35 いよいよ本格ミステリーかよ
室外で待っていたストローハット教授とアリエラさんに状況を説明すると、そのままではあまりに四処博士が可哀想だからと、遺体だけ別室に移すことになった。
すっかり探偵気取りのシャロンは、鷹揚に頷いてみせた。
『わかったわ。一応、あたしの記憶には鮮明に焼き付いてるけど、念のため、現場の写真を撮っておいて、プライデーZ。ああ、それから、凶器の氷柱は厳重に保管すること。いいわね?』
『アイアイマム』
一方、恩師の死体の第一発見者となったドクター三角は珍しく落ち込んでいるし、ストローハット教授はずっと『ママ~、ママ~』と呟き続けている。
で、結局、遺体を運ぶ役は、おれとマーロン大佐ということになった。
『お手伝いしましょうか、中野さん?』
ああ、やっぱり天女だ。しかし、アリエラさんに遺体運びを手伝わせる訳にはいかない。
『ああ、大丈夫です。道案内だけ、お願いできますか?』
『もちろんですわ。こちらへお進みくださいな』
なんて上品なんだろう。従姉妹同士でも、性格は正反対だ。
アリエラさんが案内してくれた場所は、なんと遺体安置所だった。
『へえ、こんな施設まであるんですね』
おれが驚くと、アリエラさんは優雅に肩を竦めた。
『四処博士は本当に変わった方で、モルグはあるのに祭壇などはないのよ。それから、日本式のお風呂場はあるけどシャワーはないとか、とにかくおかしな拘りがいっぱい。ああ、ごめんなさい。亡くなった方を悪く言ってはダメね』
『いえいえ、別に悪口じゃないですよ。後はおれたちがやっときますので、シャロンが暴走しないよう、見張っといてください』
『まあ、そうね。じゃ』
おれがヘラヘラ笑いながら見送っていると、その間ずっと無言だったマーロン大佐が『あの女には気をつけろ』と囁いた。
『えっ、それはどういう……』
意味か聞く前に、前方からコブラ男が歩いて来るのが見えた。
『残りのメンバーも全員起きた。今、副隊長のストローハット先生が状況を説明している』
『そうか。じゃあ、みんなショックだろうな、四処博士が死んじゃって』
ところが、コブラ男は穴だけの鼻で笑った。
『ふん。そいつはどうかな。あからさまにではないが、喜んでいる者もいるだろう。なにしろ変わり者だったからな、あの先生は』
いくらなんでもその言い方はないだろうと、文句を言おうとしたおれの肩をマーロン大佐が押さえ、コブラ男に質問した。
『それでは、われらも地下シェルターに戻った方がいいのか?』
『いや。あそこでは狭すぎる。二階の大会議室に集まろうということになった。エレベーターの電源を入れるほどでもないから、奥の階段で上がってくれ。上がってすぐ左の部屋だ。ああ、それから』
コブラ男はおれの方に向き直った。
『玄関のエアロックにいるクモの化け物が騒いでいる。宥めるか、帰すかしてくれ』
言い捨てると、サッサと戻って行った。くそっ。
と、マーロン大佐が『ちょうど良い機会だ。荒川氏にも状況を知らせた方が良いぞ』と助言してくれた。
『ああ、そうだった。けど、チャッピーはどうしよう?』
『われの帰りを心配してくれているのなら、無用だ。道は覚えたから、一人でも帰れる』
『そうか。じゃあ、荒川さん一人きりじゃ心配だし、一旦帰そう』
と、何故か周囲を確認し、声を潜めてマーロン大佐がおれに告げた。
『荒川氏への連絡には、相互通信機を使わぬ方が良い。連中に丸聞こえだからな』
『ああ、そうだね。燃料のことがあるし。じゃあ、ボイスメッセージをチャッピーに託そう』
おれは雪男スーツにボイスメッセージの作成を命じ、手短に状況を吹き込んだ。すぐに胸ポケットの位置からピーッ、ピーッと音が鳴り、開けると五百円玉ぐらいのマイクロディスクが出て来た。
それを手に持って玄関の方に行ってみると、確かにアーマースーツのチャッピーがガラス扉に体当たりしていた。
おれはインカムのスイッチを入れ、《落ち着け、チャッピー》と声を掛けたが、逆効果で余計に昂奮してジタバタしている。
と、ガラス扉の上の方から、人工音声の標準宇宙語で『円周率の小数点以下第百位の数字を答えよ』と問うて来た。
おれが半笑いで『九だよ』と言うと、プシュという音と共にガラス扉が開き、チャッピーが飛び出して来た。
例によって自動ブレーキで停止すると、顔面のカバーが上がって赤い単眼が見えた。
『ごめんよ、チャッピー。おれを舐めさせてやるヒマはないんだ。悪いけど、荒川さんのところへ戻って、護ってやってくれ。一人じゃ可哀想だろ?』
そう言いながら、手に持っていたマイクロディスクを見せ、ウインクした。
チャッピーはホンの数秒躊躇っていたが、マイクロディスクを口に咥えると、顔面のカバーを閉め、小さく頷いた。
『よし、いい子だ。ええと、外へ出すには、どうするのかな?』
おれの質問を聞き取ったのか、また人工音声が『円周率の……』と言い始めたので、喰い気味に『九だ』と答えると、『減圧します。ヘルメット・酸素マスク等を着用してください』とアナウンスされた。
マーロン大佐が『われも電磁シールドヘルメットのスイッチを入れた。開けよ!』と命じたら、またしても『円周率の……』と始まった。
おれが少しキレて『九だって言ってるじゃん!』と言うや否や、シューッと空気が抜ける音がした。
《ったく、何遍言わせるんだよ》
空気がなくなり、インカムで愚痴るおれに、マーロン大佐が笑って応えた。
《すでに答えを知っているからこそ、簡単に扉を開けられるのだ。知らない人間なら立ち往生する。うまい仕掛けだと思うぞ。さあ、戻って名探偵登場を拝見しようではないか》
そうなったらそうなったで、心配だよ。




