28 長い滑走路を抜けると雪国だった、って文豪かよ
目標の氷山の天辺に、パラライザーキャノンのビームに穿たれた細い道が出来ている。
まさに滑走路だ。
「シートベルトをお締めください、お客さま」
CAになりきっているプライデーZに改めて促されたが、おれの座っているディレクターチェアにそんなものが付いているはずもない。
「ど、どうすりゃ、いいんだよ」
「仕方ありませんね。では、わたしにお座りください」
プライデーZは、いわゆる空気椅子のような姿勢になった。
「大丈夫かよ。まあ、背に腹は代えられないか。頼むぜ、プライデーZ」
「アイアイサー!」
おれが曲げられた膝の上に乗ると、プライデーZの両腕が後ろから回された。
ジタバタしているおれたち以外は、それぞれの椅子でシートベルトを締めている。
ってか、おれが船長席を譲ったマーロン大佐はともかく、ドクター三角にさえちゃんとした席があるのに、おれだけないって、おかしくない?
などと言う間もなく、ジュピター二世号は着陸の最終段階に入った。
操縦桿を目いっぱい引きながら、シャロンが「早く車輪を出して、プライデーZ!」と叫んだが、それには荒川氏が応えた。
「すまん、車輪はないんじゃよ。予算が足りんでのう」
「じゃあ、減速用のパラシュートは?」
「それもないんじゃ。というか、気圧が低すぎて、あっても役に立たんよ」
「ああ、もう!」
シャロンでなくとも自棄になりそうな状況だが、おれの椅子代わりになっているプライデーZは「着地まで、二十秒前、十七、十六……」などとカウントしている。
と、前方スクリーンに、融け残った大型トラックほどの氷の塊が前を塞いでいるのが映った。
「ぶつかっちゃう!」とシャロン。
「心配いらん!」とマーロン大佐。
次の瞬間、パラライザーキャノンのビームが氷塊を融かし、できた水の壁の中にジュピター二世号が突っ込んだ。
ギューッと体ごと持って行かれるような急ブレーキが掛かり、ジュピター二世号は停止していた。
「ど、どうなった?」
おれの質問に、鼓膜が痛くなるような大声でプライデーZが答えた。
「突き抜けた水の壁が一瞬で凍り、ジュピター二世号の天然のブレーキとなったのです! イエイ、ラッキー!」
「わかった、わかった。おれの耳元で叫ぶなよ。船内に異常がないか、すぐに調べてくれ」
「アイアイサー」
かなりの急ブレーキではあったが、幸い故障もなく、誰も怪我をしていなかった。
「よし。第一段階は何とかクリアしたな。じゃあ、越冬隊基地を捜しに行こうぜ」
ようやく船長らしい発言ができたと喜んだのも束の間、シャロンが「まだよ」と止めた。
「プライデーZ、周囲の状況をレポートしてちょうだい」
「アイアイマム。位置はほぼ北緯三十六度、トワイライトゾーン内です。重力は地球の約六分の一、つまり月面と同程度です。気温は摂氏マイナス八十七度、気圧はゼロコンマゼロゼロイチ(=0.001)ヘクトパスカル。大気の主成分は酸素ですが、薄すぎて呼吸はできません。この酸素は水が白色矮星の光で分解され、軽い水素だけが宇宙空間へ散逸したためです。ちなみに……」
「もういいわ。つまり、完全防寒用のスーツを持っているメンバーしか外に出られない、ということよ」
話を中断されたプライデーZは、小声で「水兵リーベぼくの船というのはですね……」と続けていたが、おれはワザと大きな声で「わかってるよ」と返事をした。
「だから、雪男スーツのおれ、雪女スーツのシャロン、サンタクローススーツのプライデーZ、アーマースーツのチャッピーでいいだろ? あ、当然荒川さんも何か用意してるはずだし」
「ちょっと待ってくれ」
手を挙げたのはマーロン大佐だった。
「ここまで来て置いてけぼりは困る。酸素マスクさえ貸してもらえれば、寒さには耐えられる」
慌てておれは首を振った。
「いやいやいや、耐えられるとか、我慢できるとか、そういうレベルの問題じゃ……」
だが、マーロン大佐はおれの言葉を遮り、「少しだけ時間をくれ」と言うと、自分用の個室に入って行った。
その間に、荒川氏から提案があった。
「中野くんの予想どおり、わしも雪ん子スーツを用意しておるんじゃが、この際、ドクター三角に譲ろうと思う。基地を発見した場合、四処博士との交渉が必要となるかもしれん。ドクター三角、行ってくれんか?」
ドクター三角は唇をへの字に曲げていたが、「まあ、仕方あるまい」と頷いた。
そこへ「待たせたな」と言いながら、マーロン大佐が戻って来た。
いや、これが本当にマーロン大佐なのか、おれは目を疑った。
栗のイガのようだった体毛の代わりに、真っ白な綿のような毛で全身が覆われている。ブラスター用のベルトをしているので、辛うじて本人とわかるぐらいだ。
「換毛の季節ではないが、われは訓練によって、自由に冬毛に変えることができるようになったのだ。冬毛ならば、マイナス百二十度まで耐えられる。さあ、行こうではないか」
こっちの方が、見た目はおれよりよっぽどイエティのようだが、問題は防寒だけではない。
「おれたちのスーツには、一応飛行装置が付いてるけど、マーロン大佐はどうする?」
「心配いらぬ。時速六十キロで三時間程度なら走れる。もし、遅れるようなら、置いて行ってもらっても構わん」
「そうは行かないよ」
荒川氏が苦笑して割って入った。
「どうせチャッピーのアーマースーツは飛べんから、乗って行けばよい。筋力強化仕様になっておるから、本人の負担は軽いしの。大佐を乗せても、時速百三十キロは出せるじゃろう。わしはここで留守番をしておる故、ジュピター二世号のことは心配せんで、行っておいで」
おれは改めて、出発するメンバーに気合いを掛けた。
「よーし、行くぞう!」
プライデーZが小声で「追い掛けて~、追い掛けて~、追い掛けて……」と歌うだけで、他のメンバーはシーンとしてる。
先が思いやられるよ~。




