4 どうしていつもこうなるんだよ
アクセルを踏みかけたおれの心は、衝突回避の自動ブレーキが掛かったように、グイーッと引き戻された。
「いやあ、危ない危ない。もう騙されないぞ。キレイな花にはトゲがある、どころか、毒針がある。どうせこのカワイ子ちゃんも、油断すると背後から延髄斬りをブチかまして来るんだろ?」
元子は両方の手の平を上に向け、クイッとオーバーに肩を竦めた。アメリカ……もう、いいか。
「どうかしら? 資料を見る限り、格闘技はやってなかったみたいよ。でもまあ、十歳の時に、史上最年少で博士号を取ったそうだから、同い年の坊やよりは成績優秀ね」
ほら、出た。
だよな。どうせ高嶺の花子さんだよ。
「残念だったな。おれにはこのミッションを引き受ける義理も人情もない。他の人間に当たって……」
いよいよ本気で断ろうと切り口上で話し始めたおれを片手で制し、元子は上着のポケットから携帯電話を取り出した。
「ハロー? オオ、ワッツアップ?」
おれに聞き取れたのはそこまでで、元子は猛烈な早口の英語で捲くし立てた。
と、「オーケー」と頷いたかと思うと、携帯をおれに差し出した。
「坊やと直接話したいそうよ」
「え? ってか、誰?」
「話せばわかるわ」
「話せばって、おれ英語はあんまり……、あ、なんかウオークニャンみたいな自動翻訳機があるんじゃないの?」
が、元子はアッサリ首を振った。
「ないわ。それに、心配しなくても、日本語で話してくださるそうよ」
「えええーっ、ホントに誰だよ?」
「いいから、早く出て」
押し付けられた携帯を渋々受け取り、おれはやや緊張して話し掛けた。
「もしもし?」
《オオ、シンヤ、ワタシヨ。ナオミヨ》
「あれっ。シャロンのお母さんですか?」
《ソウヨ。オネガイ、シンヤ。メイノ、アリエラ、タスケテ。シンヤナラ、デキル。ワタシ、シンジテルヨ》
「うーん、助けてあげたいのは山々なんですが……」
《オオ、アリガト。ヤッパリ、シンヤ、オトコノコ。ヨロシク、オネガイ。ジャアネ》
「あ、待ってください。山々、っていう言葉の意味はですね……」
携帯からはもう、ツー、ツーという音しか聞こえない。
「ああっ、まずい、まずいぞ。早く誤解を解かなきゃ」
だが、おれが掛け直す前に、元子は携帯を取り上げた。
「わたしからもお礼を言うわ。ありがとう、坊や、いえ、中野くん」
「なんでそうなるんだよ! おかしいだろ!」
おれが椅子から立ち上がって更に抗議しようとした時、半透明のシールドの向こう側に立っている人影が目に入った。
同時に元子が「シールド解除!」と告げ、その人物がハッキリ見えた。
肩の辺りで揃えた栗色の髪を片側だけ結び、今回はラベンダー色のワンピースを着ているその人物は、怒りに満ちた目でおれを睨んでいる。
「事情はおおよそ聞いてるわ。元子お姉さまに電話する前に、ママからあたしに直接連絡があったの。おじいさまの携帯であんたと話した時、周辺の雑音から近所の商店街にいることはあたしにはわかってたから、すぐに飛んで来たのよ。でも、あんたみたいなチキン野郎には頼まないわ。あたしが行って、従姉のアリエラを救い出すから」
おれもフツフツと怒りが込み上げて来た。
「あのなあ、おれのことを腐すのは構わないが、行先がどんなとこかわかってんのか? ゴム管、いや、極寒地獄だぞ。それに、強大なクリキ……」
そこまで言ったところで、おれの口は元子の手で塞がれていた。
そのままの状態で、歯を喰い縛ったような強い口調で囁かれた。
「何のために防諜シールドを張ってたと思ってんの? その言葉を他人に聞かれないためよ。もし、坊やがその言葉をしゃべったら、それが切っ掛けで戦争になるかもしれないのよ。アンダスタン?」
だから、もう、わかったよ。
おれは口を塞がれたまま頷いた。
と、手を外すなり、元子は「サンキュー!」と声を上げた。
「シャロンちゃん、心配いらないわ。見たでしょう? 中野くんは今、力強く頷いてくれたのよ。さあ、じゃあ、大急ぎで出発の準備をしなきゃ」
「あのな~」
おれの言葉などどこ吹く風、二人は「せっかくだからハイパースーツを新調しなきゃ」だの「航海士は別に雇った方がいいかしら?」だの、具体的な話を始めている。
「ちょっとはおれに気を……」
使えよと言う前に、交番の前で待機していたらしいさっきの警官の「うわあ、化け物! こっちへ来るな!」という叫びと共に、ズキューンという発砲音が聞こえた。
やばい!
きっとあいつだ!
と、思う間もなく、大型犬ほどの黒い塊がおれ目掛けて突進して来た。
「ど、どうした、チャッピー? ってか、おまえ、大丈夫か?」
ペロペロ舐められながら確認したが、幸い威嚇射撃だったようで、銃弾は当たっていないようだ。
が、その後ろから、拳銃を構えたままの警官が駆け込んで来た。
「む、無駄な抵抗はやめろ! 直ちにその青年から離れるんだ、化け物!」
おれは慌てて手を振った。
「違うんです! このでっかいクモは、おれのペットなんです! う、撃たないでください!」
戸惑った表情の警官の後ろに、ソフビ(=ソフトビニール)のロボット人形をそのまま大きくしたような姿が見えた。
「天知る、地知る、人も知る。正義の味方、悪の敵、宇宙の平和を愛するヒューマノイドロボット、プライデーZ、ここに見参! ちなみに、Zに特に意味はない!」
また変な時代劇を観たらしい。
手には、昔の子供がチャンバラごっこに使ったようなプラスチック製の刀を持っており、それを大上段に構え、拳銃を持ったままの警官を狙っている。
「や、やめろ~」




