【第11話 空の英雄たち】
朝の厩舎は、いつもより賑やかだった。
飛竜の翼を磨く音、革具を締める金属音、竜たちの低い鼻息。
飛竜騎士が作業着の袖をまくり、飛竜の鱗を拭く。
埃と油の匂いが混じる。
カイルは、荷物を置いて足を止めた。
空を見上げれば、飛竜隊の訓練が始まっている。
編隊を組み、旋回する影。
風を裂く羽音。
あそこにいるのは、元同期たち。
そして、アイン。
――あいつらは、今も空を飛んでいる。
カイルは走竜の厩舎に入り、他の隊員達と一緒に作業を開始した。
竜の厩務作業も騎士の仕事の一部だ。
餌を運び、水を換え、傷をチェックする。
カイルが今日担当する走竜は、若い個体だった。
鉄色の鱗に、淡い青緑の光沢。
マックスに似ている。
いや、似ていない。
翼が無いし、四本足で立っている。
立っていると言うよりは、伏せている。
やはり、竜ではあるが爬虫類に近い。
――昨日の任務。
マックスの疾走。
土を削る音。
追い抜いた馬。
隊長の驚きの声。
「使える」
ミレイの言葉が、頭に残る。
少しだけ、胸が軽くなった気がした。
しかし、それは騎馬隊での話だ。
この走竜隊では、昨日の出来事を知る者は少ない。
黙々と作業を続ける。
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テクスア山脈の山頂近く、
森林を遥か下に見下ろす高度を、飛竜隊のアインとツバイ、ドライの三名は飛んでいた。
ツバイが「敵発見」の手信号をした。
テクスアの山頂をかすめて、アクリオン聖国の飛竜が5頭で飛んでいるのが見えた。
カイルが居るテルミ王国と、隣国のアクリオン聖国は、お互いが認識している国境線が異なる。
そのために、度々、激突が起こっている。
テルミ王国にとっての国境線は、テクスア山脈の「尾根」を境にしている。
ところが、アクリオン聖国は「テクスア山脈」を自国と認識しており、山の裾野に広がる森林の手前が国境と主張している。
元々は、3代前の両国元首が「尾根」で同意書を結び、互いの国は仲良く協力する関係だった。
ところが、21年前にテルミ王国で麦の大飢饉が発生し、その際にアクリオン聖国が自国も飢えるほどの規模でテルミ王国を救済した。ここまでは美談なのだが、突然「テクスア山脈は我が国の領土」と言い出したのだ。
救済の恩義があり強く反発できないテルミ王に対して、アクリオン聖国はテクスア山脈の山頂に礼拝堂を建てた。
もともと、アクリオン教では、神の御神託を得た地がテクスア山脈の山頂で、昔から多くの僧が山で修行していたと言うのだ。
昔から、アクリオン聖国の国民が暮らしていた「実行支配地域」と言うことだが、テルミ王国からしてみれば両国で結んだ同意書があるので、どちらも相手が間違っていると言いあっているのが現状だった。
アクリオン聖国の飛竜がテクスアの山頂のこちら側に居る状態を許すわけにいかない。
アインは、「二手に分かれるぞ」と合図を送る。
ツバイとドライの二名は、飛竜を右に旋回させる。
ピィィィィィィィィ~
旋回する飛竜の翼端が、風を切り裂く。
アクリオン聖国の飛竜たちは菱形陣形で飛んでいる。
そこをツバイとドライの二名は両側から挟む形で並走した。
ツバイはアクリオン聖国の騎士に、
"ここは、我々の領空である。貴殿たちは領空侵犯を犯しているので、自国領空に戻られたし"
の意味を込めて、手信号で「帰れ」と送った。
アクリオン聖国の隊長らしき者が、
"ここは、我々の領空である。貴殿たちこそ領空侵犯を犯しているので、自国領空に戻られたし"
の意味を込めて、手信号で「殺すぞ」と送ってきた。
一気に、乱戦に突入した。
ツバイとドライは、それぞれ敵2頭に追いかけられる状態になり、上を取られない様に、旋回したり急降下したりと複雑な飛行を行う。
優劣は明らかな状態だった。
2対1の戦いが二組で、高度を下げていく姿を、上空でアクリオン聖国の隊長らしき者が見下ろしていた。
ドン!!
隊長らしき者の飛竜が、突然、射貫かれたように錐もみ状態で墜落していく。
事前に二手に分かれて、超高高度に上がっていたアインが、急降下で敵に一撃を加えたのだ。
墜落していく飛竜が、地表に激突する前に、錐もみ状態を脱して水平飛行に戻った。
しかし、翼膜が損傷している様で、必死に羽ばたき続けている。
その様子を見て、交戦していた四頭が高度を下げて、その飛竜の元に集まった。
飛竜の空戦は、上を取った者が圧倒的に有利なのだ。
完全にテルミ王国の三人はアクリオン聖国の隊の上に位置していた。
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昼近く。
基地の広場に、伝令が駆け込んできた。
「飛竜隊の戦果報告だ!」
声が、厩舎にまで響く。
作業の手が止まる。
皆が、広場へ向かう。
カイルも、自然と足が動いた。
広場には、すでに人が集まっていた。
走竜隊の騎士たち、事務官、整備士。
中央に、飛竜隊の面々が立っている。
アインもいた。
金髪を風になびかせ、凛々しい顔。
少し、疲れているようだった。
伝令官リオが、巻物を広げた。
「本日午前の国境偵察任務において、敵の飛竜隊と交戦!
敵飛竜五頭を撃退、味方損害ゼロ!
特に、アイン騎士の急降下攻撃は、見事敵の隊長機を仕留めた!」
拍手が沸き起こる。
歓声。
「さすが飛竜隊!」「空の守りだ!」
アインは、照れくさそうに頭を掻いた。
周りの同期たちが、肩を叩く。
英雄扱いだ。
カイルは、少し離れた場所から、それを見ていた。
――おめでとう。
心の中で呟く。
でも、声には出せなかった。
アインの視線が、こちらに向いた。
目が合う。
アインは、軽く手を上げた。
カイルは、苦笑いで返した。
広場が、活気づく。
飛竜隊の話で持ちきりだ。
「アインの奴、あの一撃は神業だったらしいぜ」
「敵の翼を一撃で裂いたってよ」
「やっぱり空を制した者が勝つんだな」
その言葉が、耳に刺さる。
カイルは、静かに広場を離れた。
厩舎に戻る道中、走竜の訓練音が聞こえた。
ドドドドド。
地響き。
飛竜の風音とは違う、重い音だ。
厩舎に戻ると、マックスがいた。
古い厩舎の奥、いつもの場所。
カイルは、傍らに座った。
「……お前は、飛べないんだよな」
マックスは、首を傾げた。
琥珀色の瞳が、カイルを映す。
「でも、昨日は速かった」
「馬を追い抜いた。お前のおかげで、任務が成功した」
マックスは、小さく息を吐いた。
プッスー。
カイルは、胸元を擦った。
マックスは、頭を寄せてきた。
少しだけ、心が温かくなった。
でも、それで終わりではない。
空の英雄たち。
華々しい戦果。
祝福される同期。
――俺は、ここにいる。
飛べない竜と一緒に。
その事実が、静かに胸を締め付けた。
自己嫌悪が、湧き上がる。
祝福できない自分が、嫌だった。
アインの活躍を、素直に喜べない自分が。
――俺は、まだ空を諦めきれていないのか。
カイルは、マックスの鱗に額を押し当てた。
冷たく、硬い感触。
夕方。
厩舎の外で、飛竜隊の帰還音が響いた。
バサバサバサ。
風を裂く音。
カイルは、顔を上げなかった。
空を見なかった。
地上で戦う意味を、
まだ、見いだせずにいた。
【後書き】
お読みいただき、ありがとうございます。
今回は、カイルの劣等感と自己嫌悪を、飛竜隊の華やかさと対比して描きました。
次話は、カイルに更なる追い打ちが起こります。
第12話 「右脚の痛み」




