7 乗船前から大騒ぎかよ
どうせなら暫定も外してくれりゃいいのに、と思ったが、おれの心はすでに決まっていた。
「ジュピター二世号が必要なら貸してやってもいい。まあ、そもそもタダで貰ったものだから、レンタル料も要らない。だが、これ以上おれを巻き込まないでくれ。おれはもっと安定した、楽で実入りのいい、有給休暇もたっぷりあって、職場の同僚も良い人ばかりで、上司はやさしくて理解のある、そんな会社に就職するよ」
すると、元子より先にシャロンが「もう、いいっ!」と叫んだ。
「あんたみたいなチキン野郎には頼まないわ! あんたなんか、おじいさまの子会社でも何でも適当に就職して、好きなだけグータラすりゃいいのよ! でも、従姉のアリエラは、あたしにとって実の姉のような人なの! あたしがゴエイジャーへ行って、必ずアリエラ姉さんを助け出すから! きっと、きっと助け出すから……」
驚いたことに、シャロンの青みがかった瞳がウルウルと光り、大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。
すぐに元子がその肩を優しく抱いて、「大丈夫よ、わたしが付いてるわ」と慰めた。
おれの横では荒川氏が大きな溜め息を吐いて「可哀想にのう」と呟いている。
え、何、これ?
これじゃ、おれだけ悪者じゃん。
「……まあ、その、おれがちょっと言い過ぎたよ。このジュピター二世号の船長はおれなんだし、こんな危険なミッションをJK、あ、いや、未成年の女の子に任せる訳にはいかない。おれが行くよ」
すると、シャロンは涙に濡れた瞳でおれを見上げ、「ホントに?」と聞いた。
「もちろんさ。おれだって、やる時はやる。武士、じゃないけど二言はない」
ああ、だが、なんということだろう。
シャロンは指先でチャッチャッと涙を拭うと、笑顔で「よっしゃ~!」とガッツポーズしたのだ。
「あたしの勝ちね、元子お姉さま」
元子は苦笑しながら「参ったわあ」と大げさにシュラッグした。
「演技指導のハリウッドの先生も言ってたけど、やっぱりシャロンちゃんは天才ね。演技が自然すぎて、わたしまでウルッとしちゃった。どっちが最終的に坊やの説得に成功するかの賭けは、わたしの完敗よ」
ショックでものも言えないおれの横で、荒川氏がパチパチと拍手している。
「いやあ、名演技じゃった。昨日、元子くんから真相を告げられた時には、うまく行くのかどうか半信半疑じゃったが、お見事と言うしかないのう。おや、どうしたんじゃ、中野くん?」
「……」
さすがにこれ以上ジタバタする気力もなくなり、おれは黙ってジュピター二世号の方へ歩き始めていたのだが、前方に異様なものを見つけて立ち止まった。
「え? まさか、戦車?」
太陽の光を浴びてメタリックな輝きを放っているものは、どう見ても戦車のようだ。
危険な任務とはいえ、これはやりすぎだよ。
おれの驚きを知ってか知らずか、荒川氏の自慢げな声が聞こえた。
「どうじゃ、すごいじゃろ? 防寒はむろんじゃが、防水・防火・防弾・防麻痺銃・防光線銃・防ミサイル・防なんたらかんたら。まあ、とにかく大抵のことにはビクともせん。これで安心じゃよ」
「ちょ、ちょっと、待ってください。いくらなんでも戦車を持って行くのはマズイですよ」
「戦車? おお、違う違う、そうじゃ、そうじゃない、あれは、チャッピーちゃんじゃよ~」
変な節を付けて言われて、おれは改めて戦車のようなものを見た。
「……チャッピー?」
「昨日言うたじゃろ。寒さに弱いチャッピーちゃんのために、特製の機甲スーツを作ったとな」
言われてみれば、その戦車のような物体には八本の脚が付いている。全体の大きさも、一般的な戦車よりはずっと小さい。
が、おれに気づいて突進して来るのを見て、全身の毛が逆立った。
「ま、待て、チャッピー! そのままぶつかられたら、おれが死ぬ! 止まれ!」
とっさに横を見たが、何故か荒川氏はニコニコ笑っている。
ああ、もうダメだ、と思った瞬間、アーマースーツを着たチャッピーは見えない壁にぶつかったように急停止した。
「心配せんでも衝突回避ブレーキが付いておる。もちろん、チャッピーちゃん自身もケガをせんように、内部には完璧な衝撃減衰機構がある。まあ、その辺りは、わしというより古井戸の工夫じゃがのう」
「はあ……」
まだ心臓がバクバクしているおれの前で、アーマースーツの頭部がパカッと開き、チャッピーの八っつの赤い単眼が現れた。
おれをペロペロ舐められないからだろうか、心なしか恨めしそうに見ている気がする。
しかし、おれは、更にその後ろに立っているものに目を奪われた。
白いフワフワの縁飾りが付いた真っ赤な服と帽子。顔の下半分を覆うモジャモジャの白い髭。背中には大きく膨らんだ白い袋。
それは、まさに……。
「ホーッホッホーッ。さあ、良い子のみんな、プレゼントをあげよう。わたしが有名なサンタクロースZだ。ちなみに、Zに特に意味はないぞ。ホーッホッホーッ!」
おれの呆れ果てた表情に気づき、横にいる荒川氏が頭を掻いた。
「すまんのう、中野くん。あれが本人の、いや本ロボットの希望での。どうせ防寒用のスーツなら、あのデザインがいいと言うんじゃ。まあ、とにかく、性能は保証するよ。おお、そうじゃ、きみの雪男スーツも早く試着してもらわんとな。とりあえず、乗船しようではないか、キャプテン?」




