30 ポツンと伏魔殿って、怖すぎるよ
チャッピーに乗ったマーロン大佐の到着を待ち、全員で建物に向かった。
実際に近づいてみると、もちろん某テレビ局よりは建物全体は小さく、それに比して銀色の球体はバカでかい。
いみじくもプライデーZが伏魔殿と言ったように、何か不気味な雰囲気が漂っている。
《まったく明かりが見えないわね》
シャロンに言われて気が付いた。
球体の宇宙船ビーグル二世号はもちろん、ビルの窓すべてが真っ暗である。それを地上からライトで照らしているのだから、何のことはない、よく子供が懐中電灯を顎の下から当て、「お化けだぞう~」とやるのと一緒じゃないか。
おれは少し怖さが薄らぎ、《プライデーZ、スピーカー音声で呼び掛けてみてくれ》と頼んだ。
《待って》
《待てよ》
《待つのだ》
残る三人から同時に止められたが、おれの命令以外はガン無視して、プライデーZは大声で呼び掛けた。
「さあ、良い子のみんな、お待ちかねのサンタさんが来たよ~! 良い子にはプレゼントを、悪い子にはお仕置きを~! 悪い子はいねが~!」
《いやいやいや、それじゃ、なまはげだろ、ってか日本語かよ。みんなが止めたの聞こえなかったのか?》
《え? わたしに言われたんですか?》
《まあ、いいよ。どちらにしろ、もう遅いし。それで、みんなが止めた理由は?》
シャロンが《今さらだけど、どんな危険があるかわかんないでしょ》と言うと、マーロン大佐も《われも同意見だ》と頷いた。
が、ドクター三角だけは《ぼくはそういう意味じゃない》と首を振った。
《危険かどうかは知らないが、四処博士は気難しい人だから、呼び掛けるならぼくの方がいいと思ったのさ。まあ、いずれにせよ反応がないから、入ってみようじゃないか》
基地の中へ入るしかないという点では全員の意見が一致したので、入口の扉の前に行った。
当然施錠されていたが、人が近づいたのを検知したらしく、人工音声の標準宇宙語で『円周率の小数点以下第百位の数字を答えよ』と問うて来た。もちろん、自動翻訳機がなければ、とてもじゃないが、問いの内容自体がわからなかったろう。
シャロンが外部スピーカーをオンにして『九よ』と即答すると、『どうぞお入りください』という声と共に扉が開いた。
《へえ。数学は不得意じゃなかったっけ?》
相互通信機でおれが聞くと《たまたま百位まで丸暗記してるだけ。サンテンイチヨンイチゴって、全部聞きたい?》と言われたので《いや、遠慮しとく。早く入ろう》と答えた。
(参考:3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679)
プライデーZが照明を消すと、扉の内部にほんのりと明かりが灯っているのがわかった。
扉を入ってすぐの風除室に当たる部分を通り過ぎ、全員が次の二重ガラス扉の内側に入ったところで、シューッという音と共に空気が満たされた。
《プライデーZ、分析してちょうだい》
今おれが言おうと思ったのにぃ、まあ、いいか。
《ホッホー、あ、いえ、もう普通にしゃべりますね。窒素七十八パーセント、酸素二十一パーセント、その他一パーセントの一気圧の気体、つまり地球の空気とほぼ同じです。室温は摂氏十三度、湿度三十パーセントで、やや寒く乾燥していますが、まあ、冬と思えばたいしたことはありません。ちなみに、有害な微生物等は検知されませんでした》
《ってことは、呼吸しても大丈夫ってことね。じゃあ、やってみるわ》
《おいっ、ムチャすんなよ!》
おれが止める間もなく、シャロンは襟元のボタンを押した。
見た目は変わらないが、電磁シールドヘルメットは解除されたらしく、「寒っ!」というシャロンの肉声が聞こえた。
「でも、まあ、呼吸はできるわ。変なニオイもしなし。ただ、すごく乾燥してるみたいだから、美容には悪いかも」
《いやいやいや。美容とかの問題じゃなくてさ……》
ところが、おれ以外のメンバーは次々に空気を吸い、「おお、われにはちょうど良い」だの「ぼくは北国の生まれだから、むしろ暖かいよ」だのと言っている。
チャッピーですら前面のカバーを開き、顔を出した。
ああ、もう。おれもイエティマスクを外すぞ。おれは顎の下側から外し、脱いだマスクをパーカーのフードのように背中側に倒した。
「ヘェ、ヘェ、ヘェックション! う~、寒っ」
サンタの白髭マスクを外したプライデーZが、外人のように手を広げて肩を竦めた。
「おお、人間って不思議ですねえ。マイナス八十七度に比べれば百度も高いのに、やっぱり寒いんですねえ。ロボットに生まれて良かったあ」
「何だよ、おまえだって防寒スーツ着てたくせに。ってか、そんな場合じゃないな。圧力調整が終わったから、もう内側のガラス扉が開いても良さそうなもんだけど……」
向う側の照明が点いていないため、ガラス扉は鏡のようにおれたちを映すだけで、中の様子を窺い知ることができない。
と、入口で聞いたのと同じ人工音声が『間もなく内扉を開きますので、一歩下がってお持ちください。引き続き、室内の非常灯を点灯いたします』と案内した。まあ、これくらいは自動翻訳機なしでもわかる。
ビーッ、ビーッという警告音と共に、内側のガラス扉が開き、オレンジの非常灯に照らされた室内が見えた。
と、真正面に黒い人影が立っている。
人影?
いや、その頭部から首にかけて羽根つき餃子の羽根のようなでっぱりがあり、両目は赤く光り、薄い口の隙間からチロチロと細い舌が出たり引っ込んだりしている。
『救助隊の諸君、ようこそわが越冬隊基地へ』
えええっ、怖すぎるよ~。




