24 果報は寝て待て、って誰が言ったんだよ
最近の宇宙船は基本的に自動恒常性調整になっており、ジュピター二世号も例外ではない。
船内の環境は、一気圧・一地球重力加速度(=G)・摂氏二十四度・湿度五十パーセントに自動的に保たれている。
しかも宇宙船内は高気密だから、重力以外は外部からの影響がほとんどなく、もし、あったら生命に関わる重大事故となる。
Gについては離陸・着陸時以外、特に大きく変動することもないのだが、大きな天体を掠めるスイングバイでは、その影響を避けられないのだろう。
前方スクリーンからの警告は続いている。
《……目標の自由浮遊惑星は直径約十四万キロで、ほぼ木星のサイズです。しかも、質量はおよそ二倍あります。
そのためスイングバイ時には、当船の機体に大きな負荷が掛かります。よって機体の破損を防ぐため、負荷が均等に掛かるよう、進行方向軸に対して回転等の操作を実施いたします。
艦内への影響は少なくなるよう調整いたしますが、ゼロにはできません。体感的には、ちょうど地球でジェットコースターに乗っているように感じるでしょう。
間もなくスイングバイのコースに入りますので、必ず着席し、安全のためシートベルトをお締めください。
それでは、レディ……ゴー!》
多少おふざけムードなのは、日頃情報交換しているプライデーZの影響かもしれない、などと冷静に分析している場合ではない。
おれは大急ぎでディレクターチェアを降り、船長席にはマーロン大佐がいるため、その前の操縦席に座り、慌ててシートベルトを締めた。
ゴゴゴゴゴゴッと機体が振動を始め、徐々にGが大きくなって来た。
「いやいやいや、これはジェットコースターどころじゃないぞ……」
おれの体の上に巨漢プロレスラーが乗っかってるように、ググ~ッと椅子に押し付けられ、身動きもできない。
フッとプロレスラーがいなくなったかと思ったら、ドーンとヒップドロップが来た。
「ぐえっ!」
またフッといなくなり、今度はドロップキックを浴びせられた。
「げほっ!」
更に脚を掴まれ、ジャイアントスイングを喰らった。
「これ、これなら、ジェット、コースター、の方が、マシだ、よ~」
ところが、マーロン大佐は「ヒュ~!」とか「ウェ~イ!」とか、柄にもなく燥いでいる。
その後もおれと(想像上の)巨漢プロレスラーの異種格闘技は続いたが、困ったことに、レフェリーストップもゴングが叩かれることもなく、延々と果てしがない。
「い、いったい、いつまで、続くんだよ~」
《まだスイングバイは始まったばかりです。これから、およそ一時間半かかります》
「し、死ぬよ~!」
《ジェットコースターが苦手な方は、事前に人工冬眠カプセルに避難されることをお薦めします》
「そ、それを、早く、言って、くれよ~」
と、ピーッ、ピーッ、ピーッと警報が鳴った。
《危険です! 危険です! シートベルトを外さないでください!》
「え? おれは、何も……」
「心配せずとも良い。われだ」
おれの目の前にイガグリ、いや、マーロン大佐の顔があった。
有無を言わせず、マーロン大佐はおれの方もシートベルトを外し、コックピットから引き摺り出した。
《シートベルトを着用してください!》
「少し黙っておれ、機械」
上下左右に激しく揺れる船内をものともせず、マーロン大佐はおれの体を抱え上げ、司令室を出た。
ハリネズミのような体毛がチクチクするが、今はそれどころではない。
「ど、どこへ?」
「ふふん。さっき機械が言っていただろう」
「あっ、人工冬眠カプセルか」
「ドクター三角の隣になるが、まあ、しばらく辛抱しろ」
「ああ、ありがとう」
「礼は無事に着いてからでよい。ゆっくり休め」
「いや、そんなに寝てはいられない。スイングバイが終わるまででいいよ」
「われを信用しろ」
「あ、でも……」
反論する間もなく、カプセルの蓋が閉められ、シューッと入眠剤が噴霧された。
その時になって、このままあいつにジュピター二世号を乗っ取られてしまう、と後悔したが、すぐに意識が遠のいた……。
……濁った水の中を泳いでいた。
あれ?
おれは泳げないんじゃなかったけ?
それに息も苦しくないぞ。
ああ、これは夢だ。いわゆる明晰夢というやつだ。
夢なんか見ている場合ではないという気もしたが、そんなこと言われても困る。おれが見たくて見てるんじゃないもんな。
などと自分に言い訳している間に、水底に着いていた。
ここはどこだろうと思ううち、スーッと水が澄み、前方に奇妙なものが見えた。
変わった形をしているが、宇宙船のようだ。
が、そのデザインの一部に、何故か見覚えがある。
どこで見たのか、思い出そうとしていると、ポンポンと肩を叩かれた。
振り返ると、そこには……。
「……ぎゃあああ~っ!」
「まあ、失礼ね! 人の顔見て、お化けでも見たように叫んで」
「え? シャロン?」
「寝惚けてないで、顔でも洗って来なさいよ。上陸前にミーティングをしようと思ったんだけど、あたし以外のメンバー全員が、あんた抜きじゃダメだって言うから、美しいレディがわざわざ起こしに来てあげたのよ。感謝しなさい」
「レディって柄じゃ、あ、いやいや。上陸前って、言ったっけ?」
「もうっ。何遍も言わせないでよ。あんたがグッスリ寝てる間に、スイングバイで順調に加速して、無事にゴエイジャーの周回軌道に乗ったのよ。後はもう、適切な場所を見つけて着陸するだけ。ユースィー?」
「なんだ、もう着いたのかよ。じゃあ、船は乗っ取られなかったんだな」
「ほう。誰が乗っ取ろうとしたのかな?」
その声は、もちろん、マーロン大佐だった。




