が地を叩く心地よいリズム。

カイルの身体は、その揺れに完全に同調していた。


この道は古い巡回路で、今は誰も使っていない。

しばらく進むと、視界がぱっと開けた。


「懐かしいな……」


そこは、カイルが訓練生だった頃、飛竜の飛行訓練中に立ち寄ったことのある広場だった。

広場の端に立てば、遥か眼下には深い緑の海。

森林地帯が広がり、そのさらに先には、玩具のように小さな街並みが陽光を浴びて輝いている。


さらに道は続く。

先まで見通せる、障害物一つない直線の緩斜面。


「よし、マックス。少しだけ飛ばすぞ」


カイルが鐙で軽く脇腹を叩くと、マックスの瞳に鋭い光が宿った。


ダッダッダッダッ!


マックスの強靭な脚力が地面を蹴り飛ばし、景色が後ろへと飛び去っていく。

頬を打つ風は痛いほど冷たいが、それを切り裂いて進む高揚感が全身の血を沸かせた。


右、左、そして起伏。

カイルは思考を止めた。ただマックスの筋肉の動きを感じ、重心を預け、流れる景色の一部になる。

街での喧騒、騎士としての義務、戦いの記憶。それらすべてが、凄まじい風圧の中に溶けて消えていく。



「ははは! 最高だ!」


どれほどの時間、そうして走っただろうか。


気づけば太陽は西の稜線に沈みかけ、空は燃えるような朱色から、深い紫へとグラデーションを描き始めていた。

カイルはゆっくりと手綱を引き、マックスの速度を落とさせた。


「はぁ、はぁ……やっぱり、お前と走るのは一番楽しいよ、マックス」


ブッフ、ブッフゥ


マックスも満足げに鼻を鳴らし、大きく首を振って応える。


「さて。今日はここで一晩明かそう。予定通り、野営だ」





街道から少し離れた、小さな小川が流れる岩陰に拠点を決めた。

マックスを座らせ、背中に縛り付けていた薪用の枝の束を下ろす。


「マックス、お前は出発前にたくさん食べたもんな。いい子にしてろよ」



今夜の準備は自分の分だけだ。

カイルは苦笑しながら腰のバッグを漁る。


「朝にどれだけ腹に詰め込んでも、夜になればまた減る。……人間ってのは、本当に燃費の悪い、手のかかる生き物だよな」


鉄製のクッカーを取り出し、中に収めていた革の水袋を外す。


火打ち鉄と、乾燥させた麻の屑。

石を積んで風除けを作り、その中央に火種を置く。


ガシュッ、ガシュッ。


火花が散り、麻の屑に落ちる。

小さな、小さなオレンジ色の点。

カイルはそれを掌に包むようにして、愛おしむようにそっと息を吹きかけた。


ふっ、ふっ……。


火種が白く輝き、やがて油を沁み込ませた繊維が「ふわり」と鮮やかな炎を上げた。


細い枝を、空気の通り道を塞がないよう、繊細に、丁寧に組んでいく。


まるで生き物を育てるような手つきで、カイルは炎を大きくしていった。


火が安定すると、水と米を入れた鉄の器を火にかける。


「野営の炎ってのは、どうしてこう、見てるだけで落ち着くんだろうな……」



見上げれば、空はすでに完全な群青に染まり、数えきれないほどの星々が瞬き始めていた。


グツグツ、グツグツ。


乾燥させた芋の小片と、一掴みの塩を加える。


やがて、炊き上がった米の甘い香りと、芋の素朴な匂いが立ちのぼってきた。


カイルは火からクッカーを下ろし、その間に小川の冷たい水で顔を洗った。

耳に届くのは、せせらぎの音と、時折パチリと爆ぜる薪の音だけ。


戻ると、マックスは既に自分の尻尾を枕にするようにして丸くなり、規則正しい寝息を立てていた。

その巨体の隣に座り、カイルは木のスプーンで熱々の食事を口に運ぶ。


「あつっ。ふぅ、ふぅ……。うん、うまい」


贅沢な味ではない。だが、芯まで冷えた身体に、温かな食べ物がじわりと染み渡っていく。

腹が満たされると、心地よい疲労感が波のように押し寄せてきた。


カイルはマントを深く羽織り、背後の岩に背中を預けた。

前をしっかりと閉じ、自分の体温を逃がさないように丸くなる。


視界を埋め尽くすのは、王都では決して見ることのできない、こぼれんばかりの満天の星。


旅というには短すぎる小旅行(ツーリング)

けれど、こうして相棒と二人、目的もなく山を駆け、火を焚いて眠る。

そんなな時間が、カイルは何よりも好きだった。


誰もいない、静かな山。

鼻をくすぐる焚き火の煙。

隣で眠る、信頼できる友の鼓動。


終わらない戦も、再建中の砦も、騎士としての重い責任も、今はすべてが遠い世界の出来事のようだ。


ただ、冷たい空気の中に自分の呼吸があり、確かな地面の上に生きている。

その実感だけが、カイルを深く、穏やかな眠りへと誘っていった。




【あとがき】

野営をした時に炎を見つめていると、何時間でも見つめていれるんですよね。


次回は、アイン回です

第27話:宿直

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