32 地獄に天女って、ことわざにはないよ
その白衣の女性が顔を出すと、前にいたシャロンが階段を駆け降り、抱きついた。
『アリエラ姉さん、無事だったのね!』
『ええ、何とか生きてるわ。助けに来てくれたのね。ありがとう、シャロン』
ちなみに、二人が話している言葉は、口の動きから見て標準宇宙語でも英語でもなく、おれの知らない外国語のようだ。
と、アリエラさんがこちらを見て、今度は標準宇宙語で呼びかけた。
『とにかく、みなさん中に入ってくださいな。ストローハット教授がお待ちかねよ』
アリエラさんはおれと同じ年齢のはずだが、外国人だからなのか、賢そうな眼鏡をかけているからなのか、それとも天才だからなのか、ずっと大人びて見える。
もちろん、映画女優のような美人に呼ばれて、行かない訳がない。
アリエラさんのポニーテールにした亜麻色の髪を追いかけるように、シャロンに続いて室内に入った。
中には先に入っていたコブラ男以外に、四十代ぐらいの細身の白人男性と、カエルのような顔をした異星人がいた。
白人男性は銀色に近い薄い金色の髪を肩まで伸ばし、同じ色の山羊のような顎髭を垂らしている。彼がストローハット教授だろう。
カエル顔の男は、確か両生類の冒険家だ。コブラ男同様、二本の腕と二本の脚だが、手の指の間には水掻きがあり、指先には吸盤が見える。
顔はまさにアマガエルのような緑色で、アニメのキャラクターのような大きなキョトンとした目と、歯のない大きな口の間に、ポツポツと小さな鼻の穴が二つ並んでいる。
蛇とカエルが同じ部屋に居て大丈夫なのかと心配になるが、当然のことながら、二人はごく普通の同僚として振る舞っていた。
おれの後からドクター三角、マーロン大佐、プライデーZが入り、扉が締められると、ストローハット教授が『みなさん、ようこそ。どうぞ椅子にお掛けください』と勧めた。
部屋の中央には大きめの丸テーブルがあり、取り囲むように椅子が九つ並んでいる。つまり、越冬隊のメンバー全員が一堂に会する時に使うものだろう。
日本なら、まずは立ったまま名刺交換だろうなと思いつつ、ここは郷に入っては郷に従うで、おれは一番手前の空席に座りながら『隊長の中野です』と名乗った。
おれの真正面にストローハット教授、その右隣りにカエル男、アリエラさん、シャロンと並び、教授の左隣りにコブラ男、プライデーZ、マーロン大佐、ドクター三角という順になった。
おそらく、コブラ男とマーロン大佐が隣り同士にならないよう気を使ったらしいプライデーZは、コブラ男の方をなるべく見ないようにしている。
全員が着席したところで、ストローハット教授が口を開いた。
『救助隊のみなさんに、まずはお礼を申し上げます。本当にありがとうございます……』
……わたしが越冬隊の副隊長、イエロー・ストローハットです。しかし、元々副隊長という役職があった訳ではなく、隊長である四処博士がいらっしゃらなくなり、残ったメンバーの互選で決まったのです。
はい?
ああ、博士が現在どうされているか、その生死を含め、わたしたちにはわかっておりません。
ちなみに、今ここに居る四名以外の四名は、奥の人工冬眠カプセルで休んでおります。後ほどご説明する事情で、エネルギーを節約しなければなりませんので。
そうですね。時系列を追ってご説明すべきでした。
わたしたち越冬隊がこのゴエイジャーに到着したのは、今から約一年前のことです。
当初から頑丈な基地を造りたいという四処博士のご意向で、到着早々建築作業に明け暮れる毎日でした。
もちろん、そんな必要があるのかという不満を漏らす者もおりましたが、その後、氷震が度々起こり、不平を言う者はいなくなりました。
ええ、そうなんです。
聞かれたかもしれませんが、このゴエイジャーは白色矮星の強い潮汐力を受け、言わば、惑星全体がギシギシと軋んでいるのです。
地震関連はご自分の専門ですから四処博士は大興奮され、「今こそ我が理論の正しさを証明する時だ」と、基地建築はわたしたちに任され、お一人で系外惑星用雪上車に乗り込み、まさに大車輪で各地の調査に回られておりました。
ところが、基地建設が一段落した頃、青ざめた顔で戻って来られると、「御神渡りを見た」と仰ったのです。
ご存知かもしれませんが、博士は日本の長野県のご出身で、そこにある諏訪湖という湖は、真冬に全面が凍ると、昼夜の温度差によって氷に亀裂が入り、筋状にせり上がるそうです。
これは、男性の神さまが女神さまに逢うために通った跡である、との伝説があるらしいですね。ああ、すみません。わたしの専門の異星人類学の前身は文化人類学で、世界各地に残るこういう伝承には詳しいのです。
もちろん、科学者である四処博士はそんなロマンチストではないでしょうが、おそらくは、普通の自然現象とは思えないということが言いたかったのでしょう。
でも、それからなのです、四処博士の様子がおかしくなったのは。
ブツブツと独り言ばかりいわれるようになり、しかもそれが日本語なので、わたしたちには半分もわかりません。
それでも、調査は以前にも増して精力的に続けられ、専用のボーリング機械を使い、あちらこちらの氷床に穴を開け、氷のサンプルを集められているようでした。
そして三週間前、あの事件が起きたのです。
定時亜空間通信の直前のことでした。四処博士が髪を振り乱し、日本語で叫んだのです。
「やっぱり十人いる! イドの怪物だ!」




