【第15話 地上で戦う理由】
マックスの厩舎。
干し草の匂いと、乾いた革の匂いが混ざる空間で、カイルは黙々と厩舎の掃除をしていた。
ブラシで擦る音が、静かな厩舎に響く。
マックスは奥で鼻を鳴らし、尾で床を軽く掻く。
「落ち着けって」
カイルは振り返り、笑う。
昨日の訓練で確信した。
以前よりも、足の動きが柔らかい。無駄に力んでいない。体重の預け方が自然になっている。
大きな違いではないが、確実に進化の兆しだった。
鞍を磨き終え、工具を片付ける。
マックスの鼻先に手をやると、温かい息が指にかかる。
厩舎を出ると、向こうの工作室から金属を削る音が聞こえた。
カイルはその音に向かって歩き出す。
扉を開けると、油と鉄の匂いが一層濃くなる。
ミレイは机に身を屈め、何かの部品を削っていた。額に汗が滲んでいる。
「終わった?」
顔を上げずに言う。
「ああ。厩舎の作業はな」
カイルは作業台の端に腰を下ろす。
作業台の上には、炭の上に置かれた壺があり、その口には木の葉型の皿が被せられている。
皿の先端には、雫を受ける小さな壺が置かれていた。
「これは何だ?」
「ワインを加熱して、透明の燃料を作る装置よ」
同じ小さな壺に、太い紐が刺さったものがあった。
炭から火を移すと、ロウソクより明るい青い炎が灯った。
ミレイは、銅板を炎に当てた。
すると、炎の色がとても美しいエメラルドグリーンに変化した。
「おぉ、これはキレイだな」
つぎにミレイは、塩を固めて棒状にしたものを、炎に当てた。
すると、炎の色が透き通った黄色に変化した。
「魔法みたいだな」
驚くカイルを見て、満足したようにミレイが微笑む。
「これが、教会が使っている"神の御業"の正体よ」
「本当は、燃やすものによって色が変わる現象よ。他にもいろいろあるわ」
「鍛冶師ならみんな知っている事なんだけど、教会に睨まれたら生きていけないから、黙っているの」
カイルはミレイから手渡された銅板を炎に当てた。
「面白いな、これ」
「大昔の人は、赤い炎の精霊とか青い炎の精霊と呼んでいたけどね」
「お前って、凄く物知りだったんだな」
「あなたが、訓練生として学んでいた時間と同じくらい、私も師匠の元で学んできたのよ。当たり前じゃない」
ミレイが、ちょっと挑むような表情になった。
カイルはこんな会話が楽しくて、笑っていた。
「国王の視察が取りやめになったって、聞いてる?」
ミレイがぽつりと呟いた。
カイルは眉を上げる。
「聞いてるよ。ここの視察だけじゃなく、国内視察のすべてが見直しになったらしいよ」
以前は頻繁に視察に来ていた。
走竜隊の動向に興味を示していたはずだ。
「体調が悪いのかしら?」
「そんな話は聞いたことが無いけどなぁ」
「テルミ王三世が即位して、今年で24年目だよね。けっこうな年だと思うけど、いくつなんだろ?」
国王の視察で、姿を見たことはあっても、表情も分からないほどの距離で見かけたことしかない。
二人には、国王は遠い存在だった。
「特別班、見てもらえなくて残念ね」
「15頭が10班も行軍した最後に、俺とマックスが1頭だけで歩くんだぜ、中止になってくれて感謝だぜ」
ミレイはカイルを見つめる。
「覚悟、決めたばかりでしょ」
「まだ決めたばかりだから、だ」
カイルは立ち上がる。
「地上で戦う。それが俺の選択だ」
ミレイは少しだけ微笑む。
「なら、胸を張りなさい。迷ってる時間はないわ」
その言葉は、背中を押す力になった。
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竜騎士基地
幹部会議室の空気は重かった。
長机を囲む騎士団幹部たち。壁には王国の地図が広げられ、国境付近に赤い印がいくつも打たれている。
「敵軍の集結を確認」
報告官の声が響く。
「規模は?」
「不明。ただし、補給線が動いています」
沈黙。
「なぜ今なんだ?」
「諜報員の内、二名が行方不明です」
何かが起きていることは確実だが、情報が少なすぎた。
「協議員たちは、アクリオン教の教頭に確認なり抗議なりしているんだろ?どうなっているんだ」
「使者は昨日出発しています」
やがて、団長が口を開いた。
「外交の結果を待っていては遅れをとる。飛竜隊は即応態勢へ。走竜隊も待機命令だ」
部屋の空気が一気に張り詰める。
軍部総動員の気配。
「民間人を招集する全面戦争は、阻止しなくてはならん。竜部隊で撃退するぞ」
「速さが命だ。敵がテクスア山脈を越えた段階で叩くぞ」
窓の外、飛竜が一斉に飛び立つ音が響く。
空がざわめく。
戦が近い。
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夜の街の酒場はいつもより賑わっていた。
カイルはアイン、ツバイ、ドライと同じ卓を囲んでいる。
「飛竜隊、すげえぞ」
アインが杯を掲げる。
「全員、気力が満ちてる。戦だって顔してる」
ツバイが笑う。
「アクリオン聖国の侵略なんて許すもんか。腕が鳴るってやつさ」
ドライも頷く。
「空は任せろってな」
その言葉が、カイルの胸をかすめる。
--空。
アインがカイルを見る。
「お前はどうだ。地上班」
冗談めかした口調だが、目は真剣だ。
カイルは杯を置く。
「走るだけだ」
けれど、胸の奥がざわつく。
飛竜隊の高揚。
空へ向かう仲間たち。
アインがぽつりと言う。
「空は目立つ。英雄扱いされることもある。でもな」
杯を傾ける。
「地面を押さえる奴がいなきゃ、戦は勝てない」
ツバイが頷く。
「敵は最後、地面に立つ。そこを奪うのが本当の勝利だ」
ドライが笑う。
「お前のマックス、速いんだろ?」
カイルは小さく息を吐く。
「地上戦の経験がまだ足りない」
「足りないなら、足せ」
アインが言う。
「迷いも覚悟も、全部混ぜて走れ」
ざわついていた胸が、静かに沈んでいく。
不意に、ツバイが疑問を口にする。
「これは、何のための戦いだ?奴らは何をしたいんだ?」
アインが答える。
「いつもの、領土を奪いに来たんだろ。だから俺たちは自分達の領土を守る。防衛戦だ」
カイルは、訓練学校で習った、大昔の"大虐殺"を思い出していた。
南方のある国が、領土紛争の挙句に民間人まで皆殺しにして、国を奪った戦争だ。
その時は、まだ竜を扱う技術が無かったので、人同士が殺し合い奪い合い狂乱した。
仲間たちが杯をぶつける。
「だれも死ぬなよ!」
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山脈
夜の山脈は、静まり返っている。
月明かりに照らされた岩肌。
冷たい風が吹き抜ける。
その向こう。
国境の森の奥で、何かが動く。
地面を踏み鳴らす、低い振動。
遠い。
だが確実に近づいている。
足音。
ひとつではない。
無数の。
地上を揺らす波。
戦が始まる前の、前触れ。
山脈の影の中で、その振動は静かに広がっていく。
王国へ向かって。
地上を、奪うために。
夜は、静かに明けを待っていた。
【あとがき】
アクリオン聖国の「神」や「魔法」の嘘くささを、「技術」が暴露していきます。
戦争の気配と共に、「死」が身近になってきました。
次回は、日常が戦場に変わります。
第16話 侵略開始




