【第13話 違和感】
森の木々が放つ青々とした樹脂の匂いが混じり、遠くで鳴く鳥の声が響く。
時間は午前中、太陽がまだ低く、影が長く伸びてフィールドを二分している。
カイルはそんな中、マックスの背に跨がり、息を整えていた。
マックスの鱗は、金属のような冷たい感触を持ちながら、微かな温もりを感じさせる。
青みがかった灰色の体躯は、筋肉の塊のように張りつめ、呼吸するたびに軽く揺れる。
カイルのブーツがマックスの側面に触れると、鱗の隙間からかすかな熱気が漏れ、汗ばんだ掌で握る手綱は革のきしむ音を立てる。
今日は戦闘訓練の日。
走竜たちと模擬戦に混じり、地上戦の基礎を磨く。
地上戦は「対人戦」と「対騎馬戦」、「対走竜戦」の三通りに分けられる。
いずれの場合も、走竜は頑丈な存在なので、弱点となる騎士が狙われる。
すると、走竜の戦い方としては、「背後」を取られない事が肝心だ。
それを理解している走竜に対して、歩兵や騎馬の戦い方としては、複数で取り囲む戦法になる。
だから、走竜は小さい円を描く様にその場で回転する。
この動きは、背後を取られない様にすると同時に、走竜の最大の武器となる尾の「薙ぎ払い攻撃」の動作にもなる。
薙ぎ払いの威力は、民家の壁くらいならば一撃で粉砕する。
歩兵なら何人いても、まとめて吹き飛ぶ。
戦場では走竜対走竜の戦いも発生する。
野生の走竜は、お互いの首を狙っての噛みつき合いになる。
だが、兵器としての走竜は騎士が弱点と言うことに変わりがないので、やはり薙ぎ払いで騎士を狙う。
走竜に、自分の意志で国に忠義を果たすような知能は無い。
騎士を失った走竜は、意味のない殺し合いはしないのだ。
せいぜい、パニックを起こして走り回るか、自身の安全の為に逃走する。
戦闘訓練は、この薙ぎ払いの動作を騎士の指示で繰り出す動作を行う。
標的の旗が取り付けられた巨木の前で、走竜が旋回する。
バァァァン!
カイルとマックスも、同様の動作を繰り返す。
しかし、野生の飛竜はこのような動作をしない。する必要性がないともいう。
そのため、マックスにとって苦手な動作となった。
ダダン、タダン
マックスはよろけながら尾を振る。
--鋭い爪がある後足二本で立っているんだ、これは無理だよな。
目標に尾を当てるどころではない。
風がフィールドを横切り、土の粒子を巻き上げる。
カイルの髪がなびき、目にかかる。
マックスの息づかいが熱く、鼻を突く。
訓練の汗が背中を伝い、シャツを湿らせる。
時間経過とともに陽が高くなり、影が短くなる。
「よし、次は突撃訓練だ。」
隊の班長の号令で、場所を移動する。
突撃訓練は約100mの距離を真っすぐ走る訓練だ。
ただ、戦場を想定しているので、途中に岩や溝がある。
素早くかわしながら走る訓練だ。
合図で、マックスは低く唸り、地面を蹴る。
土が飛び散り、埃の雲が巻き上がる。
風が耳元を切り裂き、顔に当たる空気の抵抗が頬を圧迫する。
スタート位置から、前方に見える標的に向かって疾走する。
マックスの脚は強靭で、各ステップごとに地面が震え、爪が土を抉る音が響く。
カイルの体は揺れに耐え、太ももでマックスの体を締めつける。
汗が額から流れ、視界をぼやけさせる。
障害物に近づくと、マックスは無意識に体を低く沈めた。
ダン
いつもより少し高く、弧を描くようにジャンプした。
カイルは一瞬、地面の感触が消えるのを感じた。
ドン、ダダダタ
着地時の衝撃が予想より柔らかく、土の粒子が足元に散る音が軽やかだ。
埃の匂いが鼻を突き、風が汗を乾かす。
マックスはそのままの勢いで走り、標的を走り抜けた。
繰り返しの訓練中、カイルはマックスの動きが滑らかになっていることを、単純に訓練の成果だと考えていた。
「よし、いいぞマックス。だいぶ慣れてきたな」
時間は午後へ移り、陽光が強くなる。
「もう一回! もっと速く!」
再び疾走。風が強くなり、耳に轟く。
マックスの呼吸が荒く、熱い息がカイルの脚に当たる。
障害物に近づくと、またジャンプする。
障害物を迂回して走る走竜の騎士が、その姿を見上げる。
今度のジャンプは明らかに高く、大きく。
カイルの体が浮き上がり、無重力のような感覚が訪れた。
重力が一瞬消え、胃が浮くような、虚空に投げ出されたような感覚。
空中にいる一瞬、足音が消え周囲の森の葉ずれの音が遠く聞こえる。
着地すると、土の柔らかいクッションが体を包み、埃が舞う匂いが鼻を突く。
カイルの心臓が速く鼓動し、汗が滴る。
「よし!」
カイルは息を吐き、マックスの首を撫でた。
鱗の感触が熱く、竜の脈動を感じる。
訓練場の空気が少し冷え始め、午後の陽が傾きかけている。
ミレイは遠くの監視塔からその様子を見ていた。
塔の中央に置かれた木製のデスクの上にはノートとペン、望遠鏡のような観測器具が並び、紙の擦れる音が静かに響く。
彼女はデスクに近づき、引き出しから追加の記録用紙を取り出す。
紙の感触が指に残り、インクの匂いが鼻をくすぐる。
ミレイの視界には、マックスの跳躍が鮮明に映っていた。
竜の筋肉の収縮、爪の接地、尾のバランス調整、土の飛び散り方、着地の埃の量。
彼女はノートに素早くメモを残した。
整備記録として、跳躍の高さと無重力のような滞空時間を記述。
ペンの音が静かに響き、何も口にせず、ただ事実を記す。
ミレイはマックスの足の動きに注目した。
スムーズで、屈伸距離が大きくなっている。
脚の筋肉が柔らかく伸縮し、地面を捉える爪の音が軽やかだ。
彼女はデスクを歩き回りながら、記録を追加。
紙をめくり、ペンを走らせる音が塔内に響く。
時間は午後三時を回り、訓練場の影が長く伸び、風が少し強くなっていた。
訓練が終わり、宿舎に戻ったのは夕方五時近く。
宿舎は石造りの堅牢な建物で、内部は木の温もりを感じさせる。
カイルは自室に戻った。
窓から森が見え、夕陽の赤みがカーテンを染め、部屋を暖かい色に包む。
部屋の空気は少し湿り、洗濯物の匂いが漂う。
木の床の軋む音、窓の外の風の音。
カイルは訓練着を脱ぎ、洗った洗濯物を干し始めた。
パン!
洗濯したシャツを振って、皺を伸ばす。
ロープを窓辺に張り、一枚ずつ挟んで固定した。
布地の湿った感触が指に残り、乾いた空気がゆっくりと水分を吸う。
夕陽の光が布地を透かし、影を落とす。
時間経過がゆったりと感じられ、洗濯物の水滴がぽたぽた落ち、床に染みを作る。
干し終わり、ベッドに腰を下ろす。
足を伸ばし、ふくらはぎを揉む。
今日は今まで以上に激しく早く走り回ったはずだ。
マックスの疾走、跳躍の繰り返し。
地面の衝撃が体に響いていたのに、今日は軽い。
「む?」
足の痛みは変化がないのに、疲れていないことに気付いた。
カイルは体を動かし、ストレッチを始める。
床に座ったまま、足を広げ、ふくらはぎを伸ばす。
筋肉の張りが少なく、関節の動きが滑らかだ。
次に立ち上がり、壁に手をついてアキレス腱を伸ばす。
足の裏が床に触れ、冷たい感触が心地よい。
次に腕を回し、肩をほぐす。
訓練の疲れが意外に残っていない。
汗の匂いが部屋に広がり、夕陽の光が体を温める。
「おかしいな。今日の訓練は楽だった? 脚が突然治った・・・わけないよなぁ」
【あとがき】
今回は、戦闘方法の説明を入れました。
マックスは走竜との戦いになると、不利になる状況です。
一方、カイルは違和感を感じましたが、原因が分かりません。
次回はカイルの覚悟が問われます。
第14話 「正式配属」




