【第10話 初任務】
翌日の朝は、前日よりも静かに始まった。
走竜厩舎の空気は、夜の湿り気を残しつつも澄んでいる。
土の匂い、藁の乾いた感触、竜たちの低い呼吸音。
今日の訓練内容は、少し違っていた。
長距離走
それは、ゆっくりした歩調で、ひたすら距離を稼ぐ訓練だ。
野生の走竜は、本来そんな動作をしない。
獲物を狩る時は短距離の全力疾走。
歩くにしても、せいぜい一キロも進めば休む。
だが、軍の走竜は違う。
一気に五十キロ近く移動することもある。
それに耐える脚と肺を、意識的に作らなければならない。
班長が声をかけた
「カイル、お前らは別メニューだ」
呼ばれて、カイルは顔を上げた。
「ペースが合わん。先に実践訓練をやれ」
その言葉に、胸の奥がわずかに弾む。
実践訓練――
市街地や山岳地を想定した、障害物の間を走り抜けるコース走行だ。
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ダダダダダダダタ。
ズザザァ。
マックスはポイントを曲がった出口で地面を蹴た。
「行くぞ」
声を掛けると、マックスは低く唸る。
直線では前傾姿勢になり、低く身体を沈めて突っ走る。
次のポイントに近づくと、動きが変わった。
外側の後足を大きく伸ばし、内側の後足を折りたたむ。
身体は内側へと傾斜する。
それに合わせて、カイルも自然に身体を倒していた。
グッ
曲がる瞬間、縦方向に荷重がかかる。
マックスの背中が沈み、次の瞬間、押し返されるような感覚。
だが、不快ではない。
飛竜は、着地のたびに縦方向の衝撃を受ける。
それに比べれば、この荷重はむしろ心地よかった。
速度が上がる。
急な方向変換では、路面が一瞬横滑りする。
ザッ、
土が散る。
それでも、マックスは踏み直す。
「……だいぶ、お前の走らせ方が分かってきたよ」
独り言のように言うと、マックスは鼻を鳴らした。
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その日の午後、カイルは町はずれの関所に呼び出された。
石造りの関所の前に、騎馬隊が整列している。
騎馬隊の隊長が歩み寄ってきた。
「カイル殿、ご足労いただきありがとうございます」
「おはようございます。盗賊団討伐に参加するよう指示を受けました」
「討伐そのものは我々が行います」
隊長は地図を指し示す。
「盗賊団が走竜を持っている可能性がありましてな。念のための同行とご理解ください」
カイルは頷いた。
「向こうに飛竜が二頭いましたが……ご存じと思いますが、マックスは飛びません」
「了解しています。騎馬隊の後を歩いてください」
関所を出発し、いくつもの農村を横切る。
昼には、騎馬隊十名、飛竜の騎士二名、そしてカイルが並んで軽食を取った。
談笑しながらの時間は、どこか遠足のようでもあった。
その後、森へ入り、野営。
翌朝――
装備を整えた十三名が集まり、打ち合わせが行われた。
「諜報員の報告では、盗賊団は十名」
隊長の声は低い。
「先日のダレル伯の城襲撃で、警護剣士三名が死亡している」
場の空気が引き締まる。
「この後、騎馬隊でねぐらを急襲する。統領以外は生死を問わない」
「飛竜の方々は上空で逃亡者の有無を確認願う」
そして、カイルを見た。
「万が一、奴らが走竜を持っていた場合は、カイル殿が対峙して足を止めてください」
「制圧が終わり次第、打ち取ります」
打ち合わせを終え、カイルはマックスに跨った。
「さぁ、初任務だ」
森の奥。
巨大な峡谷の入口に、見張りが立っている。
騎兵が長弓を引き絞り、一射。
見張りは音もなく倒れた。
「おぉ、さすがだな」
思わず声が漏れる。
「いくぞ!」
騎馬隊が一斉に峡谷へ突入した。
カイルは入口で待機する。
上空では、飛竜二頭が音もなく旋回していた。
奥から、叫び声と剣戟の音。
やがて――
峡谷の奥から、盗賊たちが走って逃げてくる。
二十名近い。
「……なんか、多すぎないか?」
ぼやきながら、マックスを立たせる。
「わぁ、竜がいるぞ!」
盗賊の悲鳴。
足を止めた盗賊の後ろから、三頭の馬が駆けてきた。
「ち、ちくしょう!」盗賊は必死だった。
カイルは道を塞ぐように立ちはだかる。
さらに後ろから、味方の騎馬が三頭。
「カイル殿、かたじけない!」
だが、その隙を突いて、一頭が森へ逃げた。
「しまった、あれが統領だ!」
隊長が全力で追う。
マックスは一頭の馬を後足で押さえ込んでいたが、カイルは叫んだ。
「ここを離れても大丈夫か!?」
返事の代わりに、騎馬兵が手を上げた。
マックスは向きを変える。
森の曲がりくねった道。
盗賊と隊長の距離は、なかなか縮まらない。
「くそ、まずいな」
バカラ、バカラ、バカラ。
枝が流れるように後ろへ飛んでいく。
「ん?」
隊長が違和感に気づいた瞬間――
追い抜かれた。
「うおっ!」
ダダダダダダ。
土が舞い、隊長は片手で目を覆う。
それは、疾走するマックスだった。
「よし、あれが統領だ、追い抜いて止めるぞ!」
次の曲がった道の外側は、土手になっている。
カイルとマックスは、道を曲がらず、壁面を走った。
「この方が速く走れるんだな」
直線を駆け抜ける勢いで、盗賊の馬を追い越す。
カイルは手綱を斜め上に一気に引き上げる。
マックスは身体を倒し、横を向いたまま急制動。
「ぎゃーーーーーーなんだこいつは!」
盗賊の馬は身を捩り、転倒。
投げ出された盗賊は地面に叩きつけられ、動かなくなった。
隊長が追いついてきた。
「大金星ですぞ、カイル殿!」
フンッ、とマックスが鼻を鳴らす。
「それにしても……飛竜とは、こんなにも速く走れるのですか」
「いえ、普通の飛竜は走らずに飛びます。マックスが特殊個体なんですよ」
「いや、本当に凄まじい」
盗賊討伐は、こうして無事に完了した。
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厩舎に戻ると、ミレイとアインが待っていた。
「初任務成功、おつかれさーん」
アインが笑う。
「騎馬隊の隊長さんが、マックスの脚力を絶賛してくれたよ」
カイルが手を上げ、アインが叩いた。
「よかったな」
ミレイは一言だけ言った。
「ほら、使える」
その言葉に、カイルは小さく笑った。
【あとがき】
この話で出てくる「荷重」ですが、表現に迷った末にこの様になりました。
「重力加速度」や「衝撃の大きさ」を指すのですが、分かりやすく書くと、ものすごく説明臭くなるんですよねwwww
次の話しは、親友のアインが活躍しカイルの劣等感が再燃します
第11話 空の英雄たち
アインの同僚をツバイにするつもりだけど、悩むなぁ




