2 聞いただけで震えが来るよ
もちろん、元子に連れて行かれたのはいかがわしい場所などではなく、逆に、最もいかがわしくない場所であった。
商店街から出てすぐの大通りに面したこじんまりした建物で、不釣り合いなほどでっかい金色の桜の花びらのような紋章があり、ピカピカ光る赤いランプが付いている。
「な、なんだよ、ここ」
「あら、知らないの? 日本が世界に誇るセキュリティーシステム、交番よ」
「それぐらい知ってるよ! じゃなくてさ……」
おれたちの騒ぐ声が聞こえたのか、交番に詰めていた制服の警官が飛び出して来た。
「どうしました? 事件ですか?」
元子は「あら、失礼」と微笑みながら、黒レザーの上着の襟を捲って、裏側の金色のバッジを見せた。
たちまち警官は直立不動の姿勢で敬礼した。
「大変ご無礼いたしました、捜査官殿! 容疑者の引き渡しでありますか?」
そう言いながら、警官はもの凄い横目でおれの顔を睨んでいる。
頭の中で、凶悪犯の手配写真と照合しているようだ。
冗談じゃないよ!
が、おれが身の潔白を力説しようとする前に、元子が「違うわ」と笑った。
「この坊やと、ちょっと内密の話がしたいのよ。ホンの少しの間、取調室をお借りできるかしら?」
「あ、はい、それはもう、スターポールへの協力は我々の義務でございますので。しかし、このように狭い交番ですから、独立した取調室はなく、調書の聞き取りに使うデスクが奥に一台あるだけなのです。それでよろしければ、どうぞお使いください」
「ありがとう。念のため、防諜シールドだけ張らせてもらうわ。悪く思わないでね?」
「滅相もございません。どうぞシールドをお使いください」
頭を下げる寸前、警官の顔に残念そうな表情が浮かんだのを、おれは見逃さなかった。
そりゃそうだろう。
ファッションモデル顔負けのスタイルをした美人捜査官と、どう見ても風采の上がらない学生が内密の話をするって何だろう、って思うわな。
つーか、そんなに自分を卑下してどうする、おれ。
が、おれの内心の葛藤などどこ吹く風、元子は奥のデスクの肘掛け付きの椅子にカッコよく脚を組んで座ると、人差し指を上にクイッと曲げながら「カモン、ボーイ」と宣った。
アメリカかよ!
おれも負けじとオーバーアクションで肩を竦め、元子のデスクの正面に置いてある折り畳み椅子に座った。
「で、行先は?」
おれの質問に、元子は唇をつぼめつつ、その前に立てた人差し指を左右に振って見せた。
「チッチッチッ」
だから、アメリカかって!
おれの表情の変化など気にせず、元子はポケットから小さな機械を取り出すと、赤いボタンを押して空中に投げた。
ビーンという音と共にその機械から半透明の膜状のシールドが拡がり、おれと元子が向かい合わせに座っているデスクを中心に、スッポリとドーム状に覆った。
元子は満足げに指をパチンと鳴らした。
「さあ、これで何を話しても大丈夫よ。恋バナでもする?」
「ざけんなよ! ってか、おれにはもうわかったけどさ」
「へえ、何が?」
「だから、目的地さ。当ててやろうか?」
「あら、どうぞ。名推理を聞きたいわ」
ふん、驚くなよ。
「ズバリ、アメリカ合衆国だろう!」
しかし、元子は鼻で笑った。
「やだわ。アメリカなら、シン・新幹線で片道十五分で行けるじゃない。それにFBIは優秀だから、わざわざスターポールの職員を派遣するまでもないわ。坊やが行くのは、当然宇宙よ」
「じゃ、じゃあ、なんでさっきからアメリカ人みたいなオーバーアクションなんだよ」
元子はハーッ、ハッ、ハーとアメリカ人のように笑った。
「それはね、今つきあってる相手がアメリカ人だからよ、って言ったら、少しはジェラシー感じる? あ、でも、坊やは年下の方が好みだったわね」
途端にさっきの電話のことを思い出し、おれは苦い顔になった。
「いいから、さっさと目的地を言えよ」
「そうね。でもその前にいくつか質問させて」
元子も表情を改め、メモを片手に尋問するような口調で聞いて来た。
「スキーはできる?」
「それが何か関係あるのか?」
「聞いてるのはこっちよ。どうなの?」
「できないよ。おれの故郷じゃめったに雪が降らないからな」
「じゃあ、スノーボードは?」
「はあ? 聞いてなかったのか。あんまり雪が降らない地方だって……」
「できるの、できないの?」
「だから、できないよ。悪かったな」
「それなら、スケートは?」
「ああ、もう、しつこいな。ってか、行先はうんと寒い惑星なのか?」
「質問に答えて」
「できないよ。じゃあ、行くまでもなく、おれは不合格なんだな?」
「まだ質問が終わってないわ。水泳はできる?」
「ええっ、寒中水泳か。それはイヤだな。でも、それ以前に、そもそも泳げないよ。確か、ドラードの湖に河童スーツで潜った時、それは言ったはずだぞ」
「そうだったわね……」
元子は腕組みして考え込んだ。
このまま門前払いになりそうだが、それならそれでいい。無理して引き受けてヒドイ目に遭うのは、もう懲り懲りなのだ。
しかし、元子は腕組みを解くと、ニッコリ笑った。
「やっぱり、わたしの思ったとおり、坊やが適任よ」
「え? どゆこと?」
元子はおれに向かって人差し指を突き付けた。
「中野伸也どの、たった今あなたをスターポールの特別暫定保安官補佐に任命するわ」
「またそれかよ~」
「いいえ、今回は見習いが外れたわ。一階級昇進よ」
「んなアホな。つーか、結局、目的地はどこなんだよ?」
元子は一度深呼吸して、厳かに告げた。
「宇宙の極寒地獄、全球凍結惑星、ゴエイジャーよ!」




